魔界沼の怪魚

瀬能アキラ

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解体工事着工

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 翌日、9月25日水曜日、いよいよ工事がスタートする。幽霊ホテルといわれているパシフィックホテルが解体される。
 この日、巻田を含めた坂本工業から十名の作業員が集まった。この間の打ち合わせの時に姿を見せていた伊藤と中村もきている。彼ら二人が最も若く、三十代から六十代と幅広い年齢の作業員が顔を見せていた。
 作業前のミーティングを行なった後、作業員らを配置して作業開始となる。
 まず自分の方は積載型のトラッククレーンの二人組に、パシフィックホテルを示す例のイタズラ書きの看板と、関係者以外の進入を拒んでいた鉄製の巨大ゲートの解体撤去を指示する。クレーンで吊り外し、それらをガス溶断してトラックの荷台に載せて、室戸市内スクラップ工場までの運搬となる。運搬は一度には運びきれないので、数回に分けての運搬となるだろう。
 谷本の方は、巻田ら八人の作業員らとともにホテルの建物内にある様々な物を全て取り出す作業からはじめた。大型重機で建物を直接破壊する作業は、まだ先となる。
 建物内からは、ホテルで使用されていた様々な物が次々と室外に運び出される。家具から家電、カーテン、絨毯、厨房機器、雑誌、置物、衣類など、あげればきりがない程、出てくるわ出てくるわで大変である。最後にはアルミサッシやガラスまで取り外される。
 更にこれらの物を分別しなければ、産廃業者からは受け取りを拒否されてしまう。木材、金属、プラスチック類などに分別し、それぞれ行き先が異なる。金属でも更に鉄、アルミ、ステンレス、として分別されるのであった。
 解体工事は重機作業以外に、地味で根気のいる人の手を必要とする仕事でもあった。ここまでの作業に四日を見ていた。
 
 工事三日目の27日金曜日であった。建物内の廃棄物の処理作業は、明日には終了予定である。重機を使ってダンプトラックに積み込み、搬出する。
 「矢浦さん、またきてますよ。この間の女性じゃないですか」
 現場作業に目を向けていた時、谷本が私に声をかけたのであった。
 谷本が示す方に目を向けると、青のミニバンが敷地の入口に止まったのだ。確かに彼の言う通り、この間の女性であった。真貝沼で主人を亡くしたという。車から降りた。
 彼女は、周囲を見回している様子であった。そして、こちらと目が合ってしまう。
 互いに会釈を交わすと、何か言いたげな素振りを見せた。
 「少し行ってくる」
 私は谷本にそう言い残し、彼女の元へ歩いて近づいて行った。
 「取り壊しの工事がはじまったようですね」
 女性は軽い笑みを浮かべ、優し気な口調で言った。
 「二日前から、本格的な工事がはじまりましたが」
 「工事はいつ頃に終わるのでしょうか?」
 彼女の問いであった。
 「順調にいけば、再来週には終わる予定ですね」
 「今は工事中なので、邪魔になりますから、工事が終わっていれば、ここを通って沼の方に行ってもよろしいのですね?」
 「それは、かまいませんよ。最終的には建物もなくなり、敷地内のアスファルト舗装も剥ぎ取ってしまい、周囲を囲んでいるフェンス類も全て取り除きますから。自然の沼沢地だけとなって残りますからね。自由に行き来できます」
 「そうですか・・・」
 彼女は頷くと私から視線を逸らし、真貝沼の方に目を向けた。
 「ご主人をあちらで亡くされたそうですね。私の知人が室戸署におりまして、今回のこの工事とも関係していることで、色々と話をきいて知りました」
 私は、相崎からきいた内容を口にしてみた。
 「あの向うの沼沢地には、きっと何かありそうなの。確かに主人は警察の調べた通り、釣り用のボートから水面に転落して死んでいた・・・ でもね・・・」
 彼女は最後に言い淀み、口を噤んでしまった。
 「工事が終了すれば、何かご協力できることがあるかもしれません。田岡建設の矢浦といいますが」
 私は言った。特別に協力できることなど何もないが、彼女が寂し気な視線をずっと向うに向けている姿を見ていると、つい口に出てしまった。
 「私、黒井今日子といいます・・・」

 翌日、28日土曜日。週末であるため、今日の作業は午後三時を目途に終了と考えていた。坂本工業の者たちは明日日曜日であるため、宿舎には帰らずに帰宅するという。私と谷本も帰宅することにし、また月曜日に、この西洋村にくることにした。
 しかし私と巻田の場合は、釣り道具を取りに帰りたかったのである。自分の釣り道具は、全て自宅に置いていた。巻田も同様のようである。釣り道具さえあれば、現場作業を終えた後に、目の前の沼沢地で釣りが行なえる。しかし、敷地から沼沢地への降り口には巨大なスズメ蜂の巣があり、それ以外の場所は雑草が異常にはびこっていて真貝沼や草周湖には容易に近づけないのが現状であった。
 だが、釣り道具さえあれば、何とかトライはできると考えた。問題はポイントである。あの男性が語っていたメートル級の草魚。草魚のポイントは、何処か他にはないのだろうか。
 私と巻田は、十時の休憩の時に話し合っていた。九月の下旬といえども、日中はまだまだ猛暑日であった。現場で用意したクーラーボックスからスポーツドリンクを取り出し、二人は口をつけていた。
 「俺達は、この周辺の土地勘がないが、他に草魚が狙えるポイントはないのか?」
 重機の影にに入り、巻田は言った。
 「敷地からボート小屋周辺まで行ける仮設道を早く作れば、そのまま歩いて真貝沼や草周湖の岸まで行けるのだがな。仮設道は建物解体が全て終わってからになる。自分らの趣味のために、作業工程を変更することはできないしな」
 私も巻田の隣の重機の影に入り、言った。
 「目の前の沼沢地は、音木川につながっているそうだが・・・」
 思いついたように巻田は言う。
 「音木川か・・・ あまり釣りのポイントとしてはきかないな」
 私も考えてみたが、思い浮かばない。音木川は地図上で見ると、上流は西洋村の山頂からはじまり、下流域は県境の河口から太平洋へと流れ出る二級河川であった。
 「この間の男性の話はどうなのだ?」
 巻田が言っているのは、この間、私が伝えた男性の草魚の話であった。
 「このパシフィックホテルが建設される以前のことだからな。建物や施設以外は自然のままであるから、草魚はずっと生息し続けているはずだ。釣り人の姿も全くない。大物が潜んでいる可能性は大だな」
 「話は替わるが、ふと気づいたことがある」
 巻田は、急に真顔になって言った。
 「何だ?」
 「その前の沼で二年前と三年前に、水死事故があったそうだな」
 「ああ。三年前には少女が亡くなり、二年前には男性が溺死して発見されている。男性の方は昨日、現場にきていた女性のご主人だそうだ。確か彼女の名前は黒井今日子といったな」
 私は巻田に頷き、昨日のことを思い出した。あの女性は、黒井今日子と名乗っていた。
 黒井今日子との今までの経緯を巻田に説明した。
 「その彼女のご主人や少女は、何処からどのようにして沼沢地まできたのだ?」
 「そういえば、そうだな・・・」
 巻田に言われ、私は考え込んでしまった。二人の水死事故があったことは知っているが、事故の詳細までは分からない。
 「このホテルの敷地を通らずに、別ルートでもあるかもな」
 「そういえば、亡くなった黒井今日子さんのご主人は、自前の釣りボートから転落していたそうだ。ボートを持ってきていたのかな」
 「ボート乗り場にあるやつじゃないのか?」
 「違うだろう。あれは観光用だし、自前の釣りボートらしい」
 私は、相崎と黒井今日子の話を思い浮かべた。
 「自前のボートとなると、組立式タイプのもので、ここまで運んできて組立てたのかな。しかし、立ち入り禁止のゲートがあって車両は入れないはずだぞ」
 首をかしげながら巻田は言う。
 「最初からボートに乗って、ここまできたかもしれないな。音木川とつながっているようだからな・・・」
 「おーい! 矢浦さん!」
 その時、突然、私と巻田の会話を遮るような大声が響いてきた。声の主は谷本であった。
 「どうしたのだ?」
 彼の表情を見ると、目を丸くし、驚きの表情を浮かべている。
 「さっき建物の三階を見回りしていたら、草周湖に馬鹿でかい魚がいましたよ! 巨大な背びれがあって!」
 私は谷本から視線を逸らし、思わず巻田と顔を見合わせた。
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