彼女なんて忘れられたらよかったのに。

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一葉灯

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高3になったばかりの現文の授業。春の風が心地よくて、ぼーっとしながら授業を聞き流していた。

「じゃあ次、一葉ひとつば。12行目から読め」

「はい」

教室に彼女の朗読が響く。一葉って苗字の子、1つ目の小学校にもいたなぁ、なんて思い出にふけっていた。明るくて人気者で、運動も勉強も得意なアカリンこと一葉あかり。名は体を表すというのはこのことだ。

「実に困っているのです」

一葉さんの朗読の声で現実に引き戻された。少し低めの透き通った声、語尾のイントネーションの上がり方。アカリンに似ている気がする。というか本人なんじゃないか?でも、都会からこんな遠い田舎の公立高校に通う人っているんだろうか。

チャイムが鳴った。私は移動教室の準備を持って、いつメンが集まっている席に行く。

「ねぇ、一葉さんって下の名前なんだっけ?」

「灯じゃない?」

やっぱり。彼女はアカリン本人なんだ。

「あの子って何考えてるのかわかんないよねー」

「うちなんて3年間クラス一緒だけど、誰かと仲良さそうに話してるところ、見たことないもん」

「なんか近寄りがたいよね」

友達が口々にそう言う。あのアカリンが?
彼女の方をふと見てみると、自席で読書をしていた。小学校の頃はそんなキャラではなかった。でもやはり、あの姿勢の良さはアカリンだ。

「てかなんで一葉さんの下の名前確認したの?」

小学校のときに一葉って苗字の子がいて……と一通り話をすると、一葉なんて下の名前確認しなくても同一人物でしょうがってツッコまれた。そうかもしれないけど。今の話を聞くと余計本人かわからない。

「確か一葉さんは学区外から電車でここまで通ってきてるはずだよ」

「でも、人気者でクラスの中心人物だったってのは莉乃の記憶違いじゃないの?」

「絶対間違ってない」

本当ー?とか言われるけれど、間違っていない自信がある。私が小学校にあがって初めてできた友達がアカリンだから。彼女からしてみれば、私なんてたくさんいる友達のうちの1人だっただろう。

小学校にあがったばかりの私は内気で、自分から人に話しかけられなかった。でもアカリンが話しかけてくれて、そこから友達が増えた。
私が転校した5年生のときはもうあまり遊んでいなかったけど、私の中でアカリンは大事な友達だった。苗字を聞いてすぐに思い出せなかったのが悔しい。



翌日。今日の体育の授業は体力テストだ。周りはどんどん自由にペアを組んでいる。誰と組もうかとぐるりと見渡すと一葉さんと目が合った、気がした。ここしかないと思った。

「一葉さん、一緒にやろ」

まだアカリンとは呼べない。彼女とペアになり、握力、長座体前屈、立ち幅跳び、上体起こし……と、記録を取っていく。やっぱり彼女は運動神経がいい。帰宅部とは思えない。

「あのさ、私のこと覚えてる?」

他クラスが反復横跳びをしている待ち時間、私は思い切ってそう聞いた。8年も前だし、アカリンは友達が多かったし、覚えてないって返ってきても仕方ない。心の中でそう言い訳をしながら。

「えっと……?」

「あ、私、小野寺莉乃。小学校同じだったよね。……覚えてないか」

こういうリアクションされるかもしれないって思っていたとはいえ、いざこうなると結構ショックだ。

「りのりの?」

そのあだ名を付けてくれたのは彼女だった。彼女の影響力は大きく、小学校のほとんどの友達が私のことをりのりのと呼んでくれた記憶がある。

「そう!覚えててくれたんだ。やっぱアカ……」

「覚えてない。ごめん」

「えっ?」

アカリンだよね、と私が言うのを遮って彼女はそう言った。りのりのって言ってくれたのに。覚えてないってどういうこと?
すぐにうちのクラスの番になり、彼女がライン上に移動する。

私は彼女の点数すらまともに数えられなかったし、自分のときは思いっきりずっこけて体育館中の笑いをかっさらってしまった。そんな恥ずかしさがどうでもいいくらい、彼女の言動が気になっていた。

反復横跳びの点数をお互いに確認した後、すぐに彼女は自分の列に戻ってしまった。もう一度声をかける勇気はなかった。

彼女はどうして嘘をついたんだろう?どうしてこの高校に通っているんだろう?どうしてキャラ変したんだろう?



結局今日は話しかけるタイミングがないまま家に帰った。正直一葉さんが嘘をついた理由は死ぬほど気になっていた。いろんなことが頭をよぎる。けどどれもピンとこなくて、浮かんでは消しての繰り返しだった。

LIMEで彼女を追加して聞いてみるというのも考えた。でも私のことが実は嫌いで、覚えていないことにしたんだったらLIMEすら見て貰えないかもしれない。送信に勇気はいらないけど、その後の時間を耐えられる気がしなかった。

明日、もう一度だけ聞いてみよう。
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