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4章 波乱
慈愛の王
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玉座へと続く階段、その中腹に腰をかけたサイスルは、冷たく横たわるケイオスの亡骸に一瞥を送り、やがて視線を玉座へと移した。
かつて王が座したその椅子の前には、血に濡れた王剣が無造作に横たわっていた。サイスルはそれを手に取り、無表情なままつまらなそうに眺める。鋼の刃に反射する微かな光だけが、そこにある確かな死を照らしていた。
「……殿下。」
背後からのバウエルの声にサイスルは応じ、視線を向けずに返事を待った。
バウエルは静かに進み出ると、重々しく報告を口にした。
「レグラス王子――いえ、レグラスは捕縛されず、アーベン王子もオステリィア方面へ逃走中との報が入りました。追っ手も取り逃がしたようです。」
報告を聞き流すように、サイスルは王剣をくるりと手の中で回しながら呟いた。
「……辺境伯や国家付きの貴族たちは?」
バウエルは息を整え、続けた。
「スマイグ家とエタハル家は既に殿下に忠誠を誓っております。トーテム家もアラン殿が戦死し、代わって叔父のアルム公が忠誠を……国家付きの諸家は多くが病によって没し、今は遺族が後継する形になります。ですが、まだ接触には至っておりません。」
サイスルはうなずきもせず、静かに応じた。
「マーズ家……ビルゲン・マーズは?」
バウエルの顔に苦悶の色が浮かぶ。
「逃げおおせました。こちらの動きを察知していたのか、会議の後すぐ自領に退き……ご期待に沿えず、申し訳ございません。」
サイスルはそれに対して手をひらひらと軽く振り、言葉にすることもせず許容の意思を示した。
バウエルは頭を下げたまま、さらに続けた。
「七騎士を輩出していたマーシャル家、デクスタ家、スクリーム家については、まだ動きがなく、事の真相が伝われば忠誠は望めぬかと。ですが……いずれにせよ、“病”の元凶がハンベルグであり、殿下がそれを鎮めた英雄と触れ回れば、体裁は保てましょう。」
その言葉に、サイスルは初めて目線を向けた。
「無駄な策だ。レグラスとアーベンが生き延びている時点で、いずれ真実は漏れる。七騎士の貴族たちも、他国も――どこかで必ず知る。」
バウエルは歯噛みしながらも、思考を巡らせた。
「では……王族を逆賊として手配し、即刻始末を」
サイスルはその言葉を遮るように、低く、だが明瞭に告げた。
「……バウエル公。もし貴公が、自身が正しい者とみられたいと言うなら、それも好きにすればいい。だが私は、他者から王として認められることに、何の興味も抱いていない。そして――内乱を避けようなどとも思っていない。」
バウエルは口を開きかけたが、何かを悟ったように言葉を飲み込み、黙礼して一歩退いた。
「承知しました。ただ、他国――特にテネグリア、オステリィア、パルテナスについては如何されますか? テネグリアなどは、元よりアーベンを擁立しようと……」
サイスルは煩わしげに吐息をついた。
「話はしたはずだ。国外のことも、貴公の裁量で好きにすればいい。」
バウエルは再び頭を下げ、静かに退こうとした。その背に、サイスルは一言だけ告げた。
「ケイオス王の遺体――燃やして伴え。」
バウエルは足を止め、目を見開いた。
「燃やして……それは……」
「遺体というものはな……昔から神話にも歴史にも、“道具”として多く用いられてきた。英雄とされた者なら、なおさらだ。あの男は――少なくとも、“私にとって”は王だった。」
バウエルはしばし言葉を失い、やがて静かに頷くと、外で控えていた兵たちに命じて、ケイオスの亡骸を玉座の間から運び出していった。
サイスルは、ついに独りきりとなった玉座の間で、再び王剣に視線を落とした。
自ら鍛えたその剣は、切られた者の意識や感情を吸い取る異質の武器。だがそれだけではない。戦乱の渦中にあって、ケイオスと七騎士が無数の死を刻み込んだことで、剣には想像以上の“渇望”と“祈り”が染み込んでいた。
思わず感謝すら覚える――己が意図をはるかに超えた成果が、そこには確かに宿っていた。
サイスルは立ち上がり、静かに階段を登る。そして、誰も座ることなく空白であった王の玉座へ、まるで当然のように腰を下ろした。
そして静かに――かつての誓いを口にする。
《正統たる継承者が、如何なる時も慈愛に恩寵を求め、頂いた愛に応えることを誓う》
その瞬間、空気が振動した。
光が揺らぎ、見えぬ力が迸る。
それは城の天井を突き抜け、街を越え、平原を渡り、村々へと届く。
不完全とはいえ病の神が作り出した“穢れ”のセイクリッドランドを、上書きするかのように――。
サイスルは、その穏やかで力強い魔力の波動を感じながら、静かに目を閉じた。
「……素晴らしい。ケンニグ、お前は……どこまでこの術理に通じていたのだ」
かつて祖先ケンニグ・ヘリンスが遺した魔法。
それは今、サイスルの手で再び世界を染め上げようとしていた。
彼の胸中に浮かぶのは、ひとりの銀髪の女――
復讐の名を掲げながらも、運命に導かれるようにして現れた女。
そして、彼の姪でもあるその彼女こそ、同じく神の血を継ぐ存在
サイスルは静かに、待ち続けていた。
運命の神がなぜ導いたのか――
ケンニグとオルフィーナの歪みが何をもたらすのか――
病の神だけではなく、人々も動きだした
オーデントを始まりとして起こる戦いに
彼女が来るその時を――慈愛の王として。
かつて王が座したその椅子の前には、血に濡れた王剣が無造作に横たわっていた。サイスルはそれを手に取り、無表情なままつまらなそうに眺める。鋼の刃に反射する微かな光だけが、そこにある確かな死を照らしていた。
「……殿下。」
背後からのバウエルの声にサイスルは応じ、視線を向けずに返事を待った。
バウエルは静かに進み出ると、重々しく報告を口にした。
「レグラス王子――いえ、レグラスは捕縛されず、アーベン王子もオステリィア方面へ逃走中との報が入りました。追っ手も取り逃がしたようです。」
報告を聞き流すように、サイスルは王剣をくるりと手の中で回しながら呟いた。
「……辺境伯や国家付きの貴族たちは?」
バウエルは息を整え、続けた。
「スマイグ家とエタハル家は既に殿下に忠誠を誓っております。トーテム家もアラン殿が戦死し、代わって叔父のアルム公が忠誠を……国家付きの諸家は多くが病によって没し、今は遺族が後継する形になります。ですが、まだ接触には至っておりません。」
サイスルはうなずきもせず、静かに応じた。
「マーズ家……ビルゲン・マーズは?」
バウエルの顔に苦悶の色が浮かぶ。
「逃げおおせました。こちらの動きを察知していたのか、会議の後すぐ自領に退き……ご期待に沿えず、申し訳ございません。」
サイスルはそれに対して手をひらひらと軽く振り、言葉にすることもせず許容の意思を示した。
バウエルは頭を下げたまま、さらに続けた。
「七騎士を輩出していたマーシャル家、デクスタ家、スクリーム家については、まだ動きがなく、事の真相が伝われば忠誠は望めぬかと。ですが……いずれにせよ、“病”の元凶がハンベルグであり、殿下がそれを鎮めた英雄と触れ回れば、体裁は保てましょう。」
その言葉に、サイスルは初めて目線を向けた。
「無駄な策だ。レグラスとアーベンが生き延びている時点で、いずれ真実は漏れる。七騎士の貴族たちも、他国も――どこかで必ず知る。」
バウエルは歯噛みしながらも、思考を巡らせた。
「では……王族を逆賊として手配し、即刻始末を」
サイスルはその言葉を遮るように、低く、だが明瞭に告げた。
「……バウエル公。もし貴公が、自身が正しい者とみられたいと言うなら、それも好きにすればいい。だが私は、他者から王として認められることに、何の興味も抱いていない。そして――内乱を避けようなどとも思っていない。」
バウエルは口を開きかけたが、何かを悟ったように言葉を飲み込み、黙礼して一歩退いた。
「承知しました。ただ、他国――特にテネグリア、オステリィア、パルテナスについては如何されますか? テネグリアなどは、元よりアーベンを擁立しようと……」
サイスルは煩わしげに吐息をついた。
「話はしたはずだ。国外のことも、貴公の裁量で好きにすればいい。」
バウエルは再び頭を下げ、静かに退こうとした。その背に、サイスルは一言だけ告げた。
「ケイオス王の遺体――燃やして伴え。」
バウエルは足を止め、目を見開いた。
「燃やして……それは……」
「遺体というものはな……昔から神話にも歴史にも、“道具”として多く用いられてきた。英雄とされた者なら、なおさらだ。あの男は――少なくとも、“私にとって”は王だった。」
バウエルはしばし言葉を失い、やがて静かに頷くと、外で控えていた兵たちに命じて、ケイオスの亡骸を玉座の間から運び出していった。
サイスルは、ついに独りきりとなった玉座の間で、再び王剣に視線を落とした。
自ら鍛えたその剣は、切られた者の意識や感情を吸い取る異質の武器。だがそれだけではない。戦乱の渦中にあって、ケイオスと七騎士が無数の死を刻み込んだことで、剣には想像以上の“渇望”と“祈り”が染み込んでいた。
思わず感謝すら覚える――己が意図をはるかに超えた成果が、そこには確かに宿っていた。
サイスルは立ち上がり、静かに階段を登る。そして、誰も座ることなく空白であった王の玉座へ、まるで当然のように腰を下ろした。
そして静かに――かつての誓いを口にする。
《正統たる継承者が、如何なる時も慈愛に恩寵を求め、頂いた愛に応えることを誓う》
その瞬間、空気が振動した。
光が揺らぎ、見えぬ力が迸る。
それは城の天井を突き抜け、街を越え、平原を渡り、村々へと届く。
不完全とはいえ病の神が作り出した“穢れ”のセイクリッドランドを、上書きするかのように――。
サイスルは、その穏やかで力強い魔力の波動を感じながら、静かに目を閉じた。
「……素晴らしい。ケンニグ、お前は……どこまでこの術理に通じていたのだ」
かつて祖先ケンニグ・ヘリンスが遺した魔法。
それは今、サイスルの手で再び世界を染め上げようとしていた。
彼の胸中に浮かぶのは、ひとりの銀髪の女――
復讐の名を掲げながらも、運命に導かれるようにして現れた女。
そして、彼の姪でもあるその彼女こそ、同じく神の血を継ぐ存在
サイスルは静かに、待ち続けていた。
運命の神がなぜ導いたのか――
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