サモン!わがま魔王様!!

わこね

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第1章  魔王、人間界にお呼ばれされる

第一節

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 ———魔界。
様々な種族が手を取り合うなんていう生温い世界では無い。
なんせこの世は弱肉強食。弱い者は強い者に虐げられる、それがこの世界の理だ。
 その魔界で一番の権力者、支配者とされる存在がいた。
 魔王と呼ばれる者。
あらゆる魔族を従え、妖精達をも服従させる力をも用いる圧倒的な存在であり、魔法も非の打ち所のないほどに完璧に操る実力者であった。
 しかしそんな魔王を討伐しようと企む輩がこの世界には存在していた。
けれど圧倒的な力を前に敵う者がこの世界にはいるはずもなく、魔王討伐を掲げた者達の姿は二度と見る事は無かった。
 魔界では魔法を使用するたびに消費する自然の力を"マナ"と呼び、マナは自然が生み出す力とされ、有限であった。
マナが無ければ魔法や妖精も消えてしまう恐れがある為、マナを少しでも増やすべく魔王は各種属のテリトリーを決め、それ以上の領地拡張を禁止することにした。
 しかしそれを快く了承する種族は少数であり、大半の種族は自分達よりも弱い種族の領地を侵略、山や森などの自然を破壊して領地広げる者もいた。
 だがそれは予想の範囲内であった。
すぐさま違反する種族には魔王の部下達が直接出向き、違反者対し重い鉄槌が下るようになっている。
 その圧力があったからか、それからは違反者は減り始め、それに伴い侵略でなければ他の領地を自由に行き来できるように配慮をした。
 少しずつではあるがマナも以前より増えてきている中、ある種族の行為によって魔王の逆鱗に触れることになる。
 マナは誰かのものではなく、生きる者全てのものであるとされていた。
しかし、人間種はその考え方は古いとし、マナを自分達の為に利用しようとある装置を開発した。
 その装置とは"マナを蓄積し増殖する"ものだった。
一見すれば近代的で効率の良い方法ではあるが、あれには一つ欠点があった。
 それはあの装置でマナを摂取した場所は水も木も草でさえ生きられない死の大地へと変える害機だということだった。
 そしてそれを他の種族には真実を伏せたまま人間種達はあの装置を各地領地にまで広げようとしていたのだ。
 その悪行を見逃すほど魔王は心が広い人物ではなかった。
これ以上の装置を量産しないよう警告という名の装置破壊を行った魔王に対し、それを悪意のある攻撃と見做した人間種達は魔王討伐を宣言した。それに便乗するように他の種族も加勢する事態までに発展していく中、魔王は城に臣下を集め近況報告を行なっていた。
 「愚かな者たち…。力量も把握できない輩が魔王様に勝てるはずもないのに…」
 そう嘲笑う女は自身の長い髪を梳かしながら小さく呟いた。レースの様になびく髪はキラキラと光を反射しているかのように光っている。
 「毎度の事だけど、もっと腕にある相手と闘ってみたいとは思うけどな!」
 指の関節を鳴らし闘士を燃やす男は戦いたくてうずうずしているせいか落ち着きが無い。
 「この世界で一番強いお方は一人しか居《お》られない……」
 そう話す男は目蓋を開けずに謁見の間の中央に敷かれた絨毯の端の方へ正座をする。腰に差した刀を自分の横に置くと、そのまま瞑想し始める。
 「ショウマって何考えてるか分からないんだよな。ほら、無表情だし?それにあいついつも集会の時にあんな端に行って……」
 「ガルジ。アンタもショウマを見習ってああやって大人しくしている方が強く見えるわよ」
 「本当か!?そんじゃあ俺もショウマの隣で目を瞑ろ!」とはしゃぎながらショウマの近くで胡座《あぐら》をかき、目を瞑った。これで少しは静かになるかと思いきやすぐに目を開け「飽きた!」と大きな声をあげる。
 すると同時に大きな扉が開くとそこには高貴で気高い魔王の姿があった。謁見の間に呼ばれた者達は一斉に魔王に向かい跪く。大きな玉座に魔王が腰を下ろすと、皆魔王を見上げた。
 「お前達を呼んだ理由は話さなくとも理解しているであろう」と凛とした声でそう話す魔王の姿に皆いつの間にか心惹かれてしまっていた。
 「おぉ、我が主よ。嘆かわしい事にこの世界の半数の領地があの人間種の手に落ちました」そう口にしたのは綺麗な白髪と長い髭を三つ編みにまとめた老人だった。皆が平伏している中、あの老人だけは仁王立ちをし、魔王を見つめていた。
 「人間種のことなどどうでもいい。一刻も早くあの装置の殲滅に取り掛かれねば…!っつ!」急に頭を抱える魔王に皆狼狽えた。
 「「魔王様!」」
 「狼狽えるな!こんな頭痛なんでもないわ!」
 数日前から魔王は突然起こる頭痛に悩まされていた。魔力を使おうとすると激痛が走り、まともに魔力を使うのもままならない状態になってしまっていた。
 「疲労のせいだとは伺ってはいますが、一度しっかりと休息を取られては?」心配そうに長髪の女がそう提案する。
 「私に意見をするな、ベルドメア」
 「も、申し訳ありません…ですが…!」
 「ベルドメアは主を思ってそう発言したのです。察してあげて下さい」とすかさずフォローする老人を見て深いため息を吐いた。
 「……すまなかった。苛つきをお前にぶつけるのは筋違いだったな」
 「いいえ!滅相もありません!魔王様が謝る必要など一つも…!」
 「確かに万全な状態ではなかった。では我が不在の間…ベルドメア、お前には周囲の偵察を任せる」
 「…!はい!」
 「俺は⁉︎俺は何をすればいい大将!」と尻尾を振る犬の様に目を輝かせながら待っているガルジに頭を抱えながら答えた。
 「はぁ……、あとはノートルに聞け」と投げた。
 「魔王様、報告があります!」と小さな妖精が窓から元気よく現れた。
 「エルルか」
 そう呼ばれた妖精は綺麗な羽を羽ばたかせながら魔王の耳元へと近寄ると何かを話し始める。
 「それは、本当か?」
 「他の妖精達からも同じ様な話が出ている以上、本当だと思われます…」
 「どうかしましたか」
 「………人間種どもが天使と手を組んだらしい」
 「「!!」」
 魔界にも天使悪魔が存在してはいるが、地上には干渉したがらない者が多い。
 理由として、地上には対等それ以上の力を持つ者が多い事、そして何より信仰心を持つ者が少ない事。
 神という存在は信仰心、神がいるという信じる心が強ければ強いほど力を付ける事ができるが、その信仰心が薄れたり無くなってしまうと存在すら危うくなるほど弱くなる。天使悪魔は元は神に近い存在であるためその信仰心を多少なり影響を受ける。
 そのためリスクを冒してまで地上には関わりを持たないとされていた天使達が人間種と手を組んだとなると、裏があると考えて間違い無いだろう。
 「どうなさいますか、魔王様」
 目を伏せたままこちらを向く男が問い掛ける。
 「シュウマ。元人間種のお前からしてこの行動をどう考える」
 シュウマという男は元人間種であった。生まれつき目が悪く、体も小さい事から周りの同族に虐めを受けていた。
 人間種には生贄という風習があるらしく、シュウマはその生贄に選ばれた。気性が荒い事で知られている竜のアランドラを鎮めるためにという無意味な名目で。
 それに腹を立てたアランドラはシュウマに己の血を飲ませ、視力以外の能力を魔族と互角、それ以上に作り上げた。視力の代わりに他の器官が特化したお陰で何不自由なく生活は出来ている様なった。
 それでもシュウマは人間種の生まれだ。何か思うところがあるのかも知れない。
 「人間種は無能であります。その為天使の力を借り、他の領地を占領していると思われます。予測ですがあの機械は、天使の入れ知恵で人間はそれを元にして組み立てた可能性が高いと思われます」
 憶測で話したシュウマだったが、的を得ている。破壊してもすぐに新たな機械を製造出来る事に疑問を抱いていたが、天使と協力しているとなれば納得いく。
 「天使がわざわざ人間種と手を組む理由は一つ、か」
 「魔族を滅ぼす為、ですか?」
 「天界に追い払った我らが憎いのは確かだな」
 魔族と天使、悪魔は見た目は同じように見えて実は違う属とされている。神から生まれた者を神族、いわゆる天使、悪魔と呼び、魔力を持った者を魔族と呼んだ。
 神より優れた者などいない、そうされてきた世界で魔族はあらゆる生命の力、マナを用いて神族を圧倒し始めると、マナの少ない天界へと追いやったのが事の始まりだった。
 どちらにせよ、人間種と天使の双方をどうにかしなければならない状況は理解した。
 「・・・っ!」
 その前に、この頻繁に起こる原因不明の頭痛を何とかしなければならない。
 「すまない。しばらく席を空ける。作戦はノートル、お前に任せる」
 「分かりました。お戻りはいつに?」
 「・・・翌朝だ」
謁見の間に飾っている大きな鏡から魔王の部屋に飾っている大きな鏡へと移動した魔王は深いため息をついた。
頻繁に起こる頭痛のせいで睡眠もろくに取れず、魔界の魔力は少しずつではあるが減少していく中、最悪の相手が裏で動いているとなれば、無理にでも早く決着を着けなければならない状況。
「あの性悪天使の事だ。人間に甘い言葉で唆したに違いない。忌々しい...!」
人間は魔法が使えない代わりに何かを創造する力が優れていた。その力は時に魔法以上に強力になりうる事もあった為、魔族は余計な知識や有利な情報を人間に与えない様、限られた土地へと追いやり、発展を妨げてきた。
それに目をつけた天使が人間を使い魔界を変えようと企てている。
「天使を始末するよりも、人間を滅ぼした方が早い、か」
人間が住んでいる方向に人差し指を向け、呪文を唱えようとした瞬間、全身に強烈な痛みがはしる。
「ぐあああ!!」
その場に倒れ込んだ私は痛みのせいか意識を失ってしまった。

「これでアイツらを見返せる」

次に目が覚めると見に覚えの無い場所へと移動していた。
質素な部屋、古びた家具、何とも言えない臭い。まるで牢屋みたいな場所。
(もしや、天使に捕まってしまったのか?)
捕虜としては申し分ない身分ではあるが、この魔王に拘束具一つも付けていないのは些か侮り過ぎではないか?
「本当に出た...」と驚く声に目線を向けると、黒い服を着た男が立っていた。
魔力を一切感じないこの男は間違いなく人間!
「人間...!よくも...」と立ち上がると、人間との目線がどうもおかしい。
(何故、私が見下ろされているのだ。まるで、体が小さく...)
自分が着ていた服は明らかに大きすぎてほとんど脱げている状態。
「!!!」
慌てて自分の姿を触ったり凝視してみても大人では無く子供の大きさになっていたのである。
「い、一体...何が!」
「お前、本当に魔王なのか?」
混乱しているのは私だけではなかった。困った様な顔をしている男。
(そもそもこの男は誰だ、何故この様な場所に私とお前だけがいる?)
「貴様、何をした」
「えっ...いや、魔王が呼べるって言うアプリを半信半疑で使って、書いてある通りに呼んだら、お前が現れたって感じなんだが...え、マジでお前魔王なのか?」
この男が話している大半は理解出来なかったが、要はこの男が私を此処に呼んだと言う事だ。
「身の程知らずの下賤の輩が...!貴様の命だけでは供物としては足りぬぞ!」と怒号するが、人間は恐れるどころか私を抱き上げると身に纏っていた服が全て下に落ちてしまい私は丸裸になっていた。
「な!何をする!」
「いや、本当に実在しているか確かめたかったんだが...本当に触れてる...立体映像じゃなかった」
「離せ、下劣な人間め」
人間の額に手を当て頭を吹き飛ばそうとするが、上手く魔法が出てこない。
「何だ?抱っこは嫌いだったのか?」とゆっくりと私を床に立たせる。
(魔法が使えない?いや、この感じ...私がいた場所よりもマナが豊富に溢れている)
「とりあえず裸だと風邪ひくだろ?大きいとは思うが俺のTシャツでもき...」
手のひらの上で炎の魔法を使ってみると、魔界よりも威力の大きい炎が現れた。
「なるほど、マナの量も質もあそこよりも高いのか。そして...」
人間の方に向かって炎を飛ばそうとすると何かに阻まれた後そのまま炎は消えてしまう。
「貴様には私の魔法は効かないと言う事か」
(私を召喚しただけで、無条件に勝手に契約を交わされたのか。随分と癇に障る事をしてくれる)
「お、お前...!い、今のは?!」
「魔法だ。人間には使えないが、見たことはあるだろう」
「? アニメや漫画の話か?」
「アニ...とぼけているのか?貴様ら人間は魔法が使えない代わりにマナを利用した装置を作ったせいでその地に生きる生物と自然を破壊したのだ」
「? マナを利用?ちょっと待て、どこの世界の話をしている?」
「私の世界、魔界の話だ。貴様が私を強制的にここに呼んだのは和解の話をする為だろう。あちこちからナマを奪って蓄えている人間の土地だからこそ異様に感じていたが、本来このマナは魔界に生きる全ての者ため。あの忌々しい機械を破壊しない限り和解は無いぞ」
「えーと...色々話してもらって恐縮だけど、ここ魔界じゃないぞ?」
「...何?」
締め切っていたカーテンを開けると魔界とは違う青い空が窓の外に広がっていた。
「ここは地球で、お前が言う魔界はこの世界には存在していないんだ」
「...なんだと?」
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