ドラゴン・ゾルダード~二つの魂~

ばくだんいわ

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若き龍の目醒め 13

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 得……?あるじゃないか、充分に。


 全身がズキズキ痛んでいて、吐き気もするけれど、少なくとも今朝のように自分を、情けなく思わずに済む。

 それだけでいい。


 九郎は首をひねって、まわりを取り巻く連中を見上げた。その姿が、仮面の男たちと重なって見えた。
 理由のない悪意は、実在するのだな、と九郎は知った。

「んだ?その目は」

 一人が、むっとした口調で言った。

「うわ怖ぇ~。殺人鬼の目みたい。おかしいんじゃないの?」

 別の一人がおどけた調子で言った。反論は思いついたが、やめておいた方がいいと思った。
 痛みが怖いというよりも、これ以上ダメージを喰らうと、それこそ反撃をできないからだ。しかしやっぱりまたもや、口が勝手に動いた。

「……おかしいのは貴様らのほうだ」
 
 九郎は押し殺した声で言った。ガツンとすさまじい衝撃がきた。頭を踏まれたのだ。一瞬、九郎の気が遠くなった。

 その時―――。

 九郎の身体が、立ち上がった。わずかによろけている彼に、不良たちは、何故か手を出しかねた。本物の戦士には比べようもない、喧嘩の経験だけれど、それが彼らに“動くな”とささやいたのだろうか。
 
 誰も気づかない。

 彼の手の甲の痣が、九郎が直感的に大きくうねる竜のようだと思ったそれが、ほのかに光を放っていることを。それは、全ての色を含む白い輝きだった。その光は、すぐに薄れて消えてしまったが。

「新撰組局中法度……士道に背くまじき事……」

 自分の口が、そんな事を紡ぐのを、九郎は茫然として聞いていた。

(新撰組だって?いったい、僕はどうしたんだ?玖朗になったのか?)

 そう思って、ゾッとした。自分は気が狂いかけているんだろうか。

 二重人格ってやつ。

 でもああいうことには何か原因があるはずだ。

「は?何言っちゃってくれてんの?新撰組?ギャハハハ!」

 不良たちの一人が、下品な笑い声をあげた。

「こうゆーのなんつうんだっけ?中二病?」
 
 侮蔑した目と、言葉が次々と九郎に突き刺さる。九郎は反論に詰まった。けれど、口は勝手に動いた。

「畜生にも劣るカスが偉そうに吠えるな。虫酸が走る……」

 そして九郎の体は勝手に不思議な構えを取った。左足を下げ、右半身を前に出し、少し腰を落として左手は腰に添え、右手は何かを掴んでるかのように。

 それは抜刀術の構え。

「来い、クズ共。」

 またも口が勝手に動く。

 言い終わらないうちに、拳が飛んできた。さっきはこの段階で腰が引けた。逃げようとして顔をそらしてしまったのだが、今度は違った。ギリギリまで、ちゃんと拳を見ていた。
 わずかに腰をひねるだけで、顔面めがけて飛んできた拳をかわす。避ける動きと同時に刀を抜いた。刃が相手の腹あたりに食い込み、斬り伏せる。

 いや、もしも、そこに刀があったなら、だが。

 もしも、刀を持っていれば、一人目の不良が斬られ、その動きの反動を利用して、二人目に斬りかかっていただろう。だが、あいにく、刀は存在しなかった。二人目が飛びかかってくる。最初のひねりを元に戻す反動で、そいつの体をもぎはなす。
 だが、三人目と四人目にしがみつかれるのは、どうにもならなかった。迫ってきた拳を、体をひねって受けた。急所を外そうとしたのだ。
 二発目の蹴りがヒットしたところで、九郎の動きが止まった。腕が刀を持つ姿勢から、だらりと垂れ下がるだけのものになる。


(あ……今更、思い通りに動くようになってくれても)

 遅かった。くちびるからは呻きしか漏れない。頭を抱えて、地面で丸くなる。丸くなった九郎を不良たちは足で踏みつけ蹴りまくる。悔しいが、今は少しでもダメージを受けないようにする。

 機会を見つけるために。

 飽きたのか疲れたのか、不良たちの足は止まった。

「どうしよっかぁ?」

「やっぱり精神的な、いしゃりよーをもらうのいいんじゃね?」

「でも素直に出してくれっかな?」

「勝手に貰っちゃっていいんじゃね?」

「んじゃその後、裸にして道路に放り出すか」

「いいねぇ!ギャハハハ!」

 悪意のための悪意を喜んで、彼らはゲラゲラと笑う。



「そこまでにしてくんない?」

 不意に女の声が聞こえた。表面上、その声は投げやりに聞こえた。どうでもいいと思っているかのように。

「あん、何?お姉さん。」

「俺らと遊んでくれんの?」

「んじゃ、ちょっと待っててね。今、こいつからおこづかいもらうから」


 不良たちはさらに甲高い声でケラケラと笑った。足もとで、九郎はうずくまったままだ。

―――杏が来たことを理解しているのだろうか。

「そっか。やめる気ないんだ」

 ゆらり、と杏は一歩踏み出した。不良たちが、ニヤニヤと笑いながら、彼女を囲むように位置を変える。
 杏と、倒れた九郎のあいだはおよそ五メートル。不良たちが、杏に飛びかかろうとした時。

「あれー?杏じゃねぇか。なにやってんだ?こんな所で」

 杏の後ろに現れたのは、九郎の親友、飛川鴻二だった。

「今度は誰だ!?」

 不良の一人が、いらついた声で言った。

「あ、こーじ~!ちょうどよかった。一人じゃ面倒だし、手伝って?」


 杏はいつもの調子でそう言った。彼女の指先が、倒れている九郎の、手の甲の痣を指していた。それを見た鴻二は、形のいい眉をひそめた。

「あ~……マジで?」

 鴻二がそう言ったのと同時に、不良たちが武器を取り出した。ナイフ、警棒、スタンガン、そして違法に改造されたエアガン。どこに行ってもこういう連中が持っている武器というのは変わり映えしない。

「しょうがないなー」

 だらりと下げた両腕を左右にさげ、無造作に鴻二は、踏み込んで―――。

―――姿が消えた。

「え?」


 次の瞬間には、不良たちの一人が、パキンという音を聞いていた。ナイフを構えていた男だった。自分の骨が折れた音だとは、痛みがやってくるまで、彼は気づかなかった。

「ギャアァッ!」


 悲鳴を上げて転倒する。そいつの足首が、妙な具合に曲がっていた。

「ほんと、俺のキャラじゃねぇよな~」

 本当につまらないというように、不良の足首を蹴り砕いた鴻二が言った。後ろから警棒を持った男が、鴻二に襲いかかる。だが、鴻二はそれがわかっていたかのように振り向き、左掌底で相手の顎を砕いた。

「学校ではさ、いつも笑顔のプリチーな鴻二くんでいるわけよ俺は」

「くそっ!」

 鴻二を相手取るのは不利だと悟ったのか、エアガンを持った不良の一人が杏にエアガンを向ける。

「いや、きょうずっと一緒にいたんでしょ?気づきなよ……」

 それを見ても杏は怯むどころか、酷薄な笑みを浮かべ、肩に掛けているバッグに手を入れた。だが、男の指がエアガンの引き金にかけたと同時に、その男はぐらりと倒れた。

「あれ?」

 杏にも一瞬、何が起こったかわからず、バッグに手を入れたまま目をパチクリさせている。そして気が付いたかのように、

「ちょっと、こーじ!邪魔しないでよっ!」

「杏は手を出すな。後始末が大変なんだから」

「ぶぅ~」

 鴻二が、離れている場所にも関わらず、何かをやったようだ。その鴻二に邪魔をされた杏は、唇をとがらせてふてくされている。

 残り一人となったスタンガンを持った男は焦っていた。四人のうち三人が、あの喧嘩無敗の飛川 鴻二にのされ、自分一人だけになってしまった。本能は“逃げろ”と警告を出している。だが、それを理性は無理やり抑える。自分たちはこれでもこの辺りでは少しは名が売れているのだ。他校のチーマー十数人とも四人で迎え撃ち、かろうじてだが勝利を納めた。

 自分たちは無敵だ。そう思っていた。だが、今はどうだろう。たった一人の男子生徒に仲間の三人をやられ、自分は今、大ピンチに陥っている。ぐるりと周りを見渡した。
 足下にはさっきまで痛めつけていた生意気な少年。

 こいつにはもう用はない。気絶しているだろう。
 自分より少し離れた場所に、仲間の一人が飛川 鴻二と呼んでいた大柄な男子生徒が自分を見ている。
 そしてそれよりも近いところに、さらに小柄なポニーテールの女子高生が唇をとがらせ、地面の小石などを蹴っている。あいつを人質に取ればヤツも手が出せないのではないのだろうか?幸い、こちらにはスタンガンがある。後ろから組み伏せ、首もとにそれを押し付ければ動けないはずだ。

 そこまで考えて、不良の一人は行動に移す。全速力で杏に向かって走る。

「……っ!杏!」

「ん?」

 鴻二が、残った不良の一人が、杏に向かって走っていくのに気が付き、杏の名前を呼ぶ。当の杏は、それがどうしたといわんばかりに、弛緩した顔でスタンガンとそれを持った不良をみつめ、今度こそバッグに入っている『武器』を取り出そうとしている。
 スタンガンが、杏にあと数十センチというところで、不良の腰に何かが組み付いた。

 九郎だった。


 気絶しているとばかり思っていた九郎が、杏を襲おうとしている男の体にしがみついていた。

「九郎くん!?」

「馬野!こいつは僕が何とかする!!その間に逃げろ!早くっ!」

「てめ!大人しくくたばってろ!」


 不良は杏に向けていたスタンガンを九郎に押し付けた。何万ボルトもの電撃が九郎に見舞われ、体をビクンと痙攣させながらも九郎は手を離さない。

「この……!」


 なおも手を離さない九郎を引き剥がそうと不良は再度、スタンガンのスイッチを入れようとする。
 だが、それをいつの間にか近づいてきた鴻二に首根っこを掴まれ、後ろに投げ飛ばす。投げ飛ばされた衝撃で不良は体を壁に打ちつけられ、九郎は手を離し今度こそ気絶した。

「九郎くん!」

 杏は九郎に駆け寄り、抱き起こした。

「今の九郎くん、他の誰でもない九郎くん自身の意志で守ってくれたんだよね。ありがと」

 気絶している九郎に杏は優しく囁き、静かに九郎を横たえた
 するとそこへ、不良たちにエアガンの標的にされ、虐められていた子犬が横になっている九郎にトコトコと近づき、その頬をペロペロと舐めはじめた。

「キミも、危ないからもう行きなさい?」

 子犬に優しく語りかける。
 しかし、それでもなお、その子犬は九郎から離れようとしない。

 倒れている九郎と杏を交互に見つめ、その後、九郎を心配そうに見る。

「キミを助けてくれた九郎くんはもう大丈夫だから。ね?」

 それを聞いて納得したのかはわからないが、その子犬は背を向けて茂みの奥へと歩いていく。そして一度だけ振り返り、杏と九郎に向かって、「キャンッ」と一声鳴いた。

「ん。キミも、もう捕るんじゃないよ」

 そのまま子犬は茂みへと消えていった。

「さて、と……」

 子犬を見送った杏は倒れている不良たちを見る

 それと同時に、鴻二に痛めつけられた不良たちは、徐々に意識を取り戻し、ゆらりと立っている杏が目に入った。

 杏の瞳は冷たい怒りに燃えている。

「ヒィッ……!」

 不良たちは既に戦意をなくし、杏の怒りに怯えている。

「おい、杏――――」

「こ~じは黙ってて。あたし今、けっこうキテるから……」

「…………殺すなよ?」

 鴻二は肩を竦め、九郎を肩に抱えて、公園の出口に向かっていった。そして杏はにっこりと笑った。口もとだけで。

「んじゃ、カタ、つけよっか?」

 獲物を見つめる、残酷な目で、杏は言った。その瞳は、丸く大きく見開かれ、壮絶に美しい。鴻二が公園を出た頃、日が傾き、暗くなり始めた公園に、白い光と暴風と不良たちの叫び声が巻き起こった。
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