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第1話 追放された鍛冶師
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王都エルトリアの朝は、いつも金属の焼ける匂いから始まる。
鍛冶工房が連なる裏通りでは、ハンマーの音が絶えず響き、人々の生活を支える鉄と火の歌が奏でられていた。
その中でも、一際早く炉に火を入れる青年がいた。名をカイル。二十歳にして、王国唯一の「聖鉄認定鍛冶師」である。
今日も彼は無言で槌を振り、鉄を赤く染めては叩き、炉の光に照らされた汗を拭った。
彼にとって、鍛冶は仕事ではなく呼吸のようなものだった。
火を見つめ、鉄を打つ時間こそが心の静寂だった。
だが、その安寧は突然、王城の紋章を掲げた使者によって打ち破られる。
「鍛冶師カイル、王命である。至急、城へ出頭せよ」
使者の声に周囲がざわめいた。
王命、それは急を要する証。
薄暗い鍛冶場の中で、カイルは少しだけ首を傾げ、鉄を水に沈めると音を立てて火花を散らした。
「……了解しました。すぐに参ります」
この時の彼はまだ知らなかった。
自分の平凡で静かな日々が、今日を境に一変することを。
*
王城の謁見の間は、いつになく冷たい空気に包まれていた。
玉座の上には若き王ライゼフ。だが、その隣に立つ、緋色の服を着た男――貴族ベルノート公爵が、空間を支配していた。
カイルは静かに跪き、呼び出しの理由を待つ。
「鍛冶師カイル」
王ではなく、ベルノートが口を開いた。
「お前が製作した王国騎士団の剣、最近やけに折れる件が相次いでいる。これはどういうことだ?」
「それは……金属の純度に問題があるのかもしれません。ですが、私は渡された素材を――」
「言い訳か!」
怒声が響いた。
ベルノートの瞳は冷笑を宿し、用意していた台詞を吐き出した。
「無能な鍛冶師に王国の武器を任せるわけにはいかぬ。王都の評判を下げた責任、取ってもらうぞ」
「待ってください。私は……!」
カイルの言葉は途中で遮られた。
王が、小さなため息とともに告げる。
「カイル、我はお前を信じていた。しかし、騎士団の損害は大きい。この事態を収めるためには、誰かが責任を取らねばならぬ。……王命により、カイルを鍛冶師の位より剥奪し、王都から追放とする」
膝の下の石の床が、ひやりと冷たい。
まるで現実感がなかった。
工房で今日も鉄を打つつもりでいた朝のことが、遠い過去のように思えた。
ベルノートがほくそ笑む。
「二度とこの国に戻るな。お前のような欠陥鍛冶師がいると、王国の品位が落ちる」
その場にいる誰一人、カイルを弁護する者はいなかった。
彼が日々修復し、製作してきた数百の武具が、いまや砂のように意味を失っていく。
天井のステンドグラス越しに差す陽光が、彼の背に縞模様の影を落とした。
カイルは静かに頭を下げた。
「……承知しました。鍛冶師としての誇りは、どこにいても持ち続けます」
*
追放の翌日、王都の門前。
カイルはぼろ布に包んだ槌一本と、小さな荷袋を背負って立っていた。
門番が呆れたように笑う。
「本当に出て行くのかい、カイル。お前ほどの腕前の鍛冶師、王都で食うに困ることなんてなかったろうに」
「仕方ないさ。命じられた以上、従うまでだ」
そう言って微笑んだが、その笑みはどこか寂しげだった。
門をくぐる時、彼は振り返らなかった。
火と鉄に満ちた街の空気、何度も吸い慣れた煤の匂いさえ、もう遠く感じた。
歩き始めて三日目。
街道の先には広い草原が広がり、その奥には深い森が見える。
地図も方向も曖昧なまま、カイルは方角を定めず進んでいた。
足は汚れ、服は焼け焦げ、靴底はすでに擦り切れていた。
それでも彼の目には、どこか光が残っていた。
「辺境でもいい。小さな村でも、炉さえあればまた鍛冶ができる」
彼の生き方は単純だ。
必要とされる場所で、誰かの手に届くものを作る。それがすべてだった。
*
夕暮れ、森の入口でカイルは一人の少女と出会う。
白い法衣をまとい、金色の髪が陽に照らされて柔らかく輝いていた。
彼女は地面に膝をつき、誰かを助けようとしているのが見えた。
「大丈夫ですか?」
彼が駆け寄ると、少女は顔を上げ――澄んだ翡翠色の瞳がカイルを見つめた。
「あなたは……旅の人、ですか? お願いです、この村を助けてください!」
村、と聞いてカイルは眉を動かした。
「どうしたんです?」
「魔物が、突然現れて……怪我人が出ているんです。お願い、力を貸して!」
少女の必死の声に、カイルは一瞬だけ迷う。
彼は鍛冶師であり、戦士ではない。
だが――助けを求めるその瞳を見た瞬間、考えるより先に身体が動いていた。
「分かりました。案内してください」
少女はほっとしたように微笑み、森の奥へ走り出す。
その背中に続きながら、カイルはふと息をついた。
追放されたはずなのに、不思議と胸の奥に重さはなかった。
ただ、鍛冶師としての本能が告げていた。
――今度こそ、誰かのために、本当の力を振るうときかもしれない。
木々の隙間から見える空は、橙に染まり始めていた。
夕日が彼の槌を照らし、まるで新しい旅立ちを祝福するように光った。
カイルはその槌を握りしめる。
この道の先で、再び炎を灯す日はきっと来る。
その予感だけを胸に、彼は少女の後を追って森へ消えていった。
鍛冶工房が連なる裏通りでは、ハンマーの音が絶えず響き、人々の生活を支える鉄と火の歌が奏でられていた。
その中でも、一際早く炉に火を入れる青年がいた。名をカイル。二十歳にして、王国唯一の「聖鉄認定鍛冶師」である。
今日も彼は無言で槌を振り、鉄を赤く染めては叩き、炉の光に照らされた汗を拭った。
彼にとって、鍛冶は仕事ではなく呼吸のようなものだった。
火を見つめ、鉄を打つ時間こそが心の静寂だった。
だが、その安寧は突然、王城の紋章を掲げた使者によって打ち破られる。
「鍛冶師カイル、王命である。至急、城へ出頭せよ」
使者の声に周囲がざわめいた。
王命、それは急を要する証。
薄暗い鍛冶場の中で、カイルは少しだけ首を傾げ、鉄を水に沈めると音を立てて火花を散らした。
「……了解しました。すぐに参ります」
この時の彼はまだ知らなかった。
自分の平凡で静かな日々が、今日を境に一変することを。
*
王城の謁見の間は、いつになく冷たい空気に包まれていた。
玉座の上には若き王ライゼフ。だが、その隣に立つ、緋色の服を着た男――貴族ベルノート公爵が、空間を支配していた。
カイルは静かに跪き、呼び出しの理由を待つ。
「鍛冶師カイル」
王ではなく、ベルノートが口を開いた。
「お前が製作した王国騎士団の剣、最近やけに折れる件が相次いでいる。これはどういうことだ?」
「それは……金属の純度に問題があるのかもしれません。ですが、私は渡された素材を――」
「言い訳か!」
怒声が響いた。
ベルノートの瞳は冷笑を宿し、用意していた台詞を吐き出した。
「無能な鍛冶師に王国の武器を任せるわけにはいかぬ。王都の評判を下げた責任、取ってもらうぞ」
「待ってください。私は……!」
カイルの言葉は途中で遮られた。
王が、小さなため息とともに告げる。
「カイル、我はお前を信じていた。しかし、騎士団の損害は大きい。この事態を収めるためには、誰かが責任を取らねばならぬ。……王命により、カイルを鍛冶師の位より剥奪し、王都から追放とする」
膝の下の石の床が、ひやりと冷たい。
まるで現実感がなかった。
工房で今日も鉄を打つつもりでいた朝のことが、遠い過去のように思えた。
ベルノートがほくそ笑む。
「二度とこの国に戻るな。お前のような欠陥鍛冶師がいると、王国の品位が落ちる」
その場にいる誰一人、カイルを弁護する者はいなかった。
彼が日々修復し、製作してきた数百の武具が、いまや砂のように意味を失っていく。
天井のステンドグラス越しに差す陽光が、彼の背に縞模様の影を落とした。
カイルは静かに頭を下げた。
「……承知しました。鍛冶師としての誇りは、どこにいても持ち続けます」
*
追放の翌日、王都の門前。
カイルはぼろ布に包んだ槌一本と、小さな荷袋を背負って立っていた。
門番が呆れたように笑う。
「本当に出て行くのかい、カイル。お前ほどの腕前の鍛冶師、王都で食うに困ることなんてなかったろうに」
「仕方ないさ。命じられた以上、従うまでだ」
そう言って微笑んだが、その笑みはどこか寂しげだった。
門をくぐる時、彼は振り返らなかった。
火と鉄に満ちた街の空気、何度も吸い慣れた煤の匂いさえ、もう遠く感じた。
歩き始めて三日目。
街道の先には広い草原が広がり、その奥には深い森が見える。
地図も方向も曖昧なまま、カイルは方角を定めず進んでいた。
足は汚れ、服は焼け焦げ、靴底はすでに擦り切れていた。
それでも彼の目には、どこか光が残っていた。
「辺境でもいい。小さな村でも、炉さえあればまた鍛冶ができる」
彼の生き方は単純だ。
必要とされる場所で、誰かの手に届くものを作る。それがすべてだった。
*
夕暮れ、森の入口でカイルは一人の少女と出会う。
白い法衣をまとい、金色の髪が陽に照らされて柔らかく輝いていた。
彼女は地面に膝をつき、誰かを助けようとしているのが見えた。
「大丈夫ですか?」
彼が駆け寄ると、少女は顔を上げ――澄んだ翡翠色の瞳がカイルを見つめた。
「あなたは……旅の人、ですか? お願いです、この村を助けてください!」
村、と聞いてカイルは眉を動かした。
「どうしたんです?」
「魔物が、突然現れて……怪我人が出ているんです。お願い、力を貸して!」
少女の必死の声に、カイルは一瞬だけ迷う。
彼は鍛冶師であり、戦士ではない。
だが――助けを求めるその瞳を見た瞬間、考えるより先に身体が動いていた。
「分かりました。案内してください」
少女はほっとしたように微笑み、森の奥へ走り出す。
その背中に続きながら、カイルはふと息をついた。
追放されたはずなのに、不思議と胸の奥に重さはなかった。
ただ、鍛冶師としての本能が告げていた。
――今度こそ、誰かのために、本当の力を振るうときかもしれない。
木々の隙間から見える空は、橙に染まり始めていた。
夕日が彼の槌を照らし、まるで新しい旅立ちを祝福するように光った。
カイルはその槌を握りしめる。
この道の先で、再び炎を灯す日はきっと来る。
その予感だけを胸に、彼は少女の後を追って森へ消えていった。
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