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外伝・大商人ハロルド
大商人ハロルド・届きそうで届かないもの
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この物語は、地獄の門に豊穣の神が直接介入する何十年も前の話である。
物語の始まりは、王都の東に位置する寂れた村(メルホリン)で起こった事件であった。
メルホリンの村は、森を開拓する木こりたちの暮らす村であった。寂れた村と言っても、人口2000人ほどの村で比較的大きめの村であった。
この村に住む住人は、何十年も前にドワーフの国から来た移民の血が混じっている為、背は低めだが力が強く 手先も器用な者が多く存在した。
メルホリンの経済は、主に伐採した木材の販売と、その木材で作られる精巧な家具の販売で成り立っていたのだが・・・。
~村長の家~
「村長、このままでは村を維持することはできませんよ。
そろそろ身の振り方を決めておかないと。」
村長と呼ばれた立派な口ひげを生やした老人に若い夫婦が抗議している。
若い夫婦の側には、まだ3つくらいだろうか、幼い男の子もいる。
そんな若い家族に村長は、ゆっくりとしゃべり始める。
「わしらには木を切らずに生計を立てる術がないんじゃ。
いま王都に使者を送っておるから、いまのまま作業を続けてくれ。」
「しかし、今日もエルフから忠告を受けました。
このままでは、本当に襲われてしまいます。」
「ハロルド班長、明日、明日までで十分じゃ。
明日の伐採を最後にしよう。明日には王都から返事が来るはずじゃから・・・。」
「明日明日って、もうこれで5日目ですよ。」
「そんなこと、分かっておるわ!
・・・すまない、明日の分で王都へ送る分の数が足りるんじゃ。
そうすれば使いに出した者も面子が立つじゃろうから。
なんとか明日まで耐えてくれんか。」
村長も必死なのだろう、いままで共に頑張ってきた村の仲間だからだろう、若い夫婦は引き下がった。
「分かりました。
村長、明日の伐採で最後にします。
もし、それ以上の伐採を望むのであれば、私たちも村を去ります。
・・・分かってください。この子の・・・レイオンの為ですから。」
村長は静かに頷く、その様子を見届け 若い夫婦は村長の家をあとにした。
村長の家をあとにした帰り道、幼いレイオン少年は 背負われた父の暖かい背の温もりを感じながら、満天の星空に無数の流れ星を見つける。
その流れ星を必死につかみ取ろうと父の背から落ちそうになる。
その様子に気づいた母が、レイオンに手を添え、流れ星に祈りをささげる。
「どうか、レイオンが皆に愛され幸せな生活ができますように・・・。」
二人の様子から、流れ星に気づいたハロルドも空を見上げる。
「そうだな、できればレイオンには木こり以外の仕事をやってもらいたいな。」
祈りを終えた妻が夫に質問する。
「例えば?」
「うーん。そうだな・・・家具職人とかかな。」
「ふふふっ、それじゃ今と変わらないじゃない。」
「他にどんな仕事があるんだ?」
「たくさんあるわよ、この星くらいにね。」
家族は 再び立ち止まり、美しく星が尾を引く 満天の星空を見上げる。
「こんなにたくさんの仕事があるのか・・・。」
「ええ、そうよ。
例えば、騎士団や警備員、冒険者に商人、介護人や散髪人 いろんな仕事があるんだから。」
「そうか・・・。なら商人になってもらいたいな。」
「なぜ?」
「だってそうだろ、商人なら木こりや騎士団と違って命の心配もなさそうだから。
それに、レイオンは俺と違って数だって100まで間違えることなく数えることができるからな。」
「そうかもね。レイオンくんは商人が向いてるかも。
ねっ、商人のレイオンくん。」
寒空の元、身を寄せ合う家族は、心も体も暖かく家路を急いだ。
翌朝、いつものように家族総出で仕事現場へと行く。
この村の風習なのだろう、幼い子供でも出来る仕事がある。
それを覚えるために毎日、仕事に参加するのだそうだ。
ハロルド一家は、村を出るつもりだったこともあり、旅支度を終え仕事現場へと向かう。
しかし、その日の午後、ついに起きてはいけない事件が起きてしまう。
ヒューーーーー!
ヒューーー!
ダダーン!!!
風を切り裂くような音と、爆発音が村を襲う。
「エルフだ!エルフの魔法兵が攻めてきたぞ!」
村の住人は、作業を中断し 村を捨て逃げ出す。
森の方から、エルフの放った弓と魔法が襲ってくる。
村人たちの逃げ出した先には、王都から駆けつけた騎士団の姿があった。
「助かった、助かったぞ!
みんな、騎士団の元へ急ぐんだ!」
班長であるハロルドの号令で、一斉に作業員たちは騎士団の元へ駆け出す。
ハロルドは人込みをかき分け、反対方向にある家を目指す。
村人が騎士団に近づくと、騎士団長が号令をかける。
「盟約に従い、森林窃盗者どもを皆殺しにせよ!」
「「「うおぉぉぉ!」」」
騎士団はメルホリンの村人を次々と殺していく。
女、子供、老人にいたるまで、すべての村人を切り殺し、家に火をつける。
「「「助けてくれー!」」」
村人たちの悲鳴が聞こえる。
ハロルドは、生きた心地もしなかった。
それは自身の生命が危機に脅かされているからではない。
それ以上に大切な、家族の危機が彼に恐怖を与えた。
ヒューーーー、ドス!
「あなたー!!!」
誰かの放った矢が、ハロルドの心臓を貫く。
あと少し、あと数秒あれば、家の中に逃げ込み、矢が当たることもなかっただろう。
倒れた夫を庇うように、妻が家から飛び出し、覆いかぶさる。
その妻も走るハロルドを追うように駆けて来た 騎士の剣に一撃で切り殺される・・・。
「ママー、パパー」
幼いレイオンが泣きながら家を飛び出してきた。
その様子を確認した騎士が、馬から降り、幼いレイオンに剣を振り下ろす!
カーン!
極悪卑劣な剣は、正義の剣に遮られ、幼い命を奪い去ることが出来なかった。
「やめておけ、マルゲリータ。」
あとを追うように走って来た2人組の騎士に、母親を切り殺した騎士が興奮した様子で声を荒げる。
「何故止めるのです、バルサーク団長!」
「どうも、お前の報告と違う。
ここに元々村はあったのではないか?
森林窃盗者の集団ではなく王国が抱える【木こりの村】だったんじゃないのか。」
「バルサーク団長、その話は?
もし本当のことなら、聞き捨てならんな、マルゲリータどういうことだ。」
「・・・。」
「なぜ、押し黙る。マルゲリータ、貴様!
バルサーク団長に嘘の報告をしたのか!」
「・・・メイガス副団長、これは国王陛下の密命です。
いまエルフの国と戦争になれば、北の騎馬民族も攻めてきます。
私とて不本意でしたが、しかたのないことだったのです。」
「・・・メイガス、このことは他言無用だ。
責任は、私がとる。このまま引き上げ、北の応援に向かうぞ。」
「バルサーク団長の意のままに、しかし、この幼子は・・・。」
騎士たちが話をしていると、金髪の美しい女性がやってきた。
彼女は、特徴的な耳を持ち、透き通るような白肌、生まれながらに目の中に魔法円の描かれているハイエルフだ。
「騎士団長殿、その窃盗団の子供は生かしておくつもりですか?」
「いや、この子は・・・。」
バルサーク騎士団長が答えに迷っていると、機転を利かせてメイガス副団長が子供に話しかける。
「坊やの両親は、旅の商人なんだよな。」
「ママー、パパー。」
「ほら、そうだと言ってくれよ。な、坊や。」
「メイガス副団長、そんな幼い子に言葉は通じませんよ。
いっそのこと・・・。」
マルゲリータは、バルサークに睨まれ、下を向く。
その様子を見ていたハイエルフが口を開く。
「確かに、旅人のような装いだな。」
そういうとハイエルフは、幼いレイオンを抱きかかえ、優しく声をかける。
「もう大丈夫よ。坊や、お名前は?」
「んっ・・・んっ、ぼくレイオン。」
「そう、レイオンくんの、パパやママのお仕事分かるかな?」
「わかんない、木の人、木の人・・・。」
マルゲリータが、ほらみろと言わんばかりの顔をする。
幼いレイオンは続けて話し出す。
「レイオンくんは、しょーにん、えイオンくんは、しょーにんになる。
パパみたいになる・・・。えーん、パパー、ママー」
幼いレイオンは、また泣き始めてしまった。
「どうやら、この家族は争いに巻き込まれただけのようね。
それに・・・。」
レイオンの父親、ハロルドの胸に背後から刺さった矢を抜き、エルフは悲しい顔をする。
「騎士団長殿、もし宜しければ、私が この子の面倒をみたいのですが。」
「!?」
「私たちエルフには、いろいろと教えがあるのです。
もしこの子の身寄りが見つかれば、そちらにお返しします。
しかし、身寄りが見つかるまでは、私が預かって立派な商人に育てるので、お願いできないでしょうか。」
「そうですね、こちらも助かります。
我々も、このあと北の騎馬民族との戦争に参加しなければなりません。
もし、この子の身寄りが見つかれば、ローレンス大隊長にすぐに連絡しますので、それまでの間、宜しくお願いします。」
騎士団は、幼いレイオンを ハイエルフのローレンス大隊長に預け、次の戦場へと移動していく。
エルフたちも、森の中へと引き上げていく。
国へ帰る途中、他のエルフたちも興味津々に大隊長のもとに寄ってくる。
「大隊長、人間の子を拾ったんですか!」
「ええ、成り行きでね。」
「大丈夫ですか、最悪、国を追い出されるかもしれませんよ。」
「ええ、仕方ないわね。私がこの子にした仕打ちに比べれば軽いものだわ。」
エルフの国に戻ったローレンス大隊長は、女王や部族の長たちに呼び出される。
ローレンスは、謁見の間に通される。
女王や部族の長を待つ間、エルフの女性がローレンスに声をかける。
「ローレンス大隊長、今回の件ですが、人間の子を手放しては?」
その言葉を聞き、ローレンスは首を横に振り答える。
「あの子の父を、私が殺してしまったの。
あの子は事件に巻き込まれた旅の商人の子よ。
古くからの習わしに従い、無実の親を殺してしまった私が責任を負わなければ・・・。」
「では、いっそのこと、あの子を・・・。」
エルフの女性が話し終える前に、その言葉を遮るようにローレンスが口を開く。
その表情からは、怒りの表情も見え隠れしている。
「リリアス、あの子は私の子よ。
これ以上、侮辱的な言葉を吐くようであれば、あなたと決闘しなければいけなくなるわ。」
「・・・。」
ローレンスとリリアスと呼ばれたエルフの女性は、お互い無言で見つめあう。
そんな無言の時を破るように、謁見室の奥の方から一人の女性が入ってくる。
その女性は、金細工で美しい花々を彫刻してある銀の王冠をつけ、深緑の輝くマントを纏い、堂々と入場してくる。
ローレンスとリリアスは、その女性を見つけると、頭を深く下げた。
女性は王座に座ると、2人に声をかけた。
「二人とも、顔をあげなさい。」
「「はい、女王陛下。」」
女王の着席を確認した各部族長たちが、謁見室へと集まってくる。
全員が集合したのを確認した女王が、暗く沈んだ顔でローレンスに声をかける。
「ローレンス大隊長、人間の子を国内に連れ込んだ罪を問う。
決して嘘、偽りを述べぬことを、精霊たちの魂に誓えますか?」
「はい、女王陛下。
私、ローレンス=マルティネス=ゼタ=レインバルトは、精霊たちの魂に誓い この場で真実の証言をすることを誓います。」
ローレンスは、まっすぐな瞳で女王の目をみつめ答えた。
「・・・よろしい。
では、ローレンスよ、なぜ人間の子供を国内に連れ込んだのですか。
国内に人間を連れ込むことは、評議会の定める追放の条件にあることは知っているでしょ。」
「はい、評議会の定める追放の条件は知っておりました。
しかし、古くからの習わしにある、【罪なき者を殺してしまった場合、その子が独り立ちできるまで面倒を見てあげなさい。】という言葉に従い、人間の子を連れて帰りました。
もし、古くからの習わしを罪とするのであれば、私を評議会の定める追放の条件に乗っ取り追放していただいて構いません。」
「・・・。」
女王は、無言でローレンスを見つめる。
ローレンスも、同じように女王を見つめなおす。
女王が口を開こうとしたとき、部族長の一人が声を上げる。
「女王陛下、詭弁ですぞ!
古くからの習わしを いちいち例に挙げられては、我ら評議会の定める法は効力を失うものもあります。
古くからの習わしは、あくまで心の持ち方。守るべきは、評議会の定めたルール。ルールを守らなければ、評議会の存在、しいては国の存在すら危うくなります。
そうなれば、国を守ることも、精霊たちより授かった この豊かな森さえも人間どもから守ることができなくなってしまいます。」
他の部族長たちも、賛同の声を上げ始める。
そんな中、先ほど言い争いになったリリアスが一歩前に出て声を上げる。
「女王陛下、部族長の言う通りです。
もし、評議会の定めたるルールを守らなければ、いまのままでは国を守ることも難しいでしょう。」
「「「そうだ、そうだ!」」」
リリアスは、賛成する部族長たちを見渡し 話を続ける。
「しかし、古くからの習わしを守らぬのであれば、私たちエルフの存在する理由もなくなります。
魂あっての魔法、民あっての国、古くからの習わしを守り続けるからこそ エルフの存在があるのではないでしょうか。
もし、古くからの習わしを守れぬのであれば、海底神殿に赴き 深海龍と対話をし、そこで是非を決めるのも手だと思います。」
深海龍に是非を問うとの文言に、部族長たちは静かに黙り込む。
なぜなら、エルフたちの住む森は、悪しきドラゴンたちが集う海に面しており常に危険と隣り合わせの場所でもあった。
しかし、そんなエルフたちの住む森に住む限り海からの敵に怯えることはない。それどころか、安全に漁までできる。
それは古の時代から原初の神の習わしを忠実に守り続ける 海に住む巨大な龍、深海龍に守られてきたからである。
深海龍は 魔法の源である魂を自在に操り、その力は天変地異さえも自在に起こす。と言い伝えられている存在である。
もし深海龍の機嫌を損ねるような事態になれば、海に面する聖なる森も悪しきドラゴンの襲撃に会い、いつか滅びてしまうだろう。
リリアスの言葉に、女王は優しい表情で頷き ローレンスに告げる。
「ローレンス大隊長、この件は古くからの習わしに基づき、私が預かることとします。
しかし、人間の子を許可なく連れ込んだローレンス大隊長の非もあります。
そこで、ローレンス大隊長は罪を償う為に、大隊長の階級剥奪と、その人間の子が立派に成長するまでの間、あなたが師となり人間の子を立派に育て、人間の世に返すことを命じます。
それから、各部族長、もし反対の意見があるとすれば、海底神殿に赴き深海龍との対話を行わなければいけません。
それに古くからの習わしを破ることを深海龍が非としたならば、われわれエルフは滅びてしまいます。
人間の子が成長するまでに要する時間は、たったの10年から20年です。
その間、皆で見守り続けることとしましょう。これは同意を求めているのではなく命令です。」
女王の配慮と、リリアスの機転で国外追放を免れたローレンスは、城から追い出されるようにしてエルフの町に戻る。
その手には、わずかな荷物と幼いレイオンを抱いて。
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物語の始まりは、王都の東に位置する寂れた村(メルホリン)で起こった事件であった。
メルホリンの村は、森を開拓する木こりたちの暮らす村であった。寂れた村と言っても、人口2000人ほどの村で比較的大きめの村であった。
この村に住む住人は、何十年も前にドワーフの国から来た移民の血が混じっている為、背は低めだが力が強く 手先も器用な者が多く存在した。
メルホリンの経済は、主に伐採した木材の販売と、その木材で作られる精巧な家具の販売で成り立っていたのだが・・・。
~村長の家~
「村長、このままでは村を維持することはできませんよ。
そろそろ身の振り方を決めておかないと。」
村長と呼ばれた立派な口ひげを生やした老人に若い夫婦が抗議している。
若い夫婦の側には、まだ3つくらいだろうか、幼い男の子もいる。
そんな若い家族に村長は、ゆっくりとしゃべり始める。
「わしらには木を切らずに生計を立てる術がないんじゃ。
いま王都に使者を送っておるから、いまのまま作業を続けてくれ。」
「しかし、今日もエルフから忠告を受けました。
このままでは、本当に襲われてしまいます。」
「ハロルド班長、明日、明日までで十分じゃ。
明日の伐採を最後にしよう。明日には王都から返事が来るはずじゃから・・・。」
「明日明日って、もうこれで5日目ですよ。」
「そんなこと、分かっておるわ!
・・・すまない、明日の分で王都へ送る分の数が足りるんじゃ。
そうすれば使いに出した者も面子が立つじゃろうから。
なんとか明日まで耐えてくれんか。」
村長も必死なのだろう、いままで共に頑張ってきた村の仲間だからだろう、若い夫婦は引き下がった。
「分かりました。
村長、明日の伐採で最後にします。
もし、それ以上の伐採を望むのであれば、私たちも村を去ります。
・・・分かってください。この子の・・・レイオンの為ですから。」
村長は静かに頷く、その様子を見届け 若い夫婦は村長の家をあとにした。
村長の家をあとにした帰り道、幼いレイオン少年は 背負われた父の暖かい背の温もりを感じながら、満天の星空に無数の流れ星を見つける。
その流れ星を必死につかみ取ろうと父の背から落ちそうになる。
その様子に気づいた母が、レイオンに手を添え、流れ星に祈りをささげる。
「どうか、レイオンが皆に愛され幸せな生活ができますように・・・。」
二人の様子から、流れ星に気づいたハロルドも空を見上げる。
「そうだな、できればレイオンには木こり以外の仕事をやってもらいたいな。」
祈りを終えた妻が夫に質問する。
「例えば?」
「うーん。そうだな・・・家具職人とかかな。」
「ふふふっ、それじゃ今と変わらないじゃない。」
「他にどんな仕事があるんだ?」
「たくさんあるわよ、この星くらいにね。」
家族は 再び立ち止まり、美しく星が尾を引く 満天の星空を見上げる。
「こんなにたくさんの仕事があるのか・・・。」
「ええ、そうよ。
例えば、騎士団や警備員、冒険者に商人、介護人や散髪人 いろんな仕事があるんだから。」
「そうか・・・。なら商人になってもらいたいな。」
「なぜ?」
「だってそうだろ、商人なら木こりや騎士団と違って命の心配もなさそうだから。
それに、レイオンは俺と違って数だって100まで間違えることなく数えることができるからな。」
「そうかもね。レイオンくんは商人が向いてるかも。
ねっ、商人のレイオンくん。」
寒空の元、身を寄せ合う家族は、心も体も暖かく家路を急いだ。
翌朝、いつものように家族総出で仕事現場へと行く。
この村の風習なのだろう、幼い子供でも出来る仕事がある。
それを覚えるために毎日、仕事に参加するのだそうだ。
ハロルド一家は、村を出るつもりだったこともあり、旅支度を終え仕事現場へと向かう。
しかし、その日の午後、ついに起きてはいけない事件が起きてしまう。
ヒューーーーー!
ヒューーー!
ダダーン!!!
風を切り裂くような音と、爆発音が村を襲う。
「エルフだ!エルフの魔法兵が攻めてきたぞ!」
村の住人は、作業を中断し 村を捨て逃げ出す。
森の方から、エルフの放った弓と魔法が襲ってくる。
村人たちの逃げ出した先には、王都から駆けつけた騎士団の姿があった。
「助かった、助かったぞ!
みんな、騎士団の元へ急ぐんだ!」
班長であるハロルドの号令で、一斉に作業員たちは騎士団の元へ駆け出す。
ハロルドは人込みをかき分け、反対方向にある家を目指す。
村人が騎士団に近づくと、騎士団長が号令をかける。
「盟約に従い、森林窃盗者どもを皆殺しにせよ!」
「「「うおぉぉぉ!」」」
騎士団はメルホリンの村人を次々と殺していく。
女、子供、老人にいたるまで、すべての村人を切り殺し、家に火をつける。
「「「助けてくれー!」」」
村人たちの悲鳴が聞こえる。
ハロルドは、生きた心地もしなかった。
それは自身の生命が危機に脅かされているからではない。
それ以上に大切な、家族の危機が彼に恐怖を与えた。
ヒューーーー、ドス!
「あなたー!!!」
誰かの放った矢が、ハロルドの心臓を貫く。
あと少し、あと数秒あれば、家の中に逃げ込み、矢が当たることもなかっただろう。
倒れた夫を庇うように、妻が家から飛び出し、覆いかぶさる。
その妻も走るハロルドを追うように駆けて来た 騎士の剣に一撃で切り殺される・・・。
「ママー、パパー」
幼いレイオンが泣きながら家を飛び出してきた。
その様子を確認した騎士が、馬から降り、幼いレイオンに剣を振り下ろす!
カーン!
極悪卑劣な剣は、正義の剣に遮られ、幼い命を奪い去ることが出来なかった。
「やめておけ、マルゲリータ。」
あとを追うように走って来た2人組の騎士に、母親を切り殺した騎士が興奮した様子で声を荒げる。
「何故止めるのです、バルサーク団長!」
「どうも、お前の報告と違う。
ここに元々村はあったのではないか?
森林窃盗者の集団ではなく王国が抱える【木こりの村】だったんじゃないのか。」
「バルサーク団長、その話は?
もし本当のことなら、聞き捨てならんな、マルゲリータどういうことだ。」
「・・・。」
「なぜ、押し黙る。マルゲリータ、貴様!
バルサーク団長に嘘の報告をしたのか!」
「・・・メイガス副団長、これは国王陛下の密命です。
いまエルフの国と戦争になれば、北の騎馬民族も攻めてきます。
私とて不本意でしたが、しかたのないことだったのです。」
「・・・メイガス、このことは他言無用だ。
責任は、私がとる。このまま引き上げ、北の応援に向かうぞ。」
「バルサーク団長の意のままに、しかし、この幼子は・・・。」
騎士たちが話をしていると、金髪の美しい女性がやってきた。
彼女は、特徴的な耳を持ち、透き通るような白肌、生まれながらに目の中に魔法円の描かれているハイエルフだ。
「騎士団長殿、その窃盗団の子供は生かしておくつもりですか?」
「いや、この子は・・・。」
バルサーク騎士団長が答えに迷っていると、機転を利かせてメイガス副団長が子供に話しかける。
「坊やの両親は、旅の商人なんだよな。」
「ママー、パパー。」
「ほら、そうだと言ってくれよ。な、坊や。」
「メイガス副団長、そんな幼い子に言葉は通じませんよ。
いっそのこと・・・。」
マルゲリータは、バルサークに睨まれ、下を向く。
その様子を見ていたハイエルフが口を開く。
「確かに、旅人のような装いだな。」
そういうとハイエルフは、幼いレイオンを抱きかかえ、優しく声をかける。
「もう大丈夫よ。坊や、お名前は?」
「んっ・・・んっ、ぼくレイオン。」
「そう、レイオンくんの、パパやママのお仕事分かるかな?」
「わかんない、木の人、木の人・・・。」
マルゲリータが、ほらみろと言わんばかりの顔をする。
幼いレイオンは続けて話し出す。
「レイオンくんは、しょーにん、えイオンくんは、しょーにんになる。
パパみたいになる・・・。えーん、パパー、ママー」
幼いレイオンは、また泣き始めてしまった。
「どうやら、この家族は争いに巻き込まれただけのようね。
それに・・・。」
レイオンの父親、ハロルドの胸に背後から刺さった矢を抜き、エルフは悲しい顔をする。
「騎士団長殿、もし宜しければ、私が この子の面倒をみたいのですが。」
「!?」
「私たちエルフには、いろいろと教えがあるのです。
もしこの子の身寄りが見つかれば、そちらにお返しします。
しかし、身寄りが見つかるまでは、私が預かって立派な商人に育てるので、お願いできないでしょうか。」
「そうですね、こちらも助かります。
我々も、このあと北の騎馬民族との戦争に参加しなければなりません。
もし、この子の身寄りが見つかれば、ローレンス大隊長にすぐに連絡しますので、それまでの間、宜しくお願いします。」
騎士団は、幼いレイオンを ハイエルフのローレンス大隊長に預け、次の戦場へと移動していく。
エルフたちも、森の中へと引き上げていく。
国へ帰る途中、他のエルフたちも興味津々に大隊長のもとに寄ってくる。
「大隊長、人間の子を拾ったんですか!」
「ええ、成り行きでね。」
「大丈夫ですか、最悪、国を追い出されるかもしれませんよ。」
「ええ、仕方ないわね。私がこの子にした仕打ちに比べれば軽いものだわ。」
エルフの国に戻ったローレンス大隊長は、女王や部族の長たちに呼び出される。
ローレンスは、謁見の間に通される。
女王や部族の長を待つ間、エルフの女性がローレンスに声をかける。
「ローレンス大隊長、今回の件ですが、人間の子を手放しては?」
その言葉を聞き、ローレンスは首を横に振り答える。
「あの子の父を、私が殺してしまったの。
あの子は事件に巻き込まれた旅の商人の子よ。
古くからの習わしに従い、無実の親を殺してしまった私が責任を負わなければ・・・。」
「では、いっそのこと、あの子を・・・。」
エルフの女性が話し終える前に、その言葉を遮るようにローレンスが口を開く。
その表情からは、怒りの表情も見え隠れしている。
「リリアス、あの子は私の子よ。
これ以上、侮辱的な言葉を吐くようであれば、あなたと決闘しなければいけなくなるわ。」
「・・・。」
ローレンスとリリアスと呼ばれたエルフの女性は、お互い無言で見つめあう。
そんな無言の時を破るように、謁見室の奥の方から一人の女性が入ってくる。
その女性は、金細工で美しい花々を彫刻してある銀の王冠をつけ、深緑の輝くマントを纏い、堂々と入場してくる。
ローレンスとリリアスは、その女性を見つけると、頭を深く下げた。
女性は王座に座ると、2人に声をかけた。
「二人とも、顔をあげなさい。」
「「はい、女王陛下。」」
女王の着席を確認した各部族長たちが、謁見室へと集まってくる。
全員が集合したのを確認した女王が、暗く沈んだ顔でローレンスに声をかける。
「ローレンス大隊長、人間の子を国内に連れ込んだ罪を問う。
決して嘘、偽りを述べぬことを、精霊たちの魂に誓えますか?」
「はい、女王陛下。
私、ローレンス=マルティネス=ゼタ=レインバルトは、精霊たちの魂に誓い この場で真実の証言をすることを誓います。」
ローレンスは、まっすぐな瞳で女王の目をみつめ答えた。
「・・・よろしい。
では、ローレンスよ、なぜ人間の子供を国内に連れ込んだのですか。
国内に人間を連れ込むことは、評議会の定める追放の条件にあることは知っているでしょ。」
「はい、評議会の定める追放の条件は知っておりました。
しかし、古くからの習わしにある、【罪なき者を殺してしまった場合、その子が独り立ちできるまで面倒を見てあげなさい。】という言葉に従い、人間の子を連れて帰りました。
もし、古くからの習わしを罪とするのであれば、私を評議会の定める追放の条件に乗っ取り追放していただいて構いません。」
「・・・。」
女王は、無言でローレンスを見つめる。
ローレンスも、同じように女王を見つめなおす。
女王が口を開こうとしたとき、部族長の一人が声を上げる。
「女王陛下、詭弁ですぞ!
古くからの習わしを いちいち例に挙げられては、我ら評議会の定める法は効力を失うものもあります。
古くからの習わしは、あくまで心の持ち方。守るべきは、評議会の定めたルール。ルールを守らなければ、評議会の存在、しいては国の存在すら危うくなります。
そうなれば、国を守ることも、精霊たちより授かった この豊かな森さえも人間どもから守ることができなくなってしまいます。」
他の部族長たちも、賛同の声を上げ始める。
そんな中、先ほど言い争いになったリリアスが一歩前に出て声を上げる。
「女王陛下、部族長の言う通りです。
もし、評議会の定めたるルールを守らなければ、いまのままでは国を守ることも難しいでしょう。」
「「「そうだ、そうだ!」」」
リリアスは、賛成する部族長たちを見渡し 話を続ける。
「しかし、古くからの習わしを守らぬのであれば、私たちエルフの存在する理由もなくなります。
魂あっての魔法、民あっての国、古くからの習わしを守り続けるからこそ エルフの存在があるのではないでしょうか。
もし、古くからの習わしを守れぬのであれば、海底神殿に赴き 深海龍と対話をし、そこで是非を決めるのも手だと思います。」
深海龍に是非を問うとの文言に、部族長たちは静かに黙り込む。
なぜなら、エルフたちの住む森は、悪しきドラゴンたちが集う海に面しており常に危険と隣り合わせの場所でもあった。
しかし、そんなエルフたちの住む森に住む限り海からの敵に怯えることはない。それどころか、安全に漁までできる。
それは古の時代から原初の神の習わしを忠実に守り続ける 海に住む巨大な龍、深海龍に守られてきたからである。
深海龍は 魔法の源である魂を自在に操り、その力は天変地異さえも自在に起こす。と言い伝えられている存在である。
もし深海龍の機嫌を損ねるような事態になれば、海に面する聖なる森も悪しきドラゴンの襲撃に会い、いつか滅びてしまうだろう。
リリアスの言葉に、女王は優しい表情で頷き ローレンスに告げる。
「ローレンス大隊長、この件は古くからの習わしに基づき、私が預かることとします。
しかし、人間の子を許可なく連れ込んだローレンス大隊長の非もあります。
そこで、ローレンス大隊長は罪を償う為に、大隊長の階級剥奪と、その人間の子が立派に成長するまでの間、あなたが師となり人間の子を立派に育て、人間の世に返すことを命じます。
それから、各部族長、もし反対の意見があるとすれば、海底神殿に赴き深海龍との対話を行わなければいけません。
それに古くからの習わしを破ることを深海龍が非としたならば、われわれエルフは滅びてしまいます。
人間の子が成長するまでに要する時間は、たったの10年から20年です。
その間、皆で見守り続けることとしましょう。これは同意を求めているのではなく命令です。」
女王の配慮と、リリアスの機転で国外追放を免れたローレンスは、城から追い出されるようにしてエルフの町に戻る。
その手には、わずかな荷物と幼いレイオンを抱いて。
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