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第5話 眠れる遺跡と神の声
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村を出て三日後、俺たちは断崖の麓に立っていた。冷たい霧が谷間を包み込み、風が吹くたびに鈍い音を響かせる。人の気配はまるでなく、岩肌には古い祈りの刻印が並んでいる。まるで、ここだけ時間が止まっているようだった。
「この辺りに何があるって?」
「“眠れる遺跡”と呼ばれている場所。女神信仰が始まるより前の時代に建てられた、古代文明の神殿だそうよ」
リィナが地図を広げながら答える。彼女の指先が震えていた。緊張ではなく、確信に近い震えだ。
「私たちが目指していた“真の神託”は、きっとここに隠されている。教団もそれを狙ってるはず」
谷を渡るための古い吊り橋は今にも崩れそうだった。板の半分は朽ちており、鎖も錆びている。俺は慎重にロープを握る。
「渡れるか?」
「ええ。落ちなければ大丈夫」
「お前、それを“渡れる”とは言わない」
そうぼやきながら、俺が先に足を踏み出した。その瞬間、視界の端で金の糸がちらりと見えた。橋板の一部と俺の軌跡を結ぶように光る一本の線。足を置くと同時に板が折れかけたが、糸を軽く引いた瞬間、崩れるはずの板が奇跡的に耐えた。力が自然と体に馴染んでいく。
「……やっぱり、だんだん分かってきたな」
「何が?」
「俺のスキルが、どうやって動くのか。因果の糸ってのは、“結果”を結ぶ線なんだ。危険な結果を別の安全な結果にすり替えられる。ほんの一瞬だけなら、世界がそれを許してくれる」
リィナは感嘆の声を漏らした。
「そんなこと、神代の時代でも不可能だったのに……」
「俺も怖いよ。下手すりゃ、この橋ごと世界が割れそうだ」
数分後、二人とも無事に対岸へ渡った。そこには巨大な石の扉が待ち構えていた。中央には円形の紋章、幾何学模様の中心に女神の瞳を思わせる刻印がある。近づいた途端、リィナのペンダントが淡く光った。
「やっぱり反応する。レオン、手をかざして」
言われるままに俺が触れると、石扉の紋章が金色に輝き、光が内部へ吸い込まれた。
重い音とともに扉が開く。中は真っ暗だったが、床に埋め込まれた古代の紋章が淡く発光していく。冷たい空気の中に、どこか懐かしい気配があった。
「……この感じ、前にも……」
女神の声。その言葉が喉の奥に浮かんだ瞬間、光が一気に広がった。
『因果を紡ぐ者、また来たか』
頭の中に響いたその声は、確かにあの夜と同じ女神のものだった。リィナも同じ声を聞いているらしく、息を呑んで跪いた。
『そなたの運命は進んでいる。だが、このままでは世界は崩壊の因果に飲まれるであろう』
「崩壊……? どういうことだ」
『神々の均衡が失われた。かつて、我らが封じた“虚無の主”が再び目覚めつつある』
リィナが顔を上げる。
「虚無の主……それは神々を裏切り、全てを無に帰そうとした存在。教団が探しているもの……!」
『レオン・アークライト。そなたの力は因果の交錯。絶対の理を改変し、道筋を結び替える力。虚無の主に対抗できる唯一の糸を持つ者だ』
俺は言葉を失う。そんな大それた使命を与えられても、ただ貧しい村で生きてきた俺には実感が湧かない。
「どうすればいい?」
『旅を続けよ。虚無の主の封印は三か所。西の氷原、南の火山、そして天の都。そのいずれか一つが破られるとき、世界の流れは逆転し、すべてが失われる』
声は次第に遠のいていく。最後に女神が囁いた。
『その隣にいる巫女は、そなたの“鍵”となる。決して離すな。共に歩むことで、因果は正しい形に戻る』
光が消え、遺跡は静寂に包まれた。残ったのは淡く光る女神像と、辺りに刻まれた古代文字だけだった。
「……全部、聞こえた?」
リィナは頷いた。
「聞こえた。でも、私が“鍵”なんて……」
「さっぱり分かんねぇな。けど、これで進む方向は決まった」
俺は石像を見上げる。冷たい光の瞳が、俺たちを試すように見つめていた。
***
遺跡の更に奥、石の間を抜けると、古代の祭壇が広がっていた。床には円環の紋様が刻まれ、中央には透明な結晶が浮かんでいる。
「これが……封印の源か?」
リィナが近づこうとした瞬間、結晶の中から影が生まれた。闇のように黒く、形の定まらない存在。熱ではなく、空気そのものを凍らせる気配。
「退け、リィナ!」
剣を抜き放つ。刃先が触れた瞬間、影は悲鳴のような音を立てて広がり、無数の腕を伸ばした。因果の糸が視界に走る。影と結晶、そして自分とリィナを結ぶ幾重もの線。
「なら、切り替えてやる……!」
俺は一本の黒い糸を掴み、強く引いた。視界が一瞬白く光り、影の動きが途切れる。次の瞬間、結晶の周囲に金色の鎖が出現し、闇を封じた。
「成功……したの?」
リィナが呟く。
「たぶんな。でもこれは……封印が一時的に戻っただけだ。まだ完全に目覚めちゃいない」
「女神の言葉が本当なら、いずれ他の封印も狙われる。教団の目的は、それをすべて破壊して虚無の主を蘇らせること」
重苦しい沈黙の中、俺は剣を鞘に収めた。
「行こう。ここで止まってる暇はない。次は……西の氷原だ」
リィナがうなずく。その瞳には迷いはなかった。もはや逃げるためではない。立ち向かうために進む。
遺跡を出る頃には霧が晴れ、空に朝日が昇っていた。金色の光が二人を包む。まるで女神が微笑んでいるかのように。
それでも心の奥では、あのとき女神が口にした言葉が刺さったままだった。
――“因果を変える者は、いずれ因果に飲まれる”
新しい力の実感とともに、見えない運命の影が静かに忍び寄っていた。
(第5話 了)
「この辺りに何があるって?」
「“眠れる遺跡”と呼ばれている場所。女神信仰が始まるより前の時代に建てられた、古代文明の神殿だそうよ」
リィナが地図を広げながら答える。彼女の指先が震えていた。緊張ではなく、確信に近い震えだ。
「私たちが目指していた“真の神託”は、きっとここに隠されている。教団もそれを狙ってるはず」
谷を渡るための古い吊り橋は今にも崩れそうだった。板の半分は朽ちており、鎖も錆びている。俺は慎重にロープを握る。
「渡れるか?」
「ええ。落ちなければ大丈夫」
「お前、それを“渡れる”とは言わない」
そうぼやきながら、俺が先に足を踏み出した。その瞬間、視界の端で金の糸がちらりと見えた。橋板の一部と俺の軌跡を結ぶように光る一本の線。足を置くと同時に板が折れかけたが、糸を軽く引いた瞬間、崩れるはずの板が奇跡的に耐えた。力が自然と体に馴染んでいく。
「……やっぱり、だんだん分かってきたな」
「何が?」
「俺のスキルが、どうやって動くのか。因果の糸ってのは、“結果”を結ぶ線なんだ。危険な結果を別の安全な結果にすり替えられる。ほんの一瞬だけなら、世界がそれを許してくれる」
リィナは感嘆の声を漏らした。
「そんなこと、神代の時代でも不可能だったのに……」
「俺も怖いよ。下手すりゃ、この橋ごと世界が割れそうだ」
数分後、二人とも無事に対岸へ渡った。そこには巨大な石の扉が待ち構えていた。中央には円形の紋章、幾何学模様の中心に女神の瞳を思わせる刻印がある。近づいた途端、リィナのペンダントが淡く光った。
「やっぱり反応する。レオン、手をかざして」
言われるままに俺が触れると、石扉の紋章が金色に輝き、光が内部へ吸い込まれた。
重い音とともに扉が開く。中は真っ暗だったが、床に埋め込まれた古代の紋章が淡く発光していく。冷たい空気の中に、どこか懐かしい気配があった。
「……この感じ、前にも……」
女神の声。その言葉が喉の奥に浮かんだ瞬間、光が一気に広がった。
『因果を紡ぐ者、また来たか』
頭の中に響いたその声は、確かにあの夜と同じ女神のものだった。リィナも同じ声を聞いているらしく、息を呑んで跪いた。
『そなたの運命は進んでいる。だが、このままでは世界は崩壊の因果に飲まれるであろう』
「崩壊……? どういうことだ」
『神々の均衡が失われた。かつて、我らが封じた“虚無の主”が再び目覚めつつある』
リィナが顔を上げる。
「虚無の主……それは神々を裏切り、全てを無に帰そうとした存在。教団が探しているもの……!」
『レオン・アークライト。そなたの力は因果の交錯。絶対の理を改変し、道筋を結び替える力。虚無の主に対抗できる唯一の糸を持つ者だ』
俺は言葉を失う。そんな大それた使命を与えられても、ただ貧しい村で生きてきた俺には実感が湧かない。
「どうすればいい?」
『旅を続けよ。虚無の主の封印は三か所。西の氷原、南の火山、そして天の都。そのいずれか一つが破られるとき、世界の流れは逆転し、すべてが失われる』
声は次第に遠のいていく。最後に女神が囁いた。
『その隣にいる巫女は、そなたの“鍵”となる。決して離すな。共に歩むことで、因果は正しい形に戻る』
光が消え、遺跡は静寂に包まれた。残ったのは淡く光る女神像と、辺りに刻まれた古代文字だけだった。
「……全部、聞こえた?」
リィナは頷いた。
「聞こえた。でも、私が“鍵”なんて……」
「さっぱり分かんねぇな。けど、これで進む方向は決まった」
俺は石像を見上げる。冷たい光の瞳が、俺たちを試すように見つめていた。
***
遺跡の更に奥、石の間を抜けると、古代の祭壇が広がっていた。床には円環の紋様が刻まれ、中央には透明な結晶が浮かんでいる。
「これが……封印の源か?」
リィナが近づこうとした瞬間、結晶の中から影が生まれた。闇のように黒く、形の定まらない存在。熱ではなく、空気そのものを凍らせる気配。
「退け、リィナ!」
剣を抜き放つ。刃先が触れた瞬間、影は悲鳴のような音を立てて広がり、無数の腕を伸ばした。因果の糸が視界に走る。影と結晶、そして自分とリィナを結ぶ幾重もの線。
「なら、切り替えてやる……!」
俺は一本の黒い糸を掴み、強く引いた。視界が一瞬白く光り、影の動きが途切れる。次の瞬間、結晶の周囲に金色の鎖が出現し、闇を封じた。
「成功……したの?」
リィナが呟く。
「たぶんな。でもこれは……封印が一時的に戻っただけだ。まだ完全に目覚めちゃいない」
「女神の言葉が本当なら、いずれ他の封印も狙われる。教団の目的は、それをすべて破壊して虚無の主を蘇らせること」
重苦しい沈黙の中、俺は剣を鞘に収めた。
「行こう。ここで止まってる暇はない。次は……西の氷原だ」
リィナがうなずく。その瞳には迷いはなかった。もはや逃げるためではない。立ち向かうために進む。
遺跡を出る頃には霧が晴れ、空に朝日が昇っていた。金色の光が二人を包む。まるで女神が微笑んでいるかのように。
それでも心の奥では、あのとき女神が口にした言葉が刺さったままだった。
――“因果を変える者は、いずれ因果に飲まれる”
新しい力の実感とともに、見えない運命の影が静かに忍び寄っていた。
(第5話 了)
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