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21.魔女と奴隷と祭りの夕餉

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「魔女だ! 魔女だ! 本物の魔女だ!!」

 近隣の街の比較的治安のいい区画を、オーウェンはザジを乗せて箒でゆっくりと飛ぶ。二人とも、いつもはかぶっていない魔女然としたつば広の三角帽子を頭に載せていた。ザジもオーウェンとおそろいの黒いローブを纏っている。その箒の後ろを、同じような魔女の扮装をした子供たちがわあきゃあと騒ぎながら追いかけていた。

「追いついた子にはお菓子をあげるよ!!」

 箒の高度を上げてオーウェンがそう叫ぶと、子供たちは大はしゃぎでついてくる。なるべく人通りの多い、危なくない道を選んで二人は飛んだ。
 今日はこの世界とそれ以外の境界が薄くなる日らしい。朝からオーウェンと一緒に焼いたクッキーをぽりぽりとかじりながらザジは街を見回した。
 今日はみんな浮かれていて、魔女の扮装をしているものが多くいる。中には魔物の扮装をしている子供もいた。ザジの故郷にもこういった祭りはあって、そこではカラフルな人骨の扮装をするのだが、海の向こうとなるとやっぱりちょっと違ってくるんだな、とこちらに来て初めて観光気分になった。

(それにしても、今日はなんだか『多い』な……境界が薄くなるって言われても意味わからないけど、こういうことなのか……)

 オーウェンと共に毎日魔女の生活をしていたザジは、最近不思議な影を見ることがあった。この間などオーウェンに許可をもらって絵本を借りに書庫に行ったら、取り出した本と本棚の間に黒い影がいて話しかけてきたのでびっくりして台から落ちた。

『かわいイねエ。ねずみチャん、かわイいネえ。ねずミちゃン、かワい……』

 尻をさすりながらオーウェンに報告すると、別にどうということもないという顔で彼は「この庵がアンタに慣れたんだろ」と言うだけだった。
 今日も良くわからないものがちらほらと見える。先ほどなど褐色のものすごい美男子がいたのでつい目で追ったら角と羽と尻尾が見えたし、気付いてウィンクしてきた目は黒目と白目の色が反転していたし。

「一人一個一人一個!! チビたちにもちゃんとやるんだよ!!」

 やんちゃな男の子が箒に飛びつき、その友達がどんどんくっついてぶら下がり箒が音を上げた。オーウェンはカバンから小さな布袋をいくつも出して子供たちに配る。その袋は昨日二人でちまちまと縫ったものだ。中にはクッキーが入っている。小さな子は危ないのと、オーウェンの顔が怖いので親と一緒に待っているようだ。オーウェンには複数いる子供たちの、どの子にきょうだいが何人いるか把握できていた。なにせ、ここ数年のここらの子供はみんな彼が取り上げているのだ。

「あれ? エウェンおばあちゃんじゃない!! 女の子だ!!」
「ねえねえだあれ? オーウェンさんの弟子なの?」

 まだエウェンが生きていたころからこの祭りに参加している女の子たちがザジを囲んだ。オーウェンは彼女たちに別にエウェンが死んだことは伝えていないので、寝たきりになっているとでも思っていたようで、箒の先に小さな魔女の姿を認めて駆け寄ったものの、顔を覗き込んだら若かったので驚いたらしい。

「こんにちは! ザジです!! オーウェン様の奥さんなの!!」
「バッ……アンタ!!」

 きゃーっ!!!! と幼い黄色い声が広場に響いた。

「これだから嫌なんだよ!! なりは小さくても性質タチは女なんだから!! 嫌だねぇ!!!」
 ザジの首根っこをひっつかんで箒に引っ張り上げたオーウェンは魔女の帽子をぐいっと押し下げ、真っ赤になった顔を隠す。そのまま逃げるように箒を走らせて立ち去った。背後に子供たちの囃し立てる声が聞こえ、やがて遠くなっていった。

「……魔女の扮装をしたり、菓子を配ったりするのは本来のこの祭りにはないものだったようなんだが、かあさんたちがずっと昔に流行らせたらしい。そのおかげでとくに迫害とかもされずに魔女としてアタシたちが暮らしていけるくらいに親しまれてるわけだから、ちゃあんとやって行かないとね……子供は苦手だが……」

 帰宅後、祭りの生贄として山羊を一頭潰したオーウェンは返り血を浴びた顔でそんなことを説明した。確かに、正体のわからない魔女がこんなふうに血とか浴びてたら怖いもんなとザジは思った。

「今、そんな怖い顔で生贄とか潰してたらそりゃあ……とか思ったろ!!」
「いーえ! いーえ!!」

 クッキーにパイは朝に焼いた。今は山羊肉を煮こんだり、串焼きにしたりして祭りのごちそうを作る。山羊の血を満たした壷を開きっぱなしのドアの傍に置いておくと、その匂いを頼りに死んだ家族が『帰って』くるのでごちそうでもてなすのだ。

「かあさんの好きな紅茶もハーブ酒もいっぱい用意して……アンタは酒は飲むなよ」
「ちぇー」

 物陰に潜んでいた黒い影がいくつも出てきて扉の前の壷を覗き込んでいる。今まで見えなかっただけで、故郷の祭りの時もこういうのがいっぱいいたのかなあ……とザジは少し怖く思った。
 日が陰ってきて、オーウェンがくり抜いたかぶらのランプを灯すと扉の外から大きな影がのっそりと覗き込んで来た。

「オーウェン様……」
「来たね……挨拶するよ」

 ちょうどオーウェンとザジと同じくらいの大きさの、大きな影と小さな影が二人分扉を通って入ってくる。その影と向かい合って立ってオーウェンは挨拶をした。

「おかえりなさい。かあさん。それととうさん。こいつは……新しい家族のザジだよ。挨拶しな、ザジ」
「は、はじめまして、ザジです!! よろしくお願いします!!」

 耳をピンと立てて挨拶するザジには影たちがどんな表情をしているのかまではわからなかったが、空気が柔らかくなったのを感じたのでどうやら受け入れられたようだと彼女は思った。

「食事にしよう。かあさんの好きなものをたくさん作ったからね」

 テーブルに四つ備え付けられている椅子の家の二つに影たちが座ったのでオーウェンとザジも着席し、不思議な家族の夕食が始まった。

「この大きな人はぼくの親父らしいんだが……。生きてるときに会ったことはないから顔は知らないんだ。エブリンおばさんやライザのアネさんが言うにはぼくととてもよく似ているらしい。でもこうやって死んだ後に訪ねてきてくれる」
「そうなんですね……」

 オーウェンが自分のことを『ぼく』と言う時があるのはザジも気が付いていた。慌てている時に何度かそう言うのを聞いたからだ。今そうなっているのはかつての家族に会えて自然体になっているからなのだろう。自分と二人きりの時のオーウェンは『アタシ』のままだ。まだ自分は彼が自然に接することが出来る存在ではないのだろうな、とそんなことをザジは考える。

(あたしはこの人とどうなりたいんだろう。仲良くなりたいとは思う。でも愛し合いたいのかはよくわからないな……。触れ合うのは気持ちいい。狂っちゃいそう。だけど触れ合うだけなら愛なんかなくてもできるからな……)

 時々黒い影に話しかけながら食事をするオーウェンを横目で見ながらザジは自分の境遇に想いを巡らせる。自分たちはおままごとの夫婦。ウソっこの関係。でもオーウェンはさっきザジを両親に『家族』と紹介した。オーウェンが自分と家族でいたいんだとして、自分もそれでいいのかってこと、考える時期なんだろうなあ。ザジはそう思った。

「今アタシが寝てる部屋がもともととうさんの部屋だったみたいなんだよな。だから今日はアタシはアンタの部屋で寝るよ。いいね?」
「え? いいんですか? ご両親がいるのにエッチなことしちゃうんですか?」
「馬鹿ッ!! するわけないだろッ!! なんてこと言うんだよ親の前でッ!!!」

 真っ赤になって声を荒げるオーウェンを見て、ふたつの影は楽しそうに体を揺すった。
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