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妙なトラブルもあったものの、執事見習いとしてのインベルの教育は順調に進んでいるようだった。しかし、俺には少しその教育に違和感があった。
「……セバスチャン、これも執事見習いの教育なのか?」
「そうですが、どうされましたか?」
セバスチャンは木剣を振るうインベルの姿勢などを確認しながら言った。
「どう見ても、騎士の訓練のように見えるのだが?」
元々、騎士のほうが向いているとは思っていたが、セバスチャンが教育係になったのだから、いずれは騎士になるとしてもまずはもっと違う教育から始まると思っていたのだが?
「体力をつけ、正しい姿勢を身につけるには良い方法なのです」
「……なるほど?」
確かに、騎士も執事に負けず劣らず姿勢はいいが……
「あれも執事に必要な訓練なのか?」
素振りの次は大きな丸太を縄で腰に繋いで騎士の訓練場を走っている。
「執事は体力仕事ですからね」
「な、なるほど?」
その後も、本当に執事としての教育なのだろうかと疑問を持つような訓練が続いた。
大の大人でもへばってしまうような訓練を終えた後でも、執事の仕事は夜まで続くのだが、インベルは疲れた様子を見せることもなく、真剣に執事の仕事を学んでいた。
「インベルはすごいな」
セバスチャンから学びながらお茶を淹れてくれたインベルに俺がそう言うと、インベルは嬉しそうに笑った。
「今日のお茶は上手に淹れられましたか!?」
「いや、そうじゃなくて、あれだけの訓練をしてまだまだ体力が有り余っているみたいだからさ。疲れたりしていないのか? 疲れているなら、休んでもいいからね」
そう言った俺にインベルは少しイタズラっぽい視線を向けて、俺の膝裏に手を差し込んで、それから、もう片方の手で俺の背中を支えて俺を持ち上げた。
「うわっ!?」
「私ならまだまだ元気ですから大丈夫です!」
そう笑ったインベルの端正な顔が間近にある。
インベルはこの屋敷に来てからよく食べて、以前の細っこい感じから程よい筋肉がついた逞しい姿へと変わってきてはいたけれど、ぱっと見の俺の体格とそれほど変わらないのに、俺を軽々と抱き上げている。
「インベル、おろしてくれないか?」
体はまだ子供だが、中身は大人なので、こんなふうに抱き上げられるのはなんだか恥ずかしい。
「どうしてですか? 俺はずっとこのままでもいいです!!」
インベルは俺を横抱きにした状態でくるくると回った。メイドたちが微笑ましそうに見てくる。
「インベル! ぼっちゃまが困っていますよ。おろして差し上げなさい」
セバスチャンに怒られて、インベルはやっとおろしてくれた。
「まだまだ平気だったのに」
「あなたの体力が無尽蔵なのは知っています。しかし、ぼっちゃまが嫌がることをしてはなりません」
セバスチャンに怒られて、インベルは小さな声で返事をした。ちょっとしょんぼりしているインベルにセバスチャンは言った。
「もしも、この屋敷が襲撃されるようなことがあれば、ぼっちゃまを抱えて逃げなさい」
一体誰が騎士団を抱える公爵家をわざわざ襲撃すると言うのだろうか? そう俺は思ったが、インベルは表情を明るくして返事をした。
「わかりました!!」
それから数日後、俺は麻袋に入れられて、見知らぬ男に荷物のように肩に抱えられていた。屋敷を襲撃されてはいないが、街へ買い物に来た際に普通に誘拐された。
インベルと一緒に街に来ていたのだが、街に来た際には誰か困っている人がいるのを見かけると、俺とインベルはできるだけ手助けをしてあげるようにしていたのだが、インベルが街の人の相談に乗っている間に、俺はこの男に道を尋ねられた。
他の街から始めてこの街を訪れたのだと聞いて、俺は親切心で道案内を買って出た。
すぐ近くだったから、インベルにも言わずに来たのだが、インベルから見えないところに来たら、男はすぐに俺を路地裏に引き込んで、猿ぐつわをすると麻袋を被せて肩に担いだ。
まさか、本当にこんな目に遭うなんて思ってもみなかった。
一応、猿ぐつわはされたものの、それはゆるゆるだったから大声を出そうかとも思ったが、そんな俺の声をこの誘拐犯に勝てそうな屈強な男性が聞いてくれるとも限らない。
万が一、俺のことを知っている子供達が聞きつけて、自分でなんとかしようなんて思ってしまったら、二次被害が出てしまうだろう。
そう考えると声を発するのも恐ろしく感じて、俺は麻袋の中でさてどうしたものかと考えを巡らせた。
しかし、前世を含めても誘拐など初めてのことだ。
バタバタと暴れてみたところで、子供の抵抗など大人の男にとっては大したことはないだろう。
どんな行動が正解なのか麻袋の中で一人迷っていると、不意に麻袋が引っ張られる感覚がして、地面に叩きつけられることもなく、ヒョイっと力強い腕に抱き止められたのを感じた。
「なんだお前は!?」
俺を攫った男の声がした。
しかし、その声はすぐに「うぐっ」という呻き声を発して、その後は静かになった。
麻袋が開き、インベルの顔が見えた。
「ええ!? ルシファー様!?」
「まさか、袋の中にルシファー様が入っていたなんて……」
男は街中を堂々と走っていたようで、周囲からはそんな声が聞こえた。
しかし、怒っているインベルの顔を見ていた俺には、周囲の声は遠かった。
「……ご無事ですか?」
「ああ。助けてくれてありがとう。インベル」
「どうして、声を上げなかったのですか?」
インベルは俺の顎までズレたゆるゆるの猿ぐつわをとってくれながら言った。
「いやぁ~……俺を助けようとしたら、他の人が危険かなって思って」
「次からは俺の名前を呼んでください。俺は耳がいいですから、絶対にルシファー様の声に気付きますし、他の人たちだって俺を呼びに来てくれるでしょう」
インベルと俺の会話を聞いていた周囲の領民たちは大人も子供もうんうんと頷いた。
「うん。わかったよ」
俺が主人故に俺に怒りをぶつけるわけにもいかずに、怒るのを我慢した表情でそう言ったインベルに俺はとても申し訳ないと反省した。
ちなみに、インベルが気絶させた男は、巡回中の騎士たちに引き渡して牢へと入れられたらしい。
更に、この事件を機に、街の大人達も子供達も武術の訓練を始めたことを後から聞いた。
再び俺が攫われるような事件があった際にはすぐに気付いて犯人を捕らえられるようにということらしい。
俺のことはともかく、街全体の防犯能力が上がったことはいいことだと思う。
「……セバスチャン、これも執事見習いの教育なのか?」
「そうですが、どうされましたか?」
セバスチャンは木剣を振るうインベルの姿勢などを確認しながら言った。
「どう見ても、騎士の訓練のように見えるのだが?」
元々、騎士のほうが向いているとは思っていたが、セバスチャンが教育係になったのだから、いずれは騎士になるとしてもまずはもっと違う教育から始まると思っていたのだが?
「体力をつけ、正しい姿勢を身につけるには良い方法なのです」
「……なるほど?」
確かに、騎士も執事に負けず劣らず姿勢はいいが……
「あれも執事に必要な訓練なのか?」
素振りの次は大きな丸太を縄で腰に繋いで騎士の訓練場を走っている。
「執事は体力仕事ですからね」
「な、なるほど?」
その後も、本当に執事としての教育なのだろうかと疑問を持つような訓練が続いた。
大の大人でもへばってしまうような訓練を終えた後でも、執事の仕事は夜まで続くのだが、インベルは疲れた様子を見せることもなく、真剣に執事の仕事を学んでいた。
「インベルはすごいな」
セバスチャンから学びながらお茶を淹れてくれたインベルに俺がそう言うと、インベルは嬉しそうに笑った。
「今日のお茶は上手に淹れられましたか!?」
「いや、そうじゃなくて、あれだけの訓練をしてまだまだ体力が有り余っているみたいだからさ。疲れたりしていないのか? 疲れているなら、休んでもいいからね」
そう言った俺にインベルは少しイタズラっぽい視線を向けて、俺の膝裏に手を差し込んで、それから、もう片方の手で俺の背中を支えて俺を持ち上げた。
「うわっ!?」
「私ならまだまだ元気ですから大丈夫です!」
そう笑ったインベルの端正な顔が間近にある。
インベルはこの屋敷に来てからよく食べて、以前の細っこい感じから程よい筋肉がついた逞しい姿へと変わってきてはいたけれど、ぱっと見の俺の体格とそれほど変わらないのに、俺を軽々と抱き上げている。
「インベル、おろしてくれないか?」
体はまだ子供だが、中身は大人なので、こんなふうに抱き上げられるのはなんだか恥ずかしい。
「どうしてですか? 俺はずっとこのままでもいいです!!」
インベルは俺を横抱きにした状態でくるくると回った。メイドたちが微笑ましそうに見てくる。
「インベル! ぼっちゃまが困っていますよ。おろして差し上げなさい」
セバスチャンに怒られて、インベルはやっとおろしてくれた。
「まだまだ平気だったのに」
「あなたの体力が無尽蔵なのは知っています。しかし、ぼっちゃまが嫌がることをしてはなりません」
セバスチャンに怒られて、インベルは小さな声で返事をした。ちょっとしょんぼりしているインベルにセバスチャンは言った。
「もしも、この屋敷が襲撃されるようなことがあれば、ぼっちゃまを抱えて逃げなさい」
一体誰が騎士団を抱える公爵家をわざわざ襲撃すると言うのだろうか? そう俺は思ったが、インベルは表情を明るくして返事をした。
「わかりました!!」
それから数日後、俺は麻袋に入れられて、見知らぬ男に荷物のように肩に抱えられていた。屋敷を襲撃されてはいないが、街へ買い物に来た際に普通に誘拐された。
インベルと一緒に街に来ていたのだが、街に来た際には誰か困っている人がいるのを見かけると、俺とインベルはできるだけ手助けをしてあげるようにしていたのだが、インベルが街の人の相談に乗っている間に、俺はこの男に道を尋ねられた。
他の街から始めてこの街を訪れたのだと聞いて、俺は親切心で道案内を買って出た。
すぐ近くだったから、インベルにも言わずに来たのだが、インベルから見えないところに来たら、男はすぐに俺を路地裏に引き込んで、猿ぐつわをすると麻袋を被せて肩に担いだ。
まさか、本当にこんな目に遭うなんて思ってもみなかった。
一応、猿ぐつわはされたものの、それはゆるゆるだったから大声を出そうかとも思ったが、そんな俺の声をこの誘拐犯に勝てそうな屈強な男性が聞いてくれるとも限らない。
万が一、俺のことを知っている子供達が聞きつけて、自分でなんとかしようなんて思ってしまったら、二次被害が出てしまうだろう。
そう考えると声を発するのも恐ろしく感じて、俺は麻袋の中でさてどうしたものかと考えを巡らせた。
しかし、前世を含めても誘拐など初めてのことだ。
バタバタと暴れてみたところで、子供の抵抗など大人の男にとっては大したことはないだろう。
どんな行動が正解なのか麻袋の中で一人迷っていると、不意に麻袋が引っ張られる感覚がして、地面に叩きつけられることもなく、ヒョイっと力強い腕に抱き止められたのを感じた。
「なんだお前は!?」
俺を攫った男の声がした。
しかし、その声はすぐに「うぐっ」という呻き声を発して、その後は静かになった。
麻袋が開き、インベルの顔が見えた。
「ええ!? ルシファー様!?」
「まさか、袋の中にルシファー様が入っていたなんて……」
男は街中を堂々と走っていたようで、周囲からはそんな声が聞こえた。
しかし、怒っているインベルの顔を見ていた俺には、周囲の声は遠かった。
「……ご無事ですか?」
「ああ。助けてくれてありがとう。インベル」
「どうして、声を上げなかったのですか?」
インベルは俺の顎までズレたゆるゆるの猿ぐつわをとってくれながら言った。
「いやぁ~……俺を助けようとしたら、他の人が危険かなって思って」
「次からは俺の名前を呼んでください。俺は耳がいいですから、絶対にルシファー様の声に気付きますし、他の人たちだって俺を呼びに来てくれるでしょう」
インベルと俺の会話を聞いていた周囲の領民たちは大人も子供もうんうんと頷いた。
「うん。わかったよ」
俺が主人故に俺に怒りをぶつけるわけにもいかずに、怒るのを我慢した表情でそう言ったインベルに俺はとても申し訳ないと反省した。
ちなみに、インベルが気絶させた男は、巡回中の騎士たちに引き渡して牢へと入れられたらしい。
更に、この事件を機に、街の大人達も子供達も武術の訓練を始めたことを後から聞いた。
再び俺が攫われるような事件があった際にはすぐに気付いて犯人を捕らえられるようにということらしい。
俺のことはともかく、街全体の防犯能力が上がったことはいいことだと思う。
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