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+TWINS[双子]
1-10.殺人現場と双子
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世間一般的な兄妹仲の良し悪しは数値で測れるものではないが、少なくともリコリーとアリトラは仲の良い部類であった。
原因としては二人が男女の双子で周囲から物珍しい目で見られ続けたこと、そしてリコリーが賢く、アリトラの自我が強かったことにある。
「双子なのに似ていない」という当たり前すぎる言葉を小さい頃から繰り返された二人は、早々にお互いが自分とは違う存在であることを認識した。趣味が違おうと意見が食い違おうと、「相手は自分ではないから仕方ない」という大人顔負けの諦観が芽生えたので、滅多に喧嘩もせずに此処まで育った。
従って今も、リコリーは特に反論もしないままアリトラの横に立って、第二地区の職人街を見回していた。
「人がいないね」
「殺人事件が起きたからじゃない?」
「まぁそうだろうけど」
規則正しく並んだ灰色の石畳はメインストリートのみ形成していて、わき道を見れば剥き出しの土の道が多い。
立ち並ぶ家は殆どが店舗を構えているらしいが、二人がよく行く商店街のような陳列棚やチラシの類はなく、その店で作っているものをそのまま店先に並べているようだった。
「あ、此処知ってる」
リコリーが左側にあった赤い看板を持った店舗を指さす。
看板は錆び付いて、赤と言うより茶色に近いが、そこに書かれている文字は読み取れた。
「エニト・ガーム?」
「水晶玉の専門店だよ」
その言葉の通り、店先に出された年代物のワゴンの上には大小様々な水晶玉が並んでいる。
魔法陣を刻印することで様々な用途に使われる。魔力調整用の魔法陣を刻んで精霊瓶に入れる者も多い。
「お隣は魔導書の専門店だね」
「魔導書は上位の魔法使いじゃないと使えない。リコリー、買う予定あるの?」
「戦闘用の魔法具だから、僕には当分必要ないかな。でもかっこいいじゃん」
魔法使いが人口の九割を超えるこの国では、魔法によって動作する魔法具も多く存在する。
魔法使いは優秀であればあるほど、その魔法具を用いて高度な魔法を発動することを好む傾向にあって、リコリーも例外ではない。
「魔導書に魔法陣をたくさん用意してさ、使う時にそこのページ開いて、大きな氷柱を降らせたりするんだ」
「見た目は格好いいけど、一発で目的のページ探せるとは思えない」
「現実的なこと言わないでよ。いいじゃないか、夢を語るぐらい。それでいつかは母ちゃんみたいに特注品使うんだ」
「あれは格好いい。でもリコリーには似合わない」
二人は水晶玉のワゴンを離れて、再び歩き出した。
「カレードさんが言っていたのは、この先の路地だね」
リコリーは事前に調べていた、事件の発生場所を記した紙を片手に呟く。
「そんなのまで用意して、アタシが連れてこなくても来たかったのバレバレ」
「うるさいなぁ。知的好奇心ってやつだよ。仕事に戻ってから事件の切り抜きとか見ていたんだけど、妙なことが多かったしね。特に……」
「黄色いペン?」
アリトラが指摘すると、リコリーは一瞬驚いた顔をした。
「どうして」
「アタシもそこに引っかかったから」
「遺体の左胸が貫かれていた。被害者は普段そこのポケットにペンをさしていた。あの紙が死に際に残したメッセージだと考えると、ペンにも破損があるべきだ」
「人の体を抉るほどの威力があったみたいだしね。大体その状態で、抉られた左胸からペンを出して、何か書き残す余力があったとは思えない」
「そんな余裕があったら、魔法治癒とかするよね。まぁあの怪我じゃ無意味だろうけど……。あ、思い出しちゃった」
「記録映像見たの?」
「うん……。今日の晩御飯、肉じゃないといいなぁ。あの赤いのと白いの…」
憂鬱な表情で胸を摩るリコリーを見て、アリトラが顔を顰めた。
「やめて。アタシまで食べられなくなる」
やがて区画を表す街灯を通り越したあたりで、周囲の様子が一変した。
辺りは「臨時休業」の札や貼り紙のある店ばかりで、それぞれの入口には白い花で作られた小さなリースがかかっている。
それは喪に服していることを示すもので、この国では当たり前に見る風習の一つだった。
「えーっと、靴屋と葬儀屋の間の道らしいけど…」
看板のない店が固まっている区画のようで、そのいずれもが休業である今、どれが目的とする店なのかわからない。
リコリーが困ったように眉を寄せる傍らで、アリトラは辺りを見回す。
「リコリー。あそこ」
指さす先には、一つの路地があった。
しかしその左右を挟む店舗に、靴屋や葬儀屋かわかるものはない。
「え、なんでわかるの?」
「簡単。あそこだけ石畳の土汚れが激しい。野次馬が取り囲んでいた跡だよ」
「あ、なるほど」
事件から一週間経っているため、警察の姿はない。二人は路地を覗き込んだ時に、そこに漂う異様な静寂に息を止めた。
「なんか不気味だね」
「一応街灯があるけど、かなり旧式。殺人事件が起きたって情報を聞かなくても、歩くのは躊躇したい」
アリトラはそう言いながら路地に踏み込む。リコリーがその後を追いながら、住所の書かれたメモを上着のポケットにねじ込んだ。
「結構入り組んでるって話だったけど、実際どうなんだろう」
「このあたりの店舗はどれも老舗で、最初は小さい店舗だったのが増改築したり、店舗とは別に作業場を作ったりしたことで迷路状態になっちゃったらしいよ」
「それも調べたの?」
「うん」
肯定を聞いて、アリトラは心配そうな顔で兄を見た。
「……リコリー、仕事してる?」
「してるよ。休憩時間に見たんだってば。……アリトラ、止まって」
原因としては二人が男女の双子で周囲から物珍しい目で見られ続けたこと、そしてリコリーが賢く、アリトラの自我が強かったことにある。
「双子なのに似ていない」という当たり前すぎる言葉を小さい頃から繰り返された二人は、早々にお互いが自分とは違う存在であることを認識した。趣味が違おうと意見が食い違おうと、「相手は自分ではないから仕方ない」という大人顔負けの諦観が芽生えたので、滅多に喧嘩もせずに此処まで育った。
従って今も、リコリーは特に反論もしないままアリトラの横に立って、第二地区の職人街を見回していた。
「人がいないね」
「殺人事件が起きたからじゃない?」
「まぁそうだろうけど」
規則正しく並んだ灰色の石畳はメインストリートのみ形成していて、わき道を見れば剥き出しの土の道が多い。
立ち並ぶ家は殆どが店舗を構えているらしいが、二人がよく行く商店街のような陳列棚やチラシの類はなく、その店で作っているものをそのまま店先に並べているようだった。
「あ、此処知ってる」
リコリーが左側にあった赤い看板を持った店舗を指さす。
看板は錆び付いて、赤と言うより茶色に近いが、そこに書かれている文字は読み取れた。
「エニト・ガーム?」
「水晶玉の専門店だよ」
その言葉の通り、店先に出された年代物のワゴンの上には大小様々な水晶玉が並んでいる。
魔法陣を刻印することで様々な用途に使われる。魔力調整用の魔法陣を刻んで精霊瓶に入れる者も多い。
「お隣は魔導書の専門店だね」
「魔導書は上位の魔法使いじゃないと使えない。リコリー、買う予定あるの?」
「戦闘用の魔法具だから、僕には当分必要ないかな。でもかっこいいじゃん」
魔法使いが人口の九割を超えるこの国では、魔法によって動作する魔法具も多く存在する。
魔法使いは優秀であればあるほど、その魔法具を用いて高度な魔法を発動することを好む傾向にあって、リコリーも例外ではない。
「魔導書に魔法陣をたくさん用意してさ、使う時にそこのページ開いて、大きな氷柱を降らせたりするんだ」
「見た目は格好いいけど、一発で目的のページ探せるとは思えない」
「現実的なこと言わないでよ。いいじゃないか、夢を語るぐらい。それでいつかは母ちゃんみたいに特注品使うんだ」
「あれは格好いい。でもリコリーには似合わない」
二人は水晶玉のワゴンを離れて、再び歩き出した。
「カレードさんが言っていたのは、この先の路地だね」
リコリーは事前に調べていた、事件の発生場所を記した紙を片手に呟く。
「そんなのまで用意して、アタシが連れてこなくても来たかったのバレバレ」
「うるさいなぁ。知的好奇心ってやつだよ。仕事に戻ってから事件の切り抜きとか見ていたんだけど、妙なことが多かったしね。特に……」
「黄色いペン?」
アリトラが指摘すると、リコリーは一瞬驚いた顔をした。
「どうして」
「アタシもそこに引っかかったから」
「遺体の左胸が貫かれていた。被害者は普段そこのポケットにペンをさしていた。あの紙が死に際に残したメッセージだと考えると、ペンにも破損があるべきだ」
「人の体を抉るほどの威力があったみたいだしね。大体その状態で、抉られた左胸からペンを出して、何か書き残す余力があったとは思えない」
「そんな余裕があったら、魔法治癒とかするよね。まぁあの怪我じゃ無意味だろうけど……。あ、思い出しちゃった」
「記録映像見たの?」
「うん……。今日の晩御飯、肉じゃないといいなぁ。あの赤いのと白いの…」
憂鬱な表情で胸を摩るリコリーを見て、アリトラが顔を顰めた。
「やめて。アタシまで食べられなくなる」
やがて区画を表す街灯を通り越したあたりで、周囲の様子が一変した。
辺りは「臨時休業」の札や貼り紙のある店ばかりで、それぞれの入口には白い花で作られた小さなリースがかかっている。
それは喪に服していることを示すもので、この国では当たり前に見る風習の一つだった。
「えーっと、靴屋と葬儀屋の間の道らしいけど…」
看板のない店が固まっている区画のようで、そのいずれもが休業である今、どれが目的とする店なのかわからない。
リコリーが困ったように眉を寄せる傍らで、アリトラは辺りを見回す。
「リコリー。あそこ」
指さす先には、一つの路地があった。
しかしその左右を挟む店舗に、靴屋や葬儀屋かわかるものはない。
「え、なんでわかるの?」
「簡単。あそこだけ石畳の土汚れが激しい。野次馬が取り囲んでいた跡だよ」
「あ、なるほど」
事件から一週間経っているため、警察の姿はない。二人は路地を覗き込んだ時に、そこに漂う異様な静寂に息を止めた。
「なんか不気味だね」
「一応街灯があるけど、かなり旧式。殺人事件が起きたって情報を聞かなくても、歩くのは躊躇したい」
アリトラはそう言いながら路地に踏み込む。リコリーがその後を追いながら、住所の書かれたメモを上着のポケットにねじ込んだ。
「結構入り組んでるって話だったけど、実際どうなんだろう」
「このあたりの店舗はどれも老舗で、最初は小さい店舗だったのが増改築したり、店舗とは別に作業場を作ったりしたことで迷路状態になっちゃったらしいよ」
「それも調べたの?」
「うん」
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