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4章 波乱
弟
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レグラスは久方ぶりに帰還した。かつて「家」と呼んだこのオーデント城に、仲間たちとともに足を踏み入れたその一歩一歩が、過去と現在とを交錯させていく。
街にはなお、病の神アスケラの眷属であるゲルグたちが蔓延り、騎士団と激しく交戦していた。レグラスら一行も民を守りながら進軍し、ようやくこの城門に辿り着いたのだった。
だが、足を止めたその城内は――不気味なまでに静かだった。
「懐かしいか?」
ブランの問いに、レグラスは素直に頷いた。
「……ああ。嬉しい記憶も、苦い記憶も、この城にすべてが詰まってる。変わりはない、我が家だ」
ブランも静かに頷いたが、その眼差しはどこか鋭い。
「だが……いくら外が混乱していようと、こんなに手薄になるか? 誰一人いないとは……おかしい」
その言葉にレグラスも表情を引き締めた。確かに、ケイオスや近衛の騎士団が戦を放棄し逃げるとは思えない。それなのに、城内はまるで人の気配が消えたかのようだった。
「……警戒を。何かがある」
そのとき――何かが弾けるような音とともに、玉座の間から叫び声が響いた。
「……っ!? 玉座だ! 急げ!」
レグラスは駆け出した。仲間たちもその背に続き、城の深奥へと雪崩れ込む。そして――息を呑んだ。
そこにあったのは、異形の怪物。
だが、その顔には――わずかに父、ハンベルグの面影が残されていた。
そしてその傍らには、深く傷を負い血を流すケイオスの姿。
何が起きたのかもわからぬまま、空間を支配するかのような笑い声が響いた。
「まさか……レグラス王子ではないですか?」
愉悦と驚きがないまぜになったその声に、レグラスは顔を上げる。
「……サイスル、殿?」
見覚えのある男――オステリィアより使者として訪れ、弟ケイオスの側近として仕えていた魔法使い。
だが、その姿には以前の柔和な印象はなく、冷たく歪んだものへと変わっていた。
レグラスに気づいた者たちもいたが、玉座に君臨する異形の存在が、誰の視線も飲み込んでいた。
異形のもの――それは言葉を持ち、古代語で何事かを呟いた。
その意味を、レグラスは理解した。
「病の言葉――」
そして、世界が変わった。
突如として玉座の間は死地へと変貌した。レグラスは咄嗟にオルフィーナへの祈りを込め、魔法を紡いだ。
だが、その加護は近くの者しか救えず、多くの騎士たちはその病に侵されていく。
紅斑が浮かび、血を吐き、叫びをあげて倒れていく兵士たち。
鼻や目、口から血が噴き出し、ある者は痙攣し、ある者は静かに崩れ落ち、玉座の間は地獄と化していた。
レグラスは周囲を見回し、かろうじて生き延びた者たちの姿を確認する。
弟ケイオス、七騎士のバスバとアラン、バウエル公と近衛兵、そして――サイスル。
彼らは完全に無事ではなかった。
その身体には病の力がわずかに侵食しつつあったが、それでも命を保っていた。
忌まわしき“あの剣”――死の力を帯びた魔剣の存在が、彼らを守ったのか。
だが、バウエル達やサイスルはなぜ無傷でいられる?
その疑念が心を貫き、レグラスは呟いた。
「お前たちが……?」
だが、彼の言葉に答える者はいない。
玉座の中心、サイスルは倒れた男の身体を軽く足で蹴ると、冷たく言い放った。
「……まあ、一対一で武勇に優れるケイオスに傷をつけたのは見事だた」
サイスルは視線を異形へと移す。そして、古代語で囁いた。
《ハンベルグと同化を?》
異形は低く答えた。
《仮初にすぎぬ。この男の知識と魂は、私に適さぬ。ゆえに同化はなされぬ。力を行使したこの肉体は、いずれ崩壊する》
サイスルは軽く頷き、唇の端を上げた。
《なるほど。ならば――事が済み次第、後は私の意のままに》
その時、異形の視線が鋭く空間を裂いた。
《……奴の気配がする》
その言葉に、サイスルはわずかに顔を歪めた。レグラスは見逃さなかった。
《……血筋ですから》
異形はその一言を残し、役目を終えたかのように音もなく崩れ落ちた。
玉座の間に静寂が訪れる――嵐の前の、不気味なほどの沈黙。
サイスルはその中で、ひとり言のように呟いた。
「……神に抗う人の力は、結局届かなかった。運命の神が導いたのは、果たして人か、神か。いずれにせよ……結末は見えた」
その言葉に反発するかのように、ケイオスが剣を手に立ち上がる。傷だらけの身体を、誇りと意志だけで支えながら。
「……まだだ、終わってなどいない……!」
それでも支えるバスバは、震える声で告げた。
「殿下、いまは……お逃げを……!」
サイスルはそれを哀れみの眼で見つめながら、首を横に振った。
「それも興味深い選択ではあるが……生憎、私は貴方を逃がすつもりはない」
サイスルが詠唱を開始した。
レグラスもすぐさま魔法を紡ごうとするが、背後にいる仲間たちの気配を感じて動きが止まる。
魔法を放てば結界が――
家族より、仲間を取るか。
その一瞬の躊躇に、サイスルは容赦なく魔法を解き放った。
閃光が玉座の間を照らし、次の瞬間には爆ぜる炎と衝撃が空間を包み込んだ。
「ケイオス――!」
レグラスは叫んだ。道を違えたとはいえ、かつて心から愛した弟の名を、魂の底から絞り出すように。
土埃と濃煙の渦巻く中、爆風にあおられた布と石片が舞い、その狭間で人影がひとつ、崩れ落ちた。
傷ついた身体で最後の力を振り絞り、王を――ケイオスを守るように立ちはだかっていたのは、七騎士のひとり、バスバ。
その身は黒く焼け焦げ、ほとんど原形をとどめていなかったが、なおも剣を手放さぬ姿が、彼の忠義のすべてを物語っていた。
「バスバ……バスバァ!」
アランの慟哭が玉座の間に響き渡る。
血にまみれ、立ち上がったケイオスは何も言わず、サイスルに向けて剣を振るった。
死の力を帯びたその剣閃は、まるで裁きを下す神の鉄槌のごとく光を放ち、天を割るような勢いで振り下ろされた。
だがサイスルは、ほんの一振り、軽く手を払っただけでその剣をいとも容易く防いだ。魔法の加護が、見えざる盾のごとく空間を守っていた。
淡々と距離を取ったサイスルは、冷徹な瞳でケイオスを――いや、彼の腕に絡みつく剣を見据えた。
「死の力は強大だ。誰もが欲する力……これはあくまで実験だったが、貴方と七騎士によって、思いのほか良い成果となった」
その言葉とともに、地に伏したバスバの剣、そしてアランの手にあった剣が――歪み始めた。
剣たちはまるで意思を持つかのようにうねり、ひとつに混ざり合い、まっすぐケイオスのもとへと引き寄せられていく。
刹那、空気が割れた。耳に届いたのは、玉座にいるはずのない無数の人々の悲鳴。
苦しみ、怨嗟、絶望――人間の業そのものが具現化したような、魂の咆哮が空間を満たす。
レグラスも、ブランも、その場にいる者たちは思わず耳をふさいだ。だが、それらの声は脳の奥に直接響く幻聴であり、拒むことはできなかった。
あまりに永く、耐えがたい叫びの嵐――だが、それが過ぎ去ったとき、レグラスは気づいた。
全ては、一瞬だったのだと。
ケイオスの剣は完全に融合し、今や彼自身の一部となっていた。あの声は、剣に宿りし者たちの叫びだったのだ。
サイスルは奇妙な微笑を浮かべた。
「壊れているのか、耐えているのか……どちらにせよ、称賛しましょう。ケイオス殿下。貴方のように人に執着する者が、ここまで人を超えるとは」
その言葉の意味は、レグラスにも理解できた。
あの異様な声に押し潰されることなく立っていられるのは、この場ではケイオスとサイスルだけだった。
だが、ケイオスはなおも剣を構えた。
その目に宿るのは、怒りでも絶望でもない。ただ、果たすべき意志の光。
再び振るわれた剣は、凄まじい勢いでサイスルに襲いかかる。
だが、サイスルはまるで舞うような動きで横へとかわす。
剣閃は地を裂き、壁を貫き、激しい衝撃音が玉座の間を揺らした。
サイスルは様々な魔法を放ち、炎、雷、氷、闇の刃が次々と襲いかかる――
だが、ケイオスの剣が振るわれるたびに、それらは霧散し、無へと還った。
それでも、サイスルは楽しげに笑っていた。まるで、極上の玩具を試すように軽い魔法を唱え。
戦いを見つめるしかできぬレグラスに、ブランがそっと囁いた。
「レグラス……分かってるだろ? もう、無理だ。ここにいては死ぬぞ」
その言葉の意味を、レグラスは理解していた。
オーデントは落ちた――もはやこの戦いは終幕の余韻に過ぎず、生者の居場所ではない。
レグラスは最後に、ケイオスの横顔を見つめた。
その瞳からは何も読み取れなかった。言葉を交わした最期の記憶だけが、胸をよぎる。
そして、静かに目を閉じ、呟いた。
「……撤退だ」
ブランたちは安堵したように頷き、即座に動き出した。
だがレグラスが背を向けようとしたとき――彼の目に映ったのは、倒れ伏すアランの姿だった。
結界の加護を失った彼は、病に侵され、呻きながら地に倒れていた。
「まだ間に合う……!」
駆け寄ろうとしたその瞬間、鋭い衝撃音が響いた。
アランの背に、剣が突き立てられていた。振り返れば、剣を握っていたのは――バウエル。
「バウエル……! 貴様、なんということを!」
レグラスの叫びに、バウエルは疲れ果てたように息をつき、静かに言った。
「助かりませんよ、レグラス王子……いや、レグラス。これが、せめてもの慈悲です」
その言葉とともに、扉の前に控えていた近衛兵たちが剣を構えて立ちはだかった。
「行かせるわけには参りません。申し訳ない……」
空気が張り詰めたその瞬間――
「王の道を塞ぐことは、許さん」
低く、だがはっきりとした声が空間を貫いた。
ケイオスの剣が、壁のように立ちはだかる近衛兵たちを一閃し、血飛沫が宙を舞った。
だがその直後、サイスルの魔法がケイオスの身体を貫いた。
「ケイオス……っ!」
レグラスの叫びにも振り返らず、ケイオスは剣を振り抜く。
「兄上……父が後継者として命じた王は……貴方だ」
静かに、確かにそう告げると、バウエルとサイスルに向けて再び斬撃を放つ。
「兄上……いや、“王”よ。お逃げください」
血を吐きながらも、その背で玉座の出口を守る弟の姿に、レグラスは駆け寄ろうとした。
だが、ブランがその肩を掴み、制止する。
「レグラス!」
レグラスは振り返らず、ただ叫んだ。
「ケイオス……道は違えたが、私は確かに、お前を……愛していた」
ケイオスは何も応えず、剣を振るい続けた。
そして、再び魔法の閃光が彼の身体を貫いた――
それでも彼は倒れなかった。
玉座を後にするその背に、最後の言葉が投げかけられた。
「……ケイオス殿下。私は貴方を嫌いではなかった。一時とはいえ、確かに、貴方は私の“王”だった」
サイスルの声に応える者はいない。
ただ、玉座の間の奥で――静かな、鈍い音が響き続けていた。
街にはなお、病の神アスケラの眷属であるゲルグたちが蔓延り、騎士団と激しく交戦していた。レグラスら一行も民を守りながら進軍し、ようやくこの城門に辿り着いたのだった。
だが、足を止めたその城内は――不気味なまでに静かだった。
「懐かしいか?」
ブランの問いに、レグラスは素直に頷いた。
「……ああ。嬉しい記憶も、苦い記憶も、この城にすべてが詰まってる。変わりはない、我が家だ」
ブランも静かに頷いたが、その眼差しはどこか鋭い。
「だが……いくら外が混乱していようと、こんなに手薄になるか? 誰一人いないとは……おかしい」
その言葉にレグラスも表情を引き締めた。確かに、ケイオスや近衛の騎士団が戦を放棄し逃げるとは思えない。それなのに、城内はまるで人の気配が消えたかのようだった。
「……警戒を。何かがある」
そのとき――何かが弾けるような音とともに、玉座の間から叫び声が響いた。
「……っ!? 玉座だ! 急げ!」
レグラスは駆け出した。仲間たちもその背に続き、城の深奥へと雪崩れ込む。そして――息を呑んだ。
そこにあったのは、異形の怪物。
だが、その顔には――わずかに父、ハンベルグの面影が残されていた。
そしてその傍らには、深く傷を負い血を流すケイオスの姿。
何が起きたのかもわからぬまま、空間を支配するかのような笑い声が響いた。
「まさか……レグラス王子ではないですか?」
愉悦と驚きがないまぜになったその声に、レグラスは顔を上げる。
「……サイスル、殿?」
見覚えのある男――オステリィアより使者として訪れ、弟ケイオスの側近として仕えていた魔法使い。
だが、その姿には以前の柔和な印象はなく、冷たく歪んだものへと変わっていた。
レグラスに気づいた者たちもいたが、玉座に君臨する異形の存在が、誰の視線も飲み込んでいた。
異形のもの――それは言葉を持ち、古代語で何事かを呟いた。
その意味を、レグラスは理解した。
「病の言葉――」
そして、世界が変わった。
突如として玉座の間は死地へと変貌した。レグラスは咄嗟にオルフィーナへの祈りを込め、魔法を紡いだ。
だが、その加護は近くの者しか救えず、多くの騎士たちはその病に侵されていく。
紅斑が浮かび、血を吐き、叫びをあげて倒れていく兵士たち。
鼻や目、口から血が噴き出し、ある者は痙攣し、ある者は静かに崩れ落ち、玉座の間は地獄と化していた。
レグラスは周囲を見回し、かろうじて生き延びた者たちの姿を確認する。
弟ケイオス、七騎士のバスバとアラン、バウエル公と近衛兵、そして――サイスル。
彼らは完全に無事ではなかった。
その身体には病の力がわずかに侵食しつつあったが、それでも命を保っていた。
忌まわしき“あの剣”――死の力を帯びた魔剣の存在が、彼らを守ったのか。
だが、バウエル達やサイスルはなぜ無傷でいられる?
その疑念が心を貫き、レグラスは呟いた。
「お前たちが……?」
だが、彼の言葉に答える者はいない。
玉座の中心、サイスルは倒れた男の身体を軽く足で蹴ると、冷たく言い放った。
「……まあ、一対一で武勇に優れるケイオスに傷をつけたのは見事だた」
サイスルは視線を異形へと移す。そして、古代語で囁いた。
《ハンベルグと同化を?》
異形は低く答えた。
《仮初にすぎぬ。この男の知識と魂は、私に適さぬ。ゆえに同化はなされぬ。力を行使したこの肉体は、いずれ崩壊する》
サイスルは軽く頷き、唇の端を上げた。
《なるほど。ならば――事が済み次第、後は私の意のままに》
その時、異形の視線が鋭く空間を裂いた。
《……奴の気配がする》
その言葉に、サイスルはわずかに顔を歪めた。レグラスは見逃さなかった。
《……血筋ですから》
異形はその一言を残し、役目を終えたかのように音もなく崩れ落ちた。
玉座の間に静寂が訪れる――嵐の前の、不気味なほどの沈黙。
サイスルはその中で、ひとり言のように呟いた。
「……神に抗う人の力は、結局届かなかった。運命の神が導いたのは、果たして人か、神か。いずれにせよ……結末は見えた」
その言葉に反発するかのように、ケイオスが剣を手に立ち上がる。傷だらけの身体を、誇りと意志だけで支えながら。
「……まだだ、終わってなどいない……!」
それでも支えるバスバは、震える声で告げた。
「殿下、いまは……お逃げを……!」
サイスルはそれを哀れみの眼で見つめながら、首を横に振った。
「それも興味深い選択ではあるが……生憎、私は貴方を逃がすつもりはない」
サイスルが詠唱を開始した。
レグラスもすぐさま魔法を紡ごうとするが、背後にいる仲間たちの気配を感じて動きが止まる。
魔法を放てば結界が――
家族より、仲間を取るか。
その一瞬の躊躇に、サイスルは容赦なく魔法を解き放った。
閃光が玉座の間を照らし、次の瞬間には爆ぜる炎と衝撃が空間を包み込んだ。
「ケイオス――!」
レグラスは叫んだ。道を違えたとはいえ、かつて心から愛した弟の名を、魂の底から絞り出すように。
土埃と濃煙の渦巻く中、爆風にあおられた布と石片が舞い、その狭間で人影がひとつ、崩れ落ちた。
傷ついた身体で最後の力を振り絞り、王を――ケイオスを守るように立ちはだかっていたのは、七騎士のひとり、バスバ。
その身は黒く焼け焦げ、ほとんど原形をとどめていなかったが、なおも剣を手放さぬ姿が、彼の忠義のすべてを物語っていた。
「バスバ……バスバァ!」
アランの慟哭が玉座の間に響き渡る。
血にまみれ、立ち上がったケイオスは何も言わず、サイスルに向けて剣を振るった。
死の力を帯びたその剣閃は、まるで裁きを下す神の鉄槌のごとく光を放ち、天を割るような勢いで振り下ろされた。
だがサイスルは、ほんの一振り、軽く手を払っただけでその剣をいとも容易く防いだ。魔法の加護が、見えざる盾のごとく空間を守っていた。
淡々と距離を取ったサイスルは、冷徹な瞳でケイオスを――いや、彼の腕に絡みつく剣を見据えた。
「死の力は強大だ。誰もが欲する力……これはあくまで実験だったが、貴方と七騎士によって、思いのほか良い成果となった」
その言葉とともに、地に伏したバスバの剣、そしてアランの手にあった剣が――歪み始めた。
剣たちはまるで意思を持つかのようにうねり、ひとつに混ざり合い、まっすぐケイオスのもとへと引き寄せられていく。
刹那、空気が割れた。耳に届いたのは、玉座にいるはずのない無数の人々の悲鳴。
苦しみ、怨嗟、絶望――人間の業そのものが具現化したような、魂の咆哮が空間を満たす。
レグラスも、ブランも、その場にいる者たちは思わず耳をふさいだ。だが、それらの声は脳の奥に直接響く幻聴であり、拒むことはできなかった。
あまりに永く、耐えがたい叫びの嵐――だが、それが過ぎ去ったとき、レグラスは気づいた。
全ては、一瞬だったのだと。
ケイオスの剣は完全に融合し、今や彼自身の一部となっていた。あの声は、剣に宿りし者たちの叫びだったのだ。
サイスルは奇妙な微笑を浮かべた。
「壊れているのか、耐えているのか……どちらにせよ、称賛しましょう。ケイオス殿下。貴方のように人に執着する者が、ここまで人を超えるとは」
その言葉の意味は、レグラスにも理解できた。
あの異様な声に押し潰されることなく立っていられるのは、この場ではケイオスとサイスルだけだった。
だが、ケイオスはなおも剣を構えた。
その目に宿るのは、怒りでも絶望でもない。ただ、果たすべき意志の光。
再び振るわれた剣は、凄まじい勢いでサイスルに襲いかかる。
だが、サイスルはまるで舞うような動きで横へとかわす。
剣閃は地を裂き、壁を貫き、激しい衝撃音が玉座の間を揺らした。
サイスルは様々な魔法を放ち、炎、雷、氷、闇の刃が次々と襲いかかる――
だが、ケイオスの剣が振るわれるたびに、それらは霧散し、無へと還った。
それでも、サイスルは楽しげに笑っていた。まるで、極上の玩具を試すように軽い魔法を唱え。
戦いを見つめるしかできぬレグラスに、ブランがそっと囁いた。
「レグラス……分かってるだろ? もう、無理だ。ここにいては死ぬぞ」
その言葉の意味を、レグラスは理解していた。
オーデントは落ちた――もはやこの戦いは終幕の余韻に過ぎず、生者の居場所ではない。
レグラスは最後に、ケイオスの横顔を見つめた。
その瞳からは何も読み取れなかった。言葉を交わした最期の記憶だけが、胸をよぎる。
そして、静かに目を閉じ、呟いた。
「……撤退だ」
ブランたちは安堵したように頷き、即座に動き出した。
だがレグラスが背を向けようとしたとき――彼の目に映ったのは、倒れ伏すアランの姿だった。
結界の加護を失った彼は、病に侵され、呻きながら地に倒れていた。
「まだ間に合う……!」
駆け寄ろうとしたその瞬間、鋭い衝撃音が響いた。
アランの背に、剣が突き立てられていた。振り返れば、剣を握っていたのは――バウエル。
「バウエル……! 貴様、なんということを!」
レグラスの叫びに、バウエルは疲れ果てたように息をつき、静かに言った。
「助かりませんよ、レグラス王子……いや、レグラス。これが、せめてもの慈悲です」
その言葉とともに、扉の前に控えていた近衛兵たちが剣を構えて立ちはだかった。
「行かせるわけには参りません。申し訳ない……」
空気が張り詰めたその瞬間――
「王の道を塞ぐことは、許さん」
低く、だがはっきりとした声が空間を貫いた。
ケイオスの剣が、壁のように立ちはだかる近衛兵たちを一閃し、血飛沫が宙を舞った。
だがその直後、サイスルの魔法がケイオスの身体を貫いた。
「ケイオス……っ!」
レグラスの叫びにも振り返らず、ケイオスは剣を振り抜く。
「兄上……父が後継者として命じた王は……貴方だ」
静かに、確かにそう告げると、バウエルとサイスルに向けて再び斬撃を放つ。
「兄上……いや、“王”よ。お逃げください」
血を吐きながらも、その背で玉座の出口を守る弟の姿に、レグラスは駆け寄ろうとした。
だが、ブランがその肩を掴み、制止する。
「レグラス!」
レグラスは振り返らず、ただ叫んだ。
「ケイオス……道は違えたが、私は確かに、お前を……愛していた」
ケイオスは何も応えず、剣を振るい続けた。
そして、再び魔法の閃光が彼の身体を貫いた――
それでも彼は倒れなかった。
玉座を後にするその背に、最後の言葉が投げかけられた。
「……ケイオス殿下。私は貴方を嫌いではなかった。一時とはいえ、確かに、貴方は私の“王”だった」
サイスルの声に応える者はいない。
ただ、玉座の間の奥で――静かな、鈍い音が響き続けていた。
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