ご主人様の縄

國村城太郎

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5.二人の握る手

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 先生とマリコさんの縄は続く。
   
   シンジ SIDE
 流麗……そんな言葉が頭に浮かんだ。自然に何気ない仕草で、しかしすごい速さでマリコさんが縄を纏っていく。全身縛られ、更に折り曲げられ、息を荒くしているマリコさんは、とても綺麗だと思った。
 
「こんなこと僕にできるようになるんですかね……」ぼそっとつぶやく。
 
「別にこれと同じことをできるようになる必要なんかないわよ。好きな人の縄ってのは、特別なものなのよ。大事なのは、心を込めて愛情をもって縛ること。愛情がきちんと伝わるように、相手のことを思って縛ること。それができれば大丈夫よ」この時、抄妓しょうこさんは、とても、とても大事なことを教えてくれていたのだけど、先生の縄に夢中な僕はその言葉を本当には理解できていなかったのだ……。
 
 他人の手で、気持ちよくなる恋人をみる。嫉妬心が湧き上がってくる。彼女と肌を重ねた後だったら我慢できただろうかな、と考えていた。
 
 でも小さな嫉妬心が吹き飛ぶくらいに、先生の縄は圧巻だった。急いでいるようにも見えないのに、彼女の姿勢が縛られたり解かれたりしながらどんどん変わっていく。その度に、彼女の吐息が、艶めかしく、部屋に響く。その声は僕を魅了すると同時に、嫉妬心を呼び起こす。そして、僕は、いつか自分の手で、彼女をこんな風に縛りたい。そして、こんな声をあげるくらい喜ばせたい。そう強く思っていた。
 
「ああやって、どんどん姿勢を変えることで、身体に負担がないようにしているの。同じ姿勢のままずっと固められるのってよくないから。エコノミー症候群とか聞いたことあるでしょ?そんなことにならないように、拘束と解放を繰り返すのね。」そう、抄妓しょうこさんがわかりやすく教えてくれる。
 
「よかったら、シンジさんもこの後受けてみたら?縄の気持ちよさがわかると上達早いわよ。だれでもわかるわけじゃないけどね。特に男性は身体硬いから、難しいかな」
 
「ではこの後にでも、お願いします」そう私は抄妓しょうこさんに伝えた。
 
「はい、わかりました。さぁ、そろそろ終わりに近づくわ。よく見てて、縄を解く時も、まだ終わってないの。あれもとても気持ちいいのよ」抄妓しょうこさんがそう言ってくれたので、私は縄を解く先生とマリコさんの様子に集中して、じっと見ていた。
 
 ゆっくりと肌に添わせるように先生が縄を抜いて解いていく。縄がこすれるのに合わせて、マリコさんが喘ぐ声がする。とても気持ちよいのだろうなというのが伝わってくる。
 またズキリと心が痛み嫉妬心が湧いてくるのを、ぎゅっと押しとどめる。まだあの人との関係はこれからなんだから。でもいつかは、自分の手で……。そう思った。
 
 縄が解かれて、マリコさんはぐったりしたように、床に寝ている。

「そばにいって、触れていてあげて。縄から戻った時についていてあげてほしいの」抄妓しょうこさんにそう言われて、私は寝そべっているマリコさんの傍らに座る。そしてそっと手を握った。
 
 ぼぉーっとしていた瞳にだんだん力が戻って、マリコさんの瞳がこちらを見た。
   SIDE END
   
   
   マリコ SIDE
 かすむ意識の中、縄の余韻を反芻していると、誰かに手を握られた。暖かい手。前のご主人様から、特別に褒められて頭を撫でられたことはあったけど、こんな風に手を握られたことはなかった。あのときはあんなに嬉しかったはずの、これまでの10年の思い出がなんだか色あせていくように感じる。この手の温もり……まだ家族が仲良しだった頃に、両親に繋がれた手の温もりを思い出した。
 暖かい手……私を大切に思ってくれる手、何かこれが自分にとって、とても大切なもののような気がする。
 
 ふっと意識が戻ってくる、手を握っている人を見ると、そこにシンジさんの顔があった。こっちを優しい目で見下ろしてくれている。
 
「シンジさん……手、握ってくれたんですね、ありがとうございます」そうお礼の言葉が口からこぼれ落ちる。
 
「いいえ、綺麗でしたよ。それと、少し嫉妬しました。だからせめて手くらいは私が握っていたかったんです」そんなことを悪戯な口調で言うシンジさんに、私は喜びと申し訳なさで、つい「ごめんなさい」と謝ってしまう。
 
「謝らないでいいんだよ。しておいでって送り出したのは僕なんだし、でも嫉妬するのも僕の自由だよ。それを謝られても困るかな。頑張って覚えるから、僕の縄でも縛られてほしいな」
 
「はい、喜んで、私を好きに縛ってください、私を貴方のものにしてください」おもわず私はそんな風に言ってしまう。
 
「うーん、一応ドミナントとか調べてはみたんだけど、僕は今のところそういう性癖があるかどうかはわからなかったですね。」そう言って私を見つめて、また言葉を繋ぐ。
 
「それはそれとして、たとえご主人様と呼ばれても、僕はマリコさんを奴隷みたいにはしたくないな。ご主人様と呼んでもいいけど、君は君の自由意志で僕をそう呼んでくれればいいよ。自由意志を奪われた奴隷じゃなくて、自由な君が自分の意思で、私を大切に思ってくれた方が嬉しいな」シンジさんは私にそんな風に言ってくれました。
 
「はい、自由って言われても、難しいですけれど、シンジさんを大切にしたいと思います」と私が言うと、抄妓しょうこさんが会話に混ざってくる。
 
「その辺のご主人様かぶれより、むしろシンジさんの方がよっぽどちゃんとドミナントしてるわ。その考え方素敵よ。ねぇ、マリコちゃん、私がとっちゃったらダメ?」と悪戯っぽい仕草で、シンジさんの私の手を握ってない反対の腕に自分の両手を絡めて抱きついてくる。
 
 私は思わず起き上がると、「ダメです‼」と自分でもびっくりするくらい大きな声を出して、シンジさんを抱きしめて抄妓しょうこさんから引き剥がした。
 
「あ……ごめんなさい」慌てて私は二人に頭をさげる。
 
「あら、お熱いわね、ごめんなさい」と謝る抄妓しょうこさん。
 
「ふふ、嬉しいなぁそんなにぎゅっと抱きしめてくれて」と喜ぶシンジさん。
 
「仲良しでよかったねぇ」と最後に先生が言って、その場が落ち着くと、またインターホンが鳴って、次のお客さんがやってきて……またみどりの賑やかな日常がはじまっていた。
   SIDE END
 
 その後にあったシンジの緊縛初体験は、男性という性だけに、身体がきつく、どうして縄で気持ちよくなる女性がいるのかということを理解するには至らなかったことだけ、記しておく。
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