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15.魔女と奴隷とハーブのお酒
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庵に帰り、オーウェンは枝をバリバリ嚙み砕いているザジをまじまじと見ながら今後のことを考えていた。
そもそも自分が彼女をどうするか考えずに衝動買いしてしまったので彼女がなんのための奴隷なのかよく考えることなくただ家に置いている状態である。
ザジがいきなり口淫を始めたことに対してオーウェンは驚き狼狽えるばかりであったが、考えてみれば彼女は玩具奴隷として売られていたため、それを買うということは慰みものを望んでいると考えるのが順当であり、連れてこられて見て見れば若い男の一人暮らし、それでは早速ヤりましょうとなるのはまあザジの立場ならそうなるかな……と思う。そうなるかな? まあ、なるだろう……。なるってことにして考えるのを続けよう、と思うオーウェンである。
(好きにならないとやっていけない……か)
自分はこの庵から長く離れたことはない。家族がいなくなって随分経つが、家族と仲良く暮らしていた所をいきなり引き離され、遠い土地で知らない相手と一緒に暮らせと言われたらどうするだろう。元々彼は自分のペースを崩されるのがあまり好きではない。自分一人で自由な時間を過ごしたいと思う方だから、波風を立てて自分の時間を争いで浪費するよりは衝突を避け、穏やかに過ごせるように頭をひねるだろう。そう思うと、ザジのやや強引なふるまいは新しいご主人様に自分を売り込もうという努力なのだろうというところまで考えが至った。
オーウェンは他人と肉体的に接触したいとはもともとあまり思わない。奴隷市場でザジを見て、初めて覚えた謎の感情が性欲を孕んだ好意だということにようやく気が付き始めて正直まだ混乱している。ザジの切なくなるほど小さくやさしい肩に触れてみたい。ちょんと開いているへその穴に口づけてみたい。オーウェンがその願望を口に出して言ったら、ザジははいどうぞとばかりに服を脱いでそうさせてくれるだろうとも思う。だけど、本当は嫌だったら? しかも体を差し出すだけでなく妻ということにしろとまで言われて?
(オーウェン。人の話は良く聞きな。それで、自分で良く考えるんだ。いいね)
「そうだな……」
いつまでも自分一人で考えていても仕方がない。頭の中のザジは彼女本人ではなくオーウェンだからだ。彼女本人はそこで枝を齧ってるじゃないか。ずいぶん齧ったな。奴隷市場ではどうしてたんだこれ。彼は床にぺたんと座っている彼女に近づいて見下ろす。
「鶏を潰して食おうと思う。やってくるからでかい鍋にお湯を沸かしておいておくれ」
「ん、かしこまりました」
オーウェンが声をかけるとザジはかじった木の残骸をかまどにぽいぽい放り込み、火をつけ始める。故郷でもそうやっていたのだろう。それを尻目に裸足のまま彼は庭に出る。
ザジは、急に鶏を潰すなんて唐突だなと思った。彼女の実家ではお祝いの時でもないとそういうことはしないからだ。
(あたしもおいしいもの食べられるならいいけど。あの人、奴隷に食べ物をわけることに関しても結構頓着ないからな)
主人の食事を直立不動で待って、終わったら残飯を四つん這いで食わされるくらいは覚悟していたのに、タルトまで焼いて食べさせてくる主人はもう完全にあたりの方の主人だろう。絶対にこの生活を維持しなくてはならない。
しばらくすると、オーウェンが血抜きをした鶏をぶら下げて帰ってきたので、沸かしていた鍋の湯で煮て、熱いうちに二人で羽を取る。
「卵も食えるし、肉も食うんでいいんだよね? ケイト族は」
「お肉好きです」
「ならよかった。アンタの故郷の料理を今日は食いたいから作ってみておくれ」
「仰せのままに」
少しだけ会話をして、あとは無心で羽を毟っていく。
「二人でやるとやっぱり早いね。使いたいところを取っておくれ。のこりはアタシが使うから」
「それでは……」
ザジが野菜やイモやチーズと一緒にスープのようなものを作ろうとしているようなので、あまったほうをオーウェンが焼く。大きなオーウェンと木箱の上に立った小さなザジが並んで料理しているのはちょっとだけ本当に夫婦のようで、オーウェンはそれをうれしい、と思った。
料理が出来上がる頃、日が暮れ始め暗くなってきたのでランプをつけた。照らされた食卓は二人で作った料理が並び、小規模なお祭りのようだ。
オーウェンは棚から瓶とグラスをふたつ出してテーブルに置いた。
「かあさんは酒が好きだった。これはかあさんと一緒に作ったハーブ酒だが、アンタ、飲めるかい?」
「お酒、大好きです!!」
「そりゃそりゃ……」
やや食い気味に答えるザジが可愛くて、オーウェンは自然と笑顔になった。
「アンタの歓迎会をしてないって気づいたんだ」
「歓迎会ですか?」
「新しい家族ができたら歓迎会をするもんだ。すくなくともウチはそうだ。アタシはアンタを奴隷としてじゃなくて家族として迎えたつもりでいる。だから一緒に酒を飲みたい」
相手を知りたいときは一緒に食事をするのがいい。酒も飲めるなら話が早い。母エウェンがそんなことを言っていたのをオーウェンは思い出したのだ。
「かぞく……」
「アンタに本当の家族がいるってくらいわかってるよ。けどこうやってここに来ちまって、そんでもってアタシはアンタを買っちまったし、アンタを元の所に返すのもちょっと簡単にはいかなそうだし、だったらもう。家族になるしかないだろ」
「……」
「まあ今はいいよ。冷めちまうから食おう。ほら、乾杯だ」
オーウェンはハーブ酒を注いだグラスをザジに手渡し、自分が持ったグラスをそれにチン、と軽く当てた。
「だからぁ~、あたし処女だったんですよぉ~。なのに~、なんか変なぬるぬるしたイモの蔓みたいなので穴開けられちゃってぇ~。ひどくないですかぁ?」
「ああ、うん。災難だったねぇ……酒癖わっる」
しばらくは和やかに食事をしていたのだが、酒が進むにつれてザジの視線がだんだん怪しくなってきて、今はこの有様である。ザジがくだを巻くのを、やや引き気味のオーウェンがうんうんと相槌を打つという状態が先ほどから続いていた。
「あたしだってぇ~はじめては好きな人とぉ~、夕日が沈む海とか見てぇ~、ああ~もう好きな人だったら納屋とかでもよかったわぁ~。灯りつけたらママが起きちゃうかもぉ~とか言って~、藁まみれでクスクス笑ったりしたかったのにぃ~!!!」
「好きな人、うん、好きな人とかいたんだ……?」
「うー。好きな人いたけどぉ……妹の彼氏だったからぁ~。妹不幸にするのヤだしぃ~。諦めてたけどぉ~。でも諦めてちゃんと地元で新しい恋見つけるとかしたかったじゃん!! 妹の婚姻の式がもうすぐあるはずだったのに~!!!! 馬鹿ぁ~!!! 人さらいの馬鹿ぁ~!!!」
失敗した……とオーウェンは天井を見た。これは……酒は好きだけど別に強くないやつだった……と。
びえええええと泣きながらグリルした鶏肉をむしゃむしゃと頬張り、骨までバリボリと噛み砕いてそれを酒で流すザジ。もっと!! と差し出されるグラスに、オーウェンは今度は水で割った酒を入れてやった。
「なんか……ほんとに悪かったね。アタシのことも別に好きなんかじゃないだろ? それなのに、その、あれだ、なんだ、その。精液とか飲んだりするの、嫌だったんじゃないのかい」
「精液! まずい! おいしくない! 嫌い!!」
「嫌だったらそんなことしなくていいんだから……」
もう次は水を飲ませよう。こうなったらもう水でも酒でもわからないだろう、と決めてオーウェンは自分のグラスを傾け、中の酒を口に含んだところで急に黙ってこっちを見つめていたザジと目が合った。
「でも……お尻ほじってもらったのは気持ちよかったからまたしてもいい……」
「ブフォッ!!!!」
飲み損ねた酒が気管に入り、オーウェンは盛大に噎せた。
そもそも自分が彼女をどうするか考えずに衝動買いしてしまったので彼女がなんのための奴隷なのかよく考えることなくただ家に置いている状態である。
ザジがいきなり口淫を始めたことに対してオーウェンは驚き狼狽えるばかりであったが、考えてみれば彼女は玩具奴隷として売られていたため、それを買うということは慰みものを望んでいると考えるのが順当であり、連れてこられて見て見れば若い男の一人暮らし、それでは早速ヤりましょうとなるのはまあザジの立場ならそうなるかな……と思う。そうなるかな? まあ、なるだろう……。なるってことにして考えるのを続けよう、と思うオーウェンである。
(好きにならないとやっていけない……か)
自分はこの庵から長く離れたことはない。家族がいなくなって随分経つが、家族と仲良く暮らしていた所をいきなり引き離され、遠い土地で知らない相手と一緒に暮らせと言われたらどうするだろう。元々彼は自分のペースを崩されるのがあまり好きではない。自分一人で自由な時間を過ごしたいと思う方だから、波風を立てて自分の時間を争いで浪費するよりは衝突を避け、穏やかに過ごせるように頭をひねるだろう。そう思うと、ザジのやや強引なふるまいは新しいご主人様に自分を売り込もうという努力なのだろうというところまで考えが至った。
オーウェンは他人と肉体的に接触したいとはもともとあまり思わない。奴隷市場でザジを見て、初めて覚えた謎の感情が性欲を孕んだ好意だということにようやく気が付き始めて正直まだ混乱している。ザジの切なくなるほど小さくやさしい肩に触れてみたい。ちょんと開いているへその穴に口づけてみたい。オーウェンがその願望を口に出して言ったら、ザジははいどうぞとばかりに服を脱いでそうさせてくれるだろうとも思う。だけど、本当は嫌だったら? しかも体を差し出すだけでなく妻ということにしろとまで言われて?
(オーウェン。人の話は良く聞きな。それで、自分で良く考えるんだ。いいね)
「そうだな……」
いつまでも自分一人で考えていても仕方がない。頭の中のザジは彼女本人ではなくオーウェンだからだ。彼女本人はそこで枝を齧ってるじゃないか。ずいぶん齧ったな。奴隷市場ではどうしてたんだこれ。彼は床にぺたんと座っている彼女に近づいて見下ろす。
「鶏を潰して食おうと思う。やってくるからでかい鍋にお湯を沸かしておいておくれ」
「ん、かしこまりました」
オーウェンが声をかけるとザジはかじった木の残骸をかまどにぽいぽい放り込み、火をつけ始める。故郷でもそうやっていたのだろう。それを尻目に裸足のまま彼は庭に出る。
ザジは、急に鶏を潰すなんて唐突だなと思った。彼女の実家ではお祝いの時でもないとそういうことはしないからだ。
(あたしもおいしいもの食べられるならいいけど。あの人、奴隷に食べ物をわけることに関しても結構頓着ないからな)
主人の食事を直立不動で待って、終わったら残飯を四つん這いで食わされるくらいは覚悟していたのに、タルトまで焼いて食べさせてくる主人はもう完全にあたりの方の主人だろう。絶対にこの生活を維持しなくてはならない。
しばらくすると、オーウェンが血抜きをした鶏をぶら下げて帰ってきたので、沸かしていた鍋の湯で煮て、熱いうちに二人で羽を取る。
「卵も食えるし、肉も食うんでいいんだよね? ケイト族は」
「お肉好きです」
「ならよかった。アンタの故郷の料理を今日は食いたいから作ってみておくれ」
「仰せのままに」
少しだけ会話をして、あとは無心で羽を毟っていく。
「二人でやるとやっぱり早いね。使いたいところを取っておくれ。のこりはアタシが使うから」
「それでは……」
ザジが野菜やイモやチーズと一緒にスープのようなものを作ろうとしているようなので、あまったほうをオーウェンが焼く。大きなオーウェンと木箱の上に立った小さなザジが並んで料理しているのはちょっとだけ本当に夫婦のようで、オーウェンはそれをうれしい、と思った。
料理が出来上がる頃、日が暮れ始め暗くなってきたのでランプをつけた。照らされた食卓は二人で作った料理が並び、小規模なお祭りのようだ。
オーウェンは棚から瓶とグラスをふたつ出してテーブルに置いた。
「かあさんは酒が好きだった。これはかあさんと一緒に作ったハーブ酒だが、アンタ、飲めるかい?」
「お酒、大好きです!!」
「そりゃそりゃ……」
やや食い気味に答えるザジが可愛くて、オーウェンは自然と笑顔になった。
「アンタの歓迎会をしてないって気づいたんだ」
「歓迎会ですか?」
「新しい家族ができたら歓迎会をするもんだ。すくなくともウチはそうだ。アタシはアンタを奴隷としてじゃなくて家族として迎えたつもりでいる。だから一緒に酒を飲みたい」
相手を知りたいときは一緒に食事をするのがいい。酒も飲めるなら話が早い。母エウェンがそんなことを言っていたのをオーウェンは思い出したのだ。
「かぞく……」
「アンタに本当の家族がいるってくらいわかってるよ。けどこうやってここに来ちまって、そんでもってアタシはアンタを買っちまったし、アンタを元の所に返すのもちょっと簡単にはいかなそうだし、だったらもう。家族になるしかないだろ」
「……」
「まあ今はいいよ。冷めちまうから食おう。ほら、乾杯だ」
オーウェンはハーブ酒を注いだグラスをザジに手渡し、自分が持ったグラスをそれにチン、と軽く当てた。
「だからぁ~、あたし処女だったんですよぉ~。なのに~、なんか変なぬるぬるしたイモの蔓みたいなので穴開けられちゃってぇ~。ひどくないですかぁ?」
「ああ、うん。災難だったねぇ……酒癖わっる」
しばらくは和やかに食事をしていたのだが、酒が進むにつれてザジの視線がだんだん怪しくなってきて、今はこの有様である。ザジがくだを巻くのを、やや引き気味のオーウェンがうんうんと相槌を打つという状態が先ほどから続いていた。
「あたしだってぇ~はじめては好きな人とぉ~、夕日が沈む海とか見てぇ~、ああ~もう好きな人だったら納屋とかでもよかったわぁ~。灯りつけたらママが起きちゃうかもぉ~とか言って~、藁まみれでクスクス笑ったりしたかったのにぃ~!!!」
「好きな人、うん、好きな人とかいたんだ……?」
「うー。好きな人いたけどぉ……妹の彼氏だったからぁ~。妹不幸にするのヤだしぃ~。諦めてたけどぉ~。でも諦めてちゃんと地元で新しい恋見つけるとかしたかったじゃん!! 妹の婚姻の式がもうすぐあるはずだったのに~!!!! 馬鹿ぁ~!!! 人さらいの馬鹿ぁ~!!!」
失敗した……とオーウェンは天井を見た。これは……酒は好きだけど別に強くないやつだった……と。
びえええええと泣きながらグリルした鶏肉をむしゃむしゃと頬張り、骨までバリボリと噛み砕いてそれを酒で流すザジ。もっと!! と差し出されるグラスに、オーウェンは今度は水で割った酒を入れてやった。
「なんか……ほんとに悪かったね。アタシのことも別に好きなんかじゃないだろ? それなのに、その、あれだ、なんだ、その。精液とか飲んだりするの、嫌だったんじゃないのかい」
「精液! まずい! おいしくない! 嫌い!!」
「嫌だったらそんなことしなくていいんだから……」
もう次は水を飲ませよう。こうなったらもう水でも酒でもわからないだろう、と決めてオーウェンは自分のグラスを傾け、中の酒を口に含んだところで急に黙ってこっちを見つめていたザジと目が合った。
「でも……お尻ほじってもらったのは気持ちよかったからまたしてもいい……」
「ブフォッ!!!!」
飲み損ねた酒が気管に入り、オーウェンは盛大に噎せた。
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