魔界沼の怪魚

瀬能アキラ

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怪魚との対決

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 私は石鯛竿をボートに置き、奴に水中へ引き摺られないようにロープで縛った。竿のグリップエンドを余裕を持たせて縛ってあるので、奴がもしヒットすれば限界まで格闘するつもりであった。この竿と、この腕で。
 「矢浦さん、きっとうまくいきますよね」
 「勿論ですよ」

 それから一時間、二時間と時間は経過していた。私の石鯛竿はピクリとも動かない。仕掛けに何かが接触した感覚も、全くなかった。奴は、この近辺にはいないのか。もしいるなら、絶対に食らいつくはずだ。
 もしかすれば今日は、はずれなのかもしれない。嫌な予感だ・・・
 「焦らない方がいいですよ」
 彼女は私に言った。焦りが私の表情に現れていたのだろう。
 「そうですね」
 私は、正直に頷いた。
 「矢浦さん、そろそろこのへんで昼食にしませんか? 気持ちをリフレッシュしましょう」
 彼女の屈託のない笑みに、私は肩の力が抜けた気がした。
 携帯電話の時刻は10時50分であった。昼食には少し早いと思ったが、まあいいだろう。
 私はコンビニで買っていたサンドウィッチを食べ、彼女は手作りのおにぎりを食べはじめた。私にも一個勧めてくれて、いただいた。
 時刻は正午を過ぎた。一日で、この時刻が最も気温が高い頃だった。私は上着を脱ぎたくなった。
 「矢浦さん、仕掛けの針についている餌って、まだ残ったままかしら?」
 彼女は、ふと思ったのかのように私に言った。
 「餌を食いにきた感触が全くないから、まだ残ったままでしょう」
 彼女に、そう言ったものの、ここで私は一旦、竿を上げてみることにした。
 リールを巻き取り、仕掛けを水中から引き上げる。針につけていた餌の鶏肉は予想通り、そのまま残っている。長時間、水中にあったために肉はふやけていた。
 ここで新しい鶏肉に替えてみることにする。再び水面に投げ込み、仕掛けとともに餌の鶏肉も沈んでいく。針には三つの肉片をつけている。一投目の三倍の大きさとなった。
 そして、ゆっくりと底につき、ラインを張る。
 持参していたバケツの中の鶏肉を次々と、仕掛けの水面に投げ込んだ。撒き餌となって奴を呼び寄せる。多くの鶏肉の匂いが水中に漂い、あの怪魚は必ずやってくる。
 これでバケツの中は空となった。すべての鶏肉を投入したのだ。これに自分は全てを賭ける。
 私は、この竿と仕掛けで奴に闘いを挑む。この仕掛けに食らいつけ! 自分は絶対に負けない! 巻田の仇を討つのだ。
 「さあ、こい! どっからでもこい! 好きなだけ食らいつけ! 一番でかいやつに食らいつけ! 勝負だ! 化け物の怪魚よ!」
 私は竿を握りしめ、水面に向けて言い放つ。
 「あれ? 矢浦さん・・・」
 仕掛けを投入し、しばらく経った頃だった。黒井今日子が突然、真貝沼の東の方を見詰めながら言うのであった。
 「どうしたのです?」
 「水面をよく見て!」
 彼女の示す東側の水面から、こちらに向かって巨大な魚影が近づいていた。大きさからして奴だった。
 「あの魔物です! こちらに向かっているようだわ」
 彼女は言う。
 「鶏肉の匂いに気づいたようだな・・・」
 今まで草周湖をうろついていて、匂いに引き寄せられたのだろう。
 さあ、こい! 私は石鯛竿を強く握りしめ、身構えた。
 魚影は、こちらに近づきながら水中に潜ったようだ。餌の鶏肉の沈んだ水中の手前付近だ。
 私の投げた鶏肉に食らいついているはずだ。そして、私の針の鶏肉にも食らいつくはずだ。そうなれば、奴との対決のはじまりだ。私は負けない。見ていろ、巻田・・・
 こないのか? 数分が経過した次の瞬間であった。自分が今まで直接経験したことのない強烈な引きに襲われた。
 「大丈夫かしら! 矢浦さん!」
 私の必死な様子に、彼女は不安の色を浮かべた。彼女の夫と巻田は、奴のこの強力な力によって水面に引き摺り込れ、命を落としているのである。
 「黒井さん、この強烈なパワーは、紛れもなく奴です。ご主人や巻田を引き摺り込んだ化け物の怪魚だ!」
 「矢浦さん一人だけの力で大丈夫なの?」
 彼女は、なおも不安な様子だった。
 「自分は竿を握っています。ボートの操作は、あなたに託しますから」
 「分かったわ」
 私と彼女の乗る足漕ぎボートは、クレーンのウインチからによるワイヤーロープと金具によって、ボートの椅子に固定している。しかし、怪魚の強烈な引きによって、ボートは傾いている。
 奴は今、仕掛けの鶏肉に食らいつき、釣り針を飲み込んでいる。ハリスはクエ釣り用のワイヤーを使用しているため、まず切られる心配はない。後は私と奴の対決だ。力だけの勝負なら私は不利だが、こうなれば根比べだ。意地でも竿は離さないぞ!
 竿のグリップエンドをロープでボートの船体に縛ってあるので、直接は持っていかれないだろうが、竿を起こすことは困難だった。リールも、わずかしか巻き取れない。
 奴は餌を咥えたまま何処へ行くつもりだ。自分の棲み処である水中木の下か? 巻田を引き摺り込んだ、あの場所へ・・・
 「凄い力だ・・・」
 私は、思わず洩らしてしまった。
 「私に何かできることは・・・」
 彼女も必死の様子であるが、直接手を貸してもらう方法は・・・
 「もし奴の力が弱まって、水面に浮いてきたら、そのギャフで奴の体を引っ掛けてください!」
 私は、ボートの床に置いていた自前のギャフを示しながら言ったが、女性である彼女には無理な力作業である。言ったことを後悔した。
 だが、彼女は
 「ギャフ? あっ! これね」
 と言ってギャフを取り上げ、私に力強く示すのである。
 「無理は、やめてください」
 巻田もギャフを使い、引き摺り込まれたのを思い出す。あの時の光景が甦る。
 「大丈夫よ! 私も主人の仇を!」
 この時、彼女の視線も激しく燃えていた。
 二人は、大きく頷き合った。
 数分が経過したか。いや、それ以上の時間が過ぎてしまったように感じられた。
 このままどうする・・・ 奴の力は一向に衰える気配がない。時折、激しい引きを見せ、リールを巻き取ることがほとんどできない。私も床に腰を降ろし、足を踏ん張って堪えるが、竿を握る手と腕が限界に近かった。
 そんな時であったが、一瞬、奴の力が弱まるのを見逃さなかった。私は渾身の力を込めて竿を起こし、リールを巻いた。
 だが、それも束の間だった。奴の力は今まで以上に強くなり、起こした私の石鯛竿は音を立てて折れてしまった。三分の一から先が折れた。
 「矢浦さん・・・」
 私の姿に、彼女は動揺する。
 「大丈夫! 竿が折れただけですよ」
 私は、作り笑いを見せた。しかし私も、心の中で動揺していたのだ。石鯛竿が折られるなど予想もしていなかった。
 竿が折れても、リールからのワイヤー製のラインはつながったままで、切れたわけではない。私は、まだ諦めない。
 折られた石鯛竿を握り、少しでもタイミングが合えばリールを巻き取る。奴も時間とともに、力は確実に弱まってくるに違いない。
 「あれ? 何かしら・・・」
 黒井今日子が、ふと耳をすませるように言った。
 ラインの先の水面に集中していた私であったが、彼女に言われて耳を傾けた。すると遠くから音が響いてくる。
 その音は船外機の音であった。草周湖の方から聞こえ、こちらの真貝沼へとつながる水路まで近づいてくる。
 もしかして郷田社長? 彼の船外機のエンジン音に間違いなかった。
 そして、真貝沼までやってきて姿が見えた。郷田社長が一人でいる。今日、私がここにきていることは伝えてなかったはずである。私と黒井今日子の二人で計画していたのだ。
 郷田社長は私の存在にすぐにきづき、船外機で近づいてきた。
 「あれ、矢浦君じゃないか! あの怪魚を狙っているのか?」
 「狙っているどころか、今、まさにその時なんです! 奴が掛かっています。見てください! 大事な石鯛竿を折られました!」
 呑気そうに言う郷田社長に、私は今の自分の状況を説明する。
 「そりゃ大変だ! 手を貸そう」
 「それが、相手はかなり手強いため、一向に力を緩めません! 間違いなく、あの怪魚ですよ! 水面にも浮いてきませんから」
 私達の足漕ぎボートの船首にある自分のリールから出ているラインに、郷田社長は船外機を近づけてギャフを手にしたため、私は慌てて言った。彼のギャフは、見覚えのある以前に自分らが借りていたものだった。巻田が水中に引き摺り込まれる直前に、怪魚に刺したものである。
 「それより矢浦君、あの向うの岸にあるクレーン付きのトラックは何だ?」
 郷田社長は、トラッククレーンの存在に気づいた様子だ。
 「自分らだけの人力では無理だと判断したために、あのクレーンを使って・・・」
 私はここで、自分らの計画を彼に話した。そして、黒井今日子のことも。彼女の夫が二年前に、この真貝沼で亡くなったこと。彼は彼女の夫を知っているとも以前、私らに話していた。
 「水臭いよ、矢浦君。一言、言ってくれればよかったのに」
 「すいません、郷田さん。それより、どうしてここへ?」
 私は気になった。彼が何故、ここにきてくれたのか。
 「あの後も、私は気になっていたんだ。警察は私らが目撃した怪魚を信じようとはしないし、それを確かめたくてね。こうして時々、この辺を船外機で見回っていた」
 郷田社長と話しながらも、私は必死で竿を握っている。怪魚の力は相変わらずであった。
 「大丈夫か? 矢浦君」
 私の必死の様子に、力を貸そうとする彼であるが・・・
 「何とかならないでしょうか・・・」
 もう郷田社長の力を必要とするしかなかった。私と彼女だけでは難しい。
 「無理に引き上げようとすれば、切られてしまうしな・・・」
 郷田社長は、考えながら言う。
 「切られる心配はありません。釣り針は大型のクエ用を使用しているし、ハリスとラインはワイヤーです。見てください! リールからのラインはワイヤーなんです。竿を折られても、ラインは生きてつながっています」
 私は、リールからのラインを示しながら言った。
 「魚影が水面に浮いてくればギャフを使い、船外機の力で何とかできるが、まだ水中に潜ったままなら・・・」
 「もうクレーンの力を使いましょう。クレーンのウインチから繰り出されたワイヤーがブームを伝って、その先端の金具をこのボートの椅子につないでいますから」
 私がそう言うと、郷田社長は自分の船外機から、こちらの足漕ぎボートに乗り移った。
 彼は、椅子につないでいある小さな金具やワイヤーを調べはじめた。
 「矢浦君、これなら、うまくいくかもしれない」
 「自分が今、奴とつながっているワイヤーのラインを、その金具に取りつけられれば、あとはクレーンの力で引き上げられるのですが」
 今、自分が言った作業が容易ではなかった。怪魚の力が弱まれば、その隙に行なおうと思っていたが、一向に弱まる気配がないのだ。
 「クレーンのウインチは今、動かせないのか?」
 郷田社長は問う。
 「エンジンをかければ、クレーンは始動します」
 「だったら・・・」
 「少し待ってください!」
 ここで私は、あることにきづき、郷田社長の言葉を遮るように言った。
 「どうした?」
 私はロックしてあるリールを、ここで一度フリーにした。フリーになったラインはゆるみ、その隙にボートの椅子につないでいたクレーンのウインチからのワイヤーの金具とリールのラインを連結させる作業に取りかかる。
 フリーとなったリールのラインからは、奴の強い引きは全く感じられない。好きなだけ引っ張って行けばいい。後はクレーンのウインチで力で、奴を水中から引き上げてやる。
 「この竿とリールを持っていてくれませんか」
 「ああ、いいよ」
 私は郷田社長に一旦、リールのついた折れた竿を手渡す。
 「黒井さん、そこの工具箱を取ってくれますか」
 ちょうど彼女の足元の近くに置いていた工具箱を取ってもらった。私が用意していたものである。
 工具箱の中からワイヤーカッターを取り出し、リールから繰り出されて緩んでいるラインのワイヤーを切断する。その部分をクレーンのウインチからの金具に取りつけた。もう郷田社長に手渡した私の折れた石鯛竿とリールは必要ない。クレーンのウインチとブーム、ワイヤーは全て一本でつながって、餌に食らいついた怪魚までつながっているのだ。
 「あとはクレーンの力を借りるだけです!」
 私は、黒井今日子と郷田社長に目を向けて勢いよく言った。
 「クレーンのエンジンをかければいいのか?」
 郷田社長は私に問う。
 「お願いします。私は、ここからリモコンでクレーンの操作をします」
 「クレーンのエンジンは、どうやってかける?」
 「普通にトラックのエンジンをかけるように、キーを捻って回してください。エンジンがかかったら、PTOというスイッチがあるので、クラッチを踏んで、そのスイッチを押してください。正常にスイッチが入ったら、ガチャンという音がしますから。それでクレーンは動きはじめます」
 「分かった!」
 郷田社長は私の説明を聞くと、船外機で岸にセットしてあるトラッククレーンに向かった。切っていたエンジンを
かけてもらう。
「うまくいくでしょうか?」
 黒井今日子が不安そうに、私を見詰めた。
 「大丈夫でしょう。私の力ではなく、ここからはクレーンの力ですから。数百キロぐらいの重さの物なら、何ら問題なく吊り上げられます」
 「それなら大丈夫ね」
 「ええ」
 「主人や巻田さんを襲った魔物の正体が、釣り上げられる・・・」
 「どんな化け物の怪魚か・・・」
 私と彼女が話している間に、郷田社長の合図の声が響いてきた。
 私はクレーンのリモコン・コントローラーを取り出し、ウインチの巻き上げスイッチをゆっくりと押す。すると、じりじりと巻くのである。
 郷田社長に向け、私はOKの合図を両手で送る。
 「黒井さん、ボートをクレーンをセットした岸へ向けてください」
 私は彼女に言った。
 「分かったわ!」
 彼女は、ハンドル操作をしはじめる。
 私はリモコンを操作し、クレーンのウインチを巻いていく。自分の釣り竿とリールは、クレーンのブームとウインチに替わったのだ。
 郷田社長の船外機が近づいてきた。
 「矢浦君! どうだ!」
 「クレーンのある岸まで戻りましょう。そこで奴と勝負です」
 私は言った。
 スピードのある郷田社長の船外機が、まず最初に岸に辿り着いた様子だ。私と黒井今日子の足漕ぎボートもスピードはゆっくりだが、岸に向かっている。
 クレーンのウインチは私のリモコン操作により、じりじりと巻かれている。ワイヤーはピンと張り、重々しく巻き取られていく。あの怪魚は、どうやらまだ針に食らいついたままの様子だ。針から外れ、逃げられていたなら、ワイヤーの張りは全くないはずである。
 私と黒井今日子の両足の力で、ボートは加速しはじめた。トラッククレーンの横に立つ郷田社長の表情が分かる位置までやってきた。
 慌てる必要は、もうないのだ。奴は逃げられない。どんな巨大な怪魚であろうと、文明の利器にはかなわなかった。
 足漕ぎボートを郷田社長の船外機の隣に着け、私と黒井今日子は岸に降りた。
 クレーンの横に立つ郷田社長の元に二人は行き、私はコントローラーを手にしている。クレーンの操作はコントローラー以外でも、本体のレバーで行えるのだが、私はこのまま操作を続ける。
 「矢浦君、奴は掛かったままかな?」
 郷田社長は、心配そうに言ってくれた。
 「大丈夫です。間もなく怪魚が顔を見せるはずです」
 私は、ウインチを巻き続けている。ラインは張ったままで、そろそろ水平にしていたクレーンのブームを起こしはじめた。
 ふと、クレーン本体の荷重計に目を向けた。デジタルの数字は280キロを表示しているではないか!
 私は、郷田社長と黒井今日子に知らせた。二人も目を丸くし、驚いている。やはり、私の人力では無理だったのだ。
 「あれ! もう少しじゃない!」
 黒井今日子が水面に浮かぶ黒い巨大な物体を目にした。
 「きたぞ! きたぞ! 何だ!」
 郷田社長は頓狂な声を出し、先の水面に視線を釘づけにしている。
 私も固唾を呑みながらウインチを巻き、見守る。超大型のピラルクーなのか。
 巻田よ、もうすぐだ! 仇を討ってやるからな! 私は心の中で、彼に向けて囁いた。
 そして、ついに真貝沼の怪魚が、その姿を露にしたのだ。クレーンのウインチに巻き上げられ、巨大な頭部がまずは水面上から顔を出す。
 「なんなのこれ・・・」
 「これって・・・」
 「化け物だ・・・」
 私達三人は怪魚の姿を目にした瞬間、思い思いの驚愕の言葉を洩らしたのだ。
 人の頭を丸呑みできる程の巨大な口を開け、私の放っていた鶏肉つきのクエ針に食らいついて今、ワイヤーのラインによって水中から引き摺り上げられている。長くて大きな髭が口から伸び、特徴的で獰猛な面構えだった。
 ピラルクーではなかった。ナマズなのだ。それも超巨大な大ナマズ。巻田を襲った魔物の正体は、ナマズの化け物であった。
 この沼沢地にきて、巻田とともにナマズをたくさん釣った。郷田水産から逃げた多くのナマズもいるという。しかし、目の前にいる化け物の大ナマズは、その何倍、いや何十倍か。
 私はクレーンのブームを起こしながら、右旋回させ、完全に水面から岸に上げた。ブームの先からラインによって宙吊り状態となった。人間の背丈よりも遥かに大きい怪魚の正体である。
 「ナマズ・・・ ですね、郷田さん・・・」
 怪魚との対決に勝利し、巻田の仇は討ったが、私は何故か複雑な思いとなって口にした。
 「あまりにもデカすぎるよ、このナマズは・・・ こんなのが日本の河川や沼沢地にいるはずがない・・・」
 呆然としたまま、郷田社長は言う。
 「郷田さんの養殖所から逃げ出したナマズが、こんなに巨大化したのですか?」
 黒井今日子が言った。
 「黒井さん、バカなことを言ってはいけない。この化け物は、特定外来種に指定されているヨーロッパオオナマズだ。元々は、日本にはいないものだ」
 「ヨーロッパオオナマズ・・・」
 私は呟いた。人食いナマズと呼ばれ、恐れられていることは知っていたが、まさかと思った。人の手によって、この沼沢地に放されたのだろう。
 クレーンの荷重計に再び目を向けると、340キロを表示していた。水中から完全に引き上げた状態であるから、これが実荷重であった。
 ウインチを巻き下げて、ヨーロッパオオナマズを地面に降ろした。巨大な口をパクパクさせながら巨体を左右にくねらせて、私達に向かってくる気配でもあった。この口で巻田を咥え、水中木の下まで引き摺り込んだのか。
 「黒井さん、このオオナマズが、ご主人や巻田の命を奪ったのです。三年前の少女の水死事故も、このオオナマズの仕業でしょう」
 目の前のヨーロッパオオナマズに目を向けたままの彼女に、私は言った。
 「何故、こんな巨大な化け物が・・・」
 彼女は、そう言うと、地面にちょうど転がっていた人の拳ほどの石を拾い、オオナマズに投げつけた。
 石はヨーロッパオオナマズの黒い胴体に、ボコンという鈍い音を立てて当たったが、全く反応はない。投げた石は空しく跳ね返され、水面に落ちた。しかし、上顎の長い二本の髭と下顎の短い四本の髭をヒクヒクさせながら、不気味な丸い目をこちらに向けている。
 「世界各地の水域で大型のヨーロッパオオナマズが捕まった記録はあるようだが、こんなモンスター級の大物はないはずだ」
 郷田社長は言った。
 三人は恐る恐るオオナマズに近づき、全長を計った。3m35センチもあった。
 「観賞魚として流通していたものなのでしょうね。このヨーロッパオオナマズも」
 私は、目を向けながら言う。
 「こいつの寿命は30年以上も生き、大きさや、その寿命の長さに飼えなくなって、ここに放されて生きてきたのだろう」
 郷田社長も、考え深げに言う。
 モラルのない人間が今後も多く、このようなことを続ければ日本の環境や生態系は乱れていくだろう。地球の温暖化も昨今は叫ばれ、加速していくかもしれない。
 巻田は、その犠牲となってしまった。私の親友だった彼は、もう戻ってはこない。
 真貝沼の魔物の正体は、こうして暴かれたが、魚である彼らには何の罪もない。複雑な思いのまま、私は、この沼を去るしかなかった。

            魔界沼の怪魚 (完)
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みんなの感想(7件)

しげちゃん
2024.09.10 しげちゃん

ついに現れるのか?

解除
しげちゃん
2024.08.26 しげちゃん

ナマズは美味いのか?

解除
しげちゃん
2024.08.13 しげちゃん

ついに出た怪魚正体はなんなのか?

解除

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