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5章 運命
賢者イランカラン
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扉をくぐった瞬間、ミエラの目に飛び込んできたのは、想像を超える異様な光景だった。
何体もの正体不明の獣が、無残にも剥製となり、絨毯のように床に敷き詰められている。部屋の一角では、球体状の水が絶え間なく回転し、枯れ葉のような茶色の植物が壁際に並んでいたが、それらが枯れているのか、もともとそういう性質のものなのかは判然としなかった。
棚に整然と並ぶ分厚い書物。部屋の中央には、豪奢な装飾品と指輪に身を包んだ中年の男が、ふかふかの椅子にどっしりと腰かけている。茶髪と立派な髭、金と宝石をあしらったローブ。その膝に手を添えた男の指には、数える気すら失せるほどの指輪が光っていた。
その男――賢者イランカランは、膝を組んだまま、ゆっくりと口を開いた。
「待っていたぞ。竜族アイリーン、神子ミエラ。私はイランカラン。この街を治める賢者のひとりにして、この塔の主だ。」
唐突に名前を呼ばれたことに戸惑い、言葉を探すミエラ。その隣で、アーベンが一歩前に出て礼を述べようとした。
「賢者イランカラン殿。お招きいただき――」
だが、その言葉は冷笑によって遮られる。
「おや、私はお前に話しかけたつもりはないが? 廃太子よ。誰であるかは知っている。だが、私にとっては用なしだ。」
イランカランの目には、アーベンへの侮蔑がはっきりと宿っていた。ロスティンに至っては、最初から視界に入ってすらいないようだった。
アーベンは無言でその視線を受け止めるだけだった。表情は読み取れないが、反論するでもなく、ただ沈黙していた。
ミエラは不快感を押し隠しながら、一歩前に進み出る。
「私達の名前をご存知で、こうして案内までされました。それには理由があるはずです。無礼を承知でお聞きします。いったい、何の目的で私達を呼ばれたのですか?」
その問いに、イランカランはミエラを頭から爪先まで舐めるように見下ろし、鼻で笑った。
「……案内人に任せたのは失敗だったな。余計なことを話さないのはいい。だが必要な情報すら与えないとは……ただの手間だ。」
そう言って、シーラに目を向け、軽く指を動かした。
その瞬間、足元の剥製の毛が鋭利な針のように変化し、音もなくシーラの足に突き刺さる。彼女は一瞬眉を動かしただけで、声を上げることもなく、頭を深く垂れた。
「……!」
アイリーンが声を荒げる。
「ちょっと、なにしてんのよ! あんたが“話すな”って言ったから、彼女は従っただけでしょ! 説明したいなら、あんた自身がきちんと話しなさいよ!」
イランカランは眉ひとつ動かさず、ただうるさそうに目を細めると、気怠げに言った。
「……こやつの処罰が不快であれば、そなたらの前では控えるとしよう。だが、教育は必要だ。」
ミエラは、鋭い声で応じた。
「……ここで必要のない威圧や罰を見せつけられるだけなら、私たちはこの場を辞します。」
その毅然とした態度に、イランカランは嘲るような笑みを浮かべた。
「無理を承知で言うものだな。だが、その“知”を欲する心には抗えまい? 誰よりもこの場で話を聞きたいのは、お前自身だろう、神子よ。」
ミエラは言葉を返せずに、唇を噛みしめた。
「……お前たちの来訪を知ったのは、こやつの“目”の力ゆえだ。眷属シルヴァの血を引く者は、時に“未来視”の力を宿す。彼女が見たのだ、お前たちの到来を。」
ミエラは、そっとシーラの額の“第三の目”に目をやった。得体の知れない力と、感情の読めない表情。その正体を問いただしたい衝動を押さえながら、静かに耳を傾ける。
一方で、アイリーンは腕を組み、あからさまにイランカランを睨んでいた。ロスティンは退屈そうに木の実を弄び、アーベンは沈黙を保ったまま何かを考えているようだった。
「お前たちの名は“定め”によってすでに知られていた。そして……この“廃太子”と“盗賊”の同行については、“叡智の盆”によって把握していた。」
「叡智の盆……?」
ミエラの心に疑問が浮かぶが、それを押し込めた。だが我慢しきれず、ついにアイリーンが声を上げる。
「“運命で決まっていた”って言い方、嫌いなのよ。自分の人生なのに、誰かに決められてたなんて気持ち悪いわ。」
イランカランは冷ややかな声で返す。
「何故、本来アルベストにいるべきお前が、別の大陸で育ったのか。不思議ではなかったか? お前は“神の意思”によってここへ導かれた存在――“運命の子”なのだ。」
「へぇ、それで? 私がこの大陸に来たのも、ミエラちゃんと出会ったのも、神様の指示だったってわけ?」
アイリーンの皮肉に、イランカランの顔に明らかな不快が滲む。
「無知は罪だ。真実を告げようとする者に、無礼を浴びせるとは……その粗野な口を慎むがいい。お前が信じるか否かはどうでもいい。ただ――聞く気があるなら、黙して耳を傾けよ。竜族よ。」
部屋に張り詰める緊張。ミエラは呼吸を整えながら、心の中で決意した。
「…わかりました。仲間の非礼をお詫びします。お話を続けて頂きませんか?」
イランカランはミエラはじっとみつめ
「母親に似ているな。いいだろう」
母を知っている?ミエラの疑問はイランカランの話に遮られた。
何体もの正体不明の獣が、無残にも剥製となり、絨毯のように床に敷き詰められている。部屋の一角では、球体状の水が絶え間なく回転し、枯れ葉のような茶色の植物が壁際に並んでいたが、それらが枯れているのか、もともとそういう性質のものなのかは判然としなかった。
棚に整然と並ぶ分厚い書物。部屋の中央には、豪奢な装飾品と指輪に身を包んだ中年の男が、ふかふかの椅子にどっしりと腰かけている。茶髪と立派な髭、金と宝石をあしらったローブ。その膝に手を添えた男の指には、数える気すら失せるほどの指輪が光っていた。
その男――賢者イランカランは、膝を組んだまま、ゆっくりと口を開いた。
「待っていたぞ。竜族アイリーン、神子ミエラ。私はイランカラン。この街を治める賢者のひとりにして、この塔の主だ。」
唐突に名前を呼ばれたことに戸惑い、言葉を探すミエラ。その隣で、アーベンが一歩前に出て礼を述べようとした。
「賢者イランカラン殿。お招きいただき――」
だが、その言葉は冷笑によって遮られる。
「おや、私はお前に話しかけたつもりはないが? 廃太子よ。誰であるかは知っている。だが、私にとっては用なしだ。」
イランカランの目には、アーベンへの侮蔑がはっきりと宿っていた。ロスティンに至っては、最初から視界に入ってすらいないようだった。
アーベンは無言でその視線を受け止めるだけだった。表情は読み取れないが、反論するでもなく、ただ沈黙していた。
ミエラは不快感を押し隠しながら、一歩前に進み出る。
「私達の名前をご存知で、こうして案内までされました。それには理由があるはずです。無礼を承知でお聞きします。いったい、何の目的で私達を呼ばれたのですか?」
その問いに、イランカランはミエラを頭から爪先まで舐めるように見下ろし、鼻で笑った。
「……案内人に任せたのは失敗だったな。余計なことを話さないのはいい。だが必要な情報すら与えないとは……ただの手間だ。」
そう言って、シーラに目を向け、軽く指を動かした。
その瞬間、足元の剥製の毛が鋭利な針のように変化し、音もなくシーラの足に突き刺さる。彼女は一瞬眉を動かしただけで、声を上げることもなく、頭を深く垂れた。
「……!」
アイリーンが声を荒げる。
「ちょっと、なにしてんのよ! あんたが“話すな”って言ったから、彼女は従っただけでしょ! 説明したいなら、あんた自身がきちんと話しなさいよ!」
イランカランは眉ひとつ動かさず、ただうるさそうに目を細めると、気怠げに言った。
「……こやつの処罰が不快であれば、そなたらの前では控えるとしよう。だが、教育は必要だ。」
ミエラは、鋭い声で応じた。
「……ここで必要のない威圧や罰を見せつけられるだけなら、私たちはこの場を辞します。」
その毅然とした態度に、イランカランは嘲るような笑みを浮かべた。
「無理を承知で言うものだな。だが、その“知”を欲する心には抗えまい? 誰よりもこの場で話を聞きたいのは、お前自身だろう、神子よ。」
ミエラは言葉を返せずに、唇を噛みしめた。
「……お前たちの来訪を知ったのは、こやつの“目”の力ゆえだ。眷属シルヴァの血を引く者は、時に“未来視”の力を宿す。彼女が見たのだ、お前たちの到来を。」
ミエラは、そっとシーラの額の“第三の目”に目をやった。得体の知れない力と、感情の読めない表情。その正体を問いただしたい衝動を押さえながら、静かに耳を傾ける。
一方で、アイリーンは腕を組み、あからさまにイランカランを睨んでいた。ロスティンは退屈そうに木の実を弄び、アーベンは沈黙を保ったまま何かを考えているようだった。
「お前たちの名は“定め”によってすでに知られていた。そして……この“廃太子”と“盗賊”の同行については、“叡智の盆”によって把握していた。」
「叡智の盆……?」
ミエラの心に疑問が浮かぶが、それを押し込めた。だが我慢しきれず、ついにアイリーンが声を上げる。
「“運命で決まっていた”って言い方、嫌いなのよ。自分の人生なのに、誰かに決められてたなんて気持ち悪いわ。」
イランカランは冷ややかな声で返す。
「何故、本来アルベストにいるべきお前が、別の大陸で育ったのか。不思議ではなかったか? お前は“神の意思”によってここへ導かれた存在――“運命の子”なのだ。」
「へぇ、それで? 私がこの大陸に来たのも、ミエラちゃんと出会ったのも、神様の指示だったってわけ?」
アイリーンの皮肉に、イランカランの顔に明らかな不快が滲む。
「無知は罪だ。真実を告げようとする者に、無礼を浴びせるとは……その粗野な口を慎むがいい。お前が信じるか否かはどうでもいい。ただ――聞く気があるなら、黙して耳を傾けよ。竜族よ。」
部屋に張り詰める緊張。ミエラは呼吸を整えながら、心の中で決意した。
「…わかりました。仲間の非礼をお詫びします。お話を続けて頂きませんか?」
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