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最終章

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ガチャ!

「たっだいまー。」


いつものように、家の玄関を開け靴を脱ぐ千紘。
そんな千紘に、父が駆け寄る。


「千紘!
 心配したんだぞ!
 どこに行っていたんだ!」

「え?
 どこって、学校から帰ってきただけだけど・・・。」

「学校からって・・・。
 お前、泣いていたのか!?」


「泣いてなんかないよ。
 どうしたの、お父さん?
 なんだか、変だよ。」

不思議そうな表情で答えた千紘に、キッチンの方から女性が声をかける。

「千紘!
    濡れたままだと風邪を引くわよ!
    早くシャワーを浴びてらっしゃい。」


「はーい。シャワー浴びてくるね。
    お母さん、今日の晩ごはん何ー?」


いつもと変わらない何気ない会話をしながら、千紘は濡れた靴下を脱ぎ、脱衣所の洗面台の前に立つ。
ふと、鏡を覗き込むと、そこには父の言う通り、先ほどまで泣いていたのか、目が真っ赤に充血している。


(ヤバッ!
 どうしたんだろ。確かに、お父さんの言う通りだった。
 明日までに治るかな・・・。)


千紘は、乾燥機のスイッチを入れ、制服も乾かす間にシャワーを浴びた。
鏡の前で、自分の赤くなった目をみながら、髪をドライヤーで乾かしていた。

(なんだかおかしいな・・・。
 私、なんで傘も持たずに玄関の前で雨に濡れながら突っ立ってたんだろう・・・。
 あんな小雨で、ここまでビショビショになるなんて・・・。
 何時間も雨に打たれてたってことかな・・・。)


千紘は、いろいろと考えてみるが、何も分からない。
いや、何も思い出せないといった表現が最適だろう。






~翌日~

千紘は、普段通りの朝を迎え、支度を終え、学校へと向かう。
いつも通りの通学路、何も変わらないはずなのに、何かが足りない気がしてならない。

いつも通りに授業を受け、昼食を取り、昼休みに友達と他愛ない会話を楽しむ。
いつも通りなのに、やはり何かが違う。
そんな千紘に、親友の美鈴が声をかける。


「千紘、どうしちゃったの?
 もしかして、昨日のLINEの件、まだ怒ってたりする?」

「あ、ううん。
 仕方ないよ、お母さんにスマホ没収されてたんでしょ。」

「そうなのだよ。
 うちのバカ兄貴がニートやってて、その巻き添えでね・・・。
 本当に ごめんね。
 お詫びと言ってはなんだけど、私 一押しの雑誌を買ってきたよ。
 なんと、表紙はコノ人!
 ジャジャン!」


「あ、美弥香さんだ。」

「ん?
 千紘も美弥香ちゃんのこと知ってたんだ。
 千紘は興味ないって思ってたけど。
 どこで美弥香ちゃんのこと知ったの?」

(美弥香さん・・・。
 どこで知ったんだっけ?)



千紘は、何か思い出せそうで思い出せない。
何かを思い出そうと、教室から空を見上げて考え込む。

そんな千紘に美鈴が声をかける。

「おーい、大丈夫かー?
 ボーっとしてる千紘に、私がエールを送ろうか?」

「エール・・・。」


「千紘・・・、
 大丈夫、ほんとにどうしちゃったの?
 悪魔にでも取りつかれたとか・・・?」

「悪魔・・・。」

(エール、悪魔・・・。)



「ヤバイね、重症だよ。
 千紘、本当に大丈夫?
 パパさんと喧嘩とかして寝れなかったとか?」

「ううん、そんなことないよ。
 まったく。」

「でも、今朝から目も赤かったし・・・。
 昨日、泣いてたんじゃない?」

「う、うん。
 でも、なんで泣いてたか覚えてないの・・・。」



「彼氏に振られて泣いたとか?」

「いやいや、彼氏とか好きな人とかいないし。」

「千紘、ガード固いもんね。
 千紘のガードは魔王とかじゃなきゃ崩せないよ。」

(エール、悪魔、魔王・・・。)



千紘は、胸のあたりが、ギュッっと締め付けられるような気持になった。




「悪魔エール、魔王エール。
 ・・・魔王ニート?」



「な、なに!?
 どうしちゃったの急に・・・。」





「魔界王。
 ・
 ・
 ・
 魔界王エイル。
 ・
 ・
 ・
 魔界王エイルシッド・・・。」


その名を口にしたとたん、千紘の目から涙がこぼれ始める。











(エイル・・・。
  君に会いたい・・・。)





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