魔法使いと皇の剣

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5章 運命

悩み

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 アラムルは人混みをかき分けながら急ぎ足で進んでいた。道行く人々からは「どこ見て歩いてんだよ」と悪態をつかれても、彼の足は止まることを知らなかった。

 目指すは街はずれにある小屋—彼が魔法の素質がないにもかかわらず自分を師と仰ぐ弟子、マルクの住まいだった。

 その小屋には、アラムルが生涯をかけて作り上げてきた作品が眠っていた。大きな鉱石や土、魔石によって構築された、かろうじて人型と分かる巨大なゴーレム。

 街の人々からは「土いじり」と嘲笑を受けながらも、アラムルはこの創造物に全てを注いできた。それは彼の人生の結晶だった。

 ゴーレムの前に辿り着いたアラムルは、足を止め、名残惜しそうにその姿を見つめた。何年もの歳月をかけて作り上げた自らの作品に、最後の視線を投げかける。深い溜息とともに、彼は小屋へと足を踏み入れた。

「マルク! マルクはおるか」

 アラムルの声が小屋に響き渡ると、すぐに癖のある薄い赤髪の少年が姿を現した。

 魔法の力を持たないというだけで同年代の子供たちからは「魔法を使えない奴が土いじりと傷の舐め合いをしてる」と嘲られる哀れな少年。

 それでもアラムルを師と慕い、ゴーレム制作を手伝ってきた忠実な弟子だった。 

「ど、どうしたんですか?アラムル様」

 マルクは師の異様な様子に困惑した表情を浮かべながら尋ねた。

「わしは街を出る」

 アラムルの言葉に、マルクは一瞬言葉を失った。現実を飲み込めない様子で、か細い声で問いかける。

「材料探しに…ではなくですかね?」

 アラムルは重く頷いた。その目には決意と、何かを諦めた色が混ざっていた。

「そうだ…もう戻らん。ゴーレムを移動させることは叶わん。そこでお前にこいつを託す」

 マルクの顔から血の気が引いた。信じられないという表情で師を見上げる。

「で…ですがアラムル様が全身全霊をかけた物です。それを置いて…わ、わたしもお供はできないのですか? それにそんな急に…」

 アラムルは焦りを隠しきれず、弟子の言葉を遮った。

「ええい、弟子を名乗るなら言うことは、『はい』だけでよい! …任せたぞ」

 マルクがさらに何か言おうとする背中を無視し、アラムルは足早に小屋を出た。しかし、外に出るや否や、彼の前に予想外の人物が立ちはだかっていた。

「なんじゃ? 焦って、あらゆるところのつけの催促でもあったのかな? 友よ」

 無造作に伸ばした長い髪をそのままにした、アラムルの古くからの友、ヤックリーがそこに立っていた。その姿は夕日に照らされて、どこか神々しさすら感じさせた。

「ヤックリー様!?」

 後ろからはマルクの驚いた声が響いた。アラムルも理解していた。塔に籠もり、下手をすれば塔の管理者と同じように滅多に姿を見ることもできない友が、外に出て日差しを浴びているのだ。それはあまりにも異例のことだった。

「…外に出たのは何年ぶりだ? ヤックリー」

 アラムルの問いに、ヤックリーはからかうように笑みを浮かべた。その目は古い友への懸念と愛情を隠しきれていなかった。

「さぁの、来にしたことも無い…だが外に出る必要があれば致し方ない…なぁ?友よ」

 ヤックリーの意味深な言葉に、アラムルは僅かに身を強張らせた。長年の友情が築いた絆は、多くの言葉を必要としなかった。

「…予想はしていた。だが早かった…何処かでオステリィアには来ないんじゃないかと思っておった」

 アラムルの言葉を静かに聞きながら、ヤックリーは彼の心の奥底を見通すような眼差しで問いかけた。

「だが来た。…そしてお主は何処にいくのだ?」

 アラムルは答えず、地面を見つめるだけだった。沈黙が二人の間に重く横たわる。ヤックリーは諭すように、静かに語りかけた。

「のう、友よ。行動が逃げから来るのであれば、お主はまた逃げる理由を作ってるだけじゃと、わしは思う。だが逃げる事を終わらす機会がわしには来たとも考えられる」

 アラムルは苛立ちを隠せない様子で返した。その声には長年抱えてきた痛みが滲んでいた。

「…知ったふうに、それにわしがどうしようとも関係はしない」

 アラムルの頑なな言葉に、ヤックリーはため息まじりに首を横に振った。

「…塔の管理者達は決定を既にくだしている…知らぬとはいえ、予想はできたはずじゃろ? そして分かるはずだ」

 ヤックリーの言葉にアラムルの目は見開かれ、言葉もなくヤックリーを見つめていた。

 長年隠してきたものを暴かれたかのような恐怖と、同時に解放への一条の光が見えたかのような複雑な感情が彼の顔に浮かんでいた。


「魔法使いならば、自身の心に従うがよい。オステリィアの『土いじり』としてか、それともかつてのように、愛した妻の為に一人の男として…わしの友アラムルとして生きるのであれば、その心に従うべきだ」

 ヤックリーはそう言い、マルクを見ると柔らかな微笑みを浮かべた。

「邪魔したの…久々の街じゃ、マルクを借りても構わんかな友よ」

 アラムルは何も言わず、ただ頷いた。ヤックリーもそれに応えるように頷き返した。

「マルクや、老体に街の楽しさを教えてくれ」

 マルクは戸惑いながらも、アラムルの方を見た。師の目には静かな許しと、複雑な思いが宿っていた。マルクは小さく頷き、ヤックリーと共に歩き出した。

 アラムルはただその後ろ姿を見送った。そして視線を移し、本と宿の方面—自身の孫のいる方向をじっと見つめた。彼の胸の内では、長年の逃避と向き合う決意が、静かに、しかし確かに芽生え始めていた。
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