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一章・満たない二人

1.はらぺこサキュバスと性欲の強い男エルフの出会い

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「うう……お腹がすいたよお……」

 わたしの名前はシルキィ。今は隠密のスキルのおかげでただの町娘みたいに装ってるけど、これでもれっきとしたサキュバス……のはずだ。シルキィちゃんはほんとに人間みたいよねえ、とおかあさんやおねえちゃんに言われるくらい、普通の容姿。サキュバスって、大体みんな美人で妖艶で、男にとっては夢の中でもいいから一発お願いしてぇ! って思うようなぷるんぷるんのセクシーな存在なんだけど……確かにわたしは髪の毛と肌はちょっと自慢なくらいつるつるだけど、あとはあんまり……なんかほんとにふっつーの容姿だ。

「一度でいいからお腹いっぱい精気吸収してみたいよぉ……」

 そんなわたしは今、娼館通りをとぼとぼと歩いていた。他人の交わりで発生する精気のおこぼれにあずかるためだ。

「あんっ♡ あんっっ♡ すごいっ♡ こわれ、壊れちゃうっ♡♡」

 窓から娼婦の嬌声が漏れ出している。ここで補給させてもらおうっと。

「はぁ~。お仕事って割り切れればいいんだけど、仕事じゃなくて食事だからなあ……」

 見た目ただの女の子がこんなところ一人でふらふらしてたらよくない男の一人でもつかまるんじゃない? って思うでしょ? いくらサキュバスでも強姦は嫌なんだよね……。

「みんなは贅沢だって言いそうだけど……」

 他のサキュバスなら、道端で引っ掛けた男たちと大乱交大回転で大勝利! みたいなの、大好きだと思うんだけど、わたしはそうじゃないのだ。いろんな人とかわるがわる性交するのがあんまり得意じゃない。一人の相手とずっとするんだったらまあまあできないことはない。サキュバスには誰でも使える契約魔術があって、相手が射精するたびにこっちに精気が流れ込んでくるようにすることもできるし。でも大体の人はサキュバスにずっと吸われ続けたら死んじゃうからなあ。殺すのもかわいそうだからあんまりしたくない。こういう感じだから、他のサキュバスにも馬鹿にされがちなのでサキュバス界も生きやすい居場所じゃなくて、いつもこういうところでじわじわとエネルギーの残滓を集めて小腹を満たしているのだった。くすん。情けなくて涙が出そうになったその時だった。

「この野郎! うちの娼婦ぶっ潰すつもりかよ!! 二度と来るんじゃねえクソエルフが!!」

 どかん、がしゃん!!!

「わっ!! ごめんなさいごめんなさい!! すぐお暇しますから!!」

 大きな音がして娼館のドアが開き、着衣もままならない男の人が一人、蹴りだされてきたのだ。

「あたたたた……出禁にされてしまいました……。すみません、お騒がせしました」

 行きかう人に遠巻きに見られ、謝りながらも衣服を直すその人からとてつもない精気を感じ、わたしのお腹がぐぎゅるうう~とひどく大きな音を立てる。これは、お腹いっぱいになれるチャンスなのでは!?
 とぼとぼと立ち去ろうとする彼をわたしは追いかける。歩いているだけなのにすごく足が速い……! 人通りの少ないところでやっと追いついて、わたしはその人に声をかけた。

「あ、あのっ! わ、わ、わたしと一晩過ごしてくれませんか!!?」

 振り向いてびっくりしたその顔を、わたしは初めてまじまじと見た。とても高い背丈、真っ白な肌に秀でた額。若草の目。サラサラの金髪。そして。長く尖った耳。エルフだ。その人は、とても美しいエルフの男性だった。

「君は、立ちんぼですか? 全然そんな風に見えないけど、でもまあ最近はいろんなのがいるから……」

 頭を掻きながら困ったような顔でこちらを見下ろすエルフの男性の顔が彫刻のように美しいので、わたしは今更、こんな芸術みたいに美しい人に何を言っちゃったんだろうと急に恥ずかしくなる。

「いや、君耳まで真っ赤じゃないですか。見たところやっぱりただの町娘ですよね? いじめ? 罰ゲーム? 悪いことは言わないからもうおうちに帰ったほうがいいですよ」

 エルフの男性はまるでいい大人かのようなことを言う。娼館を出禁になるようなことをおそらくした人なのに。強姦は嫌だけど、野外で複数にされるよりはいいと思って、わたしは覚悟して声をかけたのに、なんでこんな人のよさそうな顔をしてるんだろう。

「わたし、わたしは。今日あなたとその……性交ができないと、死んでしまうかもしれないので……」

 ほんとのことだけど、バカみたいなことを言ってしまう。きっとこの人も呆れてるだろうと思ってうつむいていた顔を上にあげると、この人はあろうことかキラキラと輝いたような笑顔を浮かべていた。

「奇遇ですね。わたしも今日誰かとまぐわいをしないと死んでしまうかもしれないんですよ」

 レイモンド、と名乗ったエルフの男性と彼の取っている宿へ行った。一階の食堂からもらってきたお湯でハーブティを煎れてくれて、それを飲みながらわたしは自分の正体を明かす。

「わたし、その、サキュバスです」

 ふわふわしたピンクブロンドの髪からにょきっと角を出すと、最初はいぶかしんでいた彼もすぐに信じてくれたようだった。

「サキュバスかあ、二十年前くらいに一人くらい相手したことがあるかもしれないな……」

 窓辺に立ったままずずっとお茶を啜る彼は長い長い人生の中ですれ違ったサキュバスのことを思い出しているらしい。知ってるサキュバスだろうか。

「でもサキュバスって寝てるときにいきなり襲いに来て吸いたいだけ吸っていくような種族だと思ったけど、シルキィ君はそうじゃないんですか? わざわざこんな回りくどいことをして」

「えっと、それはその~。わたし。苦手なんです。知らない人を無理やり襲うような食べ方が……。でもわたし、他のサキュバスみたいにその、ほとばしる色気、みたいなものがないので、なかなか男の人に出会ってすぐその気になってもらうみたいなの結構難しくって」

「なるほどねえ、それで私みたいなのに声をかけたんですか? 私が殺人鬼だったらどうするつもりでした?」

「えっ!! レイモンドさんって殺人鬼なんですか!!?」

「いいえ、私は殺人鬼ではありませんよ」

「ですよね……」

「だからといって上等なエルフでもないですけどね……」

 飲み終わったカップをテーブルに置いて、レイモンドさんは私に近づき、大きな体を折り曲げて顔を近づけて来た。うっ! 顔が……顔がいい……。

「私は切羽詰まったら動物とでもまぐわうような色情狂ですが、それでも良いですか?」

「えっ……あっ……」

 潤んだような若草色がわたしを覗きこみ、正体を明かすために出しっぱなしにしていた尻尾を大きな手が柔らかくつかんでなぞり上げてくる。

「あっ……やっ……尻尾、弱いので……っ」

「シルキィ君」

「は、はあ、はあ、はい……」

「キスをしても?」

 ひ、ひぃいっ……顔がいい~っ!!!

「ふぁい……キスしてくだしゃい……♡♡」

 キスで虜にするのはサキュバスの得意分野のはずなのに、尻尾をなぞられ美しすぎる顔に覗き込まれて、こんな時だけサキュバスの生まれ持った感じやすい体がうずうずと欲求を伝えてきて、熱に浮かされたようにわたしはキスを強請ってしまう。

「そちらが誘ったのですからね……」

 ふわりとハーブティの香りが漂い、彼の形のよい唇がわたしの唇を塞ぎ、歯列を割り開いて舌が侵入してくる。

「んっ……ふっ♡ ふううん……♡」

 ざらざらと上あごや舌先、歯茎をなぞられ、わたしの全身に鳥肌のようなぷつぷつとした昂りが走っていく。この人、すごくキスが上手いっっ♡♡

 ぐちゅっ、ぐちゅぐちゅぐちゅっ♡ ぶちゅっ♡ ぬるっ♡ じゅ、ずっ、ずるっ♡

 下品な音を立てて、びっくりするほどがつがつしたキスをしてくる彼の唾液と一緒に、喉の奥を精気が滑り落ちていく。さっき飲んだハーブティと、それと良く知らない草のような……これがエルフの精気……わたしはすでに溺れそうになっていた。

「ぷは……♡ これでもう、知らない仲じゃないですよね? それでは朝までまぐわいましょう」

 もはやされるがままのわたしを抱き上げて、レイモンドさんはベッドまで移動した。
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