【第一章改稿中】転生したヒロインと、人と魔の物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香

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第十八章 ベネット公爵家

父親を乗り越えて

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「リィカ、本当に良かったの?」
「本当に大丈夫だよ。心配しないで」

 部屋に戻ってからもなお心配そうな母に、リィカは笑う。すっきりしたのだから問題ない。その理由が自分でも分からないのが、母が心配を続ける原因かもしれないとは思うが、分からないものは仕方ないと割り切った。

「リィカ、いるか?」

 そこで、ドアのノックと共に声がした。アレクの声だ。

「はぁい!」

 返事をして、母の顔を見る。母は「はいはい」と言って笑った。

「私は奥に行くから。ゆっくり話をしなさい」
「うん」

 リィカは答えてドアに向けて走る。広い部屋など不要だと思うが、こういうときはリビングと寝室がきちんと分かれて部屋があるのはありがたいと思う。母が寝室に入るのを横目に、リィカはドアを開けた。


※ ※ ※


 アレクは、部屋まで案内してくれた侍女が、そのままドアをノックしようとするのを抑えて、自分が前に出た。何かを察したように黙って下がる侍女に、わずかに目礼してノックする。

「はぁい!」

 元気そうな声はリィカだ。これも本来であれば、侍女が中にいて受け答えをするものだが、リィカや母親にとってはこれが普通だ。

(まあ、リィカは貴族の生活に慣れていかないと駄目だろうが)

 そう思いはするものの、アレク自身もそういうのが面倒で、自分がやってしまうことが多い。常に侍女が側にいる生活は窮屈だと思ってしまう。

 そう考えると、リィカの今の応対をとやかく言う資格は自分にはなさそうだと、内心で苦笑する。

 当たり前のようにリィカがドアを開けて、アレクを迎え入れてくれる。それをどうこう言うのはやめようと思いつつ、アレクはリィカの顔を見る。

 落ち込んでいる様子も疲れている様子もない。元気そうな顔をしている。リィカは、果たしてベネット公爵と面会してどうだったのだろうか。

「入って良いか?」
「うん、どうぞ」

 部屋に入れば、そこにいると思われた母親はいない。案内してくれた侍女も一緒に部屋に入って扉を閉める。それにリィカは首を傾げた。

「えっと……?」
「一応、未婚の貴族の男女だからな。密室に二人きりになるのは禁止。母君がいらっしゃれば良かったんだが、どこかに行ったのか?」

 母親がいても、侍女に待機してもらう方が無難ではあるが。アレクはそう思いつつ、母親の気配が奥の寝室にあることに気付いた。

「ゆっくり話してって奥に行ったんだけどね。……そっかぁ。旅の間はそんなこと全く気にしてなかったけど、これからはそういうわけにいかないんだ」
「密室で二人きりという場面自体、ほとんどなかっただろう?」
「そう、だっけ……?」

 リィカは頷こうとして考え込んだ。
 まあ、そういう場面は結構あった。だがここでアレクが言いたいのは、例えば一晩とか長い時間の二人きりはなかった、という話である。

「それで、面会はどうだった?」

 アレクは恐る恐るその話題を切り出した。ジェラードが「あれでいいのか心配になる」と言っていたことが気になる。リィカの表情を注視したが、特に変わった様子もなく「んー」と首を傾げるだけだ。

「とりあえず、すっきりしてる。お母さんには心配されるんだけど、もうあの人のことを気にすることはないだろうなって思う」
「そうか」

 嘘ではなさそうだ。だが、そう言いつつ、リィカ自身も不思議そうにしているのが、気になるところだ。

「ジェラード殿も心配だと言っていた。それに、ベネット公爵が何やら言ったとか。自分を牢から出せとか娘として迎えるとか……」

「あ、そっか。話聞いたんだ。最初あれ言われたとき、何を言ってるのか、本気で理解できなかったんだけどね」

「……まあ、そうだろうな」

 アレクも耳を疑うレベルの話である。普通の感覚ならあり得ない。理解できなかったと言われれば、それも当然だと納得してしまう話だ。

「あの人と顔を合わせたときにね、分かっちゃったんだ。わたしの魔力は、あの人のを継いだんだって。間違いなく、あの人はわたしの父親だって。だから……」

 面会したときのことを思い出しているのか、リィカは少し遠い目をしていたが、ふと言葉を切って、何かに気付いたようにハッとした。

「リィカ?」
「……そっか。わたし、ちゃんとあの人に自分が娘だって、知ってもらいたかったのかな。その上で、あの人がわたしをどう思うのかを知りたかったのかもしれない」

 リィカが少しだけ笑った。

「ちゃんと知ってもらえた。そして、結局わたしはあの人にとって"平民の小娘"でしかないんだって分かった。それでもう、吹っ切れたのかもしれない」

 すっきりした笑顔の中に、ほんのわずか、その目が悲しく動いたように、アレクは見えた。

「あの人のおかげで、わたしはたくさんの魔力を持って生まれた。だから、今のわたしがある。それでいいんだって、思ったの」
「そうか」
「うん」

 それでも笑顔を見せるリィカは、自分の中で父親に対しての気持ちにけじめをつけることができたのだろう。

 "最低な人"という父親の評価が、結局リィカの中で変わることはなかったのだろうが、リィカなりに父親をそうと認めることができた。それでいいと、きっとリィカは思ったのだ。

 そうであれば、確かに心配は不要だろう。他者が気にすることではない。だが、リィカが父親のことを乗り越えたのであれば、アレクが気になるのは今後のことである。

 さて、どう切り出そうか、とアレクが悩んでいると、リィカが「そうだ」と声を出した。

「ねぇアレク、聞きたいんだけど。……もしわたしが本当に、あの人を牢から出してって言ったら、牢から出られるの? 重い犯罪で捕まったんだから、誰が何を言ったって、出しちゃいけないと思うんだけど」

 完全にアレクの思惑と離れた話をされてしまった。果たしてリィカは、自分との婚約のことをどう考えてくれているのか。だがまあ、今はリィカの疑問に答えるべきだろう。

「勇者一行の肩書きは、それだけ大きいぞ。その名前だけで民から慕われる。それに、それだけの力を持っていることの証明だ。ある意味、物理的な力で脅していると言っても過言じゃない」
「えっ!」

 リィカの肩が跳ね上がった。これを説明すると、リィカには逆にプレッシャーになってしまうかもしれないが、ちょうど良い機会だし、知ってもらっていた方がいい。

「実際、俺たちは誰が何を言ってきても、力で黙らせることができる。それをしても民から支持される。勇者一行の肩書きには、そういう意味がある。だから、リィカがベネット公爵を牢から出せと言えば、フェルドランド国王陛下は要求を呑むしかない」

「……うー」

 リィカが唸る。リィカ自身もきっと分かっているだろうが、一撃の破壊力が一番大きいのは、リィカだ。あの最強の混成魔法で脅されれば、誰もどうすることもできない。

「だが、解放されたベネット公爵が、それをいいことにやりたい放題やれば、当然その原因となったリィカも睨まれることになるし、最終的に勇者一行の全員の評価が下がっていく。まあ、ベネット公爵はそんな評価など気にしないだろうけどな」

「…………」

「どうかしたか?」

 うつむいて黙り込んでしまったリィカの顔をのぞき込むようにアレクが聞けば、リィカは躊躇うように口を開いた。

「……そんなことまで、わたし考えてなかったの」
「まあそうだろうな」

 軽く言えば、リィカがますますうつむいていく。

「そんなの、教えてもらわないと分かんないのに。みんなの、迷惑にまでなってたかもしれないって、そんなの……」

「きっぱり断ったんだからいいだろう? もしリィカが頷いていたり悩む様子があれば、ジェラード殿がその場で説明したと思うぞ?」

 ジェラードとて、そんな危ない橋は渡りたくないだろう。ベネット公爵が何を言おうと説明して、リィカに断らせる方向に持っていっただろうことは、容易に想像がつく。

 だが別にその必要もなく、リィカが自分で断ったのだから、何も問題はない。ないのだが、黙りこくったままのリィカが気になる。

「ああっ! もうっ!」

 そのリィカが、突然大きな声をあげた。

「何も気にすることないよね! わたしの持つ勇者一行の肩書きを、自分のために利用できるだけしたかっただけなんだから! そういう人なんだから! ああもう、知れば知るだけ嫌になってく……」

 叫んだと思ったら、次第にその声は小さくなっていって、またうつむいてしまう。その頭を、アレクはポンポン撫でた。いくらでも叫べばいい。そうやって、乗り越えていけばいいのだから。

(あーどうしようか。新しい当主のこと、先に言っておいた方がいいか?)

 まだ父親のことが完全には消化し切れていない……というか、アレクの話で再燃してしまったリィカには酷かもしれないが、どうせ近いうちに話がされることになる。であれば、今のうちに話をしておいた方がいいかもしれない。

「リィカ、悪いが少しいいか? 元、ではなく、今のベネット公爵家当主のことだ」
「え? あ……」

 顔を上げたリィカは、少し青ざめているように見えた。
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