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10・2 突然の出来事
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シャルロット様の可愛らしい笑い声が『憩いの庭に』に響き渡る。それを見て嬉しそうに微笑むノエル。
ふたりは考えていた以上に、相性がよかった。会うのはまだ二回目だけど、まるで古くからの友人のように、気があっているみたいだ。円卓に向かい合ってすわり、シャルロット様はスケッチもせずに、ただただお喋りに興じている。
「これはもしや婚約に進むのでは」と、やや離れたところから姪たちを見守るランベルト様が、声をひそめて疑問を呈する。
「お似合いです」と侍女のドゥアリー伯爵夫人。「ただ、現実的な恋の相手となると、陛下はお許しにならないのではないでしょうか」
「確かにな」
まわりの侍女たちまで、うんうんと頷いている。
婚約だとか恋だとか、ずいぶんと気の早い話だ。楽しそうなお友達同士でいいと思うのだけど。
もっとも私も一応遠慮して、ランベルト様と侍女たちと散策を楽しんでいるふりをしている。
「ミレーナ様は不思議そうなお顔をしていますね」とドゥアリー伯爵夫人が微笑む。「王族は早いうちから婚約者を決めるものなのですよ」
「そうなのですか」と訊くと、なぜか返答はランベルト様からあった。
「一般的には、そうだろう。できるだけ良い相手と婚姻を結びたい。のんびりと構えていたら、良い相手は他のものにとられてしまう。私の場合、急がなくて正解だったがな」
ランベルト様が私の頬に軽くキスをする。
「人は変わるものですねえ」と感慨深そうなドゥアリー伯爵夫人。
「まあ、そういう意味では、ミレーナ様を『魔女』と言いたくなる人たちの気持ちが、わからないでもありません」と侍女さんが笑う。
すぐさまランベルト様がきつい目で睨む。表情が凍り付く侍女さん。
「近衛騎士団長閣下、むやみに怒らないでください」とドゥアリー伯爵夫人が毅然と怒る。「確かに失言ではありますが、それほどあなたの変化に社交界中が驚いているということなのです」
侍女さんに、「私は気にしていませんよ」と微笑む。
彼女の意見が一般的なものであることぐらい、知っているから。それに当初の『ミレーナは魔女』という噂よりは、だいぶマシな内容だ。私を『近衛騎士団長を操っている悪い魔女』にしたかった人たちは、今はもう口をつぐんでいる。
筆頭魔術師様が、『私にはほぼ魔力がなく、歌による不思議な現象は魔女の祝福によるもの』という正式な鑑定書類を作ってくださったからだ。さすがにこれに異を唱えるひとはいないらしい。
今噂されている『魔女』は、そいうことにでもしなければランベルト様の変化の理由がつかない、という意味でのことなのだ。
ランベルト様は相変わらず私以外の女性には氷点下並みの対応だし、目力は常に強くて怖いけれど、私にだけは甘々だから。
侍女さんだって、嫌味での発言ではない。それだけランベルト様が人目もはばからずに私を構いまくっているだけのことなのだ。そうしている本人が一番、わかっていないみたいだけど。
◇◇
「今日も店の前に馬車を止められそうにありません。いかがいたしますか」と護衛が窓越しに尋ねてきた。
「たくさん歩くの? 危険?」
と、ノエルが顔を曇らせる。
王宮からの帰り道、以前セストに遭遇した雑貨店にやってきた。あのとき買いそびれてしまったシャルロット様に贈る髪飾りを、改めて買いにきたのだ。
突然の事態にバタバタとしているうちにお店が改装期間に入ってしまい、購入することができなかった。だけど昨日リニューアルオープンした。そしてノエルは今日、シャルロット様から髪飾りの話を聞いて、『僕が贈る』と彼女と約束をしたのだった。
「大丈夫よ。人通りの多い地域だし、護衛もいるもの」
ランベルト様からは、あまり街中に出ないよう言われている。ザネッラの残党を危惧してのことだ。近衛騎士団長たるランベルト様も逆恨みされている可能性はあり、そうなると婚約者である私にも危険が及ぶことが考えられるからだ。
だけどここなら、それほど危険な場所ではないから行っても構わないとの許可をもらっている。ただあくまで、お店の前に馬車を止めることが前提だけど。
でもリニューアルオープンしたてだから、あちこちの令嬢がこぞって来店しているのだろう。店の前はずらりと馬車が並び、止めるところがないらしい。
店から一角ほど離れたところで馬車を降り、ノエルとエマと、ふたりの護衛とでお店に向かう。
ノエルにとっては、初めての街歩きでもある。領地とは違う大都会ぶりに興奮しているのか、珍しく年相応の高揚した表情になっている。やっぱり普段は努めて落ち着いた振る舞いをしているのかもしれない。
「あ、あそこ?」とノエルは女の子のふたり組みが出てきたお店を指さす。
「そうよ」なんて返事をしている間にも何組かの出入りがある。
「すごい人気だ。姫様がほしい髪飾り、売り切れていないかな」
不安そうに言って、ノエルが足を早めた。
「リニューアルオープンだから、きっとたくさん揃えているはずですよ」と護衛が言ったけれど、ノエルは小走りに進む。
そして先に店に着くと振り返って、
「姉上、早く!」と手招いた。
「早すぎるわよ、ノエル! 先に入っていていいわよ」
笑いながら答える。だけど優しいノエルは気がとがめたのか、中に入らない。
「せっかく急いだのにね」と声をかけながら、ようやく追いつく。「さ、入りましょう」
そう言って店のドアの前に立ったとき、突如として足元が強い光を放った。
「え……?」
目をやると、私を中心に魔法陣が展開されている。
「姉上!」
「ミレーナ様!」
ノエルたちの声に目をあげると、彼らの姿が光の向こうで消えかけている。私に向けて伸ばされた手を掴もうと、私も手を伸ばそうとした。けれど手も足も動かせなかった。
「ノエル! エマ!」
必死に声をあげる。
だけれどそれが限界。どうやっても動けない。
見る見る間に光が強まり、完全になにも見えなくなった。
そして次の瞬間には、私は地下倉庫のような場所に立っていた。
ふたりは考えていた以上に、相性がよかった。会うのはまだ二回目だけど、まるで古くからの友人のように、気があっているみたいだ。円卓に向かい合ってすわり、シャルロット様はスケッチもせずに、ただただお喋りに興じている。
「これはもしや婚約に進むのでは」と、やや離れたところから姪たちを見守るランベルト様が、声をひそめて疑問を呈する。
「お似合いです」と侍女のドゥアリー伯爵夫人。「ただ、現実的な恋の相手となると、陛下はお許しにならないのではないでしょうか」
「確かにな」
まわりの侍女たちまで、うんうんと頷いている。
婚約だとか恋だとか、ずいぶんと気の早い話だ。楽しそうなお友達同士でいいと思うのだけど。
もっとも私も一応遠慮して、ランベルト様と侍女たちと散策を楽しんでいるふりをしている。
「ミレーナ様は不思議そうなお顔をしていますね」とドゥアリー伯爵夫人が微笑む。「王族は早いうちから婚約者を決めるものなのですよ」
「そうなのですか」と訊くと、なぜか返答はランベルト様からあった。
「一般的には、そうだろう。できるだけ良い相手と婚姻を結びたい。のんびりと構えていたら、良い相手は他のものにとられてしまう。私の場合、急がなくて正解だったがな」
ランベルト様が私の頬に軽くキスをする。
「人は変わるものですねえ」と感慨深そうなドゥアリー伯爵夫人。
「まあ、そういう意味では、ミレーナ様を『魔女』と言いたくなる人たちの気持ちが、わからないでもありません」と侍女さんが笑う。
すぐさまランベルト様がきつい目で睨む。表情が凍り付く侍女さん。
「近衛騎士団長閣下、むやみに怒らないでください」とドゥアリー伯爵夫人が毅然と怒る。「確かに失言ではありますが、それほどあなたの変化に社交界中が驚いているということなのです」
侍女さんに、「私は気にしていませんよ」と微笑む。
彼女の意見が一般的なものであることぐらい、知っているから。それに当初の『ミレーナは魔女』という噂よりは、だいぶマシな内容だ。私を『近衛騎士団長を操っている悪い魔女』にしたかった人たちは、今はもう口をつぐんでいる。
筆頭魔術師様が、『私にはほぼ魔力がなく、歌による不思議な現象は魔女の祝福によるもの』という正式な鑑定書類を作ってくださったからだ。さすがにこれに異を唱えるひとはいないらしい。
今噂されている『魔女』は、そいうことにでもしなければランベルト様の変化の理由がつかない、という意味でのことなのだ。
ランベルト様は相変わらず私以外の女性には氷点下並みの対応だし、目力は常に強くて怖いけれど、私にだけは甘々だから。
侍女さんだって、嫌味での発言ではない。それだけランベルト様が人目もはばからずに私を構いまくっているだけのことなのだ。そうしている本人が一番、わかっていないみたいだけど。
◇◇
「今日も店の前に馬車を止められそうにありません。いかがいたしますか」と護衛が窓越しに尋ねてきた。
「たくさん歩くの? 危険?」
と、ノエルが顔を曇らせる。
王宮からの帰り道、以前セストに遭遇した雑貨店にやってきた。あのとき買いそびれてしまったシャルロット様に贈る髪飾りを、改めて買いにきたのだ。
突然の事態にバタバタとしているうちにお店が改装期間に入ってしまい、購入することができなかった。だけど昨日リニューアルオープンした。そしてノエルは今日、シャルロット様から髪飾りの話を聞いて、『僕が贈る』と彼女と約束をしたのだった。
「大丈夫よ。人通りの多い地域だし、護衛もいるもの」
ランベルト様からは、あまり街中に出ないよう言われている。ザネッラの残党を危惧してのことだ。近衛騎士団長たるランベルト様も逆恨みされている可能性はあり、そうなると婚約者である私にも危険が及ぶことが考えられるからだ。
だけどここなら、それほど危険な場所ではないから行っても構わないとの許可をもらっている。ただあくまで、お店の前に馬車を止めることが前提だけど。
でもリニューアルオープンしたてだから、あちこちの令嬢がこぞって来店しているのだろう。店の前はずらりと馬車が並び、止めるところがないらしい。
店から一角ほど離れたところで馬車を降り、ノエルとエマと、ふたりの護衛とでお店に向かう。
ノエルにとっては、初めての街歩きでもある。領地とは違う大都会ぶりに興奮しているのか、珍しく年相応の高揚した表情になっている。やっぱり普段は努めて落ち着いた振る舞いをしているのかもしれない。
「あ、あそこ?」とノエルは女の子のふたり組みが出てきたお店を指さす。
「そうよ」なんて返事をしている間にも何組かの出入りがある。
「すごい人気だ。姫様がほしい髪飾り、売り切れていないかな」
不安そうに言って、ノエルが足を早めた。
「リニューアルオープンだから、きっとたくさん揃えているはずですよ」と護衛が言ったけれど、ノエルは小走りに進む。
そして先に店に着くと振り返って、
「姉上、早く!」と手招いた。
「早すぎるわよ、ノエル! 先に入っていていいわよ」
笑いながら答える。だけど優しいノエルは気がとがめたのか、中に入らない。
「せっかく急いだのにね」と声をかけながら、ようやく追いつく。「さ、入りましょう」
そう言って店のドアの前に立ったとき、突如として足元が強い光を放った。
「え……?」
目をやると、私を中心に魔法陣が展開されている。
「姉上!」
「ミレーナ様!」
ノエルたちの声に目をあげると、彼らの姿が光の向こうで消えかけている。私に向けて伸ばされた手を掴もうと、私も手を伸ばそうとした。けれど手も足も動かせなかった。
「ノエル! エマ!」
必死に声をあげる。
だけれどそれが限界。どうやっても動けない。
見る見る間に光が強まり、完全になにも見えなくなった。
そして次の瞬間には、私は地下倉庫のような場所に立っていた。
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