魔界沼の怪魚

瀬能アキラ

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廃墟になった観光ホテル

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 午後の三時といえば通常の時期であれば休憩タイムとなるが、夏場のこの過酷な労働環境下では無理な作業工程は避け、作業員らの体調面を考えて作業終了となるようにしていたのだ。作業員らは現場内の後片付けを終え、皆、帰宅へと急いでいる。
 「矢浦、お疲れだな」
 私に声をかけてきたのは下請け会社、坂本工業の巻田であった。私と彼は趣味の釣りと仕事を通じて、数年前から仲の良い親友となっていた。釣りを最初に教えてくれたのも彼であった。
 「お疲れ、巻田」
 私も声をかけた。彼は私以上に日焼けした顔をし、ヘルメットを取った頭髪は汗でぐっしょり濡れている。
 「どうだ、久し振りの釣りでも? この猛暑だから昼間は無理だ。夜のサビキ釣りだがな」
 巻田からの提案であった。今まで彼とは色々な釣りを楽しんできた。ここ最近は猛暑のせいで遠のいていたが、最後に行なったのが四月の石鯛釣りである。四ヶ月前であった。
 「そうだな」
 私は頷いた。そろそろあの感触が恋しくなってくる。釣り特有のアタリと引きなのだ。私と巻田は四ヶ月前の春、室戸で50センチ級の石鯛をそれぞれ釣り上げた。幻の磯の王者と呼ばれるだけあって、そう簡単に釣れるものではない。
 「大物狙いではないが、のんびりと楽しもうぜ」
 「あの石鯛の感触が忘れられない」
 私は、ふと回想していた。二人が石鯛を上げたのは室戸岬周辺にある極秘ポイントであった。車を降り、徒歩で山道を行き、崖を下った地磯の荒磯ポイントなのだ。二人以外は誰も知らないはずであった。
 「気持ちは分かるが、大物狙いは秋からにしようぜ。毎日の仕事の疲れもあるし、のんびりとやりたい気分だ」
 巻田は、苦笑交じりに言うのであった。
 「どうせやるなら絶対に大物狙いだ!」
 私は巻田の思いを否定するように、力強くいった。
 「また石鯛狙いか? 今のシーズンではどうかな・・・」
 「違うアカメだ! アカメは八月の今がハイシーズンのはずだ。前回は浦戸湾では失敗したが、今回は四万十川の河口をポイントにしようと思っている。アカメも夜釣りだから最適だぞ」
 「アカメか、分かった。少し情報を仕入れてみよう。それからだな」
 私は巻田の釣り魂に、火をつけてしまった。
 アカメは成魚になると一メートル以上にもなる日本の怪魚とも呼ばれ、生息域として高知県が特に注目されていた。前回、私と巻田は高知市の浦戸湾でアカメを狙ったが、釣り上げることはできなかった。この浦戸湾は、アカメ釣りの世界記録が出ている場所でもある。
 巻田と別れた後、現場から作業員らは帰っていなくなっていた。誰もいない作業現場を一人で見回る。クレーンや重機は定位置に置かれ、作業床となる足場上もきちんと整理整頓が保たれていた。
 「ヨシ!」
 私が小声で呟き、現場事務所に戻ろうとした時であった。見覚えのある白いライトバンが現場内に入ってきた。車体には田岡建設の社名が入っており、どうやら笠原部長のようであった。
 現場内の駐車場に車を止めると、やや小太りの笠原部長は暑そうな仕草を見せ、車から降りた。エアコンで冷やされた車内とは雲泥の差があるようだ。
 私と目が合うと、無言で手招きをした。
 「暑い中、ご苦労だな。次の現場が決まった。お前に任せようと思っている」
 私が近づくと、笠原部長は言った。
 「次の現場ですか。別のブロックの製作でしょうか?」
 今の現場も終わりに近づいている。新たな仕事が、どうやら入ったようだ。
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