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第6話 神々の試練を超えて
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遺跡をあとにして三日、俺たちは北西へ向かって歩き続けた。山を越え、沼を抜け、吹き荒れる風の中を進む。目指す先は西の氷原――女神が告げた封印のひとつが眠る場所だ。
道中、リィナは幾度も振り返りながら小さく息をつく。
「教団、しつこいわね。気配を感じる」
「追ってきてるのか?」
「間違いない。彼らの中には“導士”と呼ばれる者がいて、祈りを通じて私たちの位置を探ってる。そう簡単には撒けないわ」
「なら、逆にこっちが急いで先に封印を修復してやろう」
俺の言葉に、リィナはわずかに笑った。
森を抜けると、氷原の入り口が姿を現した。白く輝く雪の平原が延々と広がり、遠くの地平に巨大な光柱が立っている。
「封印の反応……この方向よ」
リィナの持つペンダントが導くように脈動する。俺は雪を踏みながら、その光を目指した。
やがて、吹雪に包まれた丘の上に朽ちた神殿が現れた。屋根は半壊し、柱には古代文字が刻まれている。しかし、その奥にはまだ確かな神気が残っていた。
「間違いない。ここが試練の場だ」
「試練?」
「女神の封印を守るために、力を授かった者が越えねばならない関門よ。あなたの“因果交錯”が本当の使命に耐えられるか、試すつもりだわ」
堂々とした石の階段を登ると、空気がどんどん重くなっていく。息を吸うだけで体が沈むほどの圧力。やがて、神殿の扉が自ら軋みながら開いた。
中は氷のように透き通った空間だった。床も壁も鏡のように輝き、中央には巨大な水晶の柱がそびえている。その周りに三つの浮遊する光球。青、白、金――それぞれが人間の声を持っていた。
『神々の加護に選ばれし者よ、ここはその資格を示す場。試練を超えし時、真なる力が目覚めよう』
声が響いた瞬間、空気が振動する。金色の光球が言葉を続けた。
『第一の試練――恐怖を超えよ』
天から雪が降り注ぐ。それはただの雪ではなく、触れた瞬間に記憶を呼び覚ます幻だった。俺の前に現れたのは、かつての勇者アレンと仲間たちの姿。
「お前が足を引っ張ったせいで、みんな死にかけたんだ!」
「やっぱり役立たずね、レオン」
彼らの声はあまりに鮮明だった。怒りと蔑みの視線が刺さる。胸の奥が抉られるように痛い。だが、幻だ。過去の因果にすぎない。
「もう……お前たちの言葉で俺は動じない」
握り締めた拳の先から、光の糸が溢れ出す。俺はそれを差し出し、幻の中心に突き立てた。
一瞬で世界が砕け、雪が止む。光球が柔らかく輝いた。
『第一の試練、突破せり』
息を整える暇もなく、白の光球が動く。
『第二の試練――守るものを見失うな』
次の瞬間、足元の氷の床が崩れ、無限の暗闇が広がった。孤独と恐怖が押し寄せる中、遠くからリィナの声が聞こえる。
「レオン! 助けて!」
闇の中に彼女が沈んでいく。伸ばしても届かない距離。その光景が“絶望の因果”として顕現していた。
(こんな未来を……させるもんか!)
俺は再び糸を視る。リィナへ伸びる黒い線と、俺の胸に結ばれた金の線。その二つを強く結びつけた瞬間、胸の奥が灼けるように熱くなった。
「因果はもう、俺が決める!」
叫びとともに光が弾け、闇が晴れる。リィナの姿が戻り、彼女は無事に俺の隣に立っていた。震える手で彼女が掴む袖の感触が、現実の重さを伝えてくる。
白の光球が低く唸った。
『第二の試練、完遂せり』
最後に、青の光球がゆっくりと動く。
『第三の試練――運命の真実を見極めよ』
周囲の景色が再び変わる。今度は戦場だった。無数の炎、倒れた兵士たち。空に裂け目が走り、巨大な影が笑っている。体が勝手に反応する。あの“虚無の主”に違いない。
足元の糸が乱れ、無数に絡み合っていく。その中に、ひときわ輝く一本があった。
リィナの命と、俺の命をつなぐ糸。
「もし俺が切り替えれば、この未来は変えられるか?」
『試せ、選択せよ。因果の力は創造にも破壊にも通ず』
彼女の悲鳴が響く。影がリィナに迫る。ためらう時間はない。俺はその金の糸を握りしめた。
すると、脳裏に声が流れ込む。
『代償はひとつ。命か、記憶か』
瞬間、全ての時間が止まった。選択を迫られている――どちらを失っても、確かに“運命の因果”は変わる。
「……俺は構わない。もし俺の記憶が消えても、リィナが笑っていられる世界であれば」
言葉と同時に糸を引く。青い光が拡がり、虚無の影が霧のように消えた。足元にあった戦場が溶け、穏やかな草原に変わる。
リィナが駆け寄る。
「レオン! 大丈夫!?」
「……ああ。ちょっと頭が痛いだけだ」
記憶が欠けた感覚。女神の顔も、遺跡の記録も薄れていく。それでもいい。今、彼女が生きているなら。
三つの光球が静かに消え、代わりに空からひと筋の光柱が降り注いだ。
『試練はすべて果たされた。ここに再び神々の加護が戻る。そなたの因果、これより“真の形”へと昇華せん』
背中が熱くなり、肌に新たな紋章が刻まれた感触がした。白金に輝く輪が広がる。
「……これが、女神の試練を超えた証」
リィナが小さく微笑む。
「あなたが選んだのは、犠牲ではなく希望の道。だから神々も応えたのよ」
「希望、か。俺にはまだ実感がないけどな」
神殿の外に出ると、吹雪が止んでいた。空が晴れ渡り、遠くまで白銀の世界が広がっている。女神の声が微かに響いた。
『進め、因果を紡ぐ者よ。今のそなたなら、すべての運命を変え得る』
リィナが隣で囁く。
「次は南の火山ね」
「そうだな。けど、この森や氷のあたりでもう一度、仲間を探したい」
「仲間?」
「いずれ来る戦いは二人だけじゃ足りない。だから――また誰かを救ってみたい」
リィナの顔にあたたかな笑みが浮かぶ。
「あなたらしいわ、レオン」
その笑顔を見て、確信した。俺の歩む道は間違っていない。世界の理がどうであろうと、この手で好きに変えてやる。
風が吹き抜け、雪原に二人の足跡が刻まれていく。神々の試練を越えた俺たちの旅は、これからが本当の始まりだった。
(第6話 了)
道中、リィナは幾度も振り返りながら小さく息をつく。
「教団、しつこいわね。気配を感じる」
「追ってきてるのか?」
「間違いない。彼らの中には“導士”と呼ばれる者がいて、祈りを通じて私たちの位置を探ってる。そう簡単には撒けないわ」
「なら、逆にこっちが急いで先に封印を修復してやろう」
俺の言葉に、リィナはわずかに笑った。
森を抜けると、氷原の入り口が姿を現した。白く輝く雪の平原が延々と広がり、遠くの地平に巨大な光柱が立っている。
「封印の反応……この方向よ」
リィナの持つペンダントが導くように脈動する。俺は雪を踏みながら、その光を目指した。
やがて、吹雪に包まれた丘の上に朽ちた神殿が現れた。屋根は半壊し、柱には古代文字が刻まれている。しかし、その奥にはまだ確かな神気が残っていた。
「間違いない。ここが試練の場だ」
「試練?」
「女神の封印を守るために、力を授かった者が越えねばならない関門よ。あなたの“因果交錯”が本当の使命に耐えられるか、試すつもりだわ」
堂々とした石の階段を登ると、空気がどんどん重くなっていく。息を吸うだけで体が沈むほどの圧力。やがて、神殿の扉が自ら軋みながら開いた。
中は氷のように透き通った空間だった。床も壁も鏡のように輝き、中央には巨大な水晶の柱がそびえている。その周りに三つの浮遊する光球。青、白、金――それぞれが人間の声を持っていた。
『神々の加護に選ばれし者よ、ここはその資格を示す場。試練を超えし時、真なる力が目覚めよう』
声が響いた瞬間、空気が振動する。金色の光球が言葉を続けた。
『第一の試練――恐怖を超えよ』
天から雪が降り注ぐ。それはただの雪ではなく、触れた瞬間に記憶を呼び覚ます幻だった。俺の前に現れたのは、かつての勇者アレンと仲間たちの姿。
「お前が足を引っ張ったせいで、みんな死にかけたんだ!」
「やっぱり役立たずね、レオン」
彼らの声はあまりに鮮明だった。怒りと蔑みの視線が刺さる。胸の奥が抉られるように痛い。だが、幻だ。過去の因果にすぎない。
「もう……お前たちの言葉で俺は動じない」
握り締めた拳の先から、光の糸が溢れ出す。俺はそれを差し出し、幻の中心に突き立てた。
一瞬で世界が砕け、雪が止む。光球が柔らかく輝いた。
『第一の試練、突破せり』
息を整える暇もなく、白の光球が動く。
『第二の試練――守るものを見失うな』
次の瞬間、足元の氷の床が崩れ、無限の暗闇が広がった。孤独と恐怖が押し寄せる中、遠くからリィナの声が聞こえる。
「レオン! 助けて!」
闇の中に彼女が沈んでいく。伸ばしても届かない距離。その光景が“絶望の因果”として顕現していた。
(こんな未来を……させるもんか!)
俺は再び糸を視る。リィナへ伸びる黒い線と、俺の胸に結ばれた金の線。その二つを強く結びつけた瞬間、胸の奥が灼けるように熱くなった。
「因果はもう、俺が決める!」
叫びとともに光が弾け、闇が晴れる。リィナの姿が戻り、彼女は無事に俺の隣に立っていた。震える手で彼女が掴む袖の感触が、現実の重さを伝えてくる。
白の光球が低く唸った。
『第二の試練、完遂せり』
最後に、青の光球がゆっくりと動く。
『第三の試練――運命の真実を見極めよ』
周囲の景色が再び変わる。今度は戦場だった。無数の炎、倒れた兵士たち。空に裂け目が走り、巨大な影が笑っている。体が勝手に反応する。あの“虚無の主”に違いない。
足元の糸が乱れ、無数に絡み合っていく。その中に、ひときわ輝く一本があった。
リィナの命と、俺の命をつなぐ糸。
「もし俺が切り替えれば、この未来は変えられるか?」
『試せ、選択せよ。因果の力は創造にも破壊にも通ず』
彼女の悲鳴が響く。影がリィナに迫る。ためらう時間はない。俺はその金の糸を握りしめた。
すると、脳裏に声が流れ込む。
『代償はひとつ。命か、記憶か』
瞬間、全ての時間が止まった。選択を迫られている――どちらを失っても、確かに“運命の因果”は変わる。
「……俺は構わない。もし俺の記憶が消えても、リィナが笑っていられる世界であれば」
言葉と同時に糸を引く。青い光が拡がり、虚無の影が霧のように消えた。足元にあった戦場が溶け、穏やかな草原に変わる。
リィナが駆け寄る。
「レオン! 大丈夫!?」
「……ああ。ちょっと頭が痛いだけだ」
記憶が欠けた感覚。女神の顔も、遺跡の記録も薄れていく。それでもいい。今、彼女が生きているなら。
三つの光球が静かに消え、代わりに空からひと筋の光柱が降り注いだ。
『試練はすべて果たされた。ここに再び神々の加護が戻る。そなたの因果、これより“真の形”へと昇華せん』
背中が熱くなり、肌に新たな紋章が刻まれた感触がした。白金に輝く輪が広がる。
「……これが、女神の試練を超えた証」
リィナが小さく微笑む。
「あなたが選んだのは、犠牲ではなく希望の道。だから神々も応えたのよ」
「希望、か。俺にはまだ実感がないけどな」
神殿の外に出ると、吹雪が止んでいた。空が晴れ渡り、遠くまで白銀の世界が広がっている。女神の声が微かに響いた。
『進め、因果を紡ぐ者よ。今のそなたなら、すべての運命を変え得る』
リィナが隣で囁く。
「次は南の火山ね」
「そうだな。けど、この森や氷のあたりでもう一度、仲間を探したい」
「仲間?」
「いずれ来る戦いは二人だけじゃ足りない。だから――また誰かを救ってみたい」
リィナの顔にあたたかな笑みが浮かぶ。
「あなたらしいわ、レオン」
その笑顔を見て、確信した。俺の歩む道は間違っていない。世界の理がどうであろうと、この手で好きに変えてやる。
風が吹き抜け、雪原に二人の足跡が刻まれていく。神々の試練を越えた俺たちの旅は、これからが本当の始まりだった。
(第6話 了)
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