魔法使いと皇の剣

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4章 波乱

二つの助け

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 ミエラはボルボの背から静かに周囲を見渡していた。
 空には、まるで空間そのものを蝕むかのように、黒く染まった雲と無数のゲルグが舞い、空気を押し潰すような気配を漂わせていた。
 その中でも、とくに威圧的な一体が、オーデントの外門の上に立ち、冷ややかな視線で彼女たちを見下ろしていた。

 門の上にいるそのゲルグが、古代語で語りかけてきたとき――
 理解できたのは、ミエラただ一人だけだった。

 ジンは既にアイリーンを地面に下ろし、刀の柄に静かに手をかけている。
 ロスティンは無言のままアイシャをそっと降ろし、アーベンからも手を離し、いつでも駆け出せるような姿勢を取っていた。
 それぞれが覚悟を決めた目で前を見据える中、ミエラは自分の選択を考えていた。

 ――もしこのまま交戦となれば、果たして結界を維持しながら戦えるだろうか?
 いや、無理だ。魔力の消耗も激しく、集中力は限界に近い。
 この命の灯火が誰かのために燃え尽きるならば、それも構わない――そう思いかけて、彼女は思考を切り替えた。

「最善を考える」と。

 敵意を剥き出しにすることもなく、しかし明確な殺意を滲ませながら静止しているゲルグたち。
 その不自然な沈黙に、ミエラは意を決して口を開いた。

 《……私たちはこの国の民ではありません。仕える神こそ異なれど、共にいる者の中には竜族――貴方たちと同じ“眷属”の血を引く者もいます。なぜ今、貴方たちが行動を起こさぬのか……何か、我々に要望があるのでは?》

 その言葉に、門上のゲルグはわずかに目を細めたように見えた。

 そして間をおいて、重々しく返答する。

 《我らの目的は既に果たされた。オーデントは陥落し、偽りの王もその命を絶たれた》

 その言葉にミエラは息を呑み、視線をアーベンに向けた。
 ……まだ、生きている。だが、ゲルグたちは“全て”を終わらせたと宣言している。
 では他の二人の事だろうか?
 頭によぎる言葉を押し殺し

 《……では、此方に求めるものは何です?》

 ミエラの問いに、ゲルグは平然と告げた。

 《王族はまだ生きている。貴様らが連れているその男だ》

 アーベンのことだ。やはり、彼の存在はこの事態を左右する引き金の一つなのだろう。

 《……ならば、その者を引き渡せば、我々は見逃されるのですか?》

 そう続けると、ゲルグはくぐもった嗤いを漏らした。

 《否。我らは貴様らによって多くの同胞を失った。赦しなど、在りはしない》

 ならば――この交渉の意味は?

 そう問いかけようとした矢先、ゲルグは続けた。

 《だが我らは、己が身をわきまえる。神子と死の力を宿す者に、無意味な犠牲を捧げはせぬ。》

 ミエラはその言葉に一瞬、心を揺らがされた。
 死の力――ジンの剣のことだろう。
 そして“神子”という言葉も……気にかかる。

 《では……どうすれば?》

 問うミエラに、ゲルグははっきりと告げた。

 《貴様が我らと共に来ること。死の力も引き渡せ。それであれば、貴様と竜族の命は奪わぬ。他は殺す》

 沈黙が落ちた。

 ミエラはボルボの背から静かに仲間を見渡した。

「ジンの剣を渡して、私が彼らに同行すれば……私とアイリーンだけは助けると言ってる」

 その言葉に、ボルボは鼻を鳴らし、ロスティンは肩をすくめた。
 ジンは無言のまま、握っていた刀の柄に力を込めた。

 誰一人、返答の言葉を持たなかった。
 それを見て、ミエラは再びゲルグに顔を向ける。

 《……承諾できない交渉です》

 その言葉に、ゲルグの瞳が冷たく細められる。

 《これは交渉ではない。慈悲だ。我らは愚かなる貴様らに、せめてもの慈悲を与えた。だが無下にしたな。ならば、一つ――死ね》

 その瞬間、空が唸った。

 無数のゲルグたちが、一斉に飛翔し、魔力を帯びた光の奔流が夜空を裂く。

 ミエラは結界を解くか否か、一瞬の選択に揺れた。だが――

 突如、鋭い風切り音と共に、空を駆けた巨大な鎌のような武具が、飛来してきたゲルグの首を刎ねた。

 続けざまに――
 空中で詠唱を始めたゲルグの胸に、投げられた剣が突き刺さり、その体を無惨に貫いた。

 何者かが、戦線に加わっていた。
 そして彼らは、明らかにミエラたちを助ける意志を持っていた。

 ジンは即座に建物の上へと跳び上がり、次々と飛び来るゲルグの首と翼をその刀で斬り落とす。
 ロスティンもまた、逃げるどころか敵に立ち向かい、飛来した鉤爪を躱しながら短刀で応戦した。

 ミエラは再び結界を維持する意志を取り戻しながら、視線を上げる。

 そこにいたのは――ふたりの謎めいた男たち。

 一人はフードを被り、顔の下半分から覗く口元と髭しか見えない。
 だがその剣さばきは尋常ではなかった。彼が投げたと思われる剣を抜き取り、次に飛翔してくるゲルグを、二本の剣で舞うように切り裂いていく。その動きはもはや芸術の域に達していた。

 もう一人は、無造作にローブのフードを脱ぎ捨て、異様な素顔を晒していた。
 それは人とは思えない――
 透き通るような淡い肌、無機質な“人間の形”。
 目、鼻、口は確かに存在するが、それは“真似た”かのような違和感を漂わせ、頭には髪ひとつなく、皮膚には入れ墨のような紋様が刻まれていた。

 その異形の者は、空に舞う鎌を自在に操りながら、次々とゲルグを地に落としていった。
 彼らの存在は、空を制していたはずのゲルグたちに、確実な恐怖と混乱を与えていた。

 誰もが、その圧倒的な戦力に呆然としながらも、希望の光を見出し始めていた。
 その瞬間、死の淵で閉ざされかけていた“生”の扉が、わずかに開いたように思えた――。
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