1 / 1
落ちぶれ宝石彫刻師の娘
しおりを挟む
「はいはい、どいてどいてー!!!」
威勢のいい声に驚き、貴族の女性たちが全身をこわばらせた。その間を通り抜け、長い髪をなびかせながら少女が力強く大量の石を荷車で運んで行く。
突然のことに驚き立ち尽くす女性たちを睨むように、恰幅のいい男が立っていた。男は酒の匂いをさせながら少女の後ろ姿をじっと眺め、貴族たちを牽制するかのようににらみ続けている。
その姿に気圧されるようにして、女性たちはゆっくりと宿の方に後ずさった。
「な、何なのあれ? わたくしたちを睨むだなんて。それにあの娘の汚らしいこと……」
「街外れに暮らす落ちぶれ彫刻士とその娘ですわね。毎日のように鉱山から石を運んでは石を磨く変わり者で有名ですわ」
「……髪も体もあんな煤だらけで、嫁の貰い手なんか無いんじゃないかしら」
「確か婚約破棄されたはずですわ」
「どうりで……」
――などなど、言いたいことは言わせておく。婚約破棄されたのも事実だし。
元々婚約自体父の功績が認められたから取りつけられただけであって、私はあんまり興味が無かった。
結局宝石にしか目が無かった子爵が勝手に婚約破棄しただけで、私には得も損も無かっただけ。でも父は違う。
宝石彫刻師の醍醐味でもある希少石。ダイヤモンド、ルビー、サファイア……これらの鉱石が掘れなくなってからすっかり仕事が無くなって、加工の依頼も途絶えたのがショックだったみたい。
加工と研磨と彫刻……父の強みといったら加工の技術。
でも、王国や王国のギルドが求めて来たのは宝石を使った装飾品ばかり。冒険者が求めているのと父が作る物は全然違うものだった。
それからというもの、父はふさぎ込む毎日で酒浸りの毎日を過ごすように。
「くそぉぉっ!! 手がいうことを聞きやがらねえ!」
「お父さん、お酒ばっかり飲んでたら手が震えちゃって、まともに道具も持てなくなるってば!」
「オレが加工した宝石は、宮廷のお偉いさんや裕福な貴族なんぞに持たせる為じゃ無え!! それが何だぁ? いい気になって装飾品を作れ? ギルドに納めろ? ざけやがってぇぇ!!」
◇
シーラデン王国は亡き母グルナの故郷であり、希少な天然石が豊富に採掘出来る資源洞窟があることで知られていた。
15歳となった私はようやく石の目利きを教わるまでになり、その記念に母の故郷である王国を訪れていた。王国には店頭に数多く宝石が並べられる店がある――ということで、雑貨屋を探して歩いていた時のことだった。
私が宝石を手に取っていた時、父は壁に貼られていた一枚の紙に目を止めていた。
そこに書かれていたのは、
【腕利きの宝石彫刻師求む! 自信があるならば、王国宝石彫刻師としての生涯を約束する!】
「こりゃあ、たまげたな。あいつの故郷でこんなことがあるなんて、運命の巡り合わせか!?」
興奮する父の横で私は店主に話を聞いてみた。
すると、
「王国には採掘出来る者たちは多くいるんだけどね、鉱石から宝石に加工出来る者がいないとかで躍起になって探してんのさ」
話によると、豊富な採掘資源があってもそれを活用出来る者がいなく、長年に渡って考えあぐねいていたらしい。国内を探しても見つからないということで、王国城下の至る所に貼り紙をして探しているのだとか。
でも父はこの日、貼り紙を見つけてしまった。
それなりに幸せに暮らしていた父との生活が、この日を境に一変した日だった。
「アラハス村の洞窟じゃ、滅多に希少石なんか出なかったからな。さすが王国だぜ! なぁ、ペルル!」
「う、うん。でも無理しないでね」
故郷のアラハス村にも鉱石が掘れる小さな洞窟があり、その時見つけた宝石が真珠でそれが私の名前の由来になった。
「お前はオレの大事な跡継ぎだ。今は無理でもそのうち一緒に採掘して、その場で宝石加工して磨けるようになってもらう! そうすりゃあ王国の奴らもお前を大事にするようになるだろうぜ! ガハハハッ」
初めの頃は王国の資源洞窟から調子良く採掘出来た。しかも希少と呼ばれる石がごろごろと出て来たので、その度にお父さんが加工したりして王国も潤うことが出来ていた。
でも洞窟資源は永遠じゃない。あまりにも採掘ペースが早すぎて、あっという間に資源が枯渇。その結果、お父さんの宝石彫刻師としての仕事も激減して必要とされなくなってしまった。
それが丁度、私に婚約の話が来ていた頃のことになる。
「宝石彫刻師ベリル。改め、装飾彫金師として装飾品を作ることを命ず! 出来なくば、王国に立ち入ることを禁ず」
一方的な反故だった。王国の為に尽くして来た宝石彫刻師としての父は、この時をもって終わってしまった。
私の婚約も破棄され、子爵に会うことも無く王国を後に。
「お父さん。とにかく、アゲート山近くのエムロードに行こう? あの街にも鉱石が取れる洞窟があるって話だし。王国じゃなくてもお父さんの腕を見込んで仕事が来るかもしれないし」
「……くそっ」
跡継ぎとしてはまだ全然だけど、私が石を掘って磨いて――
――装飾品に負けないくらい磨いてやるんだから。
威勢のいい声に驚き、貴族の女性たちが全身をこわばらせた。その間を通り抜け、長い髪をなびかせながら少女が力強く大量の石を荷車で運んで行く。
突然のことに驚き立ち尽くす女性たちを睨むように、恰幅のいい男が立っていた。男は酒の匂いをさせながら少女の後ろ姿をじっと眺め、貴族たちを牽制するかのようににらみ続けている。
その姿に気圧されるようにして、女性たちはゆっくりと宿の方に後ずさった。
「な、何なのあれ? わたくしたちを睨むだなんて。それにあの娘の汚らしいこと……」
「街外れに暮らす落ちぶれ彫刻士とその娘ですわね。毎日のように鉱山から石を運んでは石を磨く変わり者で有名ですわ」
「……髪も体もあんな煤だらけで、嫁の貰い手なんか無いんじゃないかしら」
「確か婚約破棄されたはずですわ」
「どうりで……」
――などなど、言いたいことは言わせておく。婚約破棄されたのも事実だし。
元々婚約自体父の功績が認められたから取りつけられただけであって、私はあんまり興味が無かった。
結局宝石にしか目が無かった子爵が勝手に婚約破棄しただけで、私には得も損も無かっただけ。でも父は違う。
宝石彫刻師の醍醐味でもある希少石。ダイヤモンド、ルビー、サファイア……これらの鉱石が掘れなくなってからすっかり仕事が無くなって、加工の依頼も途絶えたのがショックだったみたい。
加工と研磨と彫刻……父の強みといったら加工の技術。
でも、王国や王国のギルドが求めて来たのは宝石を使った装飾品ばかり。冒険者が求めているのと父が作る物は全然違うものだった。
それからというもの、父はふさぎ込む毎日で酒浸りの毎日を過ごすように。
「くそぉぉっ!! 手がいうことを聞きやがらねえ!」
「お父さん、お酒ばっかり飲んでたら手が震えちゃって、まともに道具も持てなくなるってば!」
「オレが加工した宝石は、宮廷のお偉いさんや裕福な貴族なんぞに持たせる為じゃ無え!! それが何だぁ? いい気になって装飾品を作れ? ギルドに納めろ? ざけやがってぇぇ!!」
◇
シーラデン王国は亡き母グルナの故郷であり、希少な天然石が豊富に採掘出来る資源洞窟があることで知られていた。
15歳となった私はようやく石の目利きを教わるまでになり、その記念に母の故郷である王国を訪れていた。王国には店頭に数多く宝石が並べられる店がある――ということで、雑貨屋を探して歩いていた時のことだった。
私が宝石を手に取っていた時、父は壁に貼られていた一枚の紙に目を止めていた。
そこに書かれていたのは、
【腕利きの宝石彫刻師求む! 自信があるならば、王国宝石彫刻師としての生涯を約束する!】
「こりゃあ、たまげたな。あいつの故郷でこんなことがあるなんて、運命の巡り合わせか!?」
興奮する父の横で私は店主に話を聞いてみた。
すると、
「王国には採掘出来る者たちは多くいるんだけどね、鉱石から宝石に加工出来る者がいないとかで躍起になって探してんのさ」
話によると、豊富な採掘資源があってもそれを活用出来る者がいなく、長年に渡って考えあぐねいていたらしい。国内を探しても見つからないということで、王国城下の至る所に貼り紙をして探しているのだとか。
でも父はこの日、貼り紙を見つけてしまった。
それなりに幸せに暮らしていた父との生活が、この日を境に一変した日だった。
「アラハス村の洞窟じゃ、滅多に希少石なんか出なかったからな。さすが王国だぜ! なぁ、ペルル!」
「う、うん。でも無理しないでね」
故郷のアラハス村にも鉱石が掘れる小さな洞窟があり、その時見つけた宝石が真珠でそれが私の名前の由来になった。
「お前はオレの大事な跡継ぎだ。今は無理でもそのうち一緒に採掘して、その場で宝石加工して磨けるようになってもらう! そうすりゃあ王国の奴らもお前を大事にするようになるだろうぜ! ガハハハッ」
初めの頃は王国の資源洞窟から調子良く採掘出来た。しかも希少と呼ばれる石がごろごろと出て来たので、その度にお父さんが加工したりして王国も潤うことが出来ていた。
でも洞窟資源は永遠じゃない。あまりにも採掘ペースが早すぎて、あっという間に資源が枯渇。その結果、お父さんの宝石彫刻師としての仕事も激減して必要とされなくなってしまった。
それが丁度、私に婚約の話が来ていた頃のことになる。
「宝石彫刻師ベリル。改め、装飾彫金師として装飾品を作ることを命ず! 出来なくば、王国に立ち入ることを禁ず」
一方的な反故だった。王国の為に尽くして来た宝石彫刻師としての父は、この時をもって終わってしまった。
私の婚約も破棄され、子爵に会うことも無く王国を後に。
「お父さん。とにかく、アゲート山近くのエムロードに行こう? あの街にも鉱石が取れる洞窟があるって話だし。王国じゃなくてもお父さんの腕を見込んで仕事が来るかもしれないし」
「……くそっ」
跡継ぎとしてはまだ全然だけど、私が石を掘って磨いて――
――装飾品に負けないくらい磨いてやるんだから。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
この作品の感想を投稿する
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる