魔法使いと皇の剣

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4章 波乱

ゲルグの言葉

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 ジンの刀が閃きとともに振るわれた。
 刃は空を裂き、そして――異形の翼を持つ病の眷属、ゲルグの身体を真一文字に斬り裂いた。

 血飛沫が飛び散るその瞬間、ゲルグの瞳には痛みよりも強烈な驚愕が宿った。

「……なぜ人間が……死の力の片鱗を……持つ……!」

 その叫びは、恐怖と疑念が混じった悲鳴にも聞こえた。

 ゲルグとジンの一騎打ちを見ていたジャズは、迷いを捨てたように背を翻した。
 己が創り出した血に飢えた奴隷たちに命じると、距離を取って逃げるように瓦礫の陰へと姿を消していく。

 ロスティンは走り去るジャズの背を追いながら、すれ違いざまジンに言い残した。

「やるなら……あいつは俺がやる」

 その言葉にジンは一瞥もくれず、眼前の眷属へと意識を集中させる。


 ゲルグは、ロスティンやジャズの存在などもはや意識にない。
 その双眸は、ジンだけを捉えていた。

「大陸を越えて……異なる神の力を持ち込み、争いを呼ぶか。人間よ……その業は、どこまで深い」

 その叫びと共に、ゲルグは羽ばたいた。
 風が巻き、空気が唸る。怒りに染まったその爪と翼が荒れ狂い、ジンを押し潰そうと襲いかかる。だがジンはそれを、冷静に、淡々と捌いていく。

 一撃、また一撃――
 鋭い閃光が走るたびに、ゲルグの翼が切り裂かれ、地へと墜ちていった。

「なにゆえ……お前の刃は……!」

 ゲルグの怒りが悲鳴に変わる。

 暴れる翼を封じ、クチバシをかわし、ジンは一気に懐へと潜り込んだ。

 躊躇なく繰り出された一太刀が、残された翼を切断し、ゲルグは均衡を失って地へと崩れ落ちる。

 地を割るような衝撃の中、ジンは立ったまま刀を掲げ、ゲルグの巨大な首元へと切っ先を向けた。

「アスケラに会いたい」
 その声は冷静でありながら、深い決意に満ちていた。

「眷属が知らずとも、アスケラならば分かるはずだ。……この大陸に、病の神の力を持ち込んだのは――そちらも同じだろう」

 傷ついたゲルグは、かすかに口元を歪ませた。

「……自身の信仰以外を信じぬ者が、これ以上何を求める?」

「……何?」

「神を否定しながらも、いずれ別の神に縋る。人間とは、そういう存在だ。自らを生んだ神ですらないというのに、勝手に選び、信じ、自身を生んだ者すら殺す」

 その言葉に、ジンの脳裏――ジャズの姿が過った。

「それが聞きたいことへの“答え”か?」

 ジンの声には、困惑が混じっていた。

 だがゲルグは、なおも憎しみに満ちた目でジンを見つめ、低く、唸るように言った。

「我は“否定した”……だが、それでも認めようとしない。己の神を――信じているのだ」

 その瞬間、ジンの心に微かな動揺が走った。それを押し隠すように表情を引き締め、目の前の眷属を見据える。

「俺は……俺の意思で真実を探してる。それだけだ」

 静かに告げるジンに、ゲルグは冷笑を浮かべる。

「ならば知るがいい。その刀は死を縛り、時を拒み、魂を繋ぐ。永劫の力――それは縛る力。……だが、我らは違う。信じた神を、決して捨てぬ」

 ゲルグはその瞳に、一片の迷いもなく、近くの亡骸――ジャズの従僕と化した死体の剣を拾い上げると、その切っ先を自らの首元へとあてがった。

 ジンは、刀を振るえば間に合うと分かっていた。だが――なぜか、その手は動かなかった。

「信じよ。そして堕ちよ」

 静かに呟いたゲルグは、迷いなくその剣を自らの首に突き刺した。
 血があたりに噴き上がり、地を染める。

 ジンは、その場に立ち尽くしたまま、ただその姿を見ていた。

 頭に残響のようにこだまする、ゲルグの言葉。言葉の意味と重みに、ジンは静かに眉をひそめた。

 ジンはゲルグの亡骸を背に、言葉にならぬ感情を胸の奥に押し殺しながら歩き出していた。

 気配を頼りにロスティンを探しつつ、眼前に立ちはだかる“変えられた者”たちを、迷いなく斬り伏せていく。

 その刃に、怒りも慈悲もなかった。ただ静かに――冷ややかに振るわれた。

(これは、ソルメーラのためじゃない。アマネの……妹のためだ)

 騎士の鎧を纏った下僕が襲いかかってくる。ジンは無言で刀を一閃し、喉元を切り裂く。
 血が地に滴る音とともに、また一つ命が絶えた。

 頭の中には、なおもゲルグの言葉が渦巻いていた。

 ―自分の神以外を信じていない。

(信じてなどいない……俺はただ、真実を……)

 そう自分に言い聞かせるように、盗賊の姿をした下僕の首を刎ねる。

 なぜソルメーラは、あのとき自分ひとりをこの地に送ったのか――
 その答えを知ることはできない。けれど、信じている。
 あれはアマネの意志だった。自分にしか託せないと、そう判断したからだ。

(神を殺せと命じた。……たった一人で)

 心の迷いが、剣筋を鈍らせることはなかった。ジンの刃は鋭く、冷たく、ただ機械のように敵を斬り捨てていく。

 そのとき、視界に飛び込んできたのは――見覚えのある顔だった。
 オーデントの貴族、マーディ。
 赤く濁った瞳を狂気に染め、牙を剥いてジンに飛びかかってきた。

 即座に反応し、躊躇なく刀を振るう。血飛沫と共に、貴族の命が断たれた。

 周囲を見回せば、倒れ伏す幾つもの亡骸。
 かつて人だった者たち――騎士も、盗賊も、貴族も――
 皆、操られ、そして今、ただ沈黙している。

 ジンは目を閉じ、己の胸中に問いかけた。

(俺が考えたところで、真理には届かない。ただ……任務を遂行するだけだ)

 そう思い、再び歩き出す――その瞬間だった。

 曲がり角を曲がった先、鋭い叫びとともに視界が大きく開けた。

 倒れ伏す吸血鬼・ジャズ。その背には、ロスティンのダガーが深々と突き刺さっていた。
 なおも這うように動こうとするジャズに、ロスティンが静かに歩み寄っていく。


「明らかに鈍ってるな……昔のお前なら、その一撃は躱してただろ」

 その声は、哀しみにも似た寂しさを含んでいた。ロスティンはゆっくりと短刀を持ち上げ、そして言った。

「……お前のしたことに、恨みなんてない。エースのことも……家族の問題だ。ただ、剣を交えるなら、ケジメは取らなきゃならねぇ」

 ジャズの目に、恐れと怒りが入り混じった光が宿る。

 しかし、首元に突きつけられた短刀の冷たさに、その光は徐々に消えていった。

「夜会を壊したのは……親父と……あんただろ」

 皮肉交じりの笑みを浮かべるジャズに、ロスティンは短く返す。

「……だな」

 その言葉と共に、短刀が一閃された。
 吸血鬼ジャズは、血の霧を撒き散らしながら、その生を終えた。

 すぐ傍にいたジンは、ロスティンに視線を向けた。

「……足止めを食ったが、国を出る。案内してくれるなら、とめはしない」

 ロスティンはいつものように、肩をすくめ、飄々と応じた。

「まぁ……よろしくな」

 だが、ジンが歩みを進めようとしたその時――
 何かの気配に足を止めた。

 眉をひそめるロスティンが、ジンの視線を追いかける。

「……なんだ? 急ぐんだろ?」

 その先に見えたのは、重く響く馬蹄の音と共に、迫り来る銀髪の姿。

 先頭にいたその女性を見て、ロスティンはぽつりと呟いた。

「期限は……過ぎてるんだけどなぁ」

 ミエラ――彼女がいた。

 そして、その背後には新たな決意と運命が待ち受けているかのように、空の雲が不穏に渦巻いていた。
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