氷結王子と呼ばれる騎士団長と契約結婚をすることになったのですが、どうやら一目惚れされているらしいです?

新 星緒

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9・3 かき回す元婚約者

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 セストが提供した粉薬は、お父様が飲まされていたものと同じ毒だった。
 ランベルト様は、
「このまま泳がせて、ザネッラ商会の人間を殺人容疑で現行犯逮捕する機会を作ろう」
 と、真顔で提案したらしい。陛下が苦笑しながら教えてくれた。

 近衛騎士団は王家を守るための組織だけれど、同時に王家や貴族、そして国家に関する犯罪を調査する機関でもある。そんな彼らがここ一年ほど秘密裏に調査していたのが、ザネッラ商会だという。

 隣国から、政府が認めていない薬品や魔道具を密輸している疑い――というかまだ証拠が掴めていないだけでほぼ事実――があるそうだ。いつだったかランベルト様の鍛錬が急に中止になったのも、これが関係しているとか。

 セストが殺されることはザネッラ商会を潰す足がかりにするのに、ちょうどよいらしい。

「まあ、あの軽佻浮薄な男がどうなろうと知ったことではないがな」と、陛下までそんなことを言った。「だがそれではミレーナの良心が痛むだろうし、一応生き証人だからな。ランベルトの案は却下しておいたぞ」

 その代わりセストは、私への暴行と脅迫罪で逮捕され投獄された。
 といってもこれは、表向き。彼を保護し毒抜きをしつつ、そのことをザネッラ側に悟られないための方便だ。

 彼の偽物(本当の囚人に減刑と引き換えにセスト役をやらせているみたい)が牢に入り、彼自身は見習い従者のふりをしてストラーニ邸に潜んでいる。ランベルト様はすごく反対したらしい。だけど、どこよりもここが一番安全な場所だと陛下に説得されたようだ。

 もちろんセストの扱いは名実ともに見習い従者だ。だけど命の危険から脱したと安堵したらしい彼は、すっかり図々しい態度をとっている。

 今も私が図書室のテーブルに着いて博物誌を見ているところに、
「あ、ミレーナだ」と、いかにも偶然見つけたふうな様子でやってきた。

「セストさん。『ミレーナ様』です」とエマが眉を釣り上げる。「それにミレーナ様に近づいてはならないと再三注意を受けているはずですが」
「だって、俺は伯爵だぞ? 従者のふりなんてしたくない。ちょっとくらい、さぼらせてくれよ」と不満げなセスト。

「ならば殺されてしまいなさい。節操無しの裏切者」ピシャリと断じるエマ。
「ミレーナ! お前のメイドはひどいぞ!」とわめくセスト。
「彼女は事実しか言っていないわ」
 セストがうっとうなる。だけど引き返すでもなく、
「確かに悪かったよ。僕がバカだった。でも目は覚めたんだ。成長したといえるだろ?」と微笑む。

「一生成長しなさそう」と、エマがつぶやいた。
「僕だって傷ついているんだ。ナタリアとは真実の愛で結ばれていると信じていたのに、爵位と領地がほしかっただけなんて。それに……」

 セストは顔を曇らせたけど、すぐに元の表情に戻って、
「ヤツらが捕まったら、次こそは本物の真実の愛の相手を探すのさ」と嘘くさい笑みを浮かべた。

 もし彼の主張するとおりなら、前デマルコ伯爵はザネッラに殺されたことになる。父子仲は悪くなかったから、いかに軽薄な彼でもザネッラを一族に引き入れてしまったことに、後悔があるのだろう。

 セストなんて私にとってはもう、どうでもいい人でしかないけれど、その点だけは気の毒に感じる。

「で、ミレーナはなにを読んでいるんだ?」
 話を変えたセストは私がテーブルの上に広げていた博物誌に目を移す。
「鳥の絵? こんなものを見て楽しいのか? まあ、きれいではあるか」
「邪魔をしないで。あっちへ行ってちょうだい」
「ていうか」と、セストは書物に添えた私の手を取る。「この指輪、すごいな。ブルーダイヤが象嵌されているのか」

 指輪は午前試合の少しあとにランベルト様から贈られたものだ。以前いただいたものは宝石が大きすぎるから普段は使わないのだけど、ランベルト様はそれがずっと不満だったらしい。
『やっぱり私を・・身につけてほしい』と真顔で言って、くれたのだ。

 指輪は金を土台にして、美の女神のシンボルである薔薇の装飾がある。そしてこの花弁がブルーダイヤモンドなのだ。ウルスラ叔母さま曰く『国内最高水準の技術でつくられたもの』らしい。

「セスト。手を離して」
「あの近衛騎士団長は、どうしてそこまでミレーナに惚れているんだ?」

 それは私が知りたい。まったく心当たりがないのだもの。

 と、図書室の入り口に人影が見えたと思った瞬間、セストが悲鳴をあげて倒れた。頭を抱えて床をのたうちまわる。
 見覚えのある光景だわ。

 人影に目をむければ、ランベルト様だった。美しい顔を怒りに歪めている。
「ミレーナ!」
「ランベルト様、ごめんなさい。迂闊でした」

 大股に歩み寄ってきた彼は、私の手を取り口づけた。強く唇が押し当てられ、気のせいか顔は苦渋に満ちたものに見える。

「君は悪くない。非常識なその男が悪い。だが――」ランベルト様は射貫くような鋭い目で私を見る。「ほかの男に君を触らせないでくれ。嫉妬でおかしくなりそうだ」
 胸が締め付けられるかのように痛む。
「ごめんなさい。気をつけます」

 私もランベルト様以外のひとに触られたいなんて思わない。
 ただ。
 私の手を握りしめるランベルト様の手を見る。いつもどおりに白い手袋に包まれている。

 私は彼の手に直接触れたことがない。そうすることが、陛下との契約でもある。
 ただ、触れてはならない理由は、いまだに教えてもらってはいない。
 きっと重大な訳があるのだろう。

 だけど、どうしても望んでしまう。手袋をしていないランベルト様の手に触れてみたい、と。
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