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36 if 新しいショップ
しおりを挟むソフィアは王都に物件を探していた。
新しくアパルトマンのオーナーになったジョンが、私に貴族街の空き店舗を紹介してくれた。彼はアイリス様の秘書官として雇われていたそうだが、その後アイリス様のメイドのマリーと結婚し、このアパルトマンのオーナーになった有能な人物だった。
戦略や会計、組織、人事などあらゆる分野で専門的な知識を持っている。
「この場所でしたら客層もいいですし、角地で規模もそれほど大きくない。少し改装すればお洒落な人気の店になると思います」
「ターゲットは富裕層のご婦人なんだけど……そこまで伝統と格式にこだわるつもりはないの。敷居は高くない方がいいと思っているわ」
「ここは学園通りも近いですし、向かいにカフェがあります。花屋や雑貨店などもあり若い方が買い物に来るのに人気の場所です」
人通りもそこそこあって、確かに人気なお店になりそうだわと思い、ふと路地の奥に目をやる。
商店の間に石畳が引かれ、その奥にひっそりとたたずむレンガ造りの建物がある。
ソフィアはその建物に引き寄せられるように近づいて行った。
「ああ。ここはご婦人たちが集まって、小物などを作っている場所ですね。バザーに出したりしているみたいです。下請けの内職とかも請け負っているんじゃないですかね」
「そうなのね。女性たちが皆で手仕事をしているのね」
「ええ、そうですよ」
後ろから女性の声が聞こえた。
彼女はここで内職をしている主婦のようだった。
話を聞くと、子供のおもちゃを作っているという。家事の合間の小遣い稼ぎらしい。
中を見せてもらうと、おもちゃや人形が沢山置いてあった。
おもちゃは一つ一つ違った種類で、丁寧に作られていて、とても可愛らしいデザインだけど実用的に見えた。
「赤ん坊は何でも口に入れるから、細かい飾りなんかがついていない方がいいのよ。まぁ、子供なんて棒きれ一つ持たせときゃ、なんだっておもちゃになるんだけど。高貴な人はそれにもこだわるみたいでね。どうせすぐ飽きるのに不思議なもんだわ」
ソフィアは小さな木のおもちゃを見せてもらい、手に取り確認した。
丸くカットされた木のパーツに紐が通されていて、カラフルな昆虫のようなデザインだ。くねくねと動く仕組みになっていてとても面白い。鋭いエッジがなく安全だ。
「すぐに飽きるのかしら。こんなに素敵なおもちゃなのに」
プレゼントにも喜ばれそうだし、なにより自分の赤ちゃんに買ってあげたいと思った。
「月齢とか、年齢とかもあるから。大きくなるにつれて遊ぶものも違ってくるしね。あら、あなたも赤ちゃんがいるのね」
女性はソフィアの少し膨らみかけたお腹を見てそう言った。
「はい。まだ全然目立ちませんけど。自分の子供には、こんなおもちゃを買ってあげたいなと思います」
「わははっ、気が早いわね。今のうちだけよそんなこと言っていられるの。でも、気に入ったなら、ここに直接買いにいらっしゃいな。赤ちゃん専門のお店ってないのよね、これも婦人用品店に頼まれて作ってる物だから」
ありがとうございますと笑顔で女性に礼を言った。
そうだわ。赤ちゃん専門のお店ってなかなかないわね。
貴族たちは大切な自分の子供の為に、どこで買い物をしているのかしら。
自分のドレスを買うついでに、婦人洋品店で子供の物も買ったりするのよね。だから赤ちゃんや子供専門のお店がない。
ソフィアはアイデアを思いついた。
大人用のドレスを作るのもいいけれど、赤ん坊や子供の洋服だったら、布地もあまり使わないでできる。小さな物だし作業工程も少ない。
子供はすぐに大きくなるし、買い替えも頻繁に必要になる。
「ジョン、ちょっと新しいアイデアが浮かんだの。物件は後回しにさせてもらっていいかしら。わたしミシン工場に行かなければならない」
「承知しました。新しい商品やアイデアによって常に世の中は動いていきます。好機を逃すな。ですよ」
ジョンは営業スマイルで私を送ってくれた。
その後私は、ジョンにベビー専門のショップを作りたいとジョンに相談した。
洋服の他にも、ベビーに必要な物はすべて取り扱う。乳母車、ゆりかご、おむつからおもちゃまで。
新しい命の誕生に待ち焦がれる人たちの心を掴む。
ジョンは、うまくいかない場合もあるから、初めはテナントを借りてやってみてはどうかと提案してくれた。
妊娠八カ月に入った。
このアパルトマンの一階に契約が切れるオフィスがあるということを知り、二つ返事でそこを借りることにした。
ジョンはその資金計画を資料として私に見せてくれ、どうせならオリジナルブランドとして売り出すべきだといった。
ブランドイメージを定着させるため、商品にプティ・ソフィアというブランド名を付けることにした。
「一年で軌道に乗せて、三年後には王都に知らない人はいないほどの人気ブランドにしましょう」
三年……子供が三歳になる頃かしら。
私はジョンに案内され、アパルトマンの一階でテナントの入る場所を内覧していた。
「こんなところで何をしているんだ?」
ちょうどムンババ様が通りかかったようだった。
ジョンは挨拶を済ませて、私がベビーショップをオープンすると大使に説明した。
「すごいなソフィア、失敗や困難を恐れずに、新しいことへ挑戦する姿勢は尊敬するよ」
「ありがとうございます大使」
「乳母車など大きい物は、たくさん置けないだろう。広さが足りないな。受注生産にしたらいい。わたしの馬車を作ってもらっている業者を紹介しようか?」
「まぁ、ありがとうございます。見本に一台置いて、注文を取る方法でやれば商売の幅が広がりますね」
良いアイデアだと嬉しく思った。
ムンババ様は何かと手を貸してくれて、相談にも乗って下さる。
「今王都で人気の職業婦人だな。多くの子女が皆憧れる女性の姿だ」
職業婦人。ソフィアの胸は希望に膨らんでいた。
「私の国カーレンで赤子用に作られているベビーオイルがあるんだ。自然由来の物だから肌に優しい。カーレンの物を仕入れてくれれば私の国の宣伝になる」
「商売上手ですね大使」
ジョンはムンババ様を揶揄った。
「これも仕事だ」
私を他所に、二人でショップに置く商品のことをあれこれ話し始めた。
私は子供を産み、育てて、仕事もこなし、この国の女性たちの見本になれるよう頑張っていこう。
ソフィアはやる気に満ち溢れていた。
その時、通りの向こうでその様子を見つめている、端正な顔立ちの黒髪の男性の存在には、誰も気が付かなかった。
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