『伝統』という名の集団暴行。テニサーに洗脳され「団結こそ愛」と俺を捨てた彼女が、全国報道で破滅し泣きついてくるまで

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第一話 歪んだ通過儀礼

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四月の陽気は、地方から出てきたばかりの俺たちにとって、眩しすぎるほどに煌めいていた。都心の有名私立大学、そのキャンパスはまるでドラマの世界のようで、行き交う学生たちの洗練されたファッションや自信に満ちた歩き方は、俺、相沢翔太(あいざわ しょうた)に少なからず劣等感を抱かせるには十分だった。

「翔太、見て見て! あのカフェ、テレビでやってたお店だよ!」

隣で弾んだ声を上げるのは、高校時代から付き合っている恋人の川口優奈(かわぐち ゆうな)。少し茶色がかったボブカットに、素朴だが清楚な服装。田舎の高校ではマドンナ的な存在だったが、この派手な大学の中では、まだあどけなさが残る「普通の女の子」だ。俺にとってはその飾らない笑顔こそが何よりの癒やしであり、守るべきものだった。

「へえ、すごいな。あとで行ってみるか?」
「うん! 絶対だよ? あ、でも高そうかな……私、バイトまだ決まってないし」

財布の中身を心配して眉を下げる優奈の頭を、俺は軽く撫でた。

「大丈夫だよ。俺、引っ越しのバイト代入ったばかりだし。優奈の入学祝いってことで」
「えー、悪いよぉ。でも……ありがとう、翔太大好き!」

人目も憚らず腕に抱きついてくる優奈。その温もりを感じながら、俺はこの幸せがずっと続くものだと信じて疑わなかった。少なくとも、あの男と出会うまでは。

ゴールデンウィークが明け、大学の空気に少し慣れてきた頃のことだ。キャンパスの中庭、通称「サークル通り」には、新入生を勧誘する看板やテントが所狭しと並んでいた。

「ねえ翔太、私たちも何かサークル入らない? せっかくの大学生活だし」
「そうだな。でも、飲みサーとかは危ないって聞くし、真面目なところがいいな」
「うんうん、テニスとかどうかな? 高校の授業でやった時、楽しかったし」

そんな会話をしていた時だった。

「おっ、君たち新入生? 一年生だよね?」

爽やかなバリトンボイスと共に声をかけてきたのは、モデルのように長身で整った顔立ちをした男だった。ブランドもののポロシャツを着こなし、手には高そうな腕時計が光っている。

「あ、はい。経済学部の相沢です。こっちは文学部の川口」
「へえ、文学部なんだ。雰囲気あると思ったよ。俺は須藤。三年の経営で、『キングス』ってテニスサークルの代表やってるんだ」

『キングス』。その名前は俺でも聞いたことがあった。大学公認の伝統あるサークルで、美男美女が集まる華やかな集団として有名だ。しかし同時に、ネットの掲示板などでは「ヤリサー」「黒い噂がある」といった書き込みも目にする、いわくつきの団体でもあった。

「君、すごく可愛いね。うちのサークルの雰囲気にぴったりだ」

須藤は俺のことなど眼中にないかのように、優奈だけを見つめて甘い言葉を吐いた。優奈は顔を赤くして、もじもじとしている。

「そ、そうですか? 私なんて田舎者ですし……」
「謙遜しないでよ。その純朴さがいいんじゃないか。『ダイヤの原石』ってやつだね。どう? 今度の日曜、新歓コンパがあるんだけど。テニス未経験でも大歓迎だし、先輩たちが手取り足取り教えるよ」

俺は直感的に嫌な予感を覚え、割って入った。

「すみません、俺たちは結構です。バイトも忙しいので」
「えっ、翔太?」

優奈が驚いたように俺を見る。須藤は一瞬だけ冷ややかな視線を俺に向けたが、すぐに営業用のスマイルを貼り直した。

「まあまあ、彼氏はガードが堅いなぁ。でもさ、大学生活って人脈作りが大事だよ? うちのOBには大手企業の役員やマスコミ関係者も多い。将来のために顔を出しておくだけでも損はないと思うけどな」

「将来」や「人脈」という言葉に、優奈の目が揺らぐのが分かった。彼女は地方出身というコンプレックスからか、「認められたい」「都会に馴染みたい」という欲求が人一倍強かったのだ。

「翔太……見学だけ、行ってみない? 嫌だったらすぐ辞めればいいし」
「優奈、でも……」
「お願い! 私、もっと大学のこと知りたいの」

上目遣いで懇願する彼女に対し、俺は強く反対しきれなかった。それがすべての過ちの始まりだった。

最初のうちは、何も変わらなかった。週に一度の練習に参加し、楽しそうに帰ってくる優奈。「先輩たちはみんな優しくて、紳士的だよ」「翔太が心配するような変なことは全然ないって」と、彼女は嬉しそうに語っていた。俺も数回顔を出したが、表面上は健全なスポーツサークルに見えた。

だが、夏休みが近づくにつれて、優奈の様子が目に見えて変わり始めた。

まず、服装が変わった。それまでのふんわりとしたスカートやブラウスは姿を消し、胸元が大きく開いたトップスや、太腿が露わになるようなミニスカートを好んで着るようになった。化粧も濃くなり、香水も以前の石鹸のような香りから、鼻につく甘ったるいブランドものへと変わった。

「ねえ優奈、最近ちょっと派手すぎないか? 大学に行く格好じゃない気がするけど」

ある日、俺がやんわりと指摘すると、優奈は鏡の前でリップを塗り直しながら、面倒くさそうに答えた。

「えー? これくらい普通だよ? キングスの先輩たちはもっとオシャレだし。翔太のセンスが古いんじゃない?」
「でも、露出が多いのは心配だよ。変な男に絡まれたらどうするんだ」
「大丈夫だって。サークルの人たちが守ってくれるし」

「サークル」。最近の彼女の会話は、その単語ばかりだ。須藤代表がすごい、先輩たちが高級焼肉に連れて行ってくれた、合宿では特別なイベントがある……。俺とのデートの約束よりも、サークルの急な呼び出しを優先することも増えていた。

そして決定的な亀裂が入ったのは、七月の蒸し暑い夜だった。

その日は俺の誕生日だった。一ヶ月前から約束していたディナーのために、俺はバイト代をはたいて予約したレストランの前で優奈を待っていた。しかし、約束の時間を三十分過ぎても彼女は現れない。電話をかけても繋がらない。

一時間後、ようやく優奈が現れた。だが、その姿を見て俺は言葉を失った。

彼女の足取りはふらついており、顔は酒で赤く染まっている。何より、その服は乱れ、首筋には虫刺されとは思えない赤い痕がいくつも残っていた。

「……優奈、何があったんだ」

怒りよりも心配が先に立ち、俺は彼女の肩を掴んだ。酒と、男ものの整髪料の匂いが鼻をつく。

「あー、翔太ぁ? ごめんごめん、サークルの『決起集会』が長引いちゃってさぁ」
「決起集会? 今日は俺の誕生日だって約束してただろ!」
「わかってるってば! でも、須藤さんが『伝統の大事な儀式だから、一年生は絶対参加だ』って言うから……断れるわけないじゃん」

呂律の回らない口調で悪びれもせず言う彼女に、俺の中で何かが切れる音がした。

「儀式ってなんだよ。未成年に酒を飲ませて、こんな痕までつけて……警察に行くぞ」
「はあ? やめてよ!」

優奈が俺の手を乱暴に振り払った。その目には、今まで見たこともないような冷たい侮蔑の色が浮かんでいた。

「翔太は何もわかってない! これは『キングス』の絆なの! 先輩たちは、私を仲間として認めてくれたのよ。このキスマークだって、愛の通過儀礼なんだから!」
「通過儀礼……? お前、何を言ってるんだ。洗脳されてるぞ」
「洗脳なんかじゃない! これは伝統なの! 選ばれた人間だけが共有できる、高尚な団結なのよ! ただの大学生の翔太と違って、須藤さんたちはもっと大きな世界を見てるの!」

路上の真ん中で叫ぶ優奈の声が、夜の街に響く。通行人が何事かと振り返るが、彼女は気にする様子もない。

「俺は、お前のことを思って……」
「重いのよ、そういうの」

優奈は冷たく言い放った。

「翔太との恋愛なんて、ちっぽけなごっこ遊びだったんだって気づいたの。サークルのみんなとの繋がりは、もっと深くて、激しくて、魂が震えるようなものなの。あなたとのセックスなんて、ただの退屈な作業だったわ」

心臓を素手で握りつぶされたような衝撃だった。あんなに恥ずかしがり屋で、俺の手を握るだけで顔を赤くしていた優奈が、公衆の面前でそんな言葉を口にするなんて。

その時、道路脇に黒塗りの高級SUVが滑り込んできた。スモークのかかった窓が開き、運転席から須藤が顔を出す。

「おーい優奈、遅いぞ。二次会が始まる。今日の主役はお前なんだからな」
「あっ、須藤さん! すみません、今行きます!」

優奈の表情が一瞬で変わり、とろけるような媚びた笑顔を浮かべた。俺に向けられた冷酷な表情とは別人のようだ。

「おい、待てよ優奈!」

俺は彼女の腕を掴もうとした。だが、その手は空を切った。

「触らないで」

優奈は汚いものを見るような目で俺を一瞥した。

「もう連絡してこないでね。私、これから『本物の愛』を学びに行くんだから。部外者は邪魔しないで」

そう言い捨てると、彼女は軽やかな足取りで須藤の車の助手席に乗り込んだ。ドアが開いた瞬間、車内からは大音量のEDMと、複数の男女の下品な笑い声が漏れ聞こえてきた。

「あーあ、可哀想に。まあ、君には彼女の良さを引き出せなかったってことだよ。俺たちがたっぷりと教育(あい)してあげるから、安心して諦めな」

須藤はニヤリと嘲るような笑みを俺に残し、ウィンドウを閉じた。車はタイヤを軋ませて急発進し、夜の闇へと消えていった。

残されたのは、排気ガスの臭いと、呆然と立ち尽くす俺だけ。

ポケットの中で、俺が渡すはずだったペアリングの入った小箱が、鉛のように重く感じられた。

「……ふざけるな」

震える声が漏れた。

これが伝統? 通過儀礼? 絆?
ふざけるな。あんなものは、ただの集団レイプの正当化だ。

優奈の言動は明らかにおかしかった。以前の彼女なら、あんな下劣な論理を振りかざすはずがない。薬物を使われたのか、あるいは集団心理による巧妙なマインドコントロールか。いずれにせよ、俺の大切な幼馴染は、あの薄汚いサークルによって「壊された」のだ。

彼女の最後の言葉が、呪いのように耳にこびりついている。
『あなたとの行為より、サークルの団結の方が重い』

俺の純情も、積み重ねてきた思い出も、すべてをあいつらは嘲笑い、踏みにじった。優奈も、それを受け入れて俺を捨てた。

悔し涙が滲んでくるのを、俺は奥歯を噛み締めて堪えた。ここで泣いて諦めたら、俺は本当にただの「負け犬」になる。

「絶対に……許さない」

夜空を見上げると、都会の空は明るすぎて星など見えなかった。
だが、俺の腹の底には、どす黒く、しかし決して消えることのない復讐の炎が静かに灯っていた。

あの腐った「キングス」という王国を、根底から崩壊させてやる。
須藤も、取り巻きたちも、そして洗脳されたまま俺を裏切った優奈も。
社会的に抹殺し、二度と表の世界を歩けないようにしてやる。

俺はスマホを取り出し、震える指で検索窓に文字を打ち込んだ。
『キングス 大学 サークル 被害 噂』

画面に並ぶ不穏な文字列を見つめながら、俺は踵を返した。もう、予約していたレストランに行く必要はない。俺が向かうべきは、この華やかなキャンパスの裏側に広がる、ドブ川のような闇の中だ。

こうして、俺の長く孤独な復讐劇の幕が上がった。
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