旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾

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38  if 赤子

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私が流石におかしいだろうと思ったのは、二カ月が経ってからだった。

なかなか邸に戻ってこないダミア、そわそわした様子のモーガン。
物凄く大量の仕事を振ってくるコンタン。
ガブリエルは私を遠方へ視察に行かせようとする。

邸の者達は皆何かを隠しているとしか思えない。

「ソフィアに何かあったのか……」

誰も答えてくれない以上は自分で確認しに行くしかない。

まさか、彼女があの男との子供を産んでいたなんて思いもせずに……

ソフィアがベビー専門のショップを開いたのは知っている。なぜならロイヤルな乳母車が邸に届いたからだ。
今、ベビーブームがボルナットの王都で起こっているようだ。どうも王太子の側妃が懐妊したということで国中がお祭り騒ぎになっているらしい。
そこに目を付けたソフィアは凄いと思っていた。

そういった店を開いたのは、自分の子供の為だったということに、私は気がつかなかったのだ。

そしてまだ産まれたばかりの赤子を抱き、ソフィアが店に顔を出しに来ているところを私は見ることになった。
側にはあの黒髪の、がっしりとした美形の男性が立っていた。

彼女に寄り添い、赤子を愛情深い目で見ていた。ソフィアの夫なのだろうか。

邸に長い間戻って来ないダミアのことを考えると、帰郷すると言っていたモーガンは、ダミアと共にソフィアに会いに来ていたのではないか。

妊娠の事実を知ったダミアがソフィアの元に残った。

そして、モーガンだけが邸に帰って来た。

現実を直視できず、私は天を仰ぎ建物の壁にもたれかかった。

少し考えれば分かったはずだ。
前回彼女を見に来た時、確かに彼女は妊娠していたじゃないか。
見間違いだったと結論付けなければ良かった。

しかし私に何が言える。
今までの彼女に対する仕打ちの数々。
謝っても許されるような話ではない。彼女の幸せを願うなら、彼女が出産して子供と新しい夫と共に、温かい家庭を築けばそれに越したことはないではないか。
私は離婚した夫、もう彼女とは何の関係もない他人だ。

「大丈夫ですか……ご気分がすぐれませんの?」

そう声をかけられて私は我に返った。


「いえ、少し歩き疲れたようだ。大丈夫です」

私は声をかけてくれた女性に礼を言った。

引きずるような重い足取りで、その場をそっと後にした。






ボルナットは隣国だとはいえ、数時間で行ける場所ではない。
今は鉄道を利用し、我が国の国境の町まで行くことができる。昔に比べればかなり移動時間は短縮された。
しかし夜は鉄道は止まってしまう。馬車も暗くなると危険だから、宿を利用する。結局領地までは二日かかってしまう。
私はただ茫然と車窓から過ぎ去る景色を眺めていた。霧のように細かな雨が窓ガラスに当たって消えていく。もう何も考えられなかった。
国境の街の駅で荷物を抱えた母親を目にする。赤子を抱いていた。

先ほど見たソフィアの子と同じくらいだろうか。まだ生まれてからさほど日が経っていないように思えた。
荷物を抱えて大変そうだった。私は声をかけた。

「よかったら荷物を持ちましょうか?」

「えっ!やめてよ」

物盗りか何かと勘違いされたようだ。
親切心で声をかけるべきではなかった。

「あ、ごめんなさいね。いやさ。最近は物騒でしょう」

母親は私のきちんとした身なりを見て安心したのか、少し気まずそうに謝った。

「いえ。こちらこそ。確かに見ず知らずの者から声をかけられたら怖いでしょう」

「赤ん坊がまだ小さいから、ちょっと気を張ってるのよ。駅はよそ者も多いから気をつけないとね」

苦笑いしながら、よいしょと赤ん坊を抱えなおした。巻きつけるように布で固定された赤ん坊は、おとなしく母親の胸に抱かれている。私は話しかけた。

「生まれてどれくらいですか?一カ月くらいかな」

「まさか、三カ月よ。一カ月じゃまだ外に出すのも大変よ。三カ月でもまだまだ怖いわ。初めての子だしね」

「そうですか。可愛らしいお子さんだ」

まだ頼りないつぶらな目をぱちくりさせている赤子を見て、何とか笑顔を作った。

ソフィアの子は……どれくらいだろう。
一カ月では外に出すのが怖いということは、もう二、三カ月だろうか……

「あの、つかぬことを伺いますが。子供は腹の中で四十週と言いますよね?」

「そうよ四十週お腹の中に抱えてるの。大変なのよ、男はみんな分かってないけどね」

おかしい。

計算が合わないだろう。

ソフィアが邸を出て一年は経っていない。

離婚して半年……いや。正確には。

まて、彼女が離婚届けを置いて出て行ったのは、今から九カ月と半月前。

離婚した後に妊娠していることを知ったのか?
何故言わなかった。

三年間子供ができなかったことにより成立する離婚だった。『司教承諾離婚』とはそういう物だっただろう。
なのに彼女はもう子を産んでいる。
多分、二か月か三カ月の赤子。

早産とかだろうか?

「子供が早く産まれたとして、半年くらいで産むことは可能だろうか?」

突然の質問に母親は少し驚いて、それから笑った。

「そんなの無理に決まってるじゃない。そんなに早く産まれたら生きられないわよ。どんだけ早く産まれても、せいぜい八カ月くらいかしらね。それでもやっぱり、ちゃんと四十週間はお腹にいないと育つのは大変だよ」



……私の子だ。

あの子は、私の子だ。

私は走り出した。駅の案内所でボルナットの王都に戻るための切符を買うと、一番早い電車に飛び乗った。

そうだ、あの子は、ソフィアの抱いていた赤子は……私の子だ。

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