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北の大国アスラトリス。そこの第三皇子である俺、ニオ・ムーンヴィストはずっと無能というレッテルを貼られ続けていた。
城では長男として生まれたくせして第三皇子にまで地位を落とされ、弟達に何もかも追い抜かれては腫れ物扱いが酷くなっていく。
それは別にいい。事実であり、俺の力量が不足している所為なのだから。自分で分かっているからこそ、出来る努力はなんでもした。
魔法、第一皇子の弟に比べれば使えない。水をほんの少し操れる程度だ。
戦闘技術、第二皇子の弟に比べれば。剣すらマトモに触れない。
何をしたってろくな成果もあげられない。
毎日卑屈になりそうな心を奮い立たせては意味のないことを繰り返していた。
玉座の間に弟達と同じように呼び出されたのは昨日のことだ。
正直今時間の感覚がないので、正確には今日かもしれない。
とにかく弟達に会えるのが久しぶりすぎて、俺は気が重かった。会話をしなくなってからもう五年ほど経ってしまっていたから、忘れられてないかとか。こんな出来の悪い兄がいて嫌じゃないかとか。
そう悶々としながらも踏み込んだ懐かしい場所は、俺が思っている以上に重い空気に支配されていた。
人が入っているはずなのに生気をまるで感じさせない騎士達や、無駄に広すぎるこの空間に思わず固唾を飲む。
「ニオ。来たか」
父の、現国王の言葉に刺されて自分の立場を思い出す。
冷たい眼差しには、侮蔑の念が感じられた。
ここにいる弟達も目の前で鎮座している父も、俺はとんだ思い上がりに見えているのだろう。
俺の家族は、ここのどこにもいないのだ。切り離されたように感じたのは間違いじゃなかったと思う。
「話を始めよう」
王笏をついて立ち上がって王に、全ての視線が集まった。
簡潔に纏めればこうだ。
昨今魔物の被害が多発している。なにか対策をしなければいけない。
ここまでが前口上のようなもので問題はこの後だ。
『我が愛しの姫に魔王の手先から誘拐予告が届いた』
王の専属騎士から俺達に小さな紙切れが渡される。今の言葉から察するに、予告状なのだろうが。
「なんなんだ、これは」
第二皇子の弟が信じられんとばかりに口を開く。なんだそこまでかと自分の紙切れにも目を落とすと、何かの冗談かと思うようなことが書かれていた。
『アスラトリスの生きた宝を頂きに参る。魔王』
予告状は予告状だ。しかし稚拙すぎる。
内容もそうだが、全ての文字がカラフルだ。この残った独特な匂いは考えるまでもなく。
「クレヨン...か」
まるで子供の悪戯だ。同じことを考えただろう第一皇子の方の弟が戸惑いながらも口を開いた。
「お言葉ですが父上。この予告状は子供の悪戯のように思えます。気に留めることではないと」
まだ、話していたのに。
国王の瞳がギョロリと俺達を睨む。あまりの圧に呼吸を一瞬忘れてしまった。紡ぐことすら許さない、ということだろう。
「万一にもあの子が拐われることがあれば、この国がどうなるか分かっているか」
「......はい」
こういうとき本当に自分が情けなくなる。どうなるか、なんて俺には分からない。国の重大機密なんて俺には縁がないからだ。
「ニオ」
名前を呼ばれて顔をあげる。
まだ俺は自分の呼ばれた理由を想像もしてなかった。
王の策を聞いた時、弟達は先程の冷静さをどこかに置いてきたように抗議を始め、俺は放心状態でその場から動けなかった。
高い天井にまで届く弟達の声も右から左へと抜けていく。
気付けばメイド長に引っ張られ、隅々まで洗われ、着たことも触れたこともないドレスを着せられていた。
「どうして‼︎」
悲痛な叫びは誰の耳にも届かない。
まさか姫の代わりにされるとは。
予告状にはいつ拐いに来るかは書かれていなかった。そのせいでフリッフリのドレスや締め付けられたコルセットを勝手に脱げない。
「ちくしょう予告状書くなら日時指定しとけよ‼︎」
この叫びも誰にも届くことはない。
「もうほんと、何なんだよ」
ゆっくりベッドに座る。姫様仕様の部屋はどこもかしこも可愛らしいカラーリングで落ち着かない。
「でも、こんな俺でも役に立てるんだよな」
第三皇子なんていてもいなくても問題ない。替えのきかない存在を俺一人の犠牲で守れるなら、それにこしたことはない。
「最初で最後の親孝行、というか家族孝行だな」
ぼーっとシャンデリアのガラスを数えていると、廊下が騒がしくなっていた。メイドの叫び声に皿か何かが割れる音。バタバタと兵士が走る音に今は本当に夜か不安になる。これじゃあ寝ようにも寝られない。
「なんだなんだ?」
気になって立ち上がった瞬間、首にひんやりとした何かが触れた。
さぁっと血の気が引いていくのを感じる。
「おや、起きていましたか。駄目ですねぇ、僕お爺ちゃんなのでボケてるんですよ」
「は、は?」
「最近時間の感覚もおかしくなってきて...困りますよねぇ」
額、腰、肩、腿。
背後から両手で撫でられる。ドレスのおかげで相手には伝わってないだろうが、鳥肌が凄い。
「まぁいっか。業務は滞りなく完遂するのが流儀です」
「お前、誰」
「あらよっと」
有無を言わさず麻袋を被せられ、急に意識が遠のいた。
魔法でもかけられたんだろう。お腹の辺りの空気が抜けるような感覚以外は覚えていない。
こういうのはなんだが、スムーズな誘拐だった。
次に目が覚めると、見慣れない天井と極上の寝具。窓から覗き見える紫色の月。枯れて曲がりくねった木々の景色が飛び込んでくる。
「......は」
思わず口を開けてフリーズした。
とりあえず今までのことを整理しようと脳をフル回転しているのが今だ。考えたくはないが、十中八九ここは魔王城。魔族やら魔物の巣窟。昼夜問わず月が浮かぶ、人間が世界で一番畏怖する場所。
頭が痛い。分からないことが多すぎる。
かけられた魔法の影響か身体も思うように動かない。
「これからどうなるんだよ......俺...」
城では長男として生まれたくせして第三皇子にまで地位を落とされ、弟達に何もかも追い抜かれては腫れ物扱いが酷くなっていく。
それは別にいい。事実であり、俺の力量が不足している所為なのだから。自分で分かっているからこそ、出来る努力はなんでもした。
魔法、第一皇子の弟に比べれば使えない。水をほんの少し操れる程度だ。
戦闘技術、第二皇子の弟に比べれば。剣すらマトモに触れない。
何をしたってろくな成果もあげられない。
毎日卑屈になりそうな心を奮い立たせては意味のないことを繰り返していた。
玉座の間に弟達と同じように呼び出されたのは昨日のことだ。
正直今時間の感覚がないので、正確には今日かもしれない。
とにかく弟達に会えるのが久しぶりすぎて、俺は気が重かった。会話をしなくなってからもう五年ほど経ってしまっていたから、忘れられてないかとか。こんな出来の悪い兄がいて嫌じゃないかとか。
そう悶々としながらも踏み込んだ懐かしい場所は、俺が思っている以上に重い空気に支配されていた。
人が入っているはずなのに生気をまるで感じさせない騎士達や、無駄に広すぎるこの空間に思わず固唾を飲む。
「ニオ。来たか」
父の、現国王の言葉に刺されて自分の立場を思い出す。
冷たい眼差しには、侮蔑の念が感じられた。
ここにいる弟達も目の前で鎮座している父も、俺はとんだ思い上がりに見えているのだろう。
俺の家族は、ここのどこにもいないのだ。切り離されたように感じたのは間違いじゃなかったと思う。
「話を始めよう」
王笏をついて立ち上がって王に、全ての視線が集まった。
簡潔に纏めればこうだ。
昨今魔物の被害が多発している。なにか対策をしなければいけない。
ここまでが前口上のようなもので問題はこの後だ。
『我が愛しの姫に魔王の手先から誘拐予告が届いた』
王の専属騎士から俺達に小さな紙切れが渡される。今の言葉から察するに、予告状なのだろうが。
「なんなんだ、これは」
第二皇子の弟が信じられんとばかりに口を開く。なんだそこまでかと自分の紙切れにも目を落とすと、何かの冗談かと思うようなことが書かれていた。
『アスラトリスの生きた宝を頂きに参る。魔王』
予告状は予告状だ。しかし稚拙すぎる。
内容もそうだが、全ての文字がカラフルだ。この残った独特な匂いは考えるまでもなく。
「クレヨン...か」
まるで子供の悪戯だ。同じことを考えただろう第一皇子の方の弟が戸惑いながらも口を開いた。
「お言葉ですが父上。この予告状は子供の悪戯のように思えます。気に留めることではないと」
まだ、話していたのに。
国王の瞳がギョロリと俺達を睨む。あまりの圧に呼吸を一瞬忘れてしまった。紡ぐことすら許さない、ということだろう。
「万一にもあの子が拐われることがあれば、この国がどうなるか分かっているか」
「......はい」
こういうとき本当に自分が情けなくなる。どうなるか、なんて俺には分からない。国の重大機密なんて俺には縁がないからだ。
「ニオ」
名前を呼ばれて顔をあげる。
まだ俺は自分の呼ばれた理由を想像もしてなかった。
王の策を聞いた時、弟達は先程の冷静さをどこかに置いてきたように抗議を始め、俺は放心状態でその場から動けなかった。
高い天井にまで届く弟達の声も右から左へと抜けていく。
気付けばメイド長に引っ張られ、隅々まで洗われ、着たことも触れたこともないドレスを着せられていた。
「どうして‼︎」
悲痛な叫びは誰の耳にも届かない。
まさか姫の代わりにされるとは。
予告状にはいつ拐いに来るかは書かれていなかった。そのせいでフリッフリのドレスや締め付けられたコルセットを勝手に脱げない。
「ちくしょう予告状書くなら日時指定しとけよ‼︎」
この叫びも誰にも届くことはない。
「もうほんと、何なんだよ」
ゆっくりベッドに座る。姫様仕様の部屋はどこもかしこも可愛らしいカラーリングで落ち着かない。
「でも、こんな俺でも役に立てるんだよな」
第三皇子なんていてもいなくても問題ない。替えのきかない存在を俺一人の犠牲で守れるなら、それにこしたことはない。
「最初で最後の親孝行、というか家族孝行だな」
ぼーっとシャンデリアのガラスを数えていると、廊下が騒がしくなっていた。メイドの叫び声に皿か何かが割れる音。バタバタと兵士が走る音に今は本当に夜か不安になる。これじゃあ寝ようにも寝られない。
「なんだなんだ?」
気になって立ち上がった瞬間、首にひんやりとした何かが触れた。
さぁっと血の気が引いていくのを感じる。
「おや、起きていましたか。駄目ですねぇ、僕お爺ちゃんなのでボケてるんですよ」
「は、は?」
「最近時間の感覚もおかしくなってきて...困りますよねぇ」
額、腰、肩、腿。
背後から両手で撫でられる。ドレスのおかげで相手には伝わってないだろうが、鳥肌が凄い。
「まぁいっか。業務は滞りなく完遂するのが流儀です」
「お前、誰」
「あらよっと」
有無を言わさず麻袋を被せられ、急に意識が遠のいた。
魔法でもかけられたんだろう。お腹の辺りの空気が抜けるような感覚以外は覚えていない。
こういうのはなんだが、スムーズな誘拐だった。
次に目が覚めると、見慣れない天井と極上の寝具。窓から覗き見える紫色の月。枯れて曲がりくねった木々の景色が飛び込んでくる。
「......は」
思わず口を開けてフリーズした。
とりあえず今までのことを整理しようと脳をフル回転しているのが今だ。考えたくはないが、十中八九ここは魔王城。魔族やら魔物の巣窟。昼夜問わず月が浮かぶ、人間が世界で一番畏怖する場所。
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