最後の出会いと別れ

氷上ましゅ。

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9話。

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私達は軽く世間話をしながら座った。
座って、話が一段落すると霜田さんがすぅと息を吸った。

「…自分、本当は男なんです。
…身体だけじゃなくて、心も。」

とても言いづらそうに霜田さんはそう言った。
ならそんな無理に服を着なれば良いじゃないかと安易な考えに走ったが、理由もなければわざわざ女装をする必要なんてないと思い、何も言わなかった。
由真さんも、その大きな目で霜田さんの顔を見つつ、何も言わなかった。
霜田さんがゆっくりと口を開く。


「実は――」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

自分の名前は「霜田真実」、傍から見れば、トランスジェンダー。
けれど、本当は、心と体の性別なんて…







一致、しきっている。


小学三年のとある夏の日の事だった。
自分は、父と母とひとつ下の妹の四人で家族旅行に行く計画を練っていた。
場所は沖縄、父と母の大好きなところ。
自分は行ったことがなかったので、行く日をとても楽しみしていた。
けれど、それは呆気なく叶うことが無くなってしまった。
自分と妹の水着などの足りないものを買いに、車で隣町の大きなショッピングモールに家族全員で向かった帰りだった。
…当たり前のように、事故にあった。
表現方法においての「当たり前」では無い、
本当に「当たり前のように事故にあった」のだ。
前から高齢者ドライバーの運転する乗用車に派手に突っ込まれたのだ。
エアバッグは、何故か反応しなかった。
大破した車の部品に圧迫され、父と母は死んでしまった。
幸か不幸か、自分と妹だけは骨を折っただけで助かった。
病院で手当を受けて、検査入院をして、自分達はそのまま孤児院送りになった。
今でも理由は、わかっていない。
自分と妹はその孤児院で共に一年過ごした。

ある日、夫婦と見られる男女がその孤児院を訪れた。
なんでも、死んだ娘の代わりを探しているらしい。
すると、友達と話していた自分の所に女の方がやって来た。
随分とやつれていたのをよく覚えている。
自分は気にせず友達と話していた。
女がじっと自分の方を見てくるのに少し違和感を覚えた。
しばらく自分の事を眺めてから、ぽつりと呟いた。

「にてる」と。
それから女は自分の肩を掴んで、揺さぶりながらこう聞いてきた。

「ねぇ!まみ、まみなんでしょ!?」

自分は訳が分からなかった。
違うと言ってもこう言ってきた。

「だってその髪色とその目の色…!!
まみ以外に有り得ない!」

その女はそう言って、自分を強く揺さぶった。
やはり訳が分からなかった。
ショコラブラウンの髪と赤みがかった目は生まれつきである。珍しいのかは全く分からない。
それを見かねた職員とその女の旦那が、女を自分から引き離した。
離せと叫ぶ女の目からは涙がこぼれていた。
自分はそれを見ながら妹の手を握っていた。
しばらくして、自分はとある家に引き取られる事となった。
妹も、と職員は言ったそうだが、なんでも自分だけが欲しいらしかった。
自分は職員に連れられ、その家に引き取られた。
まさかとは思っていたが、そのまさかだった。
自分を引き取ったのは、あの夫婦だった。
それからというもの、自分の人生は見苦しい程に歪んだ。
自分はその家の死んだ娘の代わりに育てられる事になった。
共通点は、髪色と目の色、そして名前の一部。
自分の名前は「まこと」。
死んだ娘の名前は「真実まみ」。
自分はそれから、死んだ娘の服を着さされて、死んだ娘の赤いランドセルを背負って学校に行った。
背丈もほぼ同じだった様で、服の丈はほぼ全てが合った。
こんな皮肉があっただろうか。
学校では、当たり前のようにいじめの嵐だ。
一人称も矯正させられ、今の一人称になった。
何も抵抗なく「僕」「俺」と言えていた頃が懐かしい。
そうして、中学に進んだ。
制服は男用を買い与えられたので、嬉しいことこの上なかったのをよく覚えている。
新しい親は、よく先生にこう言っていた。

「この子は女になりたいんだ。」と。

トランスジェンダーの悪用なんて、はなはだしい事この上ない。
当事者に迷惑でしかないじゃないか。
性にラフな時代に生まれた事を物凄く後悔した。
そして遂に、新しい親は自分の人付き合いにまで口を出し始めた。

「なんで男と話しているの」
「なんで女の子とは話さないの」
「何のためにお前を引き取ったと思ってるの」
「真実はこんな事絶対やらない」
「真実はそんな考え方をしない」

「真実は、真実は!!」

口を開けば、死んだ娘の名前。
思春期と反抗期も相まって、怒りを覚えた。
自室に閉じこもろうとも、どこもかしこも好きでもないピンクとフリルに統一されて吐き気を覚えた。
おまけに私服も、部屋着も、かろうじて中性的なものは寝巻きしかなかった。
けれどやっぱり、ボタンは左側についていた。
ここのつで死んだ娘の思考に、侵されてたまるものかと、唇を噛んだ。
そうして時が経ち、初めて、夢精した時に父に言うと、
「母さんには言わないように。
汚れた時は父さんが洗ってやるから。」
と言われ、とてつもなく悲しくなった事を覚えている。
父さんは母親に下手に反抗できないのだ。
母親に隠れて付き合っていた友達に自慰を教えて貰い、自室で隠れて深夜に自慰をした翌朝に母に見つかり、こっぴどく叱られた。
そうしないと夢精すると言っても、どっちもダメだと言って聞かなかった。
俺は母親のこういう所が嫌いで仕方なかった。
そして、自慰をすることも、独り立ちをすること母親の手から逃れることも禁じられて、十六まで耐えて、辛くなった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

霜田さんはそこまで話すと、口をつぐんだ。
霜田さんの目は、うるみきっていた。

「…本当は、こんな格好なんて、見たくもしたくもないんです。」

そう呟くと、霜田さんの目から涙が零れた。
それから、決壊したように霜田さんが言葉を吐いた。

「切る事なんて許されなかった髪も、ツーブロックにしてみたかった。
趣味の合う友達と話して、笑って、遊びに行って、カラオケにでも行って、下ネタだって吐きまくって、笑って、勉強教えあったり、気兼きがねなく膝の上乗りあったり、食べ物シェアしたり、友達のスマホ覗いたり、ビデオ観ながら自慰したり、彼女と笑ったり、泣いたり、抱き合ったり、映画行ったり、キスしたりしたかった…!!」

由真さんが霜田さんに手を伸ばす。
そしてそのまま、抱きしめた。

「その気持ち、よく分かります。
周りに間違った言葉とか思考とか、押し付けられて、辛かったですよね。」

話すにつれて、由真さんの声が震える。

「理想と偏見で塗り固められた桃源郷とうげんきょうに押し込められて、辛かった、です、よね。」

由真さんの頬に涙が伝う。
私はその様子を、ただ見ている事しか出来なかった。
霜田さんは、見た目こそ女性であるが、中身は普通の、ごく一般的な男子高校生なのである。
歪んだ親の思考に従わされ、歪んだ愛を受け続けただけの、男子高校生なのである。
女の私に、その痛みや辛さの全てを理解する事は出来ないのであろう。
それが余計、やるせなくて、悲しくて、とてつもない罪悪感に包まれた。
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