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加護を授かる儀式を終えると、俺は今度は書き物机やベッドなどがある部屋に連れてこられた。
先ほどの儀式を行った部屋にも簡易の寝台のようなものがあったから、てっきり俺が過ごす部屋になるのかと思っていたのだが、どうやらあそこは神に祈りを捧げるためだけの部屋のようだ。
しかし、神との対話が聖女の役割だと言っていたのだから、おそらく、あそこがほぼ一日を過ごす仕事部屋ということだろう。
俺をこの部屋に案内した王子はというと、自分は聖王への報告があるからこの部屋で休んでいてほしいと護衛を残して本宮へと向かった。
ちなみに、この建物は教会というか聖堂というか、独立した宗教的な建物だと思っていたのだが、王城の別棟らしい。
この国は神を統治者として成り立っており、聖王というのは神の采配を臣民に伝える者という立ち位置なのだそうだ。
そして、聖女とは、統治者たる神と人の世の王の間をとりなす存在なのだという。
部屋の扉が叩かれ、護衛が扉を開けると微妙な表情をした。
しかし、その表情はすぐに元の無表情なものに戻り、扉を叩いた人物を部屋の中に入れた。
その人物は十歳をちょっと過ぎたくらいの少年だった。
王子のように美しい髪色だったが、その髪を三つ編みにして後ろに垂らしていた。
服装は半袖短パンにサンダルというようなかなり身軽なものだ。
「聖女様、僕はフラウィアン第一王子に命じられて聖女様のお世話をしに来た従者です」
「そう……」
日本ではこんなに小さな子供が働くことなどなかったから、少し戸惑ってしまう。
「まだ小さいのに、お仕事して偉いね」
戸惑いはしたが、この国の実情を知らないのだから誰かを責めるわけにもいかないし、何より、この少年が悪いわけではないから、とりあえず俺は愛想笑いを返しておいた。
「聖女様、この国の衣装をお持ちしましたので、着替えてください」
「あ……そうか、この格好でずっと過ごすわけにはいかないものね」
俺は自分が着ているスーツを見下ろした。
この服を着ることは、この先ないのかもしれないと思うと、少し寂しくなった。
俺は衝立の奥で着替えを済ませる。
従者の少年が着替えを手伝ったりするのだろうかと思ったが、そういうことはなくて気が楽だった。
貴族社会やお手伝いさんがいるような生活とは程遠かった日本人にとっては、メイドやフットマンなどに甲斐甲斐しく世話を焼かれるのは気が引けると思っていたが、どうやらこの世界は異世界あるあるの貴族的なやり取りはないようだ。
渡された衣装は王子や騎士達が着ているようなかっちりとした正装ではないものの、神官服をもっと着やすいデザインにしたような感じだ。
とりあえず、この衣装でカレーやトマトソースの料理を食べるのはやめておこうと思うほど純白だ。
着替えて衝立から出ると、少年はお茶を淹れてくれていた。
「どうぞ、座ってください」
少年は俺に席を薦めて、俺が椅子に座ると、俺の前にお茶の入ったカップを置いてくれる。
「いただきます」と、少年が淹れてくれたお茶を口に含むと渋かった。
この国のお茶はこのように渋いのが一般的なのだろうかと思ったが、俺の前の席に座ってお茶を飲んだ少年も微妙な表情をしていた。
どうやら、別段、この世界のお茶が渋いのが普通というわけではなさそうだ。
つまり、この少年のお茶の淹れ方が下手なのだろう。
王子様の従者なのに、こんなにお茶の淹れ方が下手なんてことがあるのだろうか?
渋いお茶を飲みながら俺は考えた。そして、一つの結論に辿り着く。
きっと、この子は俺のことが気に入らないに違いない。それで、わざとお茶が渋くなるように淹れたのだろう。
「あの、俺のことを聖女だとは認められないなら、聖女様なんて敬わなくてもいいよ」
少年はその目をぱちくりと瞬いた。
「いきなりどうしたんですか?」
「だって、王子様の従者がこんなにお茶の淹れ方が下手だなんておかしいだろう? 君は俺にわざと嫌がらせしたんだよね? 聖女とは認めないという意思表示として」
俺の言葉に目をぱちくりするのを繰り返す少年。
その後ろで護衛の青年がプッと吹き出すように笑い出した。
「何? 俺、そんなおかしいこと言ったかな?」
「いえ、なかなかの洞察力だと思いまして」
護衛の青年に聞けば彼はそう答えてくれた。
やっぱり、従者の少年は俺のことが気に入らなかったのだろう。
しかし、少年は眉間に深い皺を刻んで「違う!」と言った。
「聖女様っていうのがどんなやつか気になったけど、別に気に入らないわけじゃない!」
「それじゃどうして嫌がらせなんて?」
そこで、俺は聖女以外にも嫌われる要因を思い出した。
「もしかして、俺がご主人様と結婚するかもしれないってのが気に入らないのか?」
まだ正式には決まっていないが、親しい従者に俺の世話を任せたのなら、俺の加護について話し、王子と結婚するかもしれないということを話していても不思議はないだろう。
「聖女様がにぃ……王子と結婚?」
従者の少年はすぐに俺の手首に視線を向けた。
「純潔神の加護をもらったということか……」
そう呟くと、ふふふっと少年は楽しそうに笑った。
「自分の敬愛するご主人様の結婚相手として気に入らないのなら安心して。俺は結婚なんてしないから」
少年の眼差しが先ほどよりも厳しくなったような気がした。
「聖女様は王族を拒むということ?」
「俺じゃなくて、俺の運命がきっと破談にするよ。俺は結婚には縁がないんだ。前の世界で何度も付き合っている女性を他の男性に取られているし、やっと婚約をしても、この世界に連れてこられたことによってダメになってしまった」
少年は首を傾げた。
「それでどうして結婚には縁がないということになるんだ? 僕にはむしろ、この世界で運命の相手に出会うまで、神々が聖女様を守っていたように思える」
この世界では日本よりもかなり神様の影響が強いみたいだから、それでそんなふうに思うのだろうか?
そんなふうに神様が自分を導いてくれているのだと思えたら、ラクだったかもしれない。
逃した縁も、奪われた縁も、それらは全て神様のお導きだと思えたのなら、ああ、どうしてまた……と、落ち込むこともなかったのかもしれない。
「でもさ、聖女様の結婚相手が第一王子だとは限らないよね?」
少年の言葉に俺は首を傾げた。
「王子には、聖女に純潔の神様の加護がある場合には、王子と婚姻するという決まりがあると聞いたけれど?」
「なるほど……自分に都合のいいようにあなたに教えたんだね?」
「それはどういう意味?」
「第一王子はもう十八歳で、本来ならば妃を娶らなければいけない年齢なんだ」
……十八歳!?
大人びた見た目から、二十八歳の俺と同じくらいの年齢だと思っていたけど!?
「それなのに、自分が好きになれる人と出会うのを待ち続けるなんて、王族として失格だと思わない?」
俺は王子との年齢差に驚いていて、少年の言葉を聞き逃していた。
「ちょっと聞いてる?」
そう不機嫌そうな少年の声に俺は我に返る。
「え?」
「だから、純潔の神様の加護がある聖女様が結婚するのは別に第一王子とは限らないの!」
「そうなのか?」
「王族の中から選ばれるんだよ!」
「そうなんだ……」
「それに、一人とは限らないし」
「……え?」
「それはそうでしょう? 神様の加護を持っている聖女様と結婚すれば、自分たちにもその加護の影響があるんだから、一人としか結婚できないなんてそんな王族間で争いになりそうなルールにするはずがないだろう?」
ああ、だから、王子様は男の俺が相手でも結婚したいってことなのか。
「神様の加護はそんなにすごいの?」
「そりゃすごいよ。まずは病気やちょっとした怪我の心配はなくなるね。毒からも守ってもらえるから、毒殺の心配もしなくていいし。王族なら誰だって欲しがるよ」
「そうなんだ……」
病気や怪我の心配がなくて、毒まで防いでくれるとかそれは確かにすごい力だ。
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