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第十九章 婚約者として過ごす日々
指南初日
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それから中一日空けて、いよいよ魔法師団員への指南初日を迎えることとなった。
一日空けた理由は、魔法師団への連絡自体が急だったこともあったが、主な理由はリィカのためである。
レイズクルスやその一派が来ないという保証などない。そのため、彼らへの対応を学ぶために、徹底的にそのやり取りを勉強したのだ。王宮へ来てから初めての本格的な勉強であったかもしれないが、思っていた勉強とは何か違う気がしたリィカである。
何せただの嫌味の応酬である。これでレイズクルスが来れば役に立つが、来なければ何の役にも立たない。……と言ったら、今回じゃなくても役に立つと言われて、反論できなかったリィカだ。
勉強方法は、教師役がレイズクルスたちの言いそうなことを言って、それに対してリィカがどう答えるか、の繰り返しである。教師役はやる気満々のユーリの他、話を聞きつけて押しかけてきたアークバルトとレーナニアだ。
楽しそうな顔でスパルタな三人に、アレクは部屋の隅に逃げて、バルはいつの間にかいなくなっていた。リィカは本気で泣く寸前までいっていた。
ゲッソリして、やっぱりやりたくないと言ったリィカだが、ここまできて止めるわけにはいかない。
一晩寝て、今日。
リィカは「よしっ!」と気合いを入れる。もはやイジメだったとしか思えない昨日の三人の教師は、今日の味方である。散々リィカを凹ましておいてから、最後にアークバルトが言ったのだ。
『私たちも同席することになったから。レイズクルスとのやり取りは任せてくれ』
だったらこの勉強とやらは何だったんだろう、と思ったリィカだが、口にはしなかった。
※ ※ ※
魔法師団員の、メインとなる練習場。普段はレイズクルスたち一派によって占領されていて、副師団長の派閥の面々は入ることすらできない場所らしいが、そこが指南の会場となった。
国王直々の命令に、レイズクルスが歯がみしながら受け入れた、という話だ。本来であれば魔法師団共通の練習場なのだから、拒否できなかったのだろう。
リィカの側にいるのは、アレクとユーリ。そしてアークバルトとレーナニアも後ろに控えている。この面子を見て、早々に会場に現れたライアン伯爵は、目を見開いていた。――が、すぐ気を取り直したように、リィカに近づいて一礼した。
「この度は、私の要望を受け入れて下さったことに感謝いたします。本日はよろしくお願い致します」
散々まだかまだかと催促しておいて、そんなことを言うのかと思ったリィカだが、それは表には出さない。少なくとも、彼なりに魔法師団をどうにかしようと、必死に考えた結果なのだから。
「こちらこそお願いします」
だからこそそう返したリィカに、ライアンは頷くと、背後をふり返って誰かを呼び寄せた。
「顔を合わせたことはあるかと思いますが、この者を紹介しておきたく」
「……あっ」
リィカは小さく声をあげた。名前は知らないが、確かに顔は知っている。キャンプのとき、自分の側で戦っていた魔法師団員だ。
「ウォリスと申します、リィカ嬢。先日は大変お世話になりました」
「私の補佐をしてくれている者です。覚えて頂けると、幸いでございます」
さてどう答えたらいいんだろうと思い、隣にいるアレクをチラッと見る。しかし、リィカの視線に気付きつつも、何も言わない。ということは、自分で受け答えをしろというかと判断して、まずは疑問を片付けることにした。
「ウォリスというのはお名前ですか? 失礼ですが、姓は?」
言葉遣いも、できれば敬語なしでと昨日言われたが、それをしようと思うと、どうしてもぎこちなくなる。それにアークバルトが悩み、最終的にはレーナニアの、「他にそういう言葉遣いの人がいないわけじゃない」という言葉で、了承をもらった。
それにリィカも安心しつつ、話す。あえて名乗らなかった姓に意味はあるのかないのか。聞いておかないと、後から失敗しかねない。
少し緊張しつつの質問に、ウォリスは苦笑した。
「申し訳ございません、姓は"アルール"で、歴とした平民でございます。私の父が私生児で……つまりは貴族の子どもだったのですが、認知されることはなく。普通に平民同士で結婚して、私が生まれました」
「そうだったんですね」
聞いちゃいけないことを聞いてしまった気分だ。というか、本当にそういう人って多いんだなと思う。考えてみれば、リィカ自身だって似たような立場だ。色々と運が重なって、公爵家の一員になったに過ぎない。
同時に、そういう出身と知っても、ライアン伯爵は彼を補佐として側においているということが分かる。別に疑っていたわけではないけれど、身分に惑わされることなくその実力を見ているということだ。
「おやこれは。ずいぶんと勢揃いですな」
そこに響いた声に、リィカは肩をピクッとさせた。ライアン伯爵とウォリスが顔を引き攣らせつつ、後ろを振り向く。アレクはわずかに顔をしかめた。
「君が来るとは思わなかったな、レイズクルス公爵」
全く表情を変えることなく言ったのは、アークバルトだ。その言葉に、からかいというか当てこすような雰囲気があって、それだけでリィカは逃げたくなった。
そこにいたのは、名前を呼ばれた魔法師団長であるレイズクルス公爵。その後ろには、ゾロゾロと多くの人を引き連れてきていた。
「もちろん、有名な勇者様ご一行のお一人である魔法使いが、指南するとのことですからな。来ないわけには参りませんよ」
レイズクルス公爵はニヤニヤと笑いながら、アークバルトへ返す。
「ただの市井の女の腹から生まれた娘であっても、あのベネット公爵閣下の娘ですからな。それだけでも価値があるというもの。これでも期待しているのですよ」
「……ほう。そなたの口から、期待という言葉が出てくるとは」
アークバルトの口調が、若干相手を警戒するような色を帯びる。素直にリィカの実力を認めるような奴ではない。一体何を"期待"しているというのか、読むことができない。
「私とて、期待をすることくらいあるというものです。――知っているかな、リィカ嬢。私はあなたの父君と仲良かったのだ。互いが互いを国に招待する程度には」
「……ええ、存じています」
話を振られて、リィカは若干声を固くしながら答える。目の前の男が、かつてベネット公爵と呼ばれていた男をこのアルカトル王国へ招待した。その結果、母が身ごもってリィカを産むことになったのだ。
「ベネット公爵とは魔物との戦いにおいて、上級魔法の使い方についての議論をずいぶん行ったものだ。貴様からも有意義な話があることを期待している」
「…………」
期待とはそういうことか。リィカがベネット公爵の娘だから。
上級魔法の使い方……つまりは、剣士が足止めをしている間に魔法の詠唱を行い、剣士ごと巻き込んで魔法を使うという方法を、リィカも支持すると思っているのか。
(――で、いいんだよね?)
若干自信がないながらも、"有意義な話"とはそういうことだろう、とリィカは思考を巡らせる。なぜ父親がそういう考えだから娘もそうだろう、と思えるのかが不思議でしょうがないが。
一緒に暮らしていたって、違う考えを持つことは普通にあることだろう。ましてや、リィカはほんの少し話した程度でしかないのだ。
アークバルトたちが返事をしてくれる様子がないので、リィカはどうしようと考えながら、口を開いた。とりあえず、自分の予想が当たっている自信はないから、有意義な話とやらの具体的なところに触れるのは止めておく。
「ご期待に添えるかは分かりませんが、精一杯やらせて頂きます。――ですが、レイズクルス公爵閣下、一つだけ」
「ん?」
どこか余裕そうな目の前の男に、リィカはこれだけはどうしても言わなければならなかった。
「先ほどから、わたしの父親を『ベネット公爵』と呼んでいらっしゃいますが、今その座にあるのは、兄のクリフです。お間違いなきよう、お願い致します」
あの父親は、あくまでも"先代の公爵"だ。しかも今は罪人として牢にいる。そんな人間を、平然とベネット公爵などと呼んで欲しくない。
そう思いながら言ったリィカの言葉に、レイズクルスはギリっと歯ぎしりしたようだったが、すぐその表情はニヤニヤした嫌な笑いに取って代わる。
「これは失礼した。だが、兄とは言っても、そちらも所詮は平民育ち。正当な血筋ではない以上、そう簡単には新しい当主とは認められないな」
これには、リィカの周囲から呆れと怒りが起こった。そしてアークバルトが口を開こうとして……、それより早くリィカが言った。
「左様ですか。ですがフェルドランド国王陛下の名の下に、兄が公爵として立ったという歴とした事実がございます。もう一度申し上げますが、お間違いのないようにお願い致します」
どこの育ちだろうと関係ない。国王が認めて公爵家の当主になったのだ。レイズクルスが認めようが認めまいが、そんなことも関係ない。今はクリフが公爵なのだ。それが絶対の事実だ。
リィカの丁寧でありながらも強い口調に、レイズクルスはチッと小さく舌打ちをした。そして、何かを言おうとしたのか口を開いたとき、その背後から呼びかける者がいた。
「父上」
そうレイズクルスを呼んで近づいてくる人物を見て、アレクたち全員が顔をしかめた。その様子を見ながら、リィカは記憶を辿る。レイズクルスを「父」と呼ぶ、自分たちとそう変わらなさそうな年齢の男性。
「アークバルト殿下、アレクシス殿下、お久しぶりでございます。そして、リィカ嬢には初めてお目にかかる。レイズクルス公爵の第一子、ヴィンスだ」
「……お名前を伺ったことはございます。お目にかかれて光栄です」
去年卒業したという、レイズクルスの長男。そして、ミラベルの兄。ナイジェルのことは小物感満載だと評価したアークバルトたちだが、彼のことは褒めて……いたわけではないけれど、ある意味で高評価だった。
ヴィンスがニヤリと笑った。
「確かに今はあなたの兄が公爵なのだろうが、気をつけないと、あっさりウッド公爵家に家を乗っ取られるぞ」
「え?」
「平民育ちなだけに、それすら気付けない。嘆かわしいことだ」
それだけ言うと、ヴィンスは父親を見た。
「父上、ここでいつまでも話をしていたら、始まりません。揃ったことですし、この辺りで指南を始めてもらいませんと」
「そうだな」
気を切り替えて、息子の言葉に頷いたレイズクルスは、リィカを一瞥して下がっていく。それを見ながら、リィカの頭は疑問で一杯だった。
(ウッド公爵家……って、コーニリアスさんの家のことだよね? 乗っ取りって?)
考え込むリィカを、慰めるようにアレクがその肩に手を置いた。
「リィカ、気にするな」
「えっと、気にするなっていうか、何を気にしていいか分からないっていうか」
「……あーそうか」
アレクが困った風に笑う。それを見て、アークバルトが口を出した。
「後から説明するよ。そう言われていることは確かだし、乗っ取りの可能性が絶対にゼロでもない。でもまあ今は必要ないから」
「は、はい……」
返事をしながら、リィカはレーナニアとユーリの顔も見る。どちらも不思議そうにはしていない。どちらかというと、苦笑気味だ。ということは、二人とも意味が分かっているんだろう。
一応、自分の家のことであるはずなのに、自分が何も分かっていないというのは問題だ。改めて、貴族としての未熟さを感じてしまう。
「リィカ、レイズクルスとのやり取りは悪くなかったよ。自信持って」
アークバルトの言葉に、リィカは驚いてその顔を見返した。その隣で、レーナニアが頷いている。アレクとユーリの笑顔が見えた。
「はいっ」
そうだ。あれだけ怖いと思っていた相手に、言い返せたのだ。その上で、悪くなかったと言ってもらえた。
未熟なのは確かだろうが、それでも確かに成長しているんだと、自分でそう感じることができて、自然にリィカも笑顔になったのだった。
一日空けた理由は、魔法師団への連絡自体が急だったこともあったが、主な理由はリィカのためである。
レイズクルスやその一派が来ないという保証などない。そのため、彼らへの対応を学ぶために、徹底的にそのやり取りを勉強したのだ。王宮へ来てから初めての本格的な勉強であったかもしれないが、思っていた勉強とは何か違う気がしたリィカである。
何せただの嫌味の応酬である。これでレイズクルスが来れば役に立つが、来なければ何の役にも立たない。……と言ったら、今回じゃなくても役に立つと言われて、反論できなかったリィカだ。
勉強方法は、教師役がレイズクルスたちの言いそうなことを言って、それに対してリィカがどう答えるか、の繰り返しである。教師役はやる気満々のユーリの他、話を聞きつけて押しかけてきたアークバルトとレーナニアだ。
楽しそうな顔でスパルタな三人に、アレクは部屋の隅に逃げて、バルはいつの間にかいなくなっていた。リィカは本気で泣く寸前までいっていた。
ゲッソリして、やっぱりやりたくないと言ったリィカだが、ここまできて止めるわけにはいかない。
一晩寝て、今日。
リィカは「よしっ!」と気合いを入れる。もはやイジメだったとしか思えない昨日の三人の教師は、今日の味方である。散々リィカを凹ましておいてから、最後にアークバルトが言ったのだ。
『私たちも同席することになったから。レイズクルスとのやり取りは任せてくれ』
だったらこの勉強とやらは何だったんだろう、と思ったリィカだが、口にはしなかった。
※ ※ ※
魔法師団員の、メインとなる練習場。普段はレイズクルスたち一派によって占領されていて、副師団長の派閥の面々は入ることすらできない場所らしいが、そこが指南の会場となった。
国王直々の命令に、レイズクルスが歯がみしながら受け入れた、という話だ。本来であれば魔法師団共通の練習場なのだから、拒否できなかったのだろう。
リィカの側にいるのは、アレクとユーリ。そしてアークバルトとレーナニアも後ろに控えている。この面子を見て、早々に会場に現れたライアン伯爵は、目を見開いていた。――が、すぐ気を取り直したように、リィカに近づいて一礼した。
「この度は、私の要望を受け入れて下さったことに感謝いたします。本日はよろしくお願い致します」
散々まだかまだかと催促しておいて、そんなことを言うのかと思ったリィカだが、それは表には出さない。少なくとも、彼なりに魔法師団をどうにかしようと、必死に考えた結果なのだから。
「こちらこそお願いします」
だからこそそう返したリィカに、ライアンは頷くと、背後をふり返って誰かを呼び寄せた。
「顔を合わせたことはあるかと思いますが、この者を紹介しておきたく」
「……あっ」
リィカは小さく声をあげた。名前は知らないが、確かに顔は知っている。キャンプのとき、自分の側で戦っていた魔法師団員だ。
「ウォリスと申します、リィカ嬢。先日は大変お世話になりました」
「私の補佐をしてくれている者です。覚えて頂けると、幸いでございます」
さてどう答えたらいいんだろうと思い、隣にいるアレクをチラッと見る。しかし、リィカの視線に気付きつつも、何も言わない。ということは、自分で受け答えをしろというかと判断して、まずは疑問を片付けることにした。
「ウォリスというのはお名前ですか? 失礼ですが、姓は?」
言葉遣いも、できれば敬語なしでと昨日言われたが、それをしようと思うと、どうしてもぎこちなくなる。それにアークバルトが悩み、最終的にはレーナニアの、「他にそういう言葉遣いの人がいないわけじゃない」という言葉で、了承をもらった。
それにリィカも安心しつつ、話す。あえて名乗らなかった姓に意味はあるのかないのか。聞いておかないと、後から失敗しかねない。
少し緊張しつつの質問に、ウォリスは苦笑した。
「申し訳ございません、姓は"アルール"で、歴とした平民でございます。私の父が私生児で……つまりは貴族の子どもだったのですが、認知されることはなく。普通に平民同士で結婚して、私が生まれました」
「そうだったんですね」
聞いちゃいけないことを聞いてしまった気分だ。というか、本当にそういう人って多いんだなと思う。考えてみれば、リィカ自身だって似たような立場だ。色々と運が重なって、公爵家の一員になったに過ぎない。
同時に、そういう出身と知っても、ライアン伯爵は彼を補佐として側においているということが分かる。別に疑っていたわけではないけれど、身分に惑わされることなくその実力を見ているということだ。
「おやこれは。ずいぶんと勢揃いですな」
そこに響いた声に、リィカは肩をピクッとさせた。ライアン伯爵とウォリスが顔を引き攣らせつつ、後ろを振り向く。アレクはわずかに顔をしかめた。
「君が来るとは思わなかったな、レイズクルス公爵」
全く表情を変えることなく言ったのは、アークバルトだ。その言葉に、からかいというか当てこすような雰囲気があって、それだけでリィカは逃げたくなった。
そこにいたのは、名前を呼ばれた魔法師団長であるレイズクルス公爵。その後ろには、ゾロゾロと多くの人を引き連れてきていた。
「もちろん、有名な勇者様ご一行のお一人である魔法使いが、指南するとのことですからな。来ないわけには参りませんよ」
レイズクルス公爵はニヤニヤと笑いながら、アークバルトへ返す。
「ただの市井の女の腹から生まれた娘であっても、あのベネット公爵閣下の娘ですからな。それだけでも価値があるというもの。これでも期待しているのですよ」
「……ほう。そなたの口から、期待という言葉が出てくるとは」
アークバルトの口調が、若干相手を警戒するような色を帯びる。素直にリィカの実力を認めるような奴ではない。一体何を"期待"しているというのか、読むことができない。
「私とて、期待をすることくらいあるというものです。――知っているかな、リィカ嬢。私はあなたの父君と仲良かったのだ。互いが互いを国に招待する程度には」
「……ええ、存じています」
話を振られて、リィカは若干声を固くしながら答える。目の前の男が、かつてベネット公爵と呼ばれていた男をこのアルカトル王国へ招待した。その結果、母が身ごもってリィカを産むことになったのだ。
「ベネット公爵とは魔物との戦いにおいて、上級魔法の使い方についての議論をずいぶん行ったものだ。貴様からも有意義な話があることを期待している」
「…………」
期待とはそういうことか。リィカがベネット公爵の娘だから。
上級魔法の使い方……つまりは、剣士が足止めをしている間に魔法の詠唱を行い、剣士ごと巻き込んで魔法を使うという方法を、リィカも支持すると思っているのか。
(――で、いいんだよね?)
若干自信がないながらも、"有意義な話"とはそういうことだろう、とリィカは思考を巡らせる。なぜ父親がそういう考えだから娘もそうだろう、と思えるのかが不思議でしょうがないが。
一緒に暮らしていたって、違う考えを持つことは普通にあることだろう。ましてや、リィカはほんの少し話した程度でしかないのだ。
アークバルトたちが返事をしてくれる様子がないので、リィカはどうしようと考えながら、口を開いた。とりあえず、自分の予想が当たっている自信はないから、有意義な話とやらの具体的なところに触れるのは止めておく。
「ご期待に添えるかは分かりませんが、精一杯やらせて頂きます。――ですが、レイズクルス公爵閣下、一つだけ」
「ん?」
どこか余裕そうな目の前の男に、リィカはこれだけはどうしても言わなければならなかった。
「先ほどから、わたしの父親を『ベネット公爵』と呼んでいらっしゃいますが、今その座にあるのは、兄のクリフです。お間違いなきよう、お願い致します」
あの父親は、あくまでも"先代の公爵"だ。しかも今は罪人として牢にいる。そんな人間を、平然とベネット公爵などと呼んで欲しくない。
そう思いながら言ったリィカの言葉に、レイズクルスはギリっと歯ぎしりしたようだったが、すぐその表情はニヤニヤした嫌な笑いに取って代わる。
「これは失礼した。だが、兄とは言っても、そちらも所詮は平民育ち。正当な血筋ではない以上、そう簡単には新しい当主とは認められないな」
これには、リィカの周囲から呆れと怒りが起こった。そしてアークバルトが口を開こうとして……、それより早くリィカが言った。
「左様ですか。ですがフェルドランド国王陛下の名の下に、兄が公爵として立ったという歴とした事実がございます。もう一度申し上げますが、お間違いのないようにお願い致します」
どこの育ちだろうと関係ない。国王が認めて公爵家の当主になったのだ。レイズクルスが認めようが認めまいが、そんなことも関係ない。今はクリフが公爵なのだ。それが絶対の事実だ。
リィカの丁寧でありながらも強い口調に、レイズクルスはチッと小さく舌打ちをした。そして、何かを言おうとしたのか口を開いたとき、その背後から呼びかける者がいた。
「父上」
そうレイズクルスを呼んで近づいてくる人物を見て、アレクたち全員が顔をしかめた。その様子を見ながら、リィカは記憶を辿る。レイズクルスを「父」と呼ぶ、自分たちとそう変わらなさそうな年齢の男性。
「アークバルト殿下、アレクシス殿下、お久しぶりでございます。そして、リィカ嬢には初めてお目にかかる。レイズクルス公爵の第一子、ヴィンスだ」
「……お名前を伺ったことはございます。お目にかかれて光栄です」
去年卒業したという、レイズクルスの長男。そして、ミラベルの兄。ナイジェルのことは小物感満載だと評価したアークバルトたちだが、彼のことは褒めて……いたわけではないけれど、ある意味で高評価だった。
ヴィンスがニヤリと笑った。
「確かに今はあなたの兄が公爵なのだろうが、気をつけないと、あっさりウッド公爵家に家を乗っ取られるぞ」
「え?」
「平民育ちなだけに、それすら気付けない。嘆かわしいことだ」
それだけ言うと、ヴィンスは父親を見た。
「父上、ここでいつまでも話をしていたら、始まりません。揃ったことですし、この辺りで指南を始めてもらいませんと」
「そうだな」
気を切り替えて、息子の言葉に頷いたレイズクルスは、リィカを一瞥して下がっていく。それを見ながら、リィカの頭は疑問で一杯だった。
(ウッド公爵家……って、コーニリアスさんの家のことだよね? 乗っ取りって?)
考え込むリィカを、慰めるようにアレクがその肩に手を置いた。
「リィカ、気にするな」
「えっと、気にするなっていうか、何を気にしていいか分からないっていうか」
「……あーそうか」
アレクが困った風に笑う。それを見て、アークバルトが口を出した。
「後から説明するよ。そう言われていることは確かだし、乗っ取りの可能性が絶対にゼロでもない。でもまあ今は必要ないから」
「は、はい……」
返事をしながら、リィカはレーナニアとユーリの顔も見る。どちらも不思議そうにはしていない。どちらかというと、苦笑気味だ。ということは、二人とも意味が分かっているんだろう。
一応、自分の家のことであるはずなのに、自分が何も分かっていないというのは問題だ。改めて、貴族としての未熟さを感じてしまう。
「リィカ、レイズクルスとのやり取りは悪くなかったよ。自信持って」
アークバルトの言葉に、リィカは驚いてその顔を見返した。その隣で、レーナニアが頷いている。アレクとユーリの笑顔が見えた。
「はいっ」
そうだ。あれだけ怖いと思っていた相手に、言い返せたのだ。その上で、悪くなかったと言ってもらえた。
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