異世界では役立たずと言われたが、気づけば神々に寵愛された件〜追放された俺は無自覚のまま英雄になっていた〜

えりぽん

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第9話 ありえぬ一撃

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カルナ村を発って二日後、俺たちは火山地帯の入り口にたどり着いた。山脈を抜ける風は熱を帯び、息を吸うたびに喉が焼けそうだった。地面のあちこちから蒸気が噴き出し、硫黄と焦げた鉄の匂いが混じっている。  
「この先が“蒼の祭壇”か」  
「そうよ。女神が最後に眠りの儀を行った場所。三つの封印のうち、もっとも強固で……もっとも危うい場所でもある」  
リィナの瞳が炎の反射で青く光った。彼女のペンダントも淡く脈打ち、まるで警告のように震えている。  

山道を登る途中、黒い羽根のようなものが空からゆっくり落ちてきた。触れると、指先にひどく冷たい感触が伝わる。  
「氷でもない……これは?」  
「“虚無の兆し”よ」  
リィナが声をひそめる。  
「教団が門を開こうとしている。世界の理が歪み始めてる」  
「つまり、もう始まってるってことか」  

火山口が近づくにつれ、空の色が不気味に変わった。昼なのに闇が覆い、風に乗って不協和音のような祈りの声が聞こえる。  
崩れた石段の先に見えたのは、巨大な円形祭壇だった。周囲を囲む岩壁には神々の紋章が刻まれている。その中央に、黒い煙の柱が立ち上っていた。祭壇の上には十数人のローブ姿の教団員。中央に立つひときわ背の高い男が、黒い書を掲げていた。  

「来たか……因果の破壊者よ」  
低く響く声。霧のような闇がその男の周囲に集まり、形を変えて鎧のようにまとわりつく。顔は仮面に覆われ、片手には漆黒の槍。  
リィナが息を呑む。  
「あれが、“虚無の司祭”じゃない。……まさか、教祖本人!?」  

男はゆっくりと手をかざした。  
「神々の鎖は三度切れる。今その二つは繋ぎ直された。だが――お前が繋いだ因果ごと、我が槍で貫いてみせよう」  

次の瞬間、祭壇全体が震え、地面が裂けた。周囲の岩から幾千もの黒い触手が噴き出し、空を覆う。  
俺は剣を抜き、リィナを背に庇った。  
「後ろに下がってろ!」  
「でも、あの魔力……普通の攻撃じゃ傷ひとつ付かない!」  
「そんなのわかってる!」  

因果の糸を視る。だが、視界があまりに濁っている。無数の黒い線が絡まり、先が見えない。火霊剣ヴァルグランを握る手が震えた。  
「レオン、あなたの中の炎神の力を全部解放するのは危険よ!」  
「分かってる。でも、やるしかない!」  

俺は深く息を吸い込む。全身の因果が燃え上がり、金色の火が弾けた。剣の刃が赤く光り、地面が震える。  
「イグナート! 俺に力を貸せ!」  
胸の奥から炎神の声が響く。  
『汝が願うなら、その一撃に我が命脈を預けよう』  

轟音と共に剣が燃え立つ。火炎の柱が渦を巻き、周囲の黒い触手を焼き尽くした。しかし教祖は微動だにしない。槍を構え、ゆっくりと踏み出した。  

「神の力に頼るか。それすらも、我が虚無には届かぬ」  
炎が触れた瞬間、ありえぬ現象が起きた。火が吸い込まれ、光が闇に飲まれる。ヴァルグランの輝きが淡く消えた。  
「嘘だろ……!」  

“虚無の主”の力。吸収の因果。  
俺の炎を別の「結果」へと書き換えている。つまり、俺以外にも因果を操る存在がいるのだ。  

「貴様……何者だ!」  
「我は神を超える“真の理”を継ぐ者。お前の力は未熟な模倣だ」  

黒槍が放たれた。空間を裂いてまっすぐに突き抜ける。反応する暇もなかった。  
リィナが叫んだ。  
「レオン!!」  
体が勝手に彼女を庇い、光が弾ける。衝撃で全身が吹き飛び、岩壁に叩きつけられた。熱い。いや、痛いどころじゃない。胸の奥が焼き潰されるような感覚。  
視線だけでリィナを見ると、彼女がすぐ傍に膝をつき、泣きそうな声を上げていた。  
「どうして……あなたが……!」  
「大丈夫だ。これくらい、かすり傷だ」  
そう言いながらも、体の感覚が途切れかけている。  

彼女の涙が頬に落ちる。手を伸ばしてその指先を掴むと、因果の糸がかすかに揺れた。  
黒い鎖の中に、ひとつだけ赤く輝く糸――虚無の教祖の命脈。  
「見つけた……お前の“原因”が、そこにある」  

俺は最後の力を振り絞って立ち上がった。  
「レオン! もう無理!」  
「違う。これが最後のチャンスだ!」  

全身の炎を一点に集中させ、因果を交錯させる。俺の体の命脈と教祖の命脈を結びつけ、結果を逆転させる――“攻撃を一度だけ完全に返す”因果式。  
「この一撃で……終わらせる!」  

教祖の槍が再び放たれる。黒い閃光が突き進むと同時に、俺の剣がそれを受け止めた。  
世界が反転した。  
衝撃が空を裂き、雷鳴のような音が響く。黒の影が弾け、教祖の胸に赤い紋章が走った。  

「ば……かな、我が……虚無が……」  
その声は次第に途切れ、闇が崩れ落ちる。  

俺はそのまま地面に膝をついた。  

リィナが駆け寄り、俺を抱きとめる。  
「ねえ! しっかりしてよ!」  
「大丈夫……お前が無事で、よかった」  
「嘘つき。そんな顔で言わないで」  

空を見上げると、黒い雲が消え始めていた。狂った空間が元に戻り、青が覗く。封印の力が蘇った証だ。  
「……勝ったの?」  
「いや、奴はまだ完全に消えてないはずだ。虚無の主は、この世界の奥底に根を張ってる。これはその“影”を払っただけだ」  

リィナは唇を噛みしめたが、すぐに頷いた。  
「でも、あなたは確かに“因果”をこの手で変えたのね」  
「そんな大したもんじゃないさ。ただ……もう一度やるとなると、命がもたない」  
軽口を叩くと、彼女は微笑んで涙を拭った。  

風が吹き、火山の熱が少し和らいだ。溶岩の奥から青白い光が立ち上り、祈りのように夜空に消えていく。  

俺は剣を地面に突き立て、震える手で柄を握った。  
「リィナ。たぶん次が本当に最後だ。虚無の主が完全に蘇る前に、神々の力をすべて解放しなきゃならない」  
「ええ。今度こそ終わらせよう、レオン」  

黒い羽根が一枚、風に乗って舞い上がる。  
それはまるで、これから始まる最終戦の幕を告げる合図のようだった。  

(第9話 了)
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