浮気をした王太子が、真実を見つけた後の十日間

田尾風香

文字の大きさ
15 / 20

14.残り半分

しおりを挟む
「ご自愛下さい、だけか? 他には? 嬉しいとか喜んでるとか……」
「それだけです」
「……………そうかぁあぁ」

 俺は執務室のデスクに突っ伏した。
 手強い。分かってはいたが、エナは手強い。そう簡単に、自分がどういう反応をしているのか、俺に悟らせるつもりはないらしい。

 あと残り五日。残り半分だ。
 どうか、喜んでくれていることを祈る。俺は、ティアラにそっと手を触れたのだった。


*****


 六日目。残り半分。
 届いたプレゼントは、クッキーだった。

「ずいぶんと、今度はシンプルに来たわね」

 そうつぶやいて、私は手紙を手に取った。

『すまない、エナ! 考えてみれば、俺は昨日手紙を入れなかった気がする。喜んでくれただろうか。そして、伝言を受け取った。ありがとう。大丈夫だ、俺は頑丈だけが取り柄だから』

 そんなことを言って、つい最近風邪を引いたばかりでしょ、と心の中でツッコミをいれる。昨日、手紙がなかったことは、すっかり頭から抜けていた。それだけ、贈られてきたものが衝撃だったから。

『今日はクッキーにした。街で人気の、エナが好きだったお菓子だ。……と言いたいのだが、これは王宮の料理人が作ったものだ。普段のお菓子と変わらないじゃないかと思われそうだが、俺が買いに行くと言ったら、大反対された』

 まあ、それはそうだろう。
 王太子が街に買い物に行くといって、大手を振って賛成するものはいない。いざ行くとなったら、護衛だのなんだの、大変な準備をしなければならないのだから。

『だからといって、他の者に買いに行かせるのも違うし、店の者に王宮に届けろと命令するのも違う。それで結局、料理人に頼んだ。俺がやったのはラッピングだけだから、味自体は問題ないはず……というか、いつものだ。こんなんで、すまない』

「ああ、それで、リボンが曲がってたのね」

 例え不格好になったとしても、自分の手でも出来ることはやってくれようとしているらしい。狙っているのか無意識なのかは分からないけれど、心がこもっている気がして嬉しい。

 口に入れれば、確かにいつも食べているお菓子の味。でも、いつもより少し甘い気がした。


*****


 七日目は、花束だった。
 今度は小さな野花ではなく、きちんとした"贈り物"としての花束。

『エナへ。もしかしたら、誰が見ても"プレゼント"だと思うものは、これが初めてではないだろうか。エナの誕生日の時に花束を贈ったら、すごく喜んでくれていたよな。
 今回、贈りたい花は俺が選んで庭師に切ってもらった。ラッピングは俺がしようと思ったら、侍女に"その前に花が駄目になります"と言われて、やってもらった。……自分が不器用であることを、初めて思い知らされた気分だよ』

 ブッと吹き出した。気付いてなかったのか。どう考えても、昔から器用ではなかったのに。

「ちゃんと、私が好きだって言った花、入れてくれたのね」

 花束を見ながらつぶやいて笑った私は、多分すごく幸せな顔をしているんだろうな、と思う。


*****


 八日目は、万年筆だった。

「あら」

 今、私が持っている万年筆と同じ物。殿下と婚約したとき、お父様に贈られたものだ。書きやすくて気に入っていたのだけど、もうそろそろ古くなっていて、どうしようかと考えていたのだ。

『エナへ。八日目のプレゼントだ。
 この万年筆、実はエナと婚約したときに俺が君に贈ろうと考えていたのに、君の父上に先を越された。悔しかった。でも、買い換えを考えていると言ってたから、今度こそ俺が贈ろうと決めていたんだ』

「そうだったのね……」

 そういえば、私が「父からもらった」と言ったら、殿下がひどくショックを受けた顔をしていたことがある。あれはそういうことだったのかと、今さらながら思った。
 そして、手紙に目をやる。少し空白があって、そこからまた文章が続いていた。

『あと残り二日だ。もう贈るものは決めていて、用意も間に合った。今までのプレゼントを、君はどう思ってくれているのか不安はあるが、後悔はしていない。最高の十個のプレゼントだと、俺は自信を持っている。もし駄目なら……いや、やめておく。ではまた明日』

「楽しみにしてるわ、ルト」

 殿下ではなく、ルトと、名前を口にする。何だか、すごく久しぶりな気がして、くすぐったい気持ちになった。

 そして私はハンカチを手に取って、刺繍の続きを始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

私の夫は愛した人の仇だったのです。

豆狸
恋愛
……さて、私が蒔いたこの復讐の種は、どんな花を咲かせてくれることでしょう。

ガネット・フォルンは愛されたい

アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。 子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。 元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。 それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。 私も誰かに一途に愛されたかった。 ❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。 ❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。

婚約者には愛する人ができたようです。捨てられた私を救ってくれたのはこのメガネでした。

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
突然、婚約解消を告げられたリューディア・コンラット。 彼女はこのリンゼイ国三大魔法公爵家のご令嬢。 彼女の婚約者はリンゼイ国第一王子のモーゼフ・デル・リンゼイ。 彼は眼鏡をかけているリューディアは不細工、という理由で彼女との婚約解消を口にした。 リューディアはそれを受け入れることしかできない。 それに眼鏡をかけているのだって、幼い頃に言われた言葉が原因だ。 余計に素顔を晒すことに恐怖を覚えたリューディアは、絶対に人前で眼鏡を外さないようにと心に決める。 モーゼフとの婚約解消をしたリューディアは、兄たちに背中を押され、今、新しい世界へと飛び出す。 だけど、眼鏡はけして外さない――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

処理中です...