ハッピーエンドはその手の中に

田尾風香

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ハッピーエンドはその手の中に

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 アリスの視線を受けて、ライアンはゴクッと唾を飲み込んだ。

「ひ、姫様! わ、私と、け、けけけけけけけけ、結婚を、して下さい!」

 やっとプロポーズの言葉を言えた。緊張しすぎて言葉が変だし、心臓がバックンバックンと派手な音を立てているが、やっと言った。

 アリスの反応を怖々確認すると、ただ呆然とライアンを見ているだけ。ということは、もしかしてもう少し何かを言った方がいいのだろうか。だが、緊張と混乱で頭が働かない。

 そのとき、女王の部屋の扉が開いた。

「こんなところまで来て、やっと言ったのか?」

 からかいと呆れが含まれたその言葉は、アリスの母親である女王が発したものだ。その後ろには王子がいる。

「ずいぶん情けないプロポーズだ。そうは思わぬか、アルノート?」
「同感です、母上。けけけけ、とか、何か変な動物の鳴き真似かと思いましたよ」

 ライアンの顔が一気に赤くなった。

 (もしかして、この二人に聞かれていたのか……?)

 それは最悪な展開ではないだろうか。いや、それだけではない。当然、部屋の前にいた護衛騎士も見られただろうし、大勢の侍女たちの姿まで目に入る。

 つまりは、衆人環視の中で、ライアンはプロポーズをしてしまったのだ。

「ほれライアン、わたくしの出した条件は、結婚を申し込みことだ。さっさとアリスに返事をもらわんか」
(鬼かこの女王はっ!)

 心の中だけで叫ぶ。口に出さないのは、出した瞬間にこの女王が冷笑を浮かべて、今度は何を言い出すのか想像するのも怖いからだ。

「母上、アリスはボーッとしてしまって、返事どころではないようですよ。ですので、条件変更はどうでしょう。例えば、この場でライアンがアリスに口付けをするとか」
(この王子はまた突然何を言い出すっ!?)

 本当に、王子の考えは碌でもなさ過ぎる。だがその碌でもない案に、意気揚々と乗っかるのが女王だ。

「おおっ、それは良いな! よしライアン、それでいこう! ほれ、キスじゃキス!」
「それでいこうじゃないっ!」

 今度は耐えきれずに口に出た。だが、女王は済ました顔のまま。

「ほれ、皆の者手拍子じゃ! キーッス、キーッス、キーッス」

 女王が手拍子を始めてそれに合わせて「キーッス」を連呼する。アルノートがそれに習い、護衛の兵士や侍女たちもやり始める。さすがにふざけすぎだと、怒ろうとしたところで、ダァン! と大きな音が響いた。手拍子が止まる。

「ひ、ひめさま……?」

 アリスがいきなりジャンプしたと思ったら、派手な音を立てて着地したのだ。一体何をしてるのか、と思ってその顔を見たところで……ライアンの口の端がヒクッとなった。

「お母様、お兄様、ライアン。――これは、どういうことですか?」

 声が低い。顔が怖い。怒っている。だが、ライアンは思う。自分だって被害者なのだと。一方、呼ばれた残りの二人は飄々としていた。

「なんじゃアリス、そんな顔をするものでないぞ?」
「そうそう、愛しのライアンが逃げてしまうぞ?」

 その言葉にアリスがギロッと睨むが、女王と王子の表情は変わらない。

「……事情を説明してほしいのですが? まずは、私の侍女が外された理由をお伺いします」

 そう問うアリスの声は低いままだし、目は据わっている。ライアンなら速攻で謝罪するところだ。だというのに、女王はその顔に笑みさえ浮かべている。

「ライアンとこの場で接吻するか結婚を承諾したら、戻してやるぞ?」
「意味が分かりませんっ!」

 アリスの絶叫も当然だろう。だが、なぜか困った顔をした王子が口を出してきた。

「しょうがないだろう? ライアンは、母上から結婚申し込みの許可をもらってるにも関わらず、いつまでたってもプロポーズしようとしないんだ。それならいっそ、入浴とか着替えとかの世話をさせて、既成事実を作ってしまえと思ったんだよ」
「きせぃ……っ」

“既成事実”の言葉に、アリスの顔が真っ赤に染まった。ついでに、ライアンの顔も赤くなる。一方の周囲は、王子の無茶苦茶すぎる話にも動じることなく、顔の赤い二人を微笑ましそうに見ている。

「さ、ほれアリス、どちらが良いかの? わたくしとしては、なかなか人のキッスシーンなんぞ見る機会がないので、そちらを勧めるが」

 そんな機会、ホイホイあるわけがない。だが、そうツッコむだけの精神的余裕は、ライアンにはなかった。アリスがどういう反応をするのか、緊張して再び心臓が激しく音を立てる。

 アリスを見ると、アリスもライアンを見た。しかしそこにあったのは、冷静な王女としての顔だった。

「……姫様?」
「お母様、お兄様。ライアンと二人で話をさせて下さい」

 ライアンの呼びかけに答えはなく、アリスはそう言う。それに対して、女王は朗らかに笑った。

「構わぬぞ。では夫婦の寝室に、外から鍵をかけて……」
「――お母様」

 また変なことを言い始めた女王に、アリスがピシャっと言った。

「余計なことをしないでください。私の部屋で普通に話します。もし何かしたら、お母様のこと、一生嫌いになります」

 さすがに意外だったのか、女王がポカンと口を開ける。そんな表情は珍しいとライアンは思う。

「ライアン、行くわよ」
「……はっ」

 アリスに声をかけられて、返事をする。その表情にも声にも、感情が見えなかった。


※ ※ ※


「それで? ライアン、どういうこと?」

 部屋に戻るなり、アリスの放った第一声に、ライアンは言葉が出ない。アリスはらしくなく、ソファに音を立てて勢いよく座り、腕を組んでライアンを睨んでいる。

 悩んだライアンは、問い返した。

「姫様、その、どう、とは?」

 アリスの言う「どういうこと」が何を指しているのか、色々ありすぎてライアンには判断しかねた。すると、わずかにアリスが顔をしかめた。

「……つまり、お母様から言われて、私に、その、あんなことを言ったのか、ということよ」

 ライアンは目を見開いた。つまり、あのプロポーズが女王からの命令によるものだと、思われたのだろうか。

「違います! 私がっ、私が姫様をお慕いするのが先でした! それを陛下に知られて……、私から姫様に申し込むことを条件に、結婚を許可して下さったのです!」

 言ってしまってから、告白してしまったことに気付いてライアンの顔が真っ赤になった。まともにアリスの顔を見られない。それでも、口だけは動かした。

「その、今回のことは、私がいつまでたっても姫様にプロポーズできず……。業を煮やした陛下と殿下が強硬手段に出たと申しますか……」
「なんで……?」

 ポツリと、アリスの声がした。

「なんでプロポーズできなかったの? やっぱり結婚したくないんじゃないの?」

 言われてアリスを見ると、不安そうな顔をしている。そんな顔をさせてしまっている原因は、ライアン自身なのだ。手をグッと握って覚悟を決める。

「……その、緊張、してしまったのです」

 こんな情けないことを、言わずに済むなら言いたくなかった。けれど言わないことで、アリスが不安になってしまうなら、自分のプライドなどいくらだって放り投げられる。

「言おう言おうと思っても、姫様を前にすると、途端に臆病になってしまって。……言えばきっと受け入れて下さると思っていても、それでもどうしても、言葉が出てこなかったのです」

 さてアリスはどう思うのか。こんな情けない男と結婚などしたくないと、思われてしまうのか。恐る恐るライアンがアリスを見ると、ポカンとしていた。

「……驚いたわ。ライアンでもそんなことがあるのね」
「自分でも驚いています……」

 そう返すと、アリスは笑顔になってクスッと笑った。すっきりした顔になる。

「話は分かったわ、ライアン。そうしたら、もう一回言ってほしいのだけど」
「…………なぜでしょうか」

 何をと言いたいが、聞かなくてもアリスの求めているものは分かる。もう一度プロポーズしろと言っているのだ。だから、代わりに理由を聞くとアリスは笑った。

 傲岸不遜、とアリス自身は思っている笑み。食事の席にライアンを同席させたときのように、王女としての権力を持ち出して、ライアンに命令して従わせようとするときの笑みだ。

「私がもう一回聞きたいからよ」
「…………」

 ぐうの音も出ない理由である。アリスのこの笑みは、ライアンにしか向けられない。そのことにライアンは気付いていて喜んでいる。普段であればこういう我が儘な命令は可愛くて仕方ないのだが、これはすぐにうなずけない。

 アレを言うのに、とんでもなく勇気が必要だったのだ。もう一生分の勇気を使い果たした。だというのに、それをもう一度言えというのだ。だが、アリスは容赦なく続けた。

「早くしてちょうだい。そうじゃないと、侍女がいないままなのよ。あなたが本当に、着替えや入浴の世話までしてくれるというの?」

 ライアンの顔が一気に熱くなった。ぶんぶんと首を横に振る。アリスも顔が赤い辺り、自分で言って照れているのだろうか。

 ライアンは深呼吸した。一度言ったのだ。二度目だって言えるはずだ。覚悟を決めて、アリスの前に跪いた。

「姫様。アリス姫様、どうか私と結婚して下さい」

 ライアンの言葉に、アリスの目が涙でにじむ。驚くライアンに、アリスが抱き付いた。

「ええ、ライアン。もちろんよ。――嬉しい。ありがとう。すごく、嬉しいの」

 耳元で聞こえるアリスの声。背中に回っている腕。感じる温もり。恥ずかしいのに、嬉しい。気付けば、ライアンもその手をアリスの背に回していた。

「姫様、これからどうか、よろしくお願いいたします」
「ええ、もちろんよ」

 アリスの手に力が入り、その距離がさらに近くなる。
 長かったけれど、ずっとこの人の側にいて守ることができる権利を手に入れたのだと、ライアンはその幸せを噛みしめたのだった。


「ほう。よいぞよいぞ、その次はチューじゃチュー」
「母上、声を出したら気付かれます」

 その声にアリスの体が硬直した。ライアン自身も膠着して、何とか首を動かす。そこにいたのは予想を違わない人物。

「お母様っ! お兄様っ!」

 アリスの怒りが、爆発したのであった。
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