幻冬のルナパーク

葦家 ゆかり

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本当に会いたい人

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「玲、久しぶり。ちょっと遠かったでしょう。悪いわね」


約束した店の前で会うと、絵海がいつものように優しく微笑みながら言った。築山と出かけた後、絵海からもメールが入り一緒に食事に行くことになったのだ。

彼女は白い無地の半袖シャツと、水色のジーンズをはいていた。久しぶりに絵海と会えて、自分の心臓がいつもより強く血液を押し出すのを感じた。


場所は彼女が行ってみたいと言ったパスタの専門店だった。私たちは木製の厚い扉を開けて中に入り、案内されたテーブルについて、それぞれ好きなものを注文した。私はトマト風味の魚介パスタを、絵海は鮭とほうれん草のクリームパスタだった。


「この店、前から気になってたのよね。ついて来てくれてありがとう」絵海が言った。


「ううん。なんか、オシャレな店ですね」


 私は照明を落とし暗く演出された店内を見渡して言った。黒い壁に、白色で蝶の模様が描かれている。


「それにしても絵海さん、最近も休みがあれば実家ですよね。すっかり赤ちゃんに心を奪われちゃってますね」


「ええ。とっても可愛いわよ。渉(わたる)って言うの。ほら、写真」


 絵海はそう言って満足げに微笑みながら、携帯で写真を見せてきた。画面にはふとんに仰向けになって笑ってい
る、薄毛で丸い目をした赤ん坊が写っていた。腕も脚もまるでお中元のハムのようにムチムチしている。


「可愛い。ちょうど笑ってるところを撮れてる」


「よく笑うの。生後2、3ヶ月でたくさん笑うようになったって妹が言ってたわ」


「そうなんですね。次の休みも帰るんですか?」パスタが届いて、食べながら私が聞いた。


「うん。今度は実家の近くでお祭りがあるから行こうかなって」


「夏祭り、いいなあ。私も付いて行っちゃダメですか?」


「うん、いいよ」


「えっ、いいんですか?」私が驚いて聞き返した。


「うん、こっちで誘ってもらってもなかなか会えないしね。夏祭りも地元の小さなもので、花火も上がるけど横浜みたいに大規模なものじゃないわよ。でもそのぶん人もそれほど混まないし、ゆっくりできると思うわ。1泊くらいなら、うちの実家に泊まっていってくれて構わないし」


「えっ、泊まっちゃって大丈夫なんですか?」私は急な提案に驚いて言った。しかし彼女の生まれ育った家や町に行けると思うと胸が高鳴るのを感じた。


「大丈夫よ。遠慮いらないわ。うちは父がもう亡くなってて、母親と妹の女所帯だし。渉は男の子だけどね。妹はあなたと歳も近いし仲良くなれるんじゃないかしら」彼女が言った。

「お祭りは妹と赤ん坊も一緒に行くつもりなんだけど、いいわよね。渉、その頃には生後半年になるのよ。花火にどんな反応をするのかしらね」


 絵海は楽しそうに話していたが、私は彼女の実家に誘われたという信じられない出来事に驚いていて、詳細がうまく耳に入ってこなかった。


「というか、そろそろあなた就活しなきゃいけないんじゃないの?」


「うん、山梨に行ってからするから大丈夫」私は即答した。


 その店のパスタの見た目や味がどうだったか、私は全く覚えていない。また絵海と会える約束ができた事が嬉しくて、帰り道はまるで背中の肩甲骨が羽根になったかのような足取りで歩いた。

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