神々は愚者を嫌った

須野津 莉斗

文字の大きさ
上 下
1 / 1

第一話 賢者

しおりを挟む
―――大賢者。魔道の深淵を覗きし者。現魔法師において最強と称された者に送られる、言わば称号である。彼は人々から羨望され、嫉妬され、畏怖され、尊敬された。紛れもなく、魔道の頂点。
 では仮に魔力も属性もない人間がいるとしたら、その人間にはどのような称号が与えられるのだろうか...非魔法師?そんな生温いものではない。魔道を極めた者が大賢者であるなら、魔法が扱えず、魔力も無く、属性も無い者に与えられる称号

 それはきっと.........



 「賢者か...」

 季節は春。溜息をついた1人の青年は馬に引かれた荷車に揺られながら、目的地へと向かっていた。
 荷台には剣や盾、防具等々が積まれている中、ランタンの灯りを頼りに家から持ち出した本を読んでいる。景色を見ていない所為か、どれくらい時間が経ったか感覚がない。

 「ボウズ、もうすぐ着くぞ!」

 荷台に向かって叫ぶ男性の声が聞こえる。
 カーテンを開けると、朝日が顔を出している。ただそれ以上に遠くに聳える人工物の群生地帯に視線が惹き付けられる。

 「あれが王都か!」

 辺境育ちの所為か自分の背丈の何倍もの建物が密集し並んでいる光景など今の一度もなかった。先程の溜息を忘れたかの様に目の前に広がる光景に夢中になっていた。
 更に小一時間移動し、王都の門へと到着した。そこには列が出来ており、門兵が入門許可証の確認をしている。

 「ここでお別れだな」

 そう。この青年にも目的がある様に、この男性にも王都では目的があって来ているのだ。

 「おっちゃん、ありがとう!あの時乗っけてくれなきゃ間に合ってなかったわ」
 「おうよ!ボウズも達者でな。もし王都でまた会うことがあったら、そん時はウチの商品をよろしく!」

 そう言い残して、その男性は商人用のゲートへ向かった。

 (ここから始まるんだ...!)

 青年は一般ゲートへと向かう。
 ゲート前は長蛇の列となっている。同世代と思われる男女が並んでいることから、彼らも目的は同じなのだろう。ただ門兵も慣れているので、その列はところてんのように押し出され、もうすぐ自分の番である。

 (何とか間に合いそうだ。あのおっちゃんには感謝だな)


 そう思った矢先、あれ程捌けていた列がピタリと止まる。何やら一人の少女でトラブっているらしい。

 「だーかーら!許可証をなくしたの!」

 そう叫ぶ少女の声が聞こえてくる。何故そんなに強気なのかはさておき、青年は列から頭を出し、現場を覗き見る。

 「そう言われても許可証が無いと通せない決まりなんだよ」
 「今日は学園の入学式なの!」

 最早ごり押しである。門兵も呆れた表情をしている。確かに彼女が嘘をついている様には見えないが、もしそれで事件が起きたら規則を破った門兵に責任を負わされる事になってしまう。
 だからと言って、このままでは青年も遅刻になってしまう。入学式当日から遅刻は避けたい所だ。

 「ちょっといいか?」
 
 そう言い、青年は門兵と少女の間に割って入る。

 「君は誰だい?もしかしてこの子の連れかな」  
 「いいや。残念だが、初対面だ。」

 門兵もその少女もはてなが頭に浮かんでいる。当然の反応だ。
 その青年は許可証を鞄から取り出すと同時に“ある物”を取り出した。

 「これは許可証。名はノルド......いや、そんな事より、この子は学園の入学式なんだろ?ならこれがあれば、それが本当かどうか分かるんじゃないか?」
 
 一枚目に許可証、二枚目に入学式の招待状を見せる。正直それで通るかどうかは分からないが只々あの場で待っているよりはマシだ。

 「それなら持っているわよ!」

 何故か得意げに招待状を見せている。てか列が詰まっているのアンタの所為なんだが。
 門兵も二つの招待状を見比べ、本物だと納得がいったらしく、彼女の通行を許可してくれた。ついでにその青年“ノルド”も先程の許可証で通行許可が出た。
 
 (よし!これで入学式には間に合いそうだ)
「ねえ」

 振り向くとそこには件の彼女がいた。先程は全然気にしていなかったが、長い耳に絹のようにきめ細かい白い肌。そしてその白さが際立たせる金色の髪。人類の中でも妖精種に属する“エルフ”だ。

 「さっきはありがとう」

 彼女は少し恥ずかしそうに一言だけ言い残し、足早に去ってしまった。
 人から感謝されるのは悪くない。それにノルド自身も許可が降りたのだ。むしろラッキーである。
 それからは大通りをひたすらに真っ直ぐ歩いた。出店を開き、商いをする者。三神の良さだとかを説く宗教の宣教師。観客に拍手を浴びる大道芸人等、ノルドが暮らしていた場所とは文字通り住む世界が違う。
 山の中で幼少期は父に鍛え上げられ、少年期は一人で過ごしていた。そもそも人と会うのだって、久しい。ましてや商店など麓の村にある商店しか知らない。
 父から常識や教養など色々と教わっていたが、百聞は一見に如かずだ。ノルドにとって目に映る全てが新鮮で驚きだった。
 入学式までの時間もそんなに余裕がある訳ではない。少し駆け足気味に学校へと向かった。
 一言で学園自体はすぐに見つかった。一言で言うなら城。王都の丁度ど真ん中に構える一際大きい建物。

 (あれが学園か。思ったより大きいな...まあ、目立ってくれてるから迷わなくていいか)

 それに同世代の青少年達が、その城に向かって歩を進めている。ノルドもその中に混じり、学園の中に入る。
 門を潜ると、正面には噴水があり、整えられた芝に、整列された樹。話に聞いた貴族の屋敷のようだ。ただそれも強ち間違いではない。近年では王族や貴族の入学数も増え、学園に支援しているらしい。
 魔法による戦闘が基本となった近年の戦闘と偉大なる魔法使い“大賢者グランドセージ”の師が学園長というのが相まっての結果だろう。どの貴族もこの学園を卒業したという事実が欲しいのだ。

 (門の時から思ってたけど、色んな人種、身分の人間が多いな)

 それもそのはずである。世界に三つある魔道学園の内、この『王立ウールヴ魔道学園』だけ入学試験が免除である。だから貴族や地元の生徒だけでなく、国を跨いで入学する生徒も例年数人いるらしい。
 大賢者グランドセージである『ヴィース・ロプトール』が元々平民の出で、身分に関係なく等しく魔道を学ぶ機会が与えられる事を主として創設された学園だというのだ。
 そうこうしているうちに、校舎入口まで来てしまった。招待状によると、入学式自体は大講堂で行うらしい。

 (やばい...場所が分からない...どうしたものか。もう他の生徒は向かったみたいだし)

 もっと早く来て小鴨方式で後ろをついていけば良かった。
 後悔の念と詰んでいる状況に入口で呆然と立ち止まっていると

 「あんた、迷ってんの?」

 後ろから聞いた事のある声が聞こえる。振り向けば、金髪に長い耳。先程のエルフの少女だ。やはり彼女もこの学園の新入生だったみたいだ。

 「ちょっとな...」

 苦笑いを浮かべるしかなかった。ただここで知り合い(?)と呼べるか分からないが、話した事のある人間に出会えたのはラッキーだ。彼女に道を聞こう。

 「私も分からないわよ」

 終わった。夢の学園生活は入学式すら出来ず、文字通り始まらずして終わった。ていうかこいつはさっきと言い、何で少し誇らし気なんだよ。

 「君もか...」

 只々この状況に落胆するしかない。この規模で手当たり次第に探すのも日が暮れてしまう。確実に遅刻だ。初日から浮くのは勘弁したかった。
 項垂れているノルドに声が掛かる。

 「あの...」

 顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。

 「場所が分からなければ、一緒に行きますか?」
 「「まじで!」」

 二人揃って即座に反応してしまった。彼女も少し困惑気味だ。というか怯えているように見える。

 「助かるわ。俺はノルドだ。こっちは......てか名前知らねーな」
 「フヴィルよ!フヴィル・アールヴァル。見ての通りエルフよ。」
 (そう言えば、聞くタイミングもなかったな。ていうかまた自慢げだし......ただ『アールヴァル』という姓、どこかで聞いた事のあるような、ないような)

 そんな既視感のようなものを抱いていると、彼女は口を開く。

 「私はヘーラル・オルキヌス。二人とも名前で呼んでも良いかな...?ノルド君とフヴィルさん」
 「いいわよ」
 「おう!」
 (まあ、思い出せないなら思い出した時考えればいいか......)

 ノルドはフヴィルの変化に気づいていた。ヘーラルが自己紹介をしてから表情が堅い。素っ気ないような、警戒しているようにも見える。

 「あなた、オルキヌス家の者でしょ?」

 フヴィルが口を開く。ノルドはオルキヌス家を知らなかった為に頭にはてなが浮かんでいる。
 フヴィルに言われた途端ヘーラルも表情が堅くなる。こっちは緊張といった感じだ。二人に挟まれたノルドには空気が重すぎた。

 「あの......オルキヌス家って何...?」
 「はあ!?あんた貴族の『オルキヌス家』を知らないの!?」

 さっきの警戒はどこへやら。フヴィルは突然大声を上げる。これにはヘーラルも苦笑いだ。

 (そんなに有名なのか?山に引き籠ってたからわかんねぇ......)
 「数々の有名な魔法師を輩出してきた名門貴族よ。特に召喚術を得意としているわ。」
 (おお!解説ありがたい)

 そんな事をノルドが思っていると、今度はヘーラルが口を開く。

 「そう......フヴィルさんの言った通り。それにフヴィルさんが警戒するのは大体の貴族が妖精種の人間を迫害や差別をするからだと思う」

 俯き、弱々しく話したヘーラルは顔を上げ、フヴィルを真っ直ぐ見つめる。それにフヴィルは気圧されそうになっている。

 「でも私は違うよ......!絶対そんな事しない。」
 「信用できないわ......貴族のあなたにエルフ...妖精種がどんな思いしたか分からないでしょ」

 悲しそうに、そして冷たく突き放した。貴族と妖精種との亀裂は深いようだ。

 「分かるよ。私も家では除け者にされているから......名家だと落ちこぼれは自分の子供として見てくれないの。腫れ物のように扱われて、まともに名前すら呼ばれない」

 拳をぎゅっと握る。僅かに震えている。今彼女はされてきた仕打ちがフラッシュバックして、それに耐えているのだ。更に空気が重くなる。
 それを破ったのはフヴィルだった。

 「ごめんなさい......何も知らないで言ってしまって......」
 「ううん。でも貴族が酷い仕打ちをしてきたのは本当だから......」

 入学式当日とは思えない空気の重さだ。ただお互いがお互いを信じれてない。関係が浅いからこそ起きた衝突だ。時代がしてきた事は重い。それこそ一生分かり合えない人達もいるだろう。当事者でなくても敬遠してしまいそうになる。

 「まあ、初日なんだしさ!これからお互いを知っていけば良いんじゃねーの?これから学園を共に過ごす訳だしさ、決めつけるには早いぞ」

 空気の重さに耐えかねたノルドは助け舟を出す。それに折角出来るかもしれない友人一号、二号が険悪なんて御免だ。

 「そうね。これからゆっくり知っていけばいいわ。それに貴族がしたからと言って“この子”がしてきた訳では無いし」

 フヴィルも普段通りに戻そうとしている。ノルドも穏便と言えるか分からないが、一旦落ち着いた事に胸を撫で降ろす。
 ただ、ヘーラルだけは不満そうにフヴィルを見つめていた。

 「“この子”じゃない......」
 「ごめんごめん。ヘーラルね!」

 フヴィルは即座に気づき対応した。意外と姉御肌なのかもしれない。ただ今は仲直りとまでは行かずとも、不穏な空気が無くなった。

 (あのまま空気が重かったら、地面に埋まってたかもな)
 「あ!」

 安堵したのも束の間、フヴィルが何かに気づいたかのように声を出す。

 「入学式!」
 「あ......」

 フヴィルに言われてノルドも気が付けば声が出ていた。初日から大忙しである。ただノルドは少し楽しそうであった。学園に来るまでこんな忙しい事もなかったからだ。
 それからはヘーラルに案内されながら、走って大講堂へ向かった。
 幸いな事に大講堂までそこまで距離はなく、数分で着いた。生徒は殆どが着席しており、恐らくノルド達が最後だろう。
 一番後ろの席に座り、開会式を待つ。総勢三百人といったところか。貴族や平民、妖精種等、様々な出自、人種の人間がこの空間にいる。

 「これより今年度入学式を開会する」

 一人の女性が舞台袖から現れ、開会を宣言する。その言葉に辺りは静まり、本当に入学式が始まるといった雰囲気だ。

 「まず、学園長挨拶。学園長お願いします。」

 そう言われ、老年の男性が登壇する。白い髭を生やし、頭にはとんがり帽子ときた。いかにも魔道学園の学園長らしい風貌である。

 「新入生諸君、入学おめでとう。大陸を渡ってきた生徒も中にはいる事だろう。三つある魔道学園の中で我が学園を選んでくれた事を嬉しく思う。君達も知っての通りこの学園の卒業生には、大賢者グランドセージへと至った“ヴィース・ロプトール”もいる。君達の中から彼のように大賢者グランドセージに選ばれる者が現れる事を期待している。私からの挨拶は以上だ。」
 「学園長ありがとうございます」

 なんと短く良い挨拶だろうか。長かったら寝てしまいそうだ。ノルドは夜中に出発した為に寝不足で疲れも眠気もピークである。
 ただそこからは淡々と入学式は進み、入学式自体はあっという間に閉会となった。 

 「これにて入学式を閉会とする」

 その瞬間、ノルドの目にはその女性が微かに笑ったように見えた。

 「では、これより試験を開始する!」
 (試験!?聞いてないぞ!)

 やはり気のせいではなかったようだ。
 会場は騒然となる。それもそうだ。入学試験が無いから来た生徒も多いだろう。かく言うノルドもその一人だ。

 「安心したまえ。これで入学自体が取り消す事にはならない。ただ学園自体も君達の実力が知りたいだけだ」
 
 不敵な笑みを浮かべる女性に、再び静けさを取り戻す会場だったが、生徒達は全員状況を吞み込めていない。
 ノルド達の入学式初日は不穏な始まりを見せた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...