元・聖女ですが、旦那様の言動が謎すぎて毎日が試練です

おてんば松尾

文字の大きさ
9 / 23

9

しおりを挟む
リリアは、夕食の席で優雅にワインを傾けながら微笑みを浮かべていた。
その表情には余裕があり、まるでこの屋敷の主人であるかのようだった。

「やはり公爵家ですわね。年代物の良いワインがたくさんあるわ」

人の屋敷で高価なワインを当然のように飲んでいること自体、「誰が許したのかしら」と思わずにはいられない。
旦那様が不在の今、止められる者は誰もいないのだろう。


「それにしても。ステファニー様は地味な服しかないのね。もっと他に着る物はなかったのかしら?」

「これしか持っていませんので」

「まぁ……私のもので良ければ差し上げましょうか?そんなぼろ布のようなドレスより、少しはマシかもしれませんわよ」

嫌味なのは分かっているが、修道女というのは皆似たような服しか着ないものだ。

「ありがとうございます。ですが、リリア様のように華やかな容姿ではありませんので、派手なドレスを頂いても私には着こなせません」

「ふふっ、そんなに卑下なさらないで。きれいなドレスを着れば、もう少しは見られる姿になりますわ」

くだらない。話を先に進めてほしい。
いちいち反応したくなる言葉を、気合で呑み込む。

***

私は、リリアが旦那様にとってどのような存在なのか、彼女の口から説明を受けていた。


「それで、リリア様は城の夜会に参加されたのですね?」

「そうですわ。私がレイモンドのパートナーよ。聖女様はお忙しいでしょう?公爵夫人としての役目を果たしていなかったですし」

「……ええ、そうでしょうね」

私は静かに返事をした。
内心ではかなり不快だったが、過去の私は夜会に参加していなかったのだろうから、文句は言えない。
リリアはさらに続けた。

「王族主催の夜会には同伴の夫人が必要ですのよ?一人で参加なんてありえませんし。とても大変でしたわ、社交界で夫人の役目を果たすのは。レイモンドの仕事関係の方々ともお話ししなければなりませんしね」

挑発的な言い回しだ。「私があなたの代わりをしてあげたのよ」とでも言っているようだ。

「リリア様は従妹ですし、旦那様は、親族として同伴を願われたと受け止めればよろしいですか?」

リリアの顔色が変わった。

「親族?……ええ、まあ確かにそうね。ただ、私はレイモンドの母方の叔父、カバエヴァ伯爵の養女なんです。だから血は繋がっていないの」

神殿で読んだ貴族年鑑を思い出す。
カバエヴァ伯爵夫妻には子がなく、妻の縁戚から五人の養子を迎え入れた。三人の息子と二人の娘。その末の娘がリリアか。

「リリア様は末のお嬢様なのですね」

「ええ。末っ子だからとても可愛がられて育てられましたわ。父は貿易で成功していますし何でも買ってくれたわ」

ああ、確かに外国貿易で大きな富を築いたと書かれていた。

「こちらに住まわれているのはどうしてなのでしょうか?ご実家の領地は海の近くだったと思いますが」

「カバエヴァ領は海に面していて田舎だし、王都からは少し離れているの。それに、あそこは魚臭くって嫌だったわ。だから、王都にタウンハウスを持っているのよ」

「リリア様はそちらにお住まいではないのですか?」

「タウンハウスには兄夫婦が住んでいて、子どももいるの。それで、とても騒がしくて落ち着かないの。だから、レイモンドの屋敷には以前からよく遊びに来ていたのよ。覚えていないかしら?何度か屋敷でお会いしたでしょう?」

(覚えていることなんて何もないわよ)

「そうでしたか。旦那様とは仲がよろしいのですね」

「ええ、とても仲が良いの。ふふっ。彼はいつも私に贈り物をくださるのよ。夜会の前には必ず新作のドレスを、欲しい宝飾品も惜しまず買ってくださるわ」

彼女の発言には、どこか引っかかるものがあった。 
聖女として忙しく過ごしていた私は、社交界に顔を出す余裕などなかった。 
それが当然のことだと理解していても、言葉の端々に滲む皮肉が、胸に刺さる。

「まあ、社交に慣れていらっしゃらないから、ステファニー様はパーティーやお茶会に参加されることはないわよね。もし私が必要でしたらいつでも言ってくださいね。お手伝いできると思いますわ。今後もレイモンドと私は一緒に夜会に行くと思いますし」

私は冷めた顔で、食後のお茶を口に運んだ。
そしてゆっくりと告げた。

「ありがとうございます。けれど、今後は妻である私が同伴いたします。リリア様にお願いすることはないと思いますわ」

「はっ?」

「ええ。これまで旦那様は、私の代役としてリリア様にお願いしていたのでしょう?そのお礼にドレスや宝石を贈られたのではありませんか?」

彼女の顔がみるみる赤く染まり、瞳に怒りが宿る。

「まあ、聖女様ともあろう人が、そんな簡単なことも分からないの?」

「分かりませんわ。どうされました?感情的になるなんて、何か私が間違ったことを?」

彼女は苛立ちを押し殺したように、唇を噛んでいる。

「感情的ではありません。ただ、あなたの言葉が少し気になっただけ。レイモンドは私を選んだの。毎回私に頼んできたのよ?それって、そういうことですわ」

……なるほど。旦那様と「特別な関係」だと言いたいのね。

「私に記憶がないことはご存じでしょう?」

「ええ。そして魔力も失ったとか?ただの役立たずになってしまったのよね」

その瞬間、食堂の空気が凍りついた。控えていたメイドや給仕が、息を呑む音だけが静かに響く。
“役立たず”それは、公爵夫人の私への明確な侮辱だ。

けれど、感情に流されるほど、私は未熟ではない。
屋敷の者たちが見ている。だからこそ、私は微笑みを崩さない。
くだらない挑発。乗るつもりはない。

「ではお尋ねします。リリア様の話をまとめると、旦那様は妻を持ちながらリリア様に好意を寄せ、恋人として贈り物をしている、そういうことですか?」

リリアは口角を上げた。

「ふふっ、やっと気付いたのね。そうよ。レイモンドは私に好意を寄せているの。でなければ毎回同伴したり、屋敷に泊まらせたりしないでしょう?しかも夫人の部屋に、ですからね」

本当にそうなのだろうか?
彼は忙しいと言っていた。浮気をする時間などないはず。

だがそれが彼のついた嘘で、本当は彼女と関係があったのだとしたら?

「つまり旦那様は、浮気相手を妻の自室に泊まらせていると?」

もし、リリア様と密かに愛し合っていたのなら、正直言って女性の趣味が悪いにもほどがあると思った。

「考えればわかるでしょう?あなたたち夫婦はすれ違っていたし、あなた跡継ぎも産めなかったし。冷え切った関係だったのよね。それに、もう聖女でもないあなたがレイモンドと結婚を続ける意味なんてないでしょう?」

旦那様は、跡継ぎは必要ないと言っていたではないか。
確かに彼は「私たちの関係は互いに楽だった」と言っていた。

「承知しました。旦那様がお戻りになった折には、その件をきちんと確認いたしますわ」

「……は?」

リリアの眉がぴくりと動いた。ワイングラスを持つ指がわずかに強張る。

「確認?まあ……聖女様ともあろう方が、夫の気持ちさえ分からないなんて。お気の毒ですわね」

「ええ、ですから伺いますの。直接、旦那様に」

リリアの顔色がかすかに青くなった。
私は椅子を引き、すっと立ち上がる。

「では、ごきげんよう。夕食をご一緒できて光栄でしたわ」

余裕の笑みを浮かべたまま、私は食堂を後にした。

「あなたなんて、そのままずっと神殿にいればよかったのよ……」

背後でリリアがぼそりと呟く声が聞こえた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妹の身代わりに殺戮の王太子に嫁がされた忌み子王女、実は妖精の愛し子でした。嫁ぎ先でじゃがいもを育てていたら、殿下の溺愛が始まりました・長編版

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるアリアベルタは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンやまふ腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしアリアベルタはそれでもなんとか暮らしていた。  アリアベルタの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はアリアベルタに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたアリアベルタは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。 ※中編を大幅に改稿し、長編化しました。2025年1月20日 ※長編版と差し替えました。2025年7月2日 ※コミカライズ化が決定しました。商業化した際はアルファポリス版は非公開に致します。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。 完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。 婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。 家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、 家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。 理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

追放された養女令嬢は、聖騎士団長の腕の中で真実の愛を知る。~元婚約者が自滅する横で、私は最高に幸せになります~

有賀冬馬
恋愛
「お前のような無能な女、私の格が下がるのだよ」 最愛の婚約者だったはずの王子に罵られ、雨の夜に放り出されたエルナ。 すべてを失った彼女が救われたのは、国の英雄である聖騎士団長・レオナードの手によってだった。 虚飾の社交界では見えなかった、本当の価値。 泥にまみれて子供たちを笑顔にするエルナの姿に、レオナードは心を奪われていく。 「君の隣に、私以外の居場所は作らせない」 そんな二人の裏側で、エルナを捨てた王子は破滅へのカウントダウンを始めていた。

両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。 オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。 「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」 「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」 「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」 妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。

処理中です...