きみのその手に触れたくて"

遥風 かずら

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第四章 彼の心とわたしの心

41.涙とキスと

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「……綾希」

 涙でぼやけて見えずにいたけれど、優しい声は間違いなく輔の声だった。彼の指がわたしの涙を拭って優しい手が頬に、そして――

「――ん……」

 教室の壁を隔てた廊下で、彼はわたしにキスをした。

「綾希、ごめんな。俺、お前を離したくなかったばかりにあんな態度を……。かえって負担かけて本当にごめん」
「そんな……こと、ない」
「お前が大事すぎる。だから、綾希……」

 嫌だ、いやだよ!
 言わないで!

「俺と……離れよう」
「……離れ、る?」

 そのまま立ち上がれないわたしを抱き上げ、わたしを保健室に連れていきベッドに寝かしつけてくれた。

 悲しいのに、彼の優しい笑顔には何も言えなくてそのままわたしは瞼を閉じた。

「……輔、好きなのに……」

 登校してきたのに結局また早退。

 わたし自身、現実を素直に受け入れられなくて、自分の部屋の中で何もすることが出来なかった。

 体調はその日のうちに回復し、明日からまた学校に行くことに。

 それでもしばらくの間、自分の席から周りが見られないまま、春に貪っていた睡眠ばかりを送るようになる。

 一番近くの雪乃、弘人もわたしには話しかけてこなかった。今はまだひとりがいい――そのことを分かってくれていたのかもしれない。

 だけど時間の経過とともに、ここぞとばかりにがわたしにちょっかいと強い言葉を投げかけてくるようになる。

「綾希、お前フラれたのか? まぁ、そういうこともあるよな! 俺もお前にフラれたし。元気出すしかなくね?」
「……誰?」
「いやいや、俺! 綾希の元彼! せいだってば!」
「あ~……いた気がする」

 そういえば、そんなのがいたけどあんまり気にしていなかった。付き合っていたということすらも遠い過去の様に思っていた。

「お前、結構ひどくね?」

 ずっと会いたくなくて避けていた相手。だけれど、こうして見ると実際そんなに大したことがなかったんだなと分かってしまった。

 それはきっと、彼に守られていたからなんだ。

「綾希ぃ~。世とヨリ戻さないの?」
「なぜ?」
「いや、だって輔と別れたわけやし……。まっ、夏休み前の状態に戻せて安心やわ」
「……沙奈には関係ない」

 元彼の世、そして沙奈が組んでいい気になってるあたり、全然成長してないし諦めてないっていうのが分かる。

「そうだけど。輔はあたしと一緒になるから安心してええよ」
「沙奈には合わない。だから安心しないし」
「へぇ。綾希もそんなこと言えるようになったんだ。そういうの、なんかええね」

 輔の傍にずっといて彼しか見えていなかったけれど、離れてからちょっとずつ周りのことを冷静に見えるようになった。

 そのおかげで沙奈とも以前よりは話せるようになっているのだけど。

 沙奈や世からしたらそう思っているのだろうけど、輔とわたしは正確には別れていない。雪乃や弘人は別れたものとして気を遣ってくれていたけれど。

 お互いの気持ちをリセット。物凄く気持ちが離れてしまう前に輔がそうしたんだとわたしは思っている。

 わたしも輔も何だかんだ常に一緒にいた。初めこそ彼からわたしに近付いてくれたけれど、最終的にわたしが彼から離れられなくなっていた。隠し事をしたり、疑ったりするのが原因でもなくて、多分近すぎても駄目だったってことが分かったから。

 まだ互いを全て知ったわけじゃない。

 だけど、元彼のような場所的な距離じゃなくて、気持ちの距離を置くことが輔にもわたしにもいい方向にいくんじゃないのかな。だから、他の人には別れたと思ってもらった方がかえって気が楽。

 そうして後々になって、お互いのいいところを見つめ直していけるんじゃないかな。

「葛西さん、体調は大丈夫?」

 そうした中、弘人はわたしを元気づけようとして声をかけてくる。

「平気。ありがと、林崎くん」

 だからといって揺れ動くものじゃないけれど。

「あ……うん」

 夏は始まったばかりだ。

 わたしも輔も夏よりも前に熱くなりすぎた。だから今は離れる。

 わたしの想い、輔の気持ち、平熱に戻して――そして、また輔との距離を近付けるために少しずつ、わたしを変えていく。

 席替えと離れた関係を機に、輔とわたしの新たな関係が始まるんだ。
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