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プロローグ 3
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初夏の風が、頬をすり抜ける。
玖郎は、昼間の京の街を歩いていた。
(あー…やっぱりまたこの夢だ)
九郎は、予想していた通りの展開に半ば諦めていた。
しかし、今回の夢はいつもと違っていた。
昼間なのだ。
今まで見てきた玖郎の夢は、ほとんどが夜であり、明るい時間帯での夢など見たことがなかった。
とにかく、玖郎はどこかに向かっているようである。
京の街から、外れたところにある林を抜けると、古い小屋があった。
屋根の、部分にある煙突が煙を吹き、中から金属音が、一定の間隔で聞こえてくる。
『ここは……そうだ……鍛冶屋だ』
九郎は、なぜか玖郎の記憶を、共有化することが出来ていた。
『うん……あの人に逢いに来たんだ』
玖郎が、鍛冶屋の戸を開けると、中には1人の女性が、一心不乱に刀を打っていた。
年の頃は、17、8程。
絹のような長くて艶やかな髪をまとめ上げ、透けるような白い肌は煤で汚れている。
「雪……」
玖郎が、その女性の名前を呼ぶと、女性も玖郎に気が付き、満面の笑顔で、玖郎を出迎える。
「玖郎様……!!」
名前を呼ぶと、雪は玖郎に抱きつき頭を、玖郎の胸にうずめる。
「お会いできて、雪は嬉しゅうございます……!」
玖郎も、普段の冷徹な顔からは一転、優しく微笑んでいる。
「俺もだよ、雪……」
雪は、玖郎の“鞘”だった。
悪人から弱き人々を守るという名目で、《幕府警察機構:新選組》の暗殺部隊、零番隊に配属され、来る日も来る日も、人を殺め続け、自分の信念や理想も忘れて、ただ無心に人を斬り続けてきた。
彼に、つけられたあだ名は『人斬り玖郎』。
そんな修羅に墜ちる寸前の玖郎を救ったのがこの鍛冶屋の主人、雅宗まさむね 雪ゆきだった。
彼女の涙が、そして笑顔が、玖郎に大切なものを教えてくれた。
彼女のおかげで今の玖郎があり、玖郎の《弱き人々を守るための剣》がある。
雪を守るためならば、たとえこの命尽きようとも構わないさえ思っている。
それぐらいの覚悟があり、同時に雪を愛している。
雪と過ごすこの時間は、とても心が落ち着く。
1853年、浦賀湾に世界最大の軍事国家、アメリカが戦艦黒船で来航し、開国を要求したが、幕府はこれを断固拒否。
欧米諸国との緊張が高まる中、幕府は外国との交渉に奮戦する一方で、開国すべし!幕府を倒せと、国内でもテロや犯罪が横行し、この国は荒れに荒れた。
国が荒れれば人の心も荒れる。
強盗に親を殺され孤児となり、ずっと独りきりで生きてきた玖郎は、何度も命の危険に見舞われた。やがて、護身のため我流で編み出した剣術とその腕を買われ、かつての自分のような子供を出さないためにと新選組に入隊したが、そこでは《暗殺者》として、血の雨を降らす日々……。
心の安まる日などなかった。
だが、雪と出会い、雪の信念、想いに触れていくうちに自分の為すべき事がはっきりとわかった。
それはこの命を賭けてでも、雪の笑顔を守り、愛する者が住むこの京に蔓延る(はびこる)悪を斬る剣となり、弱き人々を守る盾となる。
そのために今も、新撰組零番隊という暗殺部隊に身を置き、夜毎、法では裁けぬ悪人や、人々を苦しめる幕府の役人を斬っている。
この玖郎の愚直なまでの、まっすぐな想いは、九郎の心にも同居しており、思春期の彼には、恥ずかしさで身悶えさせるには充分であった。
だが、それは照れるべき事であっただろうか?
「急に来られるとはどうされたのですか?一言、ご連絡下されば私わたくしもお迎えする準備ぐらいしましたのに……」
玖郎を抱きしめ、その胸に顔を埋めていた雪は、拗ねるように頬を膨れさせ、玖郎を見上げるように聞く。
「済まないな。急に時間が空いて、持て余したから、寄ってみたんだ」
「まぁ!雪は玖郎様の暇つぶしでございますか?」
そう言って雪は、更に頬を膨れさせる。
「はは、冗談だよ。雪を驚かそうと内緒にしてたんだ」
「もうっ!玖郎様の意地悪……」
こうして語り合い微笑む玖郎を見ると、今朝の夢の大男と対峙した時のような、あの氷のような冷たい顔とは別人のようだ。
お互いのことを大事に、想っているのだろうなと思う。
ふと、遠くに住んでいる幼なじみの顔が九郎の頭に浮かんだ。
――――もうどれくらい会っていないだろう?
次の夏休みには会いたいな……。
バイトでもしようか?
「それでは今日は、ずっと一緒にいられるのですか?」
いつの間にか機嫌を直した雪は、笑顔で玖郎に聞いた。
「いや……夜はまた仕事が入っているから、一緒にいられるのは夕方までだな……」
『仕事』という言葉を聞いて、さっきまで笑顔だった雪の顔が曇らせ俯いてしまう。
「『仕事』とはまた……人を斬るのですか……?」
小さな声で、玖郎に問いかける。
「雪。お前が人を殺すことに嫌悪感を抱いているのはわかっている。だがこれもこの街を守るためなんだ、わかってくれ……」
鍛冶師の雪は、刀を人殺しの道具に使うことを極端に嫌う。
それは刀を愛してるが故の想いだった。
玖郎が雪に出会ったのも、自分の刀を雪に修理を依頼し、そのボロボロな刀を見て、思わず玖郎を殴ったことからだ。
「そうではありませぬっ!」
「雪……」
いつもの雪からは想像できない、大きな声で玖郎の言葉を遮る。
「そうではありませぬ……確かに私わたくしは、刀を人殺しの道具に使われることは好みませぬ……。けれども玖郎様は身を粉にし、命を張って、この街を守る為に剣を振るっていることは、私も重々承知しております。ただ……」
そこまで言って、玖郎の顔を見上げ、瞳を潤ませ切ない声で、呟く。
「最近は、攘夷活動も活発化し、多くの方々が犠牲にあわれていると聞き及んでおります。もし玖郎様の身になにかあったら、私は……私は……」
と、その綺麗な瞳から涙を流し、なにかを懇願する表情で、玖郎の顔を見つめる。
確かに、玖郎の仕事は危険極まりない。
《暗殺》という性質上、基本的に隠密行動だ。
それ故、単独行動の方が動きやすい。
だが、必ずしも相手が一人でいるとは限らない。
一度に、複数を相手にすることは日常茶飯事だ。
九郎の見た夢の中にも、指定場所に行ってみれば、十数人の男たちが待ち構えていたこともあった。
だが、玖郎はそれをすべてくぐり抜けてきた。
「大丈夫だ、雪……俺は必ず生きて、お前の元に帰ってくる。約束だ。だから心配するな?」
彼女の涙を指で拭い、優しく言い聞かせる。
「玖郎様……」
雪は安心した、けれども少し憂いを帯びた笑みを浮かべ、玖郎の胸に再び顔をうずめた。
しばらくの沈黙の後、雪はハッと顔を上げ、慌てたように
「あっ…も、申し訳ありません!今、お茶を煎れますので、どうぞお上がりください」
顔を真っ赤にしながら、パッと離れる雪を笑顔で見つめる玖郎。
雪は鍛冶屋の裏手にある母屋の方に玖郎を招き入れる
「あぁ、お邪魔させてもらうよ」
そう言うと、雪について母屋に足を向ける。
「そう言えば、刀を打っているんだな?」
不意に雪に話しかける玖郎。
「えっ?」
「めずらしいじゃないか?お前が誰かに刀を打つなど」
雪は誰彼かまわず、刀を打ったりはしない。
刀を我が子のように扱う雪は、その人物が信頼に値するかどうかを、見定めてから刀の製作に取りかかる。
雪の打つ刀は、丈夫でよく斬れると、評判がいいため連日、製作依頼が舞い込む
だがやはりこのご時世。
刀を殺人のための凶器にし、罪もない人を殺す輩が増え続けているため、雪はおいそれと打とうとはしない。
中には金さえ積めば、どんな人物にも刀を打つ鍛冶師もいる。
というよりもそれが普通なのだが。
雪が頑固すぎるのである。
そのため普段は、包丁やハサミ、鍋などの生活雑貨を売って生活している。
「え、えぇ……信用できる方がいらっしゃいましたので……」
「雪を口説き落とすとは大したものだ。俺も是非、会ってみたいものだな。」
「それは難しいかと思います」
「そうなのか?」
「はい、お忙しい方でいらっしゃいますので……」
「そうか、それは残念だな」
というような事を話しながら二人は、母屋に入っていった――――――。
玖郎は、昼間の京の街を歩いていた。
(あー…やっぱりまたこの夢だ)
九郎は、予想していた通りの展開に半ば諦めていた。
しかし、今回の夢はいつもと違っていた。
昼間なのだ。
今まで見てきた玖郎の夢は、ほとんどが夜であり、明るい時間帯での夢など見たことがなかった。
とにかく、玖郎はどこかに向かっているようである。
京の街から、外れたところにある林を抜けると、古い小屋があった。
屋根の、部分にある煙突が煙を吹き、中から金属音が、一定の間隔で聞こえてくる。
『ここは……そうだ……鍛冶屋だ』
九郎は、なぜか玖郎の記憶を、共有化することが出来ていた。
『うん……あの人に逢いに来たんだ』
玖郎が、鍛冶屋の戸を開けると、中には1人の女性が、一心不乱に刀を打っていた。
年の頃は、17、8程。
絹のような長くて艶やかな髪をまとめ上げ、透けるような白い肌は煤で汚れている。
「雪……」
玖郎が、その女性の名前を呼ぶと、女性も玖郎に気が付き、満面の笑顔で、玖郎を出迎える。
「玖郎様……!!」
名前を呼ぶと、雪は玖郎に抱きつき頭を、玖郎の胸にうずめる。
「お会いできて、雪は嬉しゅうございます……!」
玖郎も、普段の冷徹な顔からは一転、優しく微笑んでいる。
「俺もだよ、雪……」
雪は、玖郎の“鞘”だった。
悪人から弱き人々を守るという名目で、《幕府警察機構:新選組》の暗殺部隊、零番隊に配属され、来る日も来る日も、人を殺め続け、自分の信念や理想も忘れて、ただ無心に人を斬り続けてきた。
彼に、つけられたあだ名は『人斬り玖郎』。
そんな修羅に墜ちる寸前の玖郎を救ったのがこの鍛冶屋の主人、雅宗まさむね 雪ゆきだった。
彼女の涙が、そして笑顔が、玖郎に大切なものを教えてくれた。
彼女のおかげで今の玖郎があり、玖郎の《弱き人々を守るための剣》がある。
雪を守るためならば、たとえこの命尽きようとも構わないさえ思っている。
それぐらいの覚悟があり、同時に雪を愛している。
雪と過ごすこの時間は、とても心が落ち着く。
1853年、浦賀湾に世界最大の軍事国家、アメリカが戦艦黒船で来航し、開国を要求したが、幕府はこれを断固拒否。
欧米諸国との緊張が高まる中、幕府は外国との交渉に奮戦する一方で、開国すべし!幕府を倒せと、国内でもテロや犯罪が横行し、この国は荒れに荒れた。
国が荒れれば人の心も荒れる。
強盗に親を殺され孤児となり、ずっと独りきりで生きてきた玖郎は、何度も命の危険に見舞われた。やがて、護身のため我流で編み出した剣術とその腕を買われ、かつての自分のような子供を出さないためにと新選組に入隊したが、そこでは《暗殺者》として、血の雨を降らす日々……。
心の安まる日などなかった。
だが、雪と出会い、雪の信念、想いに触れていくうちに自分の為すべき事がはっきりとわかった。
それはこの命を賭けてでも、雪の笑顔を守り、愛する者が住むこの京に蔓延る(はびこる)悪を斬る剣となり、弱き人々を守る盾となる。
そのために今も、新撰組零番隊という暗殺部隊に身を置き、夜毎、法では裁けぬ悪人や、人々を苦しめる幕府の役人を斬っている。
この玖郎の愚直なまでの、まっすぐな想いは、九郎の心にも同居しており、思春期の彼には、恥ずかしさで身悶えさせるには充分であった。
だが、それは照れるべき事であっただろうか?
「急に来られるとはどうされたのですか?一言、ご連絡下されば私わたくしもお迎えする準備ぐらいしましたのに……」
玖郎を抱きしめ、その胸に顔を埋めていた雪は、拗ねるように頬を膨れさせ、玖郎を見上げるように聞く。
「済まないな。急に時間が空いて、持て余したから、寄ってみたんだ」
「まぁ!雪は玖郎様の暇つぶしでございますか?」
そう言って雪は、更に頬を膨れさせる。
「はは、冗談だよ。雪を驚かそうと内緒にしてたんだ」
「もうっ!玖郎様の意地悪……」
こうして語り合い微笑む玖郎を見ると、今朝の夢の大男と対峙した時のような、あの氷のような冷たい顔とは別人のようだ。
お互いのことを大事に、想っているのだろうなと思う。
ふと、遠くに住んでいる幼なじみの顔が九郎の頭に浮かんだ。
――――もうどれくらい会っていないだろう?
次の夏休みには会いたいな……。
バイトでもしようか?
「それでは今日は、ずっと一緒にいられるのですか?」
いつの間にか機嫌を直した雪は、笑顔で玖郎に聞いた。
「いや……夜はまた仕事が入っているから、一緒にいられるのは夕方までだな……」
『仕事』という言葉を聞いて、さっきまで笑顔だった雪の顔が曇らせ俯いてしまう。
「『仕事』とはまた……人を斬るのですか……?」
小さな声で、玖郎に問いかける。
「雪。お前が人を殺すことに嫌悪感を抱いているのはわかっている。だがこれもこの街を守るためなんだ、わかってくれ……」
鍛冶師の雪は、刀を人殺しの道具に使うことを極端に嫌う。
それは刀を愛してるが故の想いだった。
玖郎が雪に出会ったのも、自分の刀を雪に修理を依頼し、そのボロボロな刀を見て、思わず玖郎を殴ったことからだ。
「そうではありませぬっ!」
「雪……」
いつもの雪からは想像できない、大きな声で玖郎の言葉を遮る。
「そうではありませぬ……確かに私わたくしは、刀を人殺しの道具に使われることは好みませぬ……。けれども玖郎様は身を粉にし、命を張って、この街を守る為に剣を振るっていることは、私も重々承知しております。ただ……」
そこまで言って、玖郎の顔を見上げ、瞳を潤ませ切ない声で、呟く。
「最近は、攘夷活動も活発化し、多くの方々が犠牲にあわれていると聞き及んでおります。もし玖郎様の身になにかあったら、私は……私は……」
と、その綺麗な瞳から涙を流し、なにかを懇願する表情で、玖郎の顔を見つめる。
確かに、玖郎の仕事は危険極まりない。
《暗殺》という性質上、基本的に隠密行動だ。
それ故、単独行動の方が動きやすい。
だが、必ずしも相手が一人でいるとは限らない。
一度に、複数を相手にすることは日常茶飯事だ。
九郎の見た夢の中にも、指定場所に行ってみれば、十数人の男たちが待ち構えていたこともあった。
だが、玖郎はそれをすべてくぐり抜けてきた。
「大丈夫だ、雪……俺は必ず生きて、お前の元に帰ってくる。約束だ。だから心配するな?」
彼女の涙を指で拭い、優しく言い聞かせる。
「玖郎様……」
雪は安心した、けれども少し憂いを帯びた笑みを浮かべ、玖郎の胸に再び顔をうずめた。
しばらくの沈黙の後、雪はハッと顔を上げ、慌てたように
「あっ…も、申し訳ありません!今、お茶を煎れますので、どうぞお上がりください」
顔を真っ赤にしながら、パッと離れる雪を笑顔で見つめる玖郎。
雪は鍛冶屋の裏手にある母屋の方に玖郎を招き入れる
「あぁ、お邪魔させてもらうよ」
そう言うと、雪について母屋に足を向ける。
「そう言えば、刀を打っているんだな?」
不意に雪に話しかける玖郎。
「えっ?」
「めずらしいじゃないか?お前が誰かに刀を打つなど」
雪は誰彼かまわず、刀を打ったりはしない。
刀を我が子のように扱う雪は、その人物が信頼に値するかどうかを、見定めてから刀の製作に取りかかる。
雪の打つ刀は、丈夫でよく斬れると、評判がいいため連日、製作依頼が舞い込む
だがやはりこのご時世。
刀を殺人のための凶器にし、罪もない人を殺す輩が増え続けているため、雪はおいそれと打とうとはしない。
中には金さえ積めば、どんな人物にも刀を打つ鍛冶師もいる。
というよりもそれが普通なのだが。
雪が頑固すぎるのである。
そのため普段は、包丁やハサミ、鍋などの生活雑貨を売って生活している。
「え、えぇ……信用できる方がいらっしゃいましたので……」
「雪を口説き落とすとは大したものだ。俺も是非、会ってみたいものだな。」
「それは難しいかと思います」
「そうなのか?」
「はい、お忙しい方でいらっしゃいますので……」
「そうか、それは残念だな」
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