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プロローグ
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初めて会ったのは、七歳だった。
「へへっやったっ、にげられたっ!」
俺はへへんと笑って、地面に座り込んだ。
護衛という名のお目付役がいれば、はしたないと怒られるんだろうけど、今は俺一人だ。誰からも文句は言われない。
……と思ったのだが。
「ひとりなの?」
「は?」
唐突に声をかけられて、俺は間抜けな声を出した。声の方向を向けば、そこにいたのは、俺と同年代だろう貴族の女の子。
周囲を見ても、その子の周りには誰もいない。
「ひとり?」
もう一度聞かれて、俺は何となくムッときた。
「そうだよ。そういうお前だって一人じゃないか。大人はいないのかよ」
「ええ。なんかつまんない話をしてるから、抜け出してきちゃった」
そう言って、いたずらっぽく笑うその子に、俺は毒気を抜かれた。そして、言う必要のないことが口から衝いて出た。
「俺も、勉強勉強って言われて……必要なのは分かるけど、嫌になって抜け出してきた」
「そうなの? ……ねぇ、となりに座っていい?」
「は? ……い、いや、駄目だろ。地べたに座ったら、ドレスが汚れる」
その子の言葉に驚いて、慌てて否定する返事をしながら、俺は大慌てで服のポケットを探る。ハンカチでもあればと思ったが、そんなものを持っているはずもない。
「そんなの別にいいわ。ねぇ、こっちにかわいい花がいっぱいあるの」
言うやいなや、その子は地面に膝をついて、生えている小さい花をのぞき込んだ。
そこにあるのは、ただの野花だ。整備された庭も綺麗でいいけれど、こういう自然のものもあった方がいいという庭師のこだわりで、残されているのだと聞いたことがある。
「気に入ったなら、やるぞ?」
言いながら、俺は手を伸ばした。それらを適当に摘んでその子に渡すと、大きく目を見開いた。
「もらっていいの?」
「ああ」
「ありがとう! とってもかわいい!」
その子は笑った。満面の笑みで。
「あのね、わたしもね、勉強やだなって思うの。でもがんばるね。この花もらって、とってもうれしいから!」
勉強が嫌なことと、花をもらって嬉しいこととは全く別物だ。……と頭の隅で思ったけれど、それ以上にその子の笑顔から目を離すことができなかった。
「――マルティ!? マルティエナ!? どこにいるの!?」
遠くから聞こえた大人の声に、俺はハッと我に返る。その声に反応したのは、その子だった。
「はーい!」
大きな声で返事をして、そして俺を見た。
「ありがとう。じゃあね」
それだけ言って、その子は去っていった。俺はその後ろ姿を見送るだけしかできない。
「おかあさま、こっちです!」
「もう、どこに行ってたの? ――あら、その花は?」
「もらったの!」
そんな会話が聞こえて遠ざかっていく。
「あ、見つけましたよ! 王子! レインデルト殿下!」
「……お前か」
「お前ではありません! メンノです! いつも側にいる部下の名前くらい覚えて下さいと、何度も申し上げているではないですか!」
もちろん覚えている。ただ呼ぶ気がないだけだ……と言ったら、怒られるのは目に見えているので、言わないが。
「なあ、あの家、どこの家だ?」
俺が視線を向けた先は、もうかなり遠くなってしまった、先ほどの女の子と母親らしい姿。けれど、こいつは「ああ」と頷いた。
「クラーセン侯爵家でしょう。最近まで伯爵でしたが、堅実な領地運営を認められて、周辺の落ちぶれた貴族の領地が合併されて、侯爵にあがった家です」
「……クラーセン、侯爵、家」
最近であろうと何であろうと、侯爵家なら十分だ。
その一ヶ月後、俺がその子と再会した時、その子は俺の婚約者候補になっていた。
*****
一ヶ月ぶりにその子……マルティエナと再会したとき、その子は俺の顔を見て、すごく驚いた顔をしていた。そして、納得の顔をした。
「そうですよね……。お城にいるんだから、王子様ですよね……」
「そこなのか」
なぜ婚約者になったとか、そういうことの疑問を口にしないマルティエナに、俺はツッコんだが、彼女は首を傾げた。
「クラーセンの家が、今勢いがあるからじゃないんですか?」
「……それもある。けど、それだけじゃなくて」
俺の婚約者候補の一人として、マルティエナも名前が挙がっていたそうだから、俺が希望を出した時、父上は否とは言わずに、そのまま婚約者候補としてくれた。
"候補"が取れるかどうかは、これからの俺と彼女次第だ。
メンノに言われたことを思いだして、俺は勇気を振り絞る。ここで言わなければ、きっとずっと言えない。
「その、あの時会って話をして……笑顔が、かわいいなって思って。それでまた君と会いたかった」
「……え?」
彼女の顔が、ボンと赤くなった。いや、人のことは言えない。俺の顔も、絶対に赤い。
『殿下、いいですか? 女の子を手に入れたいなら、ちゃんと言葉にしなきゃ駄目です。言わなくても分かってくれる、なんて絶対にあり得ません。意地を張らずに素直に言葉にすること。それが第一歩であり、この先ずっと大切な事です』
いつになく大真面目なメンノの言葉に、俺は圧倒されつつ、頷いた。
だが、恥ずかしい。これは恥ずかしすぎる。
恥ずかしすぎるのだが、言わなければ政略結婚だと思われたままだったわけだから、メンノのアドバイスは的確だったわけだ。
俺たちの"候補"が取れるまで、そう時間はかからなかった。
*****
マルティエナは頑張り屋だった。
それに負けまいと、俺も頑張った。
けれど、どちらかお互いの顔に疲れが見て取れると、俺たちは遠慮することなく勉強から抜け出した。二人だけで遊んで息抜きして、そしてまた頑張る。
俺たちは、いい関係を築けていた。心地いい二人でいる時間。いつしか、はっきり「好き」だと思えるようになった関係。
そして、結婚して幸せの絶頂に至る。――はずだったのだが。
「レイン様、このお菓子美味しいですね」
「そうだね、パウラ」
今、俺の隣にいるのはマルティエナではなかった。
「へへっやったっ、にげられたっ!」
俺はへへんと笑って、地面に座り込んだ。
護衛という名のお目付役がいれば、はしたないと怒られるんだろうけど、今は俺一人だ。誰からも文句は言われない。
……と思ったのだが。
「ひとりなの?」
「は?」
唐突に声をかけられて、俺は間抜けな声を出した。声の方向を向けば、そこにいたのは、俺と同年代だろう貴族の女の子。
周囲を見ても、その子の周りには誰もいない。
「ひとり?」
もう一度聞かれて、俺は何となくムッときた。
「そうだよ。そういうお前だって一人じゃないか。大人はいないのかよ」
「ええ。なんかつまんない話をしてるから、抜け出してきちゃった」
そう言って、いたずらっぽく笑うその子に、俺は毒気を抜かれた。そして、言う必要のないことが口から衝いて出た。
「俺も、勉強勉強って言われて……必要なのは分かるけど、嫌になって抜け出してきた」
「そうなの? ……ねぇ、となりに座っていい?」
「は? ……い、いや、駄目だろ。地べたに座ったら、ドレスが汚れる」
その子の言葉に驚いて、慌てて否定する返事をしながら、俺は大慌てで服のポケットを探る。ハンカチでもあればと思ったが、そんなものを持っているはずもない。
「そんなの別にいいわ。ねぇ、こっちにかわいい花がいっぱいあるの」
言うやいなや、その子は地面に膝をついて、生えている小さい花をのぞき込んだ。
そこにあるのは、ただの野花だ。整備された庭も綺麗でいいけれど、こういう自然のものもあった方がいいという庭師のこだわりで、残されているのだと聞いたことがある。
「気に入ったなら、やるぞ?」
言いながら、俺は手を伸ばした。それらを適当に摘んでその子に渡すと、大きく目を見開いた。
「もらっていいの?」
「ああ」
「ありがとう! とってもかわいい!」
その子は笑った。満面の笑みで。
「あのね、わたしもね、勉強やだなって思うの。でもがんばるね。この花もらって、とってもうれしいから!」
勉強が嫌なことと、花をもらって嬉しいこととは全く別物だ。……と頭の隅で思ったけれど、それ以上にその子の笑顔から目を離すことができなかった。
「――マルティ!? マルティエナ!? どこにいるの!?」
遠くから聞こえた大人の声に、俺はハッと我に返る。その声に反応したのは、その子だった。
「はーい!」
大きな声で返事をして、そして俺を見た。
「ありがとう。じゃあね」
それだけ言って、その子は去っていった。俺はその後ろ姿を見送るだけしかできない。
「おかあさま、こっちです!」
「もう、どこに行ってたの? ――あら、その花は?」
「もらったの!」
そんな会話が聞こえて遠ざかっていく。
「あ、見つけましたよ! 王子! レインデルト殿下!」
「……お前か」
「お前ではありません! メンノです! いつも側にいる部下の名前くらい覚えて下さいと、何度も申し上げているではないですか!」
もちろん覚えている。ただ呼ぶ気がないだけだ……と言ったら、怒られるのは目に見えているので、言わないが。
「なあ、あの家、どこの家だ?」
俺が視線を向けた先は、もうかなり遠くなってしまった、先ほどの女の子と母親らしい姿。けれど、こいつは「ああ」と頷いた。
「クラーセン侯爵家でしょう。最近まで伯爵でしたが、堅実な領地運営を認められて、周辺の落ちぶれた貴族の領地が合併されて、侯爵にあがった家です」
「……クラーセン、侯爵、家」
最近であろうと何であろうと、侯爵家なら十分だ。
その一ヶ月後、俺がその子と再会した時、その子は俺の婚約者候補になっていた。
*****
一ヶ月ぶりにその子……マルティエナと再会したとき、その子は俺の顔を見て、すごく驚いた顔をしていた。そして、納得の顔をした。
「そうですよね……。お城にいるんだから、王子様ですよね……」
「そこなのか」
なぜ婚約者になったとか、そういうことの疑問を口にしないマルティエナに、俺はツッコんだが、彼女は首を傾げた。
「クラーセンの家が、今勢いがあるからじゃないんですか?」
「……それもある。けど、それだけじゃなくて」
俺の婚約者候補の一人として、マルティエナも名前が挙がっていたそうだから、俺が希望を出した時、父上は否とは言わずに、そのまま婚約者候補としてくれた。
"候補"が取れるかどうかは、これからの俺と彼女次第だ。
メンノに言われたことを思いだして、俺は勇気を振り絞る。ここで言わなければ、きっとずっと言えない。
「その、あの時会って話をして……笑顔が、かわいいなって思って。それでまた君と会いたかった」
「……え?」
彼女の顔が、ボンと赤くなった。いや、人のことは言えない。俺の顔も、絶対に赤い。
『殿下、いいですか? 女の子を手に入れたいなら、ちゃんと言葉にしなきゃ駄目です。言わなくても分かってくれる、なんて絶対にあり得ません。意地を張らずに素直に言葉にすること。それが第一歩であり、この先ずっと大切な事です』
いつになく大真面目なメンノの言葉に、俺は圧倒されつつ、頷いた。
だが、恥ずかしい。これは恥ずかしすぎる。
恥ずかしすぎるのだが、言わなければ政略結婚だと思われたままだったわけだから、メンノのアドバイスは的確だったわけだ。
俺たちの"候補"が取れるまで、そう時間はかからなかった。
*****
マルティエナは頑張り屋だった。
それに負けまいと、俺も頑張った。
けれど、どちらかお互いの顔に疲れが見て取れると、俺たちは遠慮することなく勉強から抜け出した。二人だけで遊んで息抜きして、そしてまた頑張る。
俺たちは、いい関係を築けていた。心地いい二人でいる時間。いつしか、はっきり「好き」だと思えるようになった関係。
そして、結婚して幸せの絶頂に至る。――はずだったのだが。
「レイン様、このお菓子美味しいですね」
「そうだね、パウラ」
今、俺の隣にいるのはマルティエナではなかった。
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