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第2章:目覚めへの道
25.賢者のゆく道 後編
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「うぅぅ……おかしい、おかしいぞ! おっさん、外をどこに隠した?」
「おかしいのはお前の方だろう。岩屋の住人が何故岩窟に出たとたんに迷いだす? 外を隠すとは、滑稽な思考だ。面白いのは認めてやるが……案内役が迷う時点で、勝負にならないぞ」
アミナスと威勢よく名乗った召喚少女は、ルシナたちを岩屋に残して俺だけを連れ出した。
それは何の問題も無く、力を得る俺にとってはその方が得策と承知していたのだが……
「案内役が道迷いとは、まさかと思うが岩屋の外を一人で歩いたことがないのではあるまいな?」
「な、何を言うかー! あたし……わ、我は強いのだから他の者に任せることが多かっただけだ!」
小柄な種族がどこかに動く時、単体ではなく集団で動くことが常識とされているが、恐らくこいつは一人で外に出たことが無く、せいぜいが岩屋が見える所だけだと判断出来る。
赤茶色の前髪を片側に分け後頭部に髪をまとめ上げ、額を広く出し、碧色のつり目をしているアミナスと名乗る小娘は、可愛らしく、それでいて凛々しくも見えるが、態度だけが先行して可愛げが失われている。
召喚士は薬師のように、顔を隠せるフード付きのチュニックを纏う者が多いが、コイツはその逆で顔を出して派手に見せ、装飾品を見せつけながら進みまくっている。
「アミナスとやら、その装飾品は飾り……いや、魔力の安定を求めたものか?」
「ほう! おっさんのくせに詳しいじゃないか。その通りだ! 我のように魔力も力も強い召喚士は、そうそういないのだ! 我だけが呼べる獣だってあるんだからなー! ふっふふー!」
力は確かにありそうだが、力よりも精神が不安定のようにも思える。
「珍しく見えるが、お前は顔を出す召喚士か。親に咎められなかったのか?」
「アミナスと呼ぶがいいぞ! 親……親は召喚に食われてすでにいない。素顔を出さなければ、獣との信頼を得られない時があるのだ。賢者のくせに知らないのか? おっさん」
「アミナス……アミでいいな。なるほど、信頼か。確かに俺の要素も機嫌を得られない時があるからな。だからといって、親は食われないが」
「何だ、同情しないのか? おっさんは案外、冷酷なのだな」
「ふ……されたかったのか。その手の話を容易にする時点で、俺を試しているのだろうがそう容易くは落ちないぞ」
「うがー! むーむーむー! そ、外はどこなのだー! 賢者、お前が案内しろー」
どこまで真の話かは分からないが、小娘の信頼を得るには信じることも大事なのかもしれん。
「……アミに頼むとするが、案内の獣を呼び出せ! 光の生物カーバンクルならば、宝石の光を成して外へと導き出すはずだ」
「賢者のくせに、知っているのか! そ、そういうことなら呼んでみる……」
「あぁ、頼む」
呼べなければ他を考えねばならないが、どうすべきか。
「まさか一度も呼んだことがないとはな……辛うじて宝石部分だけが存在を示したからいいようなものの、アミは召喚見習い以下なのか?」
「う、うるさいのだ! わ、我はずっと岩屋の中で過ごしていたのだから、呼ぶ機会なんて無かっただけだぞ! そ、それに宝石の輝きで外に出られるのだからいいではないか」
アミナスと名乗る召喚少女は、パナセとは別の意味で、召喚士らしからぬ動きを見せてくれた。
その時点で、力比べといった勝負にはならないことが分かりきってしまったが、秘められた力には関心があり、それ次第では成長のさせようがあると判断した。
たとえ態度と口調に多少の問題が生じても、召喚の力が本物であれば、十分敵に通用出来るだろう。
「そ、外だー! ほら見ろー! 我のおかげで外に出られたではないか」
「そうだな、紅く輝くガーネットのおかげだ」
岩窟を出てすぐの眼前に広がっていたのは、深く茂りまくった森の中と道標の無い荒れた道が見えているが、人の気配が近くに感じられないのは幸いだった。
自然が存分に広がっているのであれば要素を使うには十分であると思うのだが、岩窟もまともに歩いたことの無い召喚少女は、外の景色にいちいち感動を覚えているらしい。
岩屋に迷わず戻ることを考えれば、岩窟からすぐの外で力を示してもらうのが最適だろう。
「……しかし」
「わーわーわー! 空! 森! すごい、すごいのだー!」
「アミナスとやら、ここへはお前を感動の渦に巻き込むために来たわけではないのだぞ? 俺の賢者としての力を試すのではなかったのか?」
「そ、そうなのだ! ふっふふー! さぁ、賢者! 我に魔法の力を見せつけてみるのだ!」
外を知らない召喚少女には、力の使い方と外の歩き方も教える必要があるようだ。
幼くあどけない顔のアミナスは、よほど自信があるのか、腰に両手を付けながら俺の先制攻撃を待ち構えている。
「要素を見せる前で悪いが、俺は敵とみなさない相手を傷つける趣味は無い。今からお前に見せるのは、せいぜいが木々を激しく揺らす程度だ」
「な、何だとー! わ、我を愚弄するのかー!!」
「お前の召喚も、果たして素直に従うつもりがあるのか? 外に導いたカーバンクル……の宝石は、共にいた者に、悪しき心が無いと判断したからこその輝きを示したはずだ。召喚士本体に敵意を向けていれば、獣は本体を守る行動、もしくは攻撃を向けて来ることだろう」
「そ、そうなのか? し、知らないことばかりなのだ……ううううー」
駆け出し召喚で知識も皆無のようだが、パナセの潜在能力よりも、はっきりとした強さを秘めているのが何となく俺には見えている。
ここはその引き出しをさせてもらうために、やむを得ないことになるが自然の要素で発揮してもらうことにする。
『木々に宿りし御霊、根ざしの源、我が問い、我が答えとなりて、攻めの意思を遂げよ!』
「な、何だそれ、何だその魔法はー!」
「何てことはないものだ。アミナスに向けて、木霊が攻撃の意思を見せるだけのことだ」
「……地面が抉れて、何かが出て来るのかー!? どう、どうすればいいのだ?!」
「何かを呼ぶことだ。そうでなければ、お前の体は切り傷が増えて行くことになる」
実際はそこまでの痛みを伴うことはないが、全て未経験だとすれば、先の戦いにおいては不利に陥る。
多少騙してでも、荒療治をしてやることがいいと判断した。
「い、嫌だ、嫌だ、嫌なのだ! あたしの……我は傷を負いたくないのだーー!」
「ならば何かを呼び、木霊を滅することだな」
「け、賢者! と、止めるのだ!」
「それは無理だな。俺は唱えを終えると、その後の意思を要素に任せる主義だからな。止めたければ、召喚で何とかすればいい。それだけのことだ」
これも真実ではないが、目に見える木々に意思を持たせただけでどうにかなるものだ。
宝石ではない、俺が危機的状況になりそうな召喚を呼び出してくれれば面白くなりそうだが。
「むーむーむむー! 痛いのは嫌! 嫌なのだー!」
危機的状況を与えなければ召喚をする意思が無いとなれば召喚士として使い物にならないが、どうするべきか。
「痛い目に遭うのも、遭わせるのも嫌なのだ……うぅ……うわぁぁぁぁぁん!!」
「なっ!?」
「どうしておっさんは我をいじめるのだ~~! うぅぅっ……クスンクスン……」
「ま、待て! いじめではなく、お前が俺を試すと言ったのであって……」
小さな種族、幼い少女は力を秘めている……それは確かだ。
だからこそあえてけしかけ、少しばかりの痛みを伴わせて引き出そうとしたのに、まさか泣き出すとは。
『あ~~~! アクセリが女の子をいじめてる~~!』
岩窟側から声を張り上げている者がいるかと思えば、ルシナの姿が見えている。
案内も無くどうして外に出て来られたのか。
「ルシナ! どうしてここに来ることが出来た? ロサとパナセは一緒では無いのか?」
「あなたが女の子を泣かせる賢者だったなんて……」
「不本意だ」
「そ、それよりも、大変なの! は、早く岩屋に引き返して!」
「どうした? 何があった?」
「く、黒い騎士が襲撃して来たの! 見たことない……あんな槍を振り回して岩を砕くなんて」
「何!? 黒騎士だと?」
黒騎士というと、エルフの双子と三白眼の娘を捕まえに来た厄介な奴だ。
いつかどこかで出会うとは思っていたが、何故こんな何も無い岩屋を襲撃するというのか。
「は、早く一緒に来て! エーセン族とパナとロサさんで凌いでいるけど、長く持たないの! だから急いで!」
「凌いでいるだと? ロサなら分かるが、パナセがか!?」
「あの子は守りにかけては才能があるから。そ、それよりも賢者なら何とかしてよ!」
「分かった。案内しろ!」
「召喚の女の子はどうするの?」
不本意に泣かせてしまったのは仕方がないが、泣き止ませる自信が無い以上、今は救援に向かう方が最善だ。
聞こえるかは不明だが、岩屋に戻ることを伝えてから引き返すしかない。
『おい! 召喚士アミナス! 俺はお前の住むガンネアが危機と聞いた。悪いが戻らせてもらうぞ! そのままそこで泣いていても何も解決しない。お前が守りたいと強く願うのであれば、力を示せ!』
「うぅっ……グズッ……ガンネアを守る……?」
『アクセリ、早くっ!』
泣き止んでもすぐに動けそうにないし、一人で岩屋に来れるとも限らん。
この際ここで留まってもらうのが吉か。
『召喚士として生きて行くつもりがあるなら、アミナスは俺と仲間に力を示し、心を知れ! そこの木霊をどうにか出来なければ、どのみち俺たちと戻ることは出来ない。そこでどうするべきか大いに悩め!』
ここまで言っておくだけが限界だろう。
それよりも洞窟の戦いから年を経るほど、俺と黒騎士の実力が縮まったとは思えない。
黒騎士の狙いが分からないが、ロサとパナセを失うわけには行かない。
「ルシナ、お前は怪我をしていないだろうな?」
「岩窟が暗くて見えないから、転んでかすり傷を負ったけど大したことないから」
「――じゃじゃ馬娘のくせに無茶をする奴め。だが、よくぞ知らせてくれたな」
「アクセリだけが頼りだから。だから暗くても転んでも、私が行くしかなかったの! そ、それにたまたま岩屋の外に出ていた時だったから……」
「襲撃をされた所を抜け出して来たのか。臨機応変に動けるのは、さすが長だったものの術ということか」
黒騎士と再び戦うにしても、不十分過ぎる。
まさかと思うが、シヤとかいう娘を捜し歩いているのではあるまいな。
それとも何かの貴重なアイテムでも眠っていたか。
「痛っ! やっぱり薄暗くて見えない……外を目指していた時は進めたのに……」
「任せろ」
召喚の宝石に頼らずとも、岩窟の暗さを明るくさせればいいだけのことだ。
『風無き地、鋼石に眠りし古の光……見えざる力となりて、我らを照らせ! ゲレル!』
岩といえど、一度は光を浴びたことのある岩石が眠っているはず。
それに賭けての呪文をかけたが、一寸でも照らせば文句は言われないだろう。
「……何だ? 俺の顔に何かついているのか?」
「あなたが賢者なんだなぁと思って」
「ふ……俺ではなく前を向くことだ。多少は明るさを感じられるだろう?」
「その力でパナたちを助けてね? 私、あなたを信じてるから!」
「無論だ」
「おかしいのはお前の方だろう。岩屋の住人が何故岩窟に出たとたんに迷いだす? 外を隠すとは、滑稽な思考だ。面白いのは認めてやるが……案内役が迷う時点で、勝負にならないぞ」
アミナスと威勢よく名乗った召喚少女は、ルシナたちを岩屋に残して俺だけを連れ出した。
それは何の問題も無く、力を得る俺にとってはその方が得策と承知していたのだが……
「案内役が道迷いとは、まさかと思うが岩屋の外を一人で歩いたことがないのではあるまいな?」
「な、何を言うかー! あたし……わ、我は強いのだから他の者に任せることが多かっただけだ!」
小柄な種族がどこかに動く時、単体ではなく集団で動くことが常識とされているが、恐らくこいつは一人で外に出たことが無く、せいぜいが岩屋が見える所だけだと判断出来る。
赤茶色の前髪を片側に分け後頭部に髪をまとめ上げ、額を広く出し、碧色のつり目をしているアミナスと名乗る小娘は、可愛らしく、それでいて凛々しくも見えるが、態度だけが先行して可愛げが失われている。
召喚士は薬師のように、顔を隠せるフード付きのチュニックを纏う者が多いが、コイツはその逆で顔を出して派手に見せ、装飾品を見せつけながら進みまくっている。
「アミナスとやら、その装飾品は飾り……いや、魔力の安定を求めたものか?」
「ほう! おっさんのくせに詳しいじゃないか。その通りだ! 我のように魔力も力も強い召喚士は、そうそういないのだ! 我だけが呼べる獣だってあるんだからなー! ふっふふー!」
力は確かにありそうだが、力よりも精神が不安定のようにも思える。
「珍しく見えるが、お前は顔を出す召喚士か。親に咎められなかったのか?」
「アミナスと呼ぶがいいぞ! 親……親は召喚に食われてすでにいない。素顔を出さなければ、獣との信頼を得られない時があるのだ。賢者のくせに知らないのか? おっさん」
「アミナス……アミでいいな。なるほど、信頼か。確かに俺の要素も機嫌を得られない時があるからな。だからといって、親は食われないが」
「何だ、同情しないのか? おっさんは案外、冷酷なのだな」
「ふ……されたかったのか。その手の話を容易にする時点で、俺を試しているのだろうがそう容易くは落ちないぞ」
「うがー! むーむーむー! そ、外はどこなのだー! 賢者、お前が案内しろー」
どこまで真の話かは分からないが、小娘の信頼を得るには信じることも大事なのかもしれん。
「……アミに頼むとするが、案内の獣を呼び出せ! 光の生物カーバンクルならば、宝石の光を成して外へと導き出すはずだ」
「賢者のくせに、知っているのか! そ、そういうことなら呼んでみる……」
「あぁ、頼む」
呼べなければ他を考えねばならないが、どうすべきか。
「まさか一度も呼んだことがないとはな……辛うじて宝石部分だけが存在を示したからいいようなものの、アミは召喚見習い以下なのか?」
「う、うるさいのだ! わ、我はずっと岩屋の中で過ごしていたのだから、呼ぶ機会なんて無かっただけだぞ! そ、それに宝石の輝きで外に出られるのだからいいではないか」
アミナスと名乗る召喚少女は、パナセとは別の意味で、召喚士らしからぬ動きを見せてくれた。
その時点で、力比べといった勝負にはならないことが分かりきってしまったが、秘められた力には関心があり、それ次第では成長のさせようがあると判断した。
たとえ態度と口調に多少の問題が生じても、召喚の力が本物であれば、十分敵に通用出来るだろう。
「そ、外だー! ほら見ろー! 我のおかげで外に出られたではないか」
「そうだな、紅く輝くガーネットのおかげだ」
岩窟を出てすぐの眼前に広がっていたのは、深く茂りまくった森の中と道標の無い荒れた道が見えているが、人の気配が近くに感じられないのは幸いだった。
自然が存分に広がっているのであれば要素を使うには十分であると思うのだが、岩窟もまともに歩いたことの無い召喚少女は、外の景色にいちいち感動を覚えているらしい。
岩屋に迷わず戻ることを考えれば、岩窟からすぐの外で力を示してもらうのが最適だろう。
「……しかし」
「わーわーわー! 空! 森! すごい、すごいのだー!」
「アミナスとやら、ここへはお前を感動の渦に巻き込むために来たわけではないのだぞ? 俺の賢者としての力を試すのではなかったのか?」
「そ、そうなのだ! ふっふふー! さぁ、賢者! 我に魔法の力を見せつけてみるのだ!」
外を知らない召喚少女には、力の使い方と外の歩き方も教える必要があるようだ。
幼くあどけない顔のアミナスは、よほど自信があるのか、腰に両手を付けながら俺の先制攻撃を待ち構えている。
「要素を見せる前で悪いが、俺は敵とみなさない相手を傷つける趣味は無い。今からお前に見せるのは、せいぜいが木々を激しく揺らす程度だ」
「な、何だとー! わ、我を愚弄するのかー!!」
「お前の召喚も、果たして素直に従うつもりがあるのか? 外に導いたカーバンクル……の宝石は、共にいた者に、悪しき心が無いと判断したからこその輝きを示したはずだ。召喚士本体に敵意を向けていれば、獣は本体を守る行動、もしくは攻撃を向けて来ることだろう」
「そ、そうなのか? し、知らないことばかりなのだ……ううううー」
駆け出し召喚で知識も皆無のようだが、パナセの潜在能力よりも、はっきりとした強さを秘めているのが何となく俺には見えている。
ここはその引き出しをさせてもらうために、やむを得ないことになるが自然の要素で発揮してもらうことにする。
『木々に宿りし御霊、根ざしの源、我が問い、我が答えとなりて、攻めの意思を遂げよ!』
「な、何だそれ、何だその魔法はー!」
「何てことはないものだ。アミナスに向けて、木霊が攻撃の意思を見せるだけのことだ」
「……地面が抉れて、何かが出て来るのかー!? どう、どうすればいいのだ?!」
「何かを呼ぶことだ。そうでなければ、お前の体は切り傷が増えて行くことになる」
実際はそこまでの痛みを伴うことはないが、全て未経験だとすれば、先の戦いにおいては不利に陥る。
多少騙してでも、荒療治をしてやることがいいと判断した。
「い、嫌だ、嫌だ、嫌なのだ! あたしの……我は傷を負いたくないのだーー!」
「ならば何かを呼び、木霊を滅することだな」
「け、賢者! と、止めるのだ!」
「それは無理だな。俺は唱えを終えると、その後の意思を要素に任せる主義だからな。止めたければ、召喚で何とかすればいい。それだけのことだ」
これも真実ではないが、目に見える木々に意思を持たせただけでどうにかなるものだ。
宝石ではない、俺が危機的状況になりそうな召喚を呼び出してくれれば面白くなりそうだが。
「むーむーむむー! 痛いのは嫌! 嫌なのだー!」
危機的状況を与えなければ召喚をする意思が無いとなれば召喚士として使い物にならないが、どうするべきか。
「痛い目に遭うのも、遭わせるのも嫌なのだ……うぅ……うわぁぁぁぁぁん!!」
「なっ!?」
「どうしておっさんは我をいじめるのだ~~! うぅぅっ……クスンクスン……」
「ま、待て! いじめではなく、お前が俺を試すと言ったのであって……」
小さな種族、幼い少女は力を秘めている……それは確かだ。
だからこそあえてけしかけ、少しばかりの痛みを伴わせて引き出そうとしたのに、まさか泣き出すとは。
『あ~~~! アクセリが女の子をいじめてる~~!』
岩窟側から声を張り上げている者がいるかと思えば、ルシナの姿が見えている。
案内も無くどうして外に出て来られたのか。
「ルシナ! どうしてここに来ることが出来た? ロサとパナセは一緒では無いのか?」
「あなたが女の子を泣かせる賢者だったなんて……」
「不本意だ」
「そ、それよりも、大変なの! は、早く岩屋に引き返して!」
「どうした? 何があった?」
「く、黒い騎士が襲撃して来たの! 見たことない……あんな槍を振り回して岩を砕くなんて」
「何!? 黒騎士だと?」
黒騎士というと、エルフの双子と三白眼の娘を捕まえに来た厄介な奴だ。
いつかどこかで出会うとは思っていたが、何故こんな何も無い岩屋を襲撃するというのか。
「は、早く一緒に来て! エーセン族とパナとロサさんで凌いでいるけど、長く持たないの! だから急いで!」
「凌いでいるだと? ロサなら分かるが、パナセがか!?」
「あの子は守りにかけては才能があるから。そ、それよりも賢者なら何とかしてよ!」
「分かった。案内しろ!」
「召喚の女の子はどうするの?」
不本意に泣かせてしまったのは仕方がないが、泣き止ませる自信が無い以上、今は救援に向かう方が最善だ。
聞こえるかは不明だが、岩屋に戻ることを伝えてから引き返すしかない。
『おい! 召喚士アミナス! 俺はお前の住むガンネアが危機と聞いた。悪いが戻らせてもらうぞ! そのままそこで泣いていても何も解決しない。お前が守りたいと強く願うのであれば、力を示せ!』
「うぅっ……グズッ……ガンネアを守る……?」
『アクセリ、早くっ!』
泣き止んでもすぐに動けそうにないし、一人で岩屋に来れるとも限らん。
この際ここで留まってもらうのが吉か。
『召喚士として生きて行くつもりがあるなら、アミナスは俺と仲間に力を示し、心を知れ! そこの木霊をどうにか出来なければ、どのみち俺たちと戻ることは出来ない。そこでどうするべきか大いに悩め!』
ここまで言っておくだけが限界だろう。
それよりも洞窟の戦いから年を経るほど、俺と黒騎士の実力が縮まったとは思えない。
黒騎士の狙いが分からないが、ロサとパナセを失うわけには行かない。
「ルシナ、お前は怪我をしていないだろうな?」
「岩窟が暗くて見えないから、転んでかすり傷を負ったけど大したことないから」
「――じゃじゃ馬娘のくせに無茶をする奴め。だが、よくぞ知らせてくれたな」
「アクセリだけが頼りだから。だから暗くても転んでも、私が行くしかなかったの! そ、それにたまたま岩屋の外に出ていた時だったから……」
「襲撃をされた所を抜け出して来たのか。臨機応変に動けるのは、さすが長だったものの術ということか」
黒騎士と再び戦うにしても、不十分過ぎる。
まさかと思うが、シヤとかいう娘を捜し歩いているのではあるまいな。
それとも何かの貴重なアイテムでも眠っていたか。
「痛っ! やっぱり薄暗くて見えない……外を目指していた時は進めたのに……」
「任せろ」
召喚の宝石に頼らずとも、岩窟の暗さを明るくさせればいいだけのことだ。
『風無き地、鋼石に眠りし古の光……見えざる力となりて、我らを照らせ! ゲレル!』
岩といえど、一度は光を浴びたことのある岩石が眠っているはず。
それに賭けての呪文をかけたが、一寸でも照らせば文句は言われないだろう。
「……何だ? 俺の顔に何かついているのか?」
「あなたが賢者なんだなぁと思って」
「ふ……俺ではなく前を向くことだ。多少は明るさを感じられるだろう?」
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「無論だ」
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