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第十八章 ベネット公爵家
コーニリアス
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「あれで良かったんですか? もっとボコボコにやってもらって良かったんですけど」
両脇を兵士に抱えられながら牢へ戻っていくベネット公爵の後ろ姿を見ながら、ジェラードが言った。だから物騒なことを言わないで、とリィカは思う。
「私は十分です、ありがとうございます。……でも、リィカはあれだけで良かったの?」
母に聞かれてリィカは首を傾げる。結局、何をどうしたいのか全く決められないまま、ベネット公爵の前に立ったのだ。良かったのかどうか、よく分からない。
「んー、でも気持ちはすっきりしてるんだよね……」
言いながら、リィカは考える。
元々、自分があの男に会いたくないと思っていた状況は、あくまでも彼が"ベネット公爵"であるという前提だ。
会っても、父親かもしれないと思っても、素知らぬふりをして笑っていなければならない。そして、その状況がいつまで続くか、何度あるか分からないという状況になることが、嫌だった。
けれど、今回の面会は違う。相手は公爵家当主の座を追われ、逮捕されて牢に入れられている。素知らぬふりをする必要もなければ、無理して笑う必要もない。今後の処分がどうなるかは分からないが、次の面会はもうないだろう。そもそもの状況が全く違うのだ。
(だから、なのかな)
もう会わなくて済むから、それですっきりしたのだろうか。それもある気がするが、それだけではないような気もした。
※ ※ ※
リィカたちがベネット公爵と面会している頃、一人部屋に残っていたアレクは、国王であるフェルドランド国王に呼ばれて、その私室に赴いていた。
アルカトルの使者としての役目は、すでに済んでいる。祝いの言葉は昨日すでに伝えた。だから、国王直々の呼び出しの理由が分からずに、首を傾げていたのだが、そこにいた一人の老人に、顔が引き攣るのを感じた。
「アレクシス殿下には初めてお目にかかります。現在、ベネット公爵家の筆頭執事をしております、コーニリアスと申します。お目にかかれて光栄です」
「あ、ああ……」
何とか冷静を装いながら、返事をした。ジェラードがアルカトルにいたときに話を聞いていたから、その名前は知っている。
コーニリアス・フォン・ウッド。
フェルドランド国王や、前国王であるボードウィン国王の父親の、側近をしていたウッド公爵家の当主。その名前を聞いて、アレクの父であるアベナベルド国王は、とても嫌そうな顔をした。
ボードウィン国王や元ベネット公爵のような悪い人間ではない。当時のモントルビア王国は、治安も落ち着いていて経済も安定していた。その施政を支えていた一人だ。
だからといって、ただ人が良いだけの人間が、国王の側近など務めているはずがない。「食わせ者だ」と、一言父が言っていたのを、アレクは思い出す。そんな人物と、可能であれば会わずに済ませたかった、というのがアレクの本音である。
「……あなたの名前は、我が父から伺った。公爵家のご当主が、他の貴族家の執事をしているというのが、意外だが」
どうせ腹芸などできない。こういうときは、無理せずに自然体で対応した方がいい。それが少々無礼に値することであっても、アレクは隣国の王子であり、勇者一行の一人だ。よほどのことではない限り、その立場がアレクを守る。
そう考えつつ、応対するアレクをどう思ったのか、コーニリアスは穏やかに笑うのみだ。
「私の家族は、王都から離れた場所で穏やかに過ごしておりますから、今さら権力の場に舞い戻るつもりはありません。ですが私自身はどうしても、この王都を離れられずにいましたら、国王陛下に見つかってしまったのですよ」
コーニリアスが国王を見て、つられてアレクも見ると、国王は苦笑した。
「クリフが私の元で働き始めた事には、すぐ気付いたんじゃないのか? 留まっていたら、見つかることくらい分かっただろうに」
「まあ、正直申し上げれば、見つけてくれることを期待していましたよ。フェルドランド殿下……おっと陛下の作る国を、近くで見たいと思っていましたからね」
そしてコーニリアスがアッハッハッと笑う。アレクは、何となく毒気を抜かれたような気分になった。こんな豪快な人物であるイメージはなかった。
「ボードウィン国王に追い落とされた後、私は一般街の隅で暮らしていました。そこで、元ベネット公爵そっくりの少年に会いましてね。それが、今の公爵であるクリフですよ」
「なるほど、元々の知り合いなのか」
一体どうして、ベネット公爵家に勤めることになったのかが不思議だったのだが、個人的な繋がりがあったということか。元々孤児院育ちだという今の公爵には、そういう繋がりの方が安心できるのかもしれない。
「それで、挨拶のためだけに呼び出したのか?」
「いえ、まさか。そんなことは致しません。挨拶が目的であれば、クリフ様が先ですよ。昔の伝手がありますから、こうして今も国王陛下の側に来ていますが、一執事が当主を置いて挨拶するのは、良いことではありません」
まあそうだろうな、とアレクは思う。普通であれば、執事が国王の側に来ることも、隣国の王子に挨拶するなど、あってはいけないことだ。それを"良くないこと"と認識してもなお、それを押し通してきたということだ。
「要件はなんだ?」
「リィカ嬢にクリフ様と会う考えがあるのかどうか。そして、ベネット公爵家の一員となってくれるかどうか、それをアルカトル王国はどう判断するのかを、伺いたいのです」
なるほど、とアレクは思ってしまった。今のコーニリアスは、ちゃんと"ベネット公爵家の筆頭執事"なのだ。だから、家のことを心配して、こうして伝手を使ってやってきたということだ。
そして、こうして会わせたということは、フェルドランド国王自身も了承しているのだろう。アレクは意識して表情を消した。
「リィカが新しい当主と会うかどうかは、本人に聞いてくれ。リィカが決めることだ。ベネット公爵との面会のことで頭が一杯だったようだから、新しい当主の話がリィカの口から出たことはない」
「そうですか」
コーニリアスは、特に残念そうでもない。予想通りの返答、というところだろうか。
「ベネット公爵家の一員になるかどうかも、リィカの意思次第だ。助言はするが、最終的に決めるのはリィカだ」
元ベネット公爵の娘だと、この面会ではっきりすれば、当然そういう話も出てくる。今の当主は、リィカの腹違いの兄にあたる人物だ。あちらはリィカに会いたがっているようだが、リィカはどう思うのか、アレクには分からない。
「つまり、リィカ嬢がそう決めたのであれば、アルカトル王家は邪魔しませんか?」
コーニリアスの言葉に、邪魔とは何だと思いながら、アレクは軽く睨み付ける。が、飄々と受け流された。父から言われていなかったら答えられなかったなと思いつつ、アレクは口を開いた。
「我が父が言うには、今のリィカはアルカトル王立の学園に通う優秀な生徒であるから、よほどの理由がない限り退学は認めない、だそうだ」
「おや」
つまり、一員になるのは認めるが、きちんとアルカトルへ帰せよ、という意味になるらしい。そんなこと一言も言ってないじゃないかと、アレクは思ったものだ。
コーニリアスは少し驚いた顔をしたが、すぐその顔に面白そうな笑みが浮かんだ。
「これは参りました。リィカ嬢がベネット公爵家に入れば、そのまま屋敷に留めてしまおうと思っていましたが、無理そうですね」
アッハッハッと笑うコーニリアスを、アレクはどうしていいか分からず、黙って話を聞いていた国王が呆れた顔をした。
「言っておくが、留めておくにもリィカ嬢の意思がなければ無理だぞ。力尽くでやったところで、簡単に力でひっくり返される。リィカ嬢自身の意思があるのであれば、アルカトルの国王陛下も退学の許可を出すだろうが」
「そうでしたねぇ。いや、陛下が羨ましい。私も、リィカ嬢の使う混成魔法を、目の前で見てみたかったものです」
「そこにBランクの魔物が二体もいたんだぞ。そんな羨ましいと言っていられる状況じゃない」
アレクは苦笑した。街の中では無理だが、外まで行くから見せてくれと言われれば、リィカはきっと嬉々として応じるだろう。少々力加減を誤っても、文句を言うユーリもここにはいない。人に危害が及ばなければいいよね、と全力で魔法を使いそうだ。
「アレクシス殿下、最後にもう一つ」
リィカのことを考えていたアレクは、コーニリアスの言葉に意識を戻す。さて、何を言われるのか。
「殿下は、リィカ嬢がベネット公爵家に入っても、妃に迎えてくれますか?」
「……は?」
さて、何を言われたのか。ポカンとして呆然と見返してしまった。そんなアレクに、コーニリアスはまたも「おや」とつぶやく。
「リィカ嬢は貴族になったのでしょう? 殿下の婚約者になったものと思っておりましたが、違いますか?」
「い、いや……」
何をどう返答したらいいのやら。明らかに狼狽しだしたアレクをコーニリアスは考えるように見て、やがて笑った。
「これは少し質問が性急でしたか。いやぁ若いというのはいいですね。陛下、そう思いませんか?」
「……それは暗に、私も年寄りだと言いたいのか?」
国王の憮然とした返答に、コーニリアスはアッハッハッと笑ったのだった。
※ ※ ※
それから程なくして、ノックとともに私室にジェラードが現れた。
「おかえりジェラード、面会は無事終了したか? ベネット公爵の怪我は?」
国王が声をかける。怪我の確認は、母親の"怪我をしてもいいか"の話があったからである。ジェラードは一礼した。その顔は苦笑している。
「無事終了です。怪我はたいしたことありません。母君が両手で一発ずつ平手をかましたくらいですから。口の中が切れている様子もなさそうですし、あのまま放置で問題ないかと思います」
「母君だけか。リィカ嬢は?」
国王の少し意外そうな問いに、ジェラードは笑うしかない。
「何もたいしたことは。むしろあれでいいのかと心配になるくらいです。ベネット公爵の言ったことに、きっぱり否を突きつけていましたが、その程度ですかね」
「何を言ったんだ?」
国王が少々面倒そうに聞き返す。アレクは心配そうにしているが、口は挟まない。コーニリアスは笑顔だが表情が読めない。
「リィカ嬢が自らの娘だと理解した途端、勇者一行の功績を出して、自分を牢から出すように言えと。自分の娘としてベネット公爵家に迎えてやるからと」
「……よくもまぁ。あの男に恥はないのか」
散々、平民の娘だとか勇者一行の慰み者だとかこき下ろしておいて、簡単に手の平を返すベネット公爵に、ため息も出ない。
「まあ、リィカ嬢がきっぱり断ったのならそれでいい。……それで、お二人は?」
「部屋へ戻ってもらっています。おそらく疲れたでしょうから」
「そうだな」
国王が頷いて、そしてアレクを見た。
「アレクシス殿、ご足労頂き感謝する。リィカ嬢の元に行かれるか?」
「そうですね……」
聞かれて、アレクは考えた。これが普通なら行くというところだが、リィカは母親と同室なのだ。母親が見ていると思うと、緊張する。少し考えて、結局は自分の気持ちを優先させることにした。
「行きます。とりあえず顔を見たいので」
「了解した。案内をつける」
アレクが頷く。これがアルカトル王国なら案内などいらないというところだが、ここは他国の城である。勝手に出歩くわけにはいかない。
「コーニリアスもリィカ嬢と話をしたいだろうが、少し時間をおいてくれ。もう一度、クリフのことを話した上で、考える時間が必要だろうからな」
「そうですな。かしこまりました」
コーニリアスが深く一礼するのを見ながら、アレクの意識はリィカへと向かっていた。
両脇を兵士に抱えられながら牢へ戻っていくベネット公爵の後ろ姿を見ながら、ジェラードが言った。だから物騒なことを言わないで、とリィカは思う。
「私は十分です、ありがとうございます。……でも、リィカはあれだけで良かったの?」
母に聞かれてリィカは首を傾げる。結局、何をどうしたいのか全く決められないまま、ベネット公爵の前に立ったのだ。良かったのかどうか、よく分からない。
「んー、でも気持ちはすっきりしてるんだよね……」
言いながら、リィカは考える。
元々、自分があの男に会いたくないと思っていた状況は、あくまでも彼が"ベネット公爵"であるという前提だ。
会っても、父親かもしれないと思っても、素知らぬふりをして笑っていなければならない。そして、その状況がいつまで続くか、何度あるか分からないという状況になることが、嫌だった。
けれど、今回の面会は違う。相手は公爵家当主の座を追われ、逮捕されて牢に入れられている。素知らぬふりをする必要もなければ、無理して笑う必要もない。今後の処分がどうなるかは分からないが、次の面会はもうないだろう。そもそもの状況が全く違うのだ。
(だから、なのかな)
もう会わなくて済むから、それですっきりしたのだろうか。それもある気がするが、それだけではないような気もした。
※ ※ ※
リィカたちがベネット公爵と面会している頃、一人部屋に残っていたアレクは、国王であるフェルドランド国王に呼ばれて、その私室に赴いていた。
アルカトルの使者としての役目は、すでに済んでいる。祝いの言葉は昨日すでに伝えた。だから、国王直々の呼び出しの理由が分からずに、首を傾げていたのだが、そこにいた一人の老人に、顔が引き攣るのを感じた。
「アレクシス殿下には初めてお目にかかります。現在、ベネット公爵家の筆頭執事をしております、コーニリアスと申します。お目にかかれて光栄です」
「あ、ああ……」
何とか冷静を装いながら、返事をした。ジェラードがアルカトルにいたときに話を聞いていたから、その名前は知っている。
コーニリアス・フォン・ウッド。
フェルドランド国王や、前国王であるボードウィン国王の父親の、側近をしていたウッド公爵家の当主。その名前を聞いて、アレクの父であるアベナベルド国王は、とても嫌そうな顔をした。
ボードウィン国王や元ベネット公爵のような悪い人間ではない。当時のモントルビア王国は、治安も落ち着いていて経済も安定していた。その施政を支えていた一人だ。
だからといって、ただ人が良いだけの人間が、国王の側近など務めているはずがない。「食わせ者だ」と、一言父が言っていたのを、アレクは思い出す。そんな人物と、可能であれば会わずに済ませたかった、というのがアレクの本音である。
「……あなたの名前は、我が父から伺った。公爵家のご当主が、他の貴族家の執事をしているというのが、意外だが」
どうせ腹芸などできない。こういうときは、無理せずに自然体で対応した方がいい。それが少々無礼に値することであっても、アレクは隣国の王子であり、勇者一行の一人だ。よほどのことではない限り、その立場がアレクを守る。
そう考えつつ、応対するアレクをどう思ったのか、コーニリアスは穏やかに笑うのみだ。
「私の家族は、王都から離れた場所で穏やかに過ごしておりますから、今さら権力の場に舞い戻るつもりはありません。ですが私自身はどうしても、この王都を離れられずにいましたら、国王陛下に見つかってしまったのですよ」
コーニリアスが国王を見て、つられてアレクも見ると、国王は苦笑した。
「クリフが私の元で働き始めた事には、すぐ気付いたんじゃないのか? 留まっていたら、見つかることくらい分かっただろうに」
「まあ、正直申し上げれば、見つけてくれることを期待していましたよ。フェルドランド殿下……おっと陛下の作る国を、近くで見たいと思っていましたからね」
そしてコーニリアスがアッハッハッと笑う。アレクは、何となく毒気を抜かれたような気分になった。こんな豪快な人物であるイメージはなかった。
「ボードウィン国王に追い落とされた後、私は一般街の隅で暮らしていました。そこで、元ベネット公爵そっくりの少年に会いましてね。それが、今の公爵であるクリフですよ」
「なるほど、元々の知り合いなのか」
一体どうして、ベネット公爵家に勤めることになったのかが不思議だったのだが、個人的な繋がりがあったということか。元々孤児院育ちだという今の公爵には、そういう繋がりの方が安心できるのかもしれない。
「それで、挨拶のためだけに呼び出したのか?」
「いえ、まさか。そんなことは致しません。挨拶が目的であれば、クリフ様が先ですよ。昔の伝手がありますから、こうして今も国王陛下の側に来ていますが、一執事が当主を置いて挨拶するのは、良いことではありません」
まあそうだろうな、とアレクは思う。普通であれば、執事が国王の側に来ることも、隣国の王子に挨拶するなど、あってはいけないことだ。それを"良くないこと"と認識してもなお、それを押し通してきたということだ。
「要件はなんだ?」
「リィカ嬢にクリフ様と会う考えがあるのかどうか。そして、ベネット公爵家の一員となってくれるかどうか、それをアルカトル王国はどう判断するのかを、伺いたいのです」
なるほど、とアレクは思ってしまった。今のコーニリアスは、ちゃんと"ベネット公爵家の筆頭執事"なのだ。だから、家のことを心配して、こうして伝手を使ってやってきたということだ。
そして、こうして会わせたということは、フェルドランド国王自身も了承しているのだろう。アレクは意識して表情を消した。
「リィカが新しい当主と会うかどうかは、本人に聞いてくれ。リィカが決めることだ。ベネット公爵との面会のことで頭が一杯だったようだから、新しい当主の話がリィカの口から出たことはない」
「そうですか」
コーニリアスは、特に残念そうでもない。予想通りの返答、というところだろうか。
「ベネット公爵家の一員になるかどうかも、リィカの意思次第だ。助言はするが、最終的に決めるのはリィカだ」
元ベネット公爵の娘だと、この面会ではっきりすれば、当然そういう話も出てくる。今の当主は、リィカの腹違いの兄にあたる人物だ。あちらはリィカに会いたがっているようだが、リィカはどう思うのか、アレクには分からない。
「つまり、リィカ嬢がそう決めたのであれば、アルカトル王家は邪魔しませんか?」
コーニリアスの言葉に、邪魔とは何だと思いながら、アレクは軽く睨み付ける。が、飄々と受け流された。父から言われていなかったら答えられなかったなと思いつつ、アレクは口を開いた。
「我が父が言うには、今のリィカはアルカトル王立の学園に通う優秀な生徒であるから、よほどの理由がない限り退学は認めない、だそうだ」
「おや」
つまり、一員になるのは認めるが、きちんとアルカトルへ帰せよ、という意味になるらしい。そんなこと一言も言ってないじゃないかと、アレクは思ったものだ。
コーニリアスは少し驚いた顔をしたが、すぐその顔に面白そうな笑みが浮かんだ。
「これは参りました。リィカ嬢がベネット公爵家に入れば、そのまま屋敷に留めてしまおうと思っていましたが、無理そうですね」
アッハッハッと笑うコーニリアスを、アレクはどうしていいか分からず、黙って話を聞いていた国王が呆れた顔をした。
「言っておくが、留めておくにもリィカ嬢の意思がなければ無理だぞ。力尽くでやったところで、簡単に力でひっくり返される。リィカ嬢自身の意思があるのであれば、アルカトルの国王陛下も退学の許可を出すだろうが」
「そうでしたねぇ。いや、陛下が羨ましい。私も、リィカ嬢の使う混成魔法を、目の前で見てみたかったものです」
「そこにBランクの魔物が二体もいたんだぞ。そんな羨ましいと言っていられる状況じゃない」
アレクは苦笑した。街の中では無理だが、外まで行くから見せてくれと言われれば、リィカはきっと嬉々として応じるだろう。少々力加減を誤っても、文句を言うユーリもここにはいない。人に危害が及ばなければいいよね、と全力で魔法を使いそうだ。
「アレクシス殿下、最後にもう一つ」
リィカのことを考えていたアレクは、コーニリアスの言葉に意識を戻す。さて、何を言われるのか。
「殿下は、リィカ嬢がベネット公爵家に入っても、妃に迎えてくれますか?」
「……は?」
さて、何を言われたのか。ポカンとして呆然と見返してしまった。そんなアレクに、コーニリアスはまたも「おや」とつぶやく。
「リィカ嬢は貴族になったのでしょう? 殿下の婚約者になったものと思っておりましたが、違いますか?」
「い、いや……」
何をどう返答したらいいのやら。明らかに狼狽しだしたアレクをコーニリアスは考えるように見て、やがて笑った。
「これは少し質問が性急でしたか。いやぁ若いというのはいいですね。陛下、そう思いませんか?」
「……それは暗に、私も年寄りだと言いたいのか?」
国王の憮然とした返答に、コーニリアスはアッハッハッと笑ったのだった。
※ ※ ※
それから程なくして、ノックとともに私室にジェラードが現れた。
「おかえりジェラード、面会は無事終了したか? ベネット公爵の怪我は?」
国王が声をかける。怪我の確認は、母親の"怪我をしてもいいか"の話があったからである。ジェラードは一礼した。その顔は苦笑している。
「無事終了です。怪我はたいしたことありません。母君が両手で一発ずつ平手をかましたくらいですから。口の中が切れている様子もなさそうですし、あのまま放置で問題ないかと思います」
「母君だけか。リィカ嬢は?」
国王の少し意外そうな問いに、ジェラードは笑うしかない。
「何もたいしたことは。むしろあれでいいのかと心配になるくらいです。ベネット公爵の言ったことに、きっぱり否を突きつけていましたが、その程度ですかね」
「何を言ったんだ?」
国王が少々面倒そうに聞き返す。アレクは心配そうにしているが、口は挟まない。コーニリアスは笑顔だが表情が読めない。
「リィカ嬢が自らの娘だと理解した途端、勇者一行の功績を出して、自分を牢から出すように言えと。自分の娘としてベネット公爵家に迎えてやるからと」
「……よくもまぁ。あの男に恥はないのか」
散々、平民の娘だとか勇者一行の慰み者だとかこき下ろしておいて、簡単に手の平を返すベネット公爵に、ため息も出ない。
「まあ、リィカ嬢がきっぱり断ったのならそれでいい。……それで、お二人は?」
「部屋へ戻ってもらっています。おそらく疲れたでしょうから」
「そうだな」
国王が頷いて、そしてアレクを見た。
「アレクシス殿、ご足労頂き感謝する。リィカ嬢の元に行かれるか?」
「そうですね……」
聞かれて、アレクは考えた。これが普通なら行くというところだが、リィカは母親と同室なのだ。母親が見ていると思うと、緊張する。少し考えて、結局は自分の気持ちを優先させることにした。
「行きます。とりあえず顔を見たいので」
「了解した。案内をつける」
アレクが頷く。これがアルカトル王国なら案内などいらないというところだが、ここは他国の城である。勝手に出歩くわけにはいかない。
「コーニリアスもリィカ嬢と話をしたいだろうが、少し時間をおいてくれ。もう一度、クリフのことを話した上で、考える時間が必要だろうからな」
「そうですな。かしこまりました」
コーニリアスが深く一礼するのを見ながら、アレクの意識はリィカへと向かっていた。
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