魔界沼の怪魚

瀬能アキラ

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廃墟になった観光ホテル

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 いつの間にか外は小雨になったが、そのかわり霧が出はじめた。視界が悪くなり、谷本は車のヘッドライトをつけた。
 車体がガタゴトと揺らぎはじめた。車のスピードを落とし、路面に目を向けると、山の斜面から土砂が崩れて流れ出していた。車が通れない程ではないが、小石や土をタイヤで踏みつけるため、車体が揺らぐ。
 「あれ!」
 今度は突然、車のヘッドライトが消え、谷本が慌てる。手元のスイッチを確認しているが、どうやらヘッドライトがつかなくなった様子だ。霧のせいで視界は、かなり悪い。
 ガタンという激しい衝撃があり、私達は車のシートから飛び上がりそうになった。大きな石をタイヤで踏みつけたのか、路面の凹凸に取られたのか。エンジンが止まったようだ。
 「どうした?」
 私は谷本に問う。
 「駄目です! エンジンがかかりません」
 「嘘だろう、こんな山道で・・・」
 笠原部長は不安気に呟く。
 「本当にエンジンがかからないのか?」
 私は冷静になろうと、ゆっくりとした口調で谷本に問う。彼は必死にキーを捻り、エンジンを始動させようとするが、全く動く気配がない。
 「駄目だ、駄目だ、駄目だ! こうなったら、皆で押しがけするぞ!」
 「部長、この車はオートマチックです。押しがけはできません」
 私は勢いよく言う笠原部長に、振り返って言った。
 「えらいことになったぞ。矢浦、何とかならんか?」
 「私も車の整備の方は自信がありません。もしタイミングベルトでも切れていたら、ここじゃどうしょうもないですよ」
 「確か、この車は車検を受けたばかりのはずだぞ。会社に連絡して、何とかしてもらおう」
 笠原部長は、そう言いながら携帯電話をかけはじめる。私と谷本は顔を見合わせ、苦い表情を浮かべた。
 「電話がつながらない。ここは電波の入りが悪いぞ。お前らの携帯はどうなっている?」
 部長に言われ、私と谷本は一斉に自分の携帯電話を取り出し、確認する。二人とも圏外だった。
 このまま三人が車内にいても埒が明かない。先程のガソリンスタンドまで歩いて行くか。一応ボンネットを開け、車の状態を確認してみるか。そんなことを考えている時であった。車外に人の気配を感じた。
 私のいる助手席のすぐそばに、女性が立っている。今度は幽霊ではなく、はっきりとした女性の姿があった。三十代ぐらいで白いシャツにブルージーンズ・・・ あれ? と思った。先程見た女性ではないか。よく見ると、サイドミラーに青いミニバンが写っていた。私達のライトバンの後ろに止まっている。
 ドアのパワーウインドウが開かないので、私はドアを開けた。
 「どうかされたのですか? こんな道の真ん中で止まったままで・・・」
 女性は傘を差しながら、私に問うのであった。何か探ろうとするような不審な表情でもある。
 私は、自分らの車が故障中であることを伝え
 「あなた先程、向こうで立っていませんでしたか?」
 女性は頷き
 「それより、あなた達は、こちらに何の用でこられたのですか? この先は私有地で、関係者以外は立ち入り禁止ですよ。道を間違えたのでは・・・」
 「いいえ、自分らは建設会社の者で・・・」
 私は、ここで自分らが近々パシフィックホテルの解体工事を行なうなど詳しく語った。女性は納得したかのように頷いた。
 「それより失礼ですが、そちらは、この辺で何かなさっていたのですか?」
 私が最も疑問に思っていることだ。女性が一人でこんな場所で・・・
 「以前、私の主人が、この近くで亡くなったもので・・・ 自分なりに色々と調べたいことがあって・・・」
 女性が重く口を開いた。何か深い理由があるように感じたが、工事関係者の自分らが深入りすることではない。
 笠原部長が私の背中を叩くのであった。早く本題を切り出せということだろう。
 「すみませんが、自分らは高知市内からきてまして、この近くの修理工場に連絡できませんか? 三人の携帯電話は電波の入りがわるくて」
 私は言った。
 「分かりました」
 女性は頷くと、自分らの後ろに止めてある青いミニバンに戻り、携帯電話をかけはじめた。どうやら彼女の携帯電話は正常なのか。
 私は車から降り、エンジンルームを一応見ることにした。ボンネットを開け、谷本と覗き込む。
 私は、思わず苦笑したくなった。一目でエンジントラブルの原因が分かった。バッテリーのターミナルが緩んで外れている。
 「谷本、車載工具を出せ」
 私は彼から工具を手に取ると、ターミナルをしっかりと締めつけた。
 「矢浦、直りそうか?」
 笠原部長も車から降り、心配そうであった。
 「部長、この車、車検を受けた時にバッテリーを交換したようですね。きちっと取り付けがされていなかった。先程のガタガタ道と路面の凹凸の衝撃で、緩んでいたのが外れたのです。谷本、エンジンをかけてみろ」
 谷本は運転席に戻り、エンジン始動にチャレンジする。すると一発でかかった。
 「やるじゃないか、矢浦!」
 部長の表情に笑みが戻った。するとそこへ、彼女が戻ってきた。
 「すみませ、どうやら直ったようで」
 私は言った。
 「そうですか。よかったですね。知り合いの修理工場に連絡を取ってますが、もうよろしいのですね」
 彼女は言う。
 「どうもすみませんでした」
 「では、キャンセルの連絡を入れておきます」
 「お手数をおかけしました」
 「ありがとうございました。それではこれで」
 笠原部長も、彼女に礼を言った。
 彼女は私に視線を向けたままであった。場が悪くなりそうなので私から視線をそらし、車に乗り込んだ。
 私達の車は走り出す。
 「親切な女性だが、何か取っ付きの悪い感じだな」
 女性の印象を車内で、私は口にした。
 「ご主人が、この近くで亡くなったと言ってましたね。交通事故でしょうか」
 ハンドルを握りながら、谷本も言った。
 「さあ、どうかな」
 「あの女性、立ったまま、まだこちらを見ていますよ」
 谷本は、バックミラーに視線を移していた。
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