魔法使いと皇の剣

1111

文字の大きさ
78 / 169
3章 神の肉

手掛り

しおりを挟む
 ミエラは教会の奥に目をやると、隅で小さく震える二つの影を見つけた。それはまだ10代ほどの少年たち――兄弟だろう。兄と思われる少年は、怯える弟を庇うように前に立ち、震えながらも必死に立ち向かうようにして先頭に立つターガスを見上げていた。

 その姿に気づいたターガスは、すぐに膝をついて少年の目線に合わせ、柔らかな声で問いかけた。

「大丈夫。僕はオーデント国の騎士だよ。君たちを助けに来たんだ。」

 その言葉は、怯える兄弟の心に少しずつ届いていくようだった。少年の目には警戒心とわずかな安心感が交錯している。弟は兄の背中に隠れながら、ターガスを怯えた目でじっと見つめていた。

 その様子を後ろから眺めていたアーベンは、小さく息を吐き、軽い調子で呟いた。

「ふむ……どうやらこういう状況は私には向いていないようだね。」

 その言葉に、ミエラは振り返ってアーベンを見やる。どこか呆れたような、しかし少しだけ微笑みを浮かべるアーベンの姿に、ミエラは肩を落としつつも、小さく笑みを浮かべた。

「まあ、アーベン王子はそれで大丈夫かと。」

 その返答にアーベンは肩をすくめ、「それはそれで悲しいね」と軽口を叩きながらも、視線は少年たちに向けられていた。

 ターガスは少年の肩に優しく手を置き、さらに穏やかな声で話しかけた。

「怖かっただろう。ここで何があったのか、教えてくれるかい? 君たちを助けるために、どうしても知りたいんだ。」


 少年はしばらく躊躇していたが、やがて震える声で口を開いた。

「村に……化物が来たんです……。皆おかしくなっていって、お父さんも、お母さんも……。それで、ここに隠れてろって……。」

 弟を庇う兄の姿と、その言葉の裏に隠された恐怖に、ミエラの胸が締め付けられた。しかし、彼女は表情を引き締め、そっと少年に声をかけた。

「大丈夫よ。私たちがいるから。安心して。」

 その声に、少年は少しだけ顔を上げ、ミエラを見つめた。その目に、わずかでも希望の光が宿るのを感じた

 アーベンは考え込むようにしながらも、優しい声で少年に尋ねた。

「おかしくなったのは、その化物が来てからかい? それとも化物が来る前かい?」

 その問いかけに、少年は少し警戒するようにアーベンを見つめた。そんな少年の態度に気づいたアーベンは、困ったように笑みを浮かべて言葉を続けた。

「失礼したね。先に名乗るべきだった。私はアーベン・オーデント。この国の第一王子だ。」

 その言葉に、少年は目を見開き、慌ててその場に膝をついて頭を下げた。

「ごめんなさい……! 俺、王子様だって分からなくて……!」

 アーベンは柔らかな声で答えた。
「構わないよ。それより、君の話を聞かせてくれないか?」

 少年はしばらく迷ったようだったが、やがて覚悟を決めたように口を開いた。


「皆がおかしくなったのは……化物が来てからです。最初はみんな普通だったんだけど、急に『お腹が空いた』って言い出して……。俺も、変な感じで、食べても食べてもお腹が空いて……。そしたら、みんな他の人の食べ物まで奪うようになって、それが怖くて、親父が俺たちに『ここに隠れていろ』って。」

 その言葉を聞いていたターガスは、悔しそうに唇を噛みしめ、静かにアーベンの方へ視線を向けた。アーベンは小さく頷き、ぽつりと呟いた。

「暴食の神の力か……。」

 そのまま少年を見つめると、アーベンはさらに質問を重ねた。

「化物が先に来たと言ったが、誰もその化物が何かしたと思わなかったのかい? それに化物が来た時、砦の兵士たちはどうしていたんだ?」


 少年は、アーベンの問いかけに戸惑いながらも、一つ一つ言葉を整理しようとしていた。そして、震えながらも言葉を紡ぐ。

「化物は……すぐにいなくなったんです。村に来て……でも、レグラス様が化物を追い返して……。」

 その一言に、ミエラは思わず目を見開いた。

「レグラス様が化物を追い返した……? レグラス様は無事だった⋯」

 ミエラの声に少年は頷きながら続けた。

「はい……でも、その後、村の人たちが……おかしくなり始めて……レグラス様も、砦に行ってしまって……。」

 その言葉に、ミエラの胸には希望と不安が入り混じる感情が湧き上がった。アーベンは静かに少年の言葉を聞きながら考え込むように口元に手を当てた。

「つまり……化物の存在そのものがきっかけではなく、別の何かが作用した可能性があるな。」

 その冷静な推察に、ミエラとターガスは思わずアーベンに視線を向けた。アーベンは静かに立ち上がり、改めて二人に言葉を投げかける。


「砦に向かう必要ができてしまったね……。仕方がない。援軍が来るとしても、早くて明日以降になるだろう。だが、トロールが村に現れ、そして村の人間たちがグールと化し砦に集まっている――この状況では、何かが起きているのは間違いない。」

 アーベンの声には冷静さと焦りが入り混じり、どこか複雑な思考を感じさせた。彼は続ける。
「危険だと分かっているが、それでも向かう必要がある。砦で何が起きているのかを解明しなければならないし、何よりも弟の身が心配だ。」

 ミエラはその言葉に静かに頷きながらも、危険を伴う状況に不安を隠せなかった。


「ですが、砦にはグールが……本当に大丈夫でしょうか。」

 ミエラの問いかけに、アーベンは少し微笑みながら答えた。

「大丈夫かどうかは、行ってみなければ分からない。だが、私たちがここで立ち止まっていても状況は好転しないよ。」

 その言葉に、ターガスも深く頷き、力強い声で言った。

「アーベン王子、どこまでもお供いたします。砦がどれほど危険な状況であろうとも、あなたを守ることが私の使命です。」

 その力強い宣言に、アーベンは満足げに頷くと、ミエラに視線を向けた。

「ミエラ、君の目的もここで終わるわけではないだろう? 砦に向かえば、レグラスや君の友に繋がる手がかりがあるかもしれない。」

 ミエラは少しの迷いを感じながらも、しっかりと頷き返した。

「分かりました。行きましょう……。私も、ここで諦めるわけにはいきません。」

 その言葉にアーベンは満足そうに微笑み、少年たちに向き直った。

「君たちはここで待っていなさい。私たちが戻るまで、この教会を離れないことだ。」

 アーベンは優しく少年たちに言い聞かせた後、教会の彫刻や空間に目をやりながら続けた。

「ここは君たちが信仰を捧げていた慈愛の恩恵を受けているようだ。この場所には微弱ながらも結界が働いている。今は安全だろう。」

 その言葉に少年たちは怯えながらも小さく頷き、教会に留まることを約束した。兄は弟を抱き寄せ、守るようにしながら不安な表情で見つめている。

「戻ってくるまで、ここを守り通すんだよ。」

 アーベンが優しい笑みを浮かべて告げると、兄弟は小さく「はい」と返事をした。

 そして、アーベンはミエラとターガスに向き直り、軽く手を振って外に向かうよう促した。

「さて、行くとしよう。砦を目指す準備はいいか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...