恋愛蜜度のはかり方

るうあ

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幸せな日常 ◇◇美鈴視点

桜に酔いそめ 2

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 桜のリキュールを使ったカクテルのレシピはあらかじめ調べておいた。カクテルだけじゃなく、お菓子作りにも活用できるのが嬉しい。
 とりあえず今夜はお酒として楽しもう。本格的なカクテルはさすがに自分ではできないから、簡単そうなカクテルにチャレンジした。カルーアミルクやウーロン茶で割るのが定番で、良さそうだ。
 ミルクで割るのは、たぶん維月さんの口には甘すぎて合わないかもしれない。維月さん用には、ウーロン茶で割るのがいいかな。あとは、ドライ・ジンとの相性が良いとのことで、ドライ・ジンも用意しておいた。
 ともあれ、まずは無難にウーロン茶で割ったものを、維月さんに渡した。
「……どうですか?」
 訊くと、維月さんは少しの間を置いて答えた。
「うん、……うっすら、桜、かな」
 そして、笑う。桜餅をちょっと薄めたみたいな味というのが感想だった。
 不味そうな顔はしなかったけれど、美味しいとは言い難いみたいな、複雑な表情だ。
 そういえば、維月さんは花の香りの強いものは、ちょっぴり苦手だったはずだ。ジャスミンティーも好んでは飲まない。それを念頭に置いて、桜のリキュールの割合は少なめにした。そのため、微妙な味加減になったみたい。失敗しちゃったなぁ。
 がっくりと項垂れたわたしに、維月さんが気を取り直させるように、尋ねてきた。わたしの手元にあるグラスに手を添える。
「美鈴のは、ミルク割り?」
「カルーアミルクです。ちょうど、前に維月さんが買ってきてくれたカルーアがあったから」
「そっちも、ちょっと飲ませて」
「甘いですけど?」
 維月さんはわたしの応えを待たず、グラスを取り上げ、傾けた。
「ああ、……うん、甘いけど、こっちの方が、飲みやすいな」
 予想に反して、維月さんはカルーアミルクの方を気に入ったようだった。コーヒーの風味が若干勝っていて、桜の風味がやわらぐからかもしれない。
 ドライ・ジンで割るのが維月さんには合うかもと、新たにグラスを用意した。ドライ・ジンでつくったカクテルが、どうやら維月さんのお好みらしい。
「のんべえですね」
 そう軽口をたたくと、
「美鈴も、人のことは言えないだろう?」
 と笑って返されてしまった。
 否定はしませんけど、維月さんほど強くはないですと、切り返した。
 維月さんは自分で自分の好みに合うよう味を調節した。お酒に関しては、維月さんの方が手慣れている。そういえば、コーヒーのカクテルを作ってもらったこともあったっけ。
 桜のリキュールにはいったん蓋をして、今度はスパークリングワインの栓を抜いた。
 桜のスパークリングワインは、微炭酸で、ジュース感覚で飲めるほど軽く、アルコールとしてはちょっと物足りない感もある。
「これは、いかにも女性向けという感じだな」
 と、維月さんが言うように、甘口のスパークリングワインだ。
 口当たりがよく、飲みやすい。すっかり気に入って、スパークリングワインは、ほとんどわたし一人で飲んでしまった。瓶が小さいせいもあったけど。
 酒の肴というには甘すぎだけど、クッキーも食した。
 桜の形をしたクッキーは塩味がきいていて、食べやすかった。しっとりと柔らかく、クッキーとスコーンを足して割ったような食感で、口の中でほろりと融ける。
 維月さんも気に入ってくれたみたいだ。甘さ控えめなのがよかったみたい。
 よかったと、胸を撫でおろす。買ってきた甲斐は、あったかな。
 いくつかのグラスと瓶をキッチンに持っていき、テーブルの上を少し片付けた。桜の花びらが、はらりと落ちる。その花びらは、そのままにした。
 座っていた場所を変え、維月さんの横に腰をおろした。ソファーベッドを背もたれにして、寛いだ姿勢になる。
「美鈴は、けっこういろんなものにチャレンジするね。美鈴のおかげで、未知の味覚を楽しめるよ」
 感心したように、維月さんがそう言った。
 そんなことないですと言いかけて、……でも、言われてみればと、いろんなことにチャレンジするようになった自分に気がついた。突飛な冒険はしないし、今のところもっぱら食品関係に偏っている。
 実家にいる頃はあまりしていなかったけれど、一人暮らしを始めてからは必要にかられて料理をするようになり、レパートリーを増やしたいと思うようになった。栄養の偏りを考慮してというよりも、理由は、維月さんだ。
 維月さんに手料理を食べてもらいたい。美味しいと言ってもらいたい。
 そんな他愛ない理由で、料理の腕を上げたいと思うようになった。そのうち自然に、料理を楽しめるようになっていった。数をこなしていくうちに、それなりに上達したと思う。
 料理だけじゃない。些細なことでも、何かにつけて興味を持つようになり、好奇心が強くなったと思う。積極性も、少しは伸ばせた気がする。今はまだ、興味の対象は料理に限られているけれど、それだって以前の自分では考えられなかったことだ。
 維月さんとおつきあいするようになって、自分が変わっていたのが分かる。維月さんの影響は、本当に大きい。
 維月さんという寛闊な人に見初められたことは、不思議で、新鮮な驚きだった。
 高倉維月さんという人物に惹かれてはいたけれど、それを認めるのが怖くて心を閉ざしていたのに、維月さんは半ば強引にわたしの心を引っ張り出してくれた。
 維月さんから思わぬ告白をされたのは一年前。桜の散る頃だった。あの夜の出来事は今でも忘れられない。
 ありのままのわたし自身を受け入れ、見つめる勇気を、維月さんは与えてくれた。
 これといった取り柄もないわたしだけど、維月さんに恋をして、愛される喜びを知り、少しずつ自分に自信を持てるようになった……と思う。
「維月さん」
「ん?」
 グラスをテーブルに戻し、維月さんはこちらに顔を向けた。酔いの見えない面貌は、けれどとても甘やかだ。わたしを見つめるまなざしの深さにひきこまれ、思わず胸がときめいてしまう。
「ありがとうございます、維月さん」
 そっと、維月さんにもたれかかった。
「桜の花と。……それから、いろんなこと」
 心に思うことを上手く言葉に表せなくて、不器用な自分自身が、少しもどかしい。
 言葉を尽くして感謝の気持ちを伝えるべきかもしれないけれど、それも無粋な気がして、寄りかかるという行動で気持ちを伝える。
 感謝と、恋心と。
 維月さんはいつもわたしの心を察してくれる。言葉にならない想いも、曖昧な形のまま受け入れてくれる。それについ甘えてしまうのだ。
「美鈴、顔を見せて」
 頬にあてがわれた維月さんの手は、しっとりとした熱を持っていた。わたしの頬も同じくらい熱っている。
 顔を上げると、優しいキスが唇に落とされた。口唇の先に、まるで桜の花びらがかすめたような、さりげなく優しいキス。けれど、まなざしは酔心地に浸っているかのような熱っぽさがある。
 目が合い、微笑みを交わした。
「桜の匂いがするな」
 と、維月さんが小声を漏らす。いい匂いだと、維月さんは目を細める。
 照れくさくなって、視線を逸らした。でも離れたくない。
 もっと、くっついていたい。
 甘ったれた気分を、素直に表した。体を捩じらせ、維月さんの背中に腕を回す。わたしの方から維月さんの胸の中におさまり、維月さんもすぐに抱き返してくれた。
「美鈴、今度、夜桜を観に行こうか」
 ここから、車で小一時間ほど離れた場所で、なかなかの穴場なのだと維月さんは言う。
「うん」と頷くと、維月さんは約束を取り付けた証とばかりに、またキスをしてくれた。鼻先から頬、そして耳朶に。
 維月さんは如才ない。わたしの背や腰、腿を春風のようにふわふわとさする。くすぐったさに身をくねらせるわたしを促して、体を移動させた。
 気がつくとわたしは維月さんに跨り、膝の上に座らされていた。
 恥ずかしくって引き気味になってしまうわたしの腰を、維月さんはがっちりと支える。もっとちゃんと腰を据えてと言わんばかりに。維月さんはこの体勢が気に入っているみたいだ。
 部屋着は、膝丈のワンピース。裾がまくれあがって、太腿が露わになってしまう。あられもない格好が恥ずかしさをさらに増させる。
 ぎゅっと、維月さんの首に両腕を巻きつけた。
「美鈴」
 維月さんの甘い声がわたしの胸元でこもる。「美鈴」と切なげに繰り返される声に、胸の奥がきゅぅっと締めつけられる。
 甘美な疼きが、官能を誘う。
 少しだけ身を離して、維月さんの肩に手を置く。そして、維月さんの名を声にした。
 酔眸を細めて、維月さんを見つめる。もう逸らさない。……逸らせない。
「……好き」
 告白と、キス。今度はわたしから伝えた。
 ふわりと桜が匂って、わたしと維月さんを甘い空間に包み込んでいく。


 春が、ゆるやかに満ち、怡然いぜんと花を咲かせてゆくように、維月さんのぬくもりの中、わたしも甘やかにけてゆく。
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