悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!

はぴねこ

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 しばらくすると、スースーと寝息が聞こえてきた。
 その寝息が安定していることを確認し、額に触れる。まだ熱はあるようだが、高くはなさそうだ。
 それでも念の為、用意されていた新しい水で清潔なタオルを濡らして額に置いた。
 
 部屋の外に出ると、扉のそばに若い執事が一人立っていた。
 彼は俺の姿を見ると一礼した。

「ルシファー様、お父上がお戻りです」
「そう。彼の世話は任せてもいいですか?」
「はい」

 執事は父上が帰ってきたことは知らせてくれたが、父上がお呼びだったとは言わなかった。だから、父上に会いに行く必要はない。
 昨日、母上に会ったけれど、それさえも久しぶりだった。
 
 一年ほど前、母上が体調を崩して寝込みがちになった。

 医師は原因不明だと言った。何が原因で、どんな病気なのかわからないため、薬も出せない。
 栄養のあるものを食べて養生していれば元気になるかと思われたが、母上の体調はどんどん悪くなっていった。

 昨日会った時も、母上の顔色は真っ青だった。俺に休んでいるようにとは言ったけれど、母上のほうが今にも倒れそうな様子だった。
 
 そんな母上の病の原因を調べ、治療法を探し、画期的な薬を作り出すために、父上は忙しくしている。

 城での仕事に加えて、識者を集めて話を聞いたり、研究させたり、朝から晩まで忙しくしており、食事も執務室で軽食をとっているようで俺とはもう何ヶ月も顔を合わせていない。

 母上も父上も鬱々とした様子の息子のことを可愛がってくれるような優しい人たちだったのに、前世の記憶を思い出す前の俺はその優しさに応えることもなく、自身を取り巻く違和感に苛まれるばかりだった。

「父上に、会ってみようかな……」

 前世の記憶を思い出して、俺の心は二十歳に急成長してしまったけれど、だからこそ、できることがあるかもしれない。
 病気の母上のために、母上のために忙しくしている父上のために、俺が手伝えることがあれば、これまでの贖罪にもなるだろうか?
 
 しばらく見ていない父上は、一人で母上の病気と向き合っているのだろうか?



 母上が元気な頃に母上に手を繋がれたり、父上に抱っこされたりして訪れていた父上の執務室に自分から訪れたのは初めてのことだった。
 扉をノックするとセバスチャンが顔を覗かせた。セバスチャンは執事長だから、父上が帰ってきたら父上のお世話をするのが主な仕事になる。

「おや、ぼっちゃまでしたか」
「父上が帰ってきたと聞いたから、会いに来たんだ」
「そうですか。お入りください」

 執務室に入り、セバスチャンが「旦那様、ぼっちゃまが来られました」と部屋の奥に声をかけると、父上の執務机を囲んでいた大人たちが一斉にこちらへ視線を向けた。

 てっきり、父上だけが執務室にいると思っていたから、五人もの見知らぬ大人たちがいて驚いた。
 父上も俺が執務室に来たことに驚いたようだった。

「ルシファー? どうしたのだ? 何やら子供を拾ったということは聞いたが、そのことで問題でも起きたのか?」

 久しぶりに見た父上は随分とやつれていた。
 病気を患っている母上ほどではないが、父上が突然倒れても全く不思議ではない様子だ。

「特に何も問題は起こっていません。ただ、久しぶりに父上の顔が見たくなっただけです」

「そうか」と父上はほっとした様子だ。

「まだお仕事中でしたか?」

 そう父上の周囲の人を見ると、「ああ……」と父上も彼らを見渡した。

「彼らはこのドラクレシュティ公爵家を支える者たちだ。お前がもう少し大人になってから紹介する予定だったのだが」

 俺は礼儀正しく彼らに挨拶をした。

「お初にお目にかかります。ルシファーです」

 そう微笑みながら、内心では冷や汗をかいていた。

 え? うち、公爵家だったの!? 貴族だというのは知っていたけど公爵!? しかも、名前がドラクレシュティって竜公と同じ名前……え? その親族ってこと?

 いや、ここは異世界だと思うんだけど……前世の世界の過去に来てしまったとかではなく、異世界のはずだ。
 これが前世の日本のアニメとかで流行っていた異世界転生だとして、アニメとかでは、ゲームの世界や小説の世界に転生していたりしていたよな?

 となると、ルシファーという名前にしても、ドラクレシュティという名前にしても、意図的に悪役っぽい名前が付けられているということだろうか?

 俺はともかくとして、この善良な父親が悪役? 違和感しかないけど……

「利発そうなお子さんですな」
「成長が楽しみですね」

 父上の部下たちが口々にお世辞を言う。そんなお世辞を一々真に受けるような子供ではない。
 俺はとりあえずにこりと愛想笑いをしておいた。

「父上はごはんは食べられましたか?」
「いや、まだだが、父は後で軽く食べるから、お前は食堂でしっかりと食べなさい」
「一緒に食べましょう!」

 この人をこのままにしておいたら本当に倒れてしまうだろう。

「そうですね。たまにはお子さんと食事の時間をとるべきですよ」
「うちもたまには一緒に食べないと怒られますし、ルシファー様が大人しくて良い子だからと甘えるべきではないでしょう」

 そう部下の人たちも後押しをしてくれた。部下の人たちもたまには家に早く帰りたいのかもしれない。
 
「わかった。この話が済んだら食堂に行くから、先に行って、食事を始めていなさい」
「はい」
「セバスチャン、ルシファーを食堂まで連れていってくれ」
「承知いたしました。旦那様」

 セバスチャンと一緒に父上の執務室を出ると、セバスチャンが微笑んで言った。

「ぼっちゃま、お手柄ですな」

 セバスチャンも父上の体調を心配していたのだろう。
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