浮気をした王太子が、真実を見つけた後の十日間

田尾風香

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17.娘さんをオレに下さい

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「パウラお嬢様、到着致しました」
「ありがとう」

 あたしが王城を出て、さらに王都を出てから三週間。ヤンセン子爵領にある屋敷に到着した。


*****


「お、ホントにパウラいるのかよ。せっかく王宮侍女になれたってのに、何やってんだよ」
「……何よ、久しぶりにあったと思ったらいきなり。喧嘩を売りに来たなら帰って」

 領地に帰ってきてから、さらに一週間が経った。色々曰く付きで帰ってきたあたしを、父も母も何もなかったように受け入れてくれた。王太子殿下からの慰謝料を渡したときは、何ともいえない顔をされたけど。

 慰謝料は、控えめに言っても多かった。
 一応ちゃんと計算されているらしくて、あたしが結婚適齢期まで王宮侍女を勤めた場合の給金の合計プラス、殿下からのお詫びの代金が含まれているらしい。

 それらの説明は、侍女長がしてくれた。お給金の合計金額については納得したけど、お詫び代金がかなり多い気はする。でも黙って受け取ってきた。

 あたしが殿下と人目のある場所でお茶をするだけの仲だったことは、王宮にいる人たちは皆知っているだろうけれど、"王太子の浮気相手"という噂だけが一人歩きする可能性の方が高い。

 そうなったら、あたしは結婚できずに、未婚のまま貧乏な実家に依存せざるを得なくなる。変な意地を張ってもしょうがない。その時のために、お金があるに越したことはないのだから。

 まあそれはともかく、実家であっさり受け入れられて、一週間しかたっていないというのに、すでに田舎のノンビリ暮らしにあたしは染まっていた。

 そんなあたしの元に訪れたのは、父と懇意にしている商人の息子。平民なのだけど、お金はうちより持っている。父親に散々叱られても、あたしに対してはタメ口きいてくるこの男の名前は、ヘリーという。あたしより十歳も年上だけど、そんな感じはまったくしない。

「アッホ。いちいちフラれたご令嬢様に喧嘩売りに来るほど、暇じゃないって」
「……フラれた令嬢で悪かったわね」

 自分で想像した以上に、グサッときた。何も言ってないのに、こいつにすら知られている。貴族相手に商売しているんだから、その手の情報を聞いていても不思議じゃないけど、周囲の人たちに、そういう色眼鏡で見られ続けるのかと思うと、やっぱりキツイかもしれない。

「……ち、ちがくって! その、今日は、実はオレ、父さんの後を継いで商会のトップになったんだよ! その挨拶にきたんだ!」

 あたしが落ち込んだ様子を見せたからだろうか、ヘリーは慌てたようにごまかした。そして、その次の言葉に、あたしは驚いた。

「トップ!? あんたが!?」
「そうだぜ。どうだ、すごいだろ」
「…………」

 ヘリーのところのボルストラップ商会は、王都にある商会ほどではないにしても、この辺境ではかなり大きい商会だ。貴族向けの商売とはいっても、上級貴族むけではなく下級貴族向け。そして平民への商売が主な商会だ。

 なんか、ショックだ。あたしは何も仕事もできずスゴスゴ領地に戻ってきただけなのに、ヘリーはすでに一人前になっていたんだ。

「……うん、すごいね」

 無理に笑う。ヘリーの父親をあたしも知っているけれど、息子だからという理由だけで認める人じゃないと思うから。その分努力してきたはずだ。それは認めなきゃと思う。

 そんなあたしをどう思ったのか、ヘリーの表情が不意に真面目なものになった。

「パウラ、実はもう一つ、君の父君に、話をしにきたんだ。一緒に来てくれ」
「……?」

 妙に途切れ途切れな言葉に首を傾げつつ、あたしは立ち上がった。


*****


「これからもどうかお引き立ての程を、よろしくお願い申し上げます」
「なになに、そう改まることでもない。こちらこそよろしく頼むよ」

 挨拶して頭を下げるヘリーに、父は笑って返す。身分はこちらが上だけど、どちらかと言えば、お世話になっているのはうちの方で、見捨てられて困るのもうちである。ヘリーがもっとふんぞり返って挨拶しても、歯がみしつつ受け入れなければならない立場だったりする。

 ヘリーもそれは分かっているだろうけれど、態度にちっとも出さないのはさすがだと思う。

「……それと、ヤンセン子爵閣下。実はもう一つ、お話し……というか、お願いがございます」
「なんだ?」

 父の顔が、ちょっと引き攣った。
 先ほども言ったけれど、立場はこちらが弱いのだ。"お願い"と言われれば、何を言われるのかと身構えもする。

「その、実は……」

 けれど、ヘリーの顔も強張っているというか、引き攣っているというか、緊張しているようだ。躊躇うように口をモゴモゴさせて、なぜかチラッとあたしを見た。

「パウラを……娘さんを、オレに下さい!」
「……は?」
「……へ?」

 頭をガバッと下げて叫んだヘリーの言葉をすぐに理解するのは、あたしも父も無理だった。
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